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【逢】
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夜の静けさ。その中でも、微かな賑やかさが届く。
ここは王城の一画にあるバルコニー。
今、近くの大広間では社交界が開かれていた。でも、社交といっても婚姻を結ぶ相手を探すための場。気が乗らなくて、一人外に出たところだった。
「……」
タイガがいなくなって、もう数カ月。世界は、混沌とする前の姿を取り戻しつつあった。
リーフもアイダも、前に進んでいる。リーフは神官長として、民を率い、アイダは国を護るための一団を築いた。
私もそれなりに、魔に関する務めをこなしている。けど、気分が落ち込んでしまうのは、そんなことじゃなかった。
先日、リーフから招待状が届いたのだ。
数日後に婚儀を行う、と。
タイガに相談していた相手と結ばれたそうだ。彼の最後の言葉に背中を押されたらしい。
そのこと自体は喜ばしい。
でも……。
小さく溜め息を吐くと、バルコニーの扉が開く気配がした。
「ティア」
「……アイダ」
振り返ると、赤いドレスに身を包むアイダが立っていた。
彼女は腰に手を添え、呆れたように頭を傾ける。
「こんなところじゃ、相手は見つからないよ」
「…………」
彼女の言いたいことは分かる。けど、答えられずに、再び外へと視線を向けた。
すると、アイダが隣に来る。
「アンタの気持ちは分かるさ。アタシも同じだったからね。でも、いつまでも立ち止まってるわけにはいかないだろう?」
「だけど、なかなか心が動かなくて……」
「だからといって、ティア、アンタはずっと独り身でいられない。その魔力を引き継がなきゃならない。そうじゃないのかい?」
「それは、わかってる……」
アイダの諭すような言葉が、胸に突き刺さる。私達の能力、特に魔力は子に受け継がれていくもの。
それに、私の魔力は、タイガに近づくほど強大だった。だからこそ、彼のパーティに入れたともいえるのだけれど。
でも、そんな大きな力を引き継がないわけにはいかない。病気や不慮の事故、他の並々ならぬ事情があればまだしも、私には断るだけの理由が何一つなかったのだ。
私自身も、それは理解している。早く相手を探さなきゃと思っていた。その努力はしていたつもりだった。
紹介される男性の方、一人一人と向き合い、社交界にも欠かさず参加している。真剣にお付き合いしたいと想う方も、中にはいた。
けど、どうしても……タイガが思い起こされてしまうのだ。
そうして、再び社交界に舞い戻ってきてしまう、というわけだ。
その経緯を思い出すと、気が重くなる。アイダに気づかれないよう、小さく息を吐いた。
少しして、彼女がゆっくりと口を開いた。
「アタシは……もう、見つけたよ」
「え?」
月明かりが雲間から差す。柔らかなその光は、私達を静かに包み込む。アイダは一際優しく微笑んだ。
「タイガには敵わないけどさ。これがなかなか強い男なんだ。でもなにより……ずっと一緒にいたいって思えたんだよ」
「……」
一瞬、言葉を失って、でもすぐに、笑みを作る。
「なんだ、全然気づかなかった。おめでとう、アイダ。それにしても、貴女を射止めるなんて、すごい方なんでしょうね。今度紹介してくれる?」
「ああ、もちろんだよ。だから、社交界の参加も今回で最後になるんだ」
「あ……そっか。そうよね。ちょっと寂しくなるわね」
次から一人での参加、ただでさえ気が重いのに、余計に辛くなる。けど、それを出すわけにいかず、笑みをはり付けていた。でも、長い間共に過ごしてきた彼女には、分かってしまっていたのかもしれない。
アイダは小さく咳ばらいをすると、「実は」と、視線を扉へ向けた。
「アンタにも今回で抜けてほしいと思ってさ、一人連れてきたんだ」
「連れてきた?」
私の疑問に答えることなく、アイダが、その誰かに声をかける。
「リイ、もういいよ」
「?」
わずかなガラスの震える音。扉を押し開けて、現れたのは、金色の長い髪を一つに結んだ紺の正装姿の男性だった。
「リイ・スヴェンヴィータ。スヴェンヴィータ家の長子で、アタシの団でも魔導に関しては、誰にも引けを取らないヤツなんだ」
「初めまして、ティア・アルフレッサ様。リイと申します」
