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第五章
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「はぁ……」
様々な色の封筒を前に、イルティアが溜め息を吐いた。
以前出した手紙の返事が、日を増すごとに増えていたのだ。中には、考え直すとまで言ってくれた家もあった。
それらを見て、黙ったままではいられない。
イルティアは、ザフラの言葉を思い返しながら何度も迷い、でも最終的に返事だけ、とペンを握った。
出来れば伺いたい、けれど、今は当主が忙しく向かうのが難しい、との旨を丁寧に綴っていく。その合間、侍女に来客の報せを聞いた。
彼女は手を止め、その相手を迎えるために立ち上がる。間を置かずに、部屋から出ていった。
* * *
応接間に入ってすぐ、違和感を覚える。今まで、自分にもザフラにも、訪ねて来たことのない感じの来訪者だったのだ。
赤いツインテールを揺らして、金の装身具を身につける桃色のワンピースの女性。なにより、胸元が大きく開いていた。
彼女は、イルティアを見るなり、にこやかな笑みを浮かべる。
「初めまして、シュヴァーユ家の奥様ですか?」
「ええ、イルティアと申します。貴女は?」
「私はレイル・カケドゥ。以後お見知り置きくださいませ」
軽く頭を下げる。応えるように、イルティアも優雅に一礼した。
彼女は、勧める前に椅子へ腰を落とす。そして、早速と、鞄から小さな布袋を取り出した。それをテーブルの上に置いて、イルティアの前に滑らすように差し出す。
「……これは?」
訝しみながらも、問いかける。レイルは笑顔のまま、開けるように促した。
「見ていただければ、分かりますよ」
「……」
失礼しますね、とイルティアが袋に手を伸ばす。上部のシワをほどくように開けて、中身を手の平に取り出した。
転がるように出てきたのは、ネクタイピン。
けど、普通のものじゃない。シュヴァーユ家の紋章が入った特注品。ゆっくりと、彼女は顔を上げる。
「これを、どこで……?」
「私、マダム・リエンラで下働きしてるんですよ」
「…………」
その一言に、察してしまう。これが、誰のもので、どうして彼女が持っていたのか。
そして同時に、レイルがここへ来た理由も。
通常なら、娼館の人間が客の秘密を、安易に漏らしたりはしない。ただ、彼女は下働きだと言っていた。
ならば、館に入って日が浅いのかもしれない。そういう人間は、その場での遵守すべき点が徹底されていない場合がある。
それ故に、相手の素性を知り、浅はかにも脅しに来たというところだろう。
イルティアが理解するのと同じ頃、レイルが足を組んで、出されたティーカップに手を伸ばした。
「奥様はご存知でした?」
「ええ」
すかさず戻ってきた返答に、彼女は動きを止める。けどすぐに、また笑みを作る。
「でも、問題じゃありません? 領主様があんなところに出入りしてるなんて」
心は激しく動揺していた。ずっと傍にいたのに、知らなかった事実。彼が、他の女性に触れたなんて考えたくなかった。
けれど、心の乱れを抑えて、イルティアはレイルに凛とした瞳を向ける。
「何も問題はありません。領主だからこそ全てを見通すべきだと、私は思いますもの。それに、御自分の働いている館を、あんなところ呼ばわりするのは感心しないわ」
「……」
揺さぶりをかけて、あわよくば金品でも貰えないかと来たのに、逆に諭されてレイルは機嫌を損なう。
それに気づきながら、イルティアは、なおも続けた。
「とはいえ、わざわざ持ってきてくださったんだもの。御礼の品を用意させるわ。マダム・リエンラの皆様方にも感謝をお伝えしてくださいね」
にこりと笑い、侍女に声をかける。レイルは、しばし黙っていたが、やがて先程同様に笑みを作り立ち上がった。
「奥様には日常茶飯事のようですから、いらぬ心配でしたね」
「そうね。お心遣い感謝するわ」
変わらない様子に、レイルは鼻を鳴らして、ドスドスと足音を立て部屋を去っていった。
直後、また侍女に声をかけ、見送りを頼む。人がいなくなってから、イルティアは大きく息を吐いた。
「…………」
娼館に行くなど、普通のこと。茶会や夜会でも、そういう話は聞いたことがあった。けどまさか、ザフラが行っていたなんて。
そんな風に思ってしまう自分を責める。
彼は、自分のやることを許容してくれたのだ。ならば、こちらも受け入れるのが道理というものだろう。
なのに、乱れる感情が辛くなる。自分の心の狭さが、頭に来る。
「……」
イルティアは、テーブルの上にネクタイピンを置いて、立ち上がった。
「アマンダ」
「いかがしました? 奥様」
「少し、外に出ます」
「では、馬車のご用意を致しましょう」
「必要ないわ」
「ですが……」