その柔和な笑みに、私も慌てて挨拶を返す。
「初めまして、リイ様」
「リイと呼んでくださって構いませんよ。私も、ティアと呼んで構いませんか?」
「ええ、構いません。あの、リイ。ちょっと待っててくださいね」
急いでアイダに近づき、耳打ちする。
「なんで急に? 今までこんなことなかったじゃない」
「リイが希望してたんだよ。アンタに近づきたいって。良い機会だから、愛されてみなよ」
「な、ちょっと! 愛されるなんて……」
言いかけて、動きを止める。こんな静けさの中じゃ、リイにも聞こえてしまう。染まってしまう頬を隠すように視線を逸らすと、アイダが軽い声を出した。
「んじゃ、まあ、あとは二人で。アタシは帰るわね。リイ、ティアのこと頼んだわよ」
「ええ、任せてください」
「まっ、アイダ!」
声も空しく、気づいた時には扉が閉まるところだった。
リイと二人にされて、気まずさだけが漂う。恐る恐る見上げると、彼はふわりと微笑んだ。
「少し、話しませんか?」
「え? あ、はい。そうですね」
導かれるままに、バルコニーの端、備え付けられたテーブルと椅子まで向かう。丁寧な所作で勧められて、腰を下ろすとリイが正面に座り、困ったように笑った。
「とはいえ私も、女性を楽しませる話が出来るわけではなくて、申し訳ありません」
「いえ、そんな……気にしないでください」
軽く首を振る。すると、リイが瞳を細めた。
「噂通りの優しい方ですね」
「え、噂ですか?」
「やはりご存じなかったのですね」
「?」
首をかしげると、そっと手を伸ばされる。その白手袋に包まれた指が、私の頬を滑っていった。
「貴女は、御自身の魅力に気付いていない。これでは隊長が心配なされるのも頷けます」
「アイダが?」
「ええ。ですが今は私のことだけを考えていただけませんか?」
「リイの、ことだけ?」
「そう。貴女のその白銀の髪も、澄んだ空色の瞳も、全てを私のものにしたい」
「……」
ハッキリした言葉に恥ずかしいと思うのに、何故かリイの紅い瞳を見ていると、頭がボーっとしてしまう。
なぜだろう……。
必死に意識を取り戻そうと、思考を巡らす。けどすぐに、打ち消されてしまう。
徐々にリイが愛おしいと、そんな想いすら浮かんできてしまう。
「……」
それが、魔術の類いだと気づいた時には、すでに彼を拒めなくなっていた。
ここは王城の一画にあるバルコニー。
今、近くの大広間では社交界が開かれていた。でも、社交といっても婚姻を結ぶ相手を探すための場。気が乗らなくて、一人外に出たところだった。
「……」
タイガがいなくなって、もう数カ月。世界は、混沌とする前の姿を取り戻しつつあった。
リーフもアイダも、前に進んでいる。リーフは神官長として、民を率い、アイダは国を護るための一団を築いた。
私もそれなりに、魔に関する務めをこなしている。けど、気分が落ち込んでしまうのは、そんなことじゃなかった。
先日、リーフから招待状が届いたのだ。
数日後に婚儀を行う、と。
タイガに相談していた相手と結ばれたそうだ。彼の最後の言葉に背中を押されたらしい。
そのこと自体は喜ばしい。
でも……。
小さく溜め息を吐くと、バルコニーの扉が開く気配がした。
「ティア」
「……アイダ」
振り返ると、赤いドレスに身を包むアイダが立っていた。
彼女は腰に手を添え、呆れたように頭を傾ける。
「こんなところじゃ、相手は見つからないよ」
「…………」
彼女の言いたいことは分かる。けど、答えられずに、再び外へと視線を向けた。
すると、アイダが隣に来る。
「アンタの気持ちは分かるさ。アタシも同じだったからね。でも、いつまでも立ち止まってるわけにはいかないだろう?」
「だけど、なかなか心が動かなくて……」
「だからといって、ティア、アンタはずっと独り身でいられない。その魔力を引き継がなきゃならない。そうじゃないのかい?」
「それは、わかってる……」
アイダの諭すような言葉が、胸に突き刺さる。私達の能力、特に魔力は子に受け継がれていくもの。
それに、私の魔力は、タイガに近づくほど強大だった。だからこそ、彼のパーティに入れたともいえるのだけれど。
でも、そんな大きな力を引き継がないわけにはいかない。病気や不慮の事故、他の並々ならぬ事情があればまだしも、私には断るだけの理由が何一つなかったのだ。
私自身も、それは理解している。早く相手を探さなきゃと思っていた。その努力はしていたつもりだった。