戸惑う侍女を置いて、イルティアは静かにその場を離れる。そのまま、従者も連れず、一人街中へと出ていった。
様々な色の封筒を前に、イルティアが溜め息を吐いた。
以前出した手紙の返事が、日を増すごとに増えていたのだ。中には、考え直すとまで言ってくれた家もあった。
それらを見て、黙ったままではいられない。
イルティアは、ザフラの言葉を思い返しながら何度も迷い、でも最終的に返事だけ、とペンを握った。
出来れば伺いたい、けれど、今は当主が忙しく向かうのが難しい、との旨を丁寧に綴っていく。その合間、侍女に来客の報せを聞いた。
彼女は手を止め、その相手を迎えるために立ち上がる。間を置かずに、部屋から出ていった。
* * *
応接間に入ってすぐ、違和感を覚える。今まで、自分にもザフラにも、訪ねて来たことのない感じの来訪者だったのだ。
赤いツインテールを揺らして、金の装身具を身につける桃色のワンピースの女性。なにより、胸元が大きく開いていた。
彼女は、イルティアを見るなり、にこやかな笑みを浮かべる。
「初めまして、シュヴァーユ家の奥様ですか?」
「ええ、イルティアと申します。貴女は?」
「私はレイル・カケドゥ。以後お見知り置きくださいませ」
軽く頭を下げる。応えるように、イルティアも優雅に一礼した。
彼女は、勧める前に椅子へ腰を落とす。そして、早速と、鞄から小さな布袋を取り出した。それをテーブルの上に置いて、イルティアの前に滑らすように差し出す。
「……これは?」
訝しみながらも、問いかける。レイルは笑顔のまま、開けるように促した。
「見ていただければ、分かりますよ」
「……」
失礼しますね、とイルティアが袋に手を伸ばす。上部のシワをほどくように開けて、中身を手の平に取り出した。
転がるように出てきたのは、ネクタイピン。
けど、普通のものじゃない。シュヴァーユ家の紋章が入った特注品。ゆっくりと、彼女は顔を上げる。
「これを、どこで……?」
「私、マダム・リエンラで下働きしてるんですよ」
「…………」
その一言に、察してしまう。これが、誰のもので、どうして彼女が持っていたのか。
そして同時に、レイルがここへ来た理由も。
通常なら、娼館の人間が客の秘密を、安易に漏らしたりはしない。ただ、彼女は下働きだと言っていた。
ならば、館に入って日が浅いのかもしれない。そういう人間は、その場での遵守すべき点が徹底されていない場合がある。
それ故に、相手の素性を知り、浅はかにも脅しに来たというところだろう。
イルティアが理解するのと同じ頃、レイルが足を組んで、出されたティーカップに手を伸ばした。
「奥様はご存知でした?」
「ええ」
すかさず戻ってきた返答に、彼女は動きを止める。けどすぐに、また笑みを作る。
「でも、問題じゃありません? 領主様があんなところに出入りしてるなんて」
心は激しく動揺していた。ずっと傍にいたのに、知らなかった事実。彼が、他の女性に触れたなんて考えたくなかった。
けれど、心の乱れを抑えて、イルティアはレイルに凛とした瞳を向ける。
「何も問題はありません。領主だからこそ全てを見通すべきだと、私は思いますもの。それに、御自分の働いている館を、あんなところ呼ばわりするのは感心しないわ」
「……」
揺さぶりをかけて、あわよくば金品でも貰えないかと来たのに、逆に諭されてレイルは機嫌を損なう。
それに気づきながら、イルティアは、なおも続けた。
「とはいえ、わざわざ持ってきてくださったんだもの。御礼の品を用意させるわ。マダム・リエンラの皆様方にも感謝をお伝えしてくださいね」
にこりと笑い、侍女に声をかける。レイルは、しばし黙っていたが、やがて先程同様に笑みを作り立ち上がった。
「奥様には日常茶飯事のようですから、いらぬ心配でしたね」
「そうね。お心遣い感謝するわ」
変わらない様子に、レイルは鼻を鳴らして、ドスドスと足音を立て部屋を去っていった。
直後、また侍女に声をかけ、見送りを頼む。人がいなくなってから、イルティアは大きく息を吐いた。
「…………」
娼館に行くなど、普通のこと。茶会や夜会でも、そういう話は聞いたことがあった。けどまさか、ザフラが行っていたなんて。
そんな風に思ってしまう自分を責める。
彼は、自分のやることを許容してくれたのだ。ならば、こちらも受け入れるのが道理というものだろう。
なのに、乱れる感情が辛くなる。自分の心の狭さが、頭に来る。
「……」
イルティアは、テーブルの上にネクタイピンを置いて、立ち上がった。
「アマンダ」
「いかがしました? 奥様」
「少し、外に出ます」
「では、馬車のご用意を致しましょう」
「必要ないわ」
「ですが……」
戸惑う侍女を置いて、イルティアは静かにその場を離れる。そのまま、従者も連れず、一人街中へと出ていった。
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