紹介される男性の方、一人一人と向き合い、社交界にも欠かさず参加している。真剣にお付き合いしたいと想う方も、中にはいた。
けど、どうしても……タイガが思い起こされてしまうのだ。
そうして、再び社交界に舞い戻ってきてしまう、というわけだ。
その経緯を思い出すと、気が重くなる。アイダに気づかれないよう、小さく息を吐いた。
少しして、彼女がゆっくりと口を開いた。
「アタシは……もう、見つけたよ」
「え?」
月明かりが雲間から差す。柔らかなその光は、私達を静かに包み込む。アイダは一際優しく微笑んだ。
「タイガには敵わないけどさ。これがなかなか強い男なんだ。でもなにより……ずっと一緒にいたいって思えたんだよ」
「……」
一瞬、言葉を失って、でもすぐに、笑みを作る。
「なんだ、全然気づかなかった。おめでとう、アイダ。それにしても、貴女を射止めるなんて、すごい方なんでしょうね。今度紹介してくれる?」
「ああ、もちろんだよ。だから、社交界の参加も今回で最後になるんだ」
「あ……そっか。そうよね。ちょっと寂しくなるわね」
次から一人での参加、ただでさえ気が重いのに、余計に辛くなる。けど、それを出すわけにいかず、笑みをはり付けていた。でも、長い間共に過ごしてきた彼女には、分かってしまっていたのかもしれない。
アイダは小さく咳ばらいをすると、「実は」と、視線を扉へ向けた。
「アンタにも今回で抜けてほしいと思ってさ、一人連れてきたんだ」
「連れてきた?」
私の疑問に答えることなく、アイダが、その誰かに声をかける。
「リイ、もういいよ」
「?」
わずかなガラスの震える音。扉を押し開けて、現れたのは、金色の長い髪を一つに結んだ紺の正装姿の男性だった。
「リイ・スヴェンヴィータ。スヴェンヴィータ家の長子で、アタシの団でも魔導に関しては、誰にも引けを取らないヤツなんだ」
「初めまして、ティア・アルフレッサ様。リイと申します」
その柔和な笑みに、私も慌てて挨拶を返す。
「初めまして、リイ様」
「リイと呼んでくださって構いませんよ。私も、ティアと呼んで構いませんか?」
「ええ、構いません。あの、リイ。ちょっと待っててくださいね」
急いでアイダに近づき、耳打ちする。
「なんで急に? 今までこんなことなかったじゃない」
「リイが希望してたんだよ。アンタに近づきたいって。良い機会だから、愛されてみなよ」
「な、ちょっと! 愛されるなんて……」
言いかけて、動きを止める。こんな静けさの中じゃ、リイにも聞こえてしまう。染まってしまう頬を隠すように視線を逸らすと、アイダが軽い声を出した。
「んじゃ、まあ、あとは二人で。アタシは帰るわね。リイ、ティアのこと頼んだわよ」
「ええ、任せてください」
「まっ、アイダ!」
声も空しく、気づいた時には扉が閉まるところだった。
リイと二人にされて、気まずさだけが漂う。恐る恐る見上げると、彼はふわりと微笑んだ。
「少し、話しませんか?」
「え? あ、はい。そうですね」
導かれるままに、バルコニーの端、備え付けられたテーブルと椅子まで向かう。丁寧な所作で勧められて、腰を下ろすとリイが正面に座り、困ったように笑った。
「とはいえ私も、女性を楽しませる話が出来るわけではなくて、申し訳ありません」
「いえ、そんな……気にしないでください」
軽く首を振る。すると、リイが瞳を細めた。
「噂通りの優しい方ですね」
「え、噂ですか?」
「やはりご存じなかったのですね」
「?」
首をかしげると、そっと手を伸ばされる。その白手袋に包まれた指が、私の頬を滑っていった。
「貴女は、御自身の魅力に気付いていない。これでは隊長が心配なされるのも頷けます」
「アイダが?」
「ええ。ですが今は私のことだけを考えていただけませんか?」
「リイの、ことだけ?」
「そう。貴女のその白銀の髪も、澄んだ空色の瞳も、全てを私のものにしたい」
「……」
ハッキリした言葉に恥ずかしいと思うのに、何故かリイの紅い瞳を見ていると、頭がボーっとしてしまう。
なぜだろう……。
必死に意識を取り戻そうと、思考を巡らす。けどすぐに、打ち消されてしまう。
徐々にリイが愛おしいと、そんな想いすら浮かんできてしまう。
「……」
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