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第三章

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 イルティアが、ザフラと距離を取るようになって、しばらく時が経った。彼は変わらず……いや、以前よりさらに忙しくなっていた。

 それと同じくらい、イルティアの胸にも闇が深まっていく。頼りにされていないことへの悔しさ。頼りにしてくれない、彼への怒り。

「…………」

 だけど、本当は分かっていた。こんなこと、ただの八つ当りなのだ、と。

 元はと言えば、自分が未熟なせいなのだ。彼に頼られるだけの知識や力があれば、こんな風に彼一人に背負わせることもなかった。

 そして、こうして……距離を取ることもなかった。

 鉱業権など、今から学んだとしても間に合わない。中途半端に手を出すことの方が、彼の迷惑になる。それも理解してるから、手を煩わせないように出来るだけ邪魔にならないように、と生活することを彼女は選んだ。

 だけど時々、どうしようもない焦燥に心が飲み込まれそうになるのだ。

 イルティアが大きく息を吐くと、隣からリュクスが顔を覗き込んだ。

「どうした? また何か悩んでるのか?」

 彼が頭を傾けると、髪がスルリと肩を滑る。その淡い橙に似た色が白い装束を彩る。

 今日は、彼の他の作品を見たいというイルティアたっての希望で、王都に展開している彼の店に向かっていた。

 故にリュクスは、客向け用の服装に金の装身具を腰に巻いていた。イルティアもまた、いつもより少しだけ装いに華やかさを出すため、上品な藍色のワンピースに、微かな光沢を持つ柔らかい生地のストールをかけてきた。

 彼を見上げたイルティアは、二度三度、瞳を瞬かせた後、視線を落とす。

「ごめんなさい。貴方には、変なところばかり見せてしまってるわね」
「俺は構わないけどな。むしろ、嬉しいと思う」
「嬉しいって……」

 一瞬、呆気に取られて、でもすぐにクスクス笑う。

「リューって、たまに不思議よね。面倒見が良いというのかしら?」
「……誰にでもってわけじゃないが」
「あら。じゃあ、お得意様だから? それとも助言者だからかしら」
「全て含めて。それで? 何を悩んでたんだ?」

 話を変えるように、問い掛ける。イルティアは、少しだけ迷って、けど、ゆっくりと答えた。

「どうして私は……こうなんだろう、って」
「…………」

 その横顔をリュクスが見つめて、けどすぐに、ふっと笑みを作る。

「ずいぶんと大きな悩みだな」
「そう言われると複雑なんだけど」
「だが君は、それで悩んでる」
「そうだけど……」
「なら、答えが出るまで悩めばいい」

 イルティアがリュクスに視線を流して、すぐにまた落とした。

「答え……出るかしら」

 その呟きに、リュクスは強い言葉を返した。

「悩み続ければ、な」

 そして彼は、続ける。

「答えは、誰かにもらうものじゃない。自分で気付くものだ」
「気付く……?」
「ああ。たとえ誰かに何かを言われても、それが納得いく答えじゃないなら、また探せばいい。反対に、自分がその答えで納得出来るなら、それが自分の選んだ答えになる」
「そういうものかしら……?」
「少なくとも、俺はそう思う」
「そう……」

 再び視線を落とした彼女に、リュクスは「あと」と声をかける。

「一つ、俺から言えることがあるなら」
「あるなら?」
「君の悩むその部分さえも、今君を形作っていることには変わらない。それだけは忘れないで欲しい」
「リュー……」

 交わす視線に、力をもらったように、イルティアも柔らかく微笑む。

「有難う。もう少し考えてみるわ」
「ああ、それでいい」

 応えるような笑みを受けて、イルティアが再び正面に視線を戻す。煉瓦造りの道の先、綺麗な白壁と赤い布の短い屋根のあるショーウインドーが並んでいた。

 そこにパシオンストーンと記されていた。

 中の飾り棚には、輝く宝飾品が陳列されている。その店に近づくと、リュクスが先に扉へ手を伸ばした。

「今の時間は、それほど客が来ないんだ」

 言いながら開けて、中にイルティアを通す。ウェルカムベルが鳴り、店内にいた女性が顔を上げた。

「ようこそ、パシオンストーンへ。今日はどういった……あら、オーナー」
「久しぶりだな、フォン」

 リュクスと似た白く裾の長い、白い装束。彼女は、腰までの黒髪を揺らして柔らかい笑みを作った。

「オーナーの御客様ですね。わたくしは、フォン・ローウェン。以後お見知り置きくださいませ」

 丁寧に頭を下げられて、イルティアも微笑む。

「ええ、よろしくお願いしますね。私はイルティア・シュヴァーユ。こちらとは以前より懇意にさせていただいてますから、そんなに畏まらないでください」

 笑いかけられて、フォンが返事をする。リュクスは、イルティアの背に手を添え、彼女へ声をかけた。

「じゃあ、私達は二階にいるから。何かあれば知らせてくれ」
「かしこまりました」

 深く頭を下げて、彼等を見送る。二人は、奥の螺旋階段から、二階へと上がっていった。

 ガラス扉を抜けた先は、豪華な室内装飾がなされていた。壁面は白で統一され、ところどころの模様は、繊細な百合の絵が使用されている。

 中央には、商談用の机と椅子が一式。窓は大きく、外の景色を一望出来るようになっていた。

 けれど、イルティアが目を奪われたのは、部屋の奥にあった像だった。

 ガラスで仕切られた中で、祈るように手を胸元で組み、目を瞑っている女性像。彼女の頭には、円を多用したデザインのティアラが室内灯の光を受けて煌めいていた。

 ゆっくりと近づき、そのティアラを見つめる。遅れて傍に来たリュクスへ、彼女は問いかけた。

「これは、貴方の作品?」
「そうだ。俺が、初めて手掛けた作品なんだ」

 惹き付けられるように、イルティアが手を伸ばす。だが触れる寸前、手を止め、リュクスへ振り返った。 

「触っても平気?」

 その問いに彼が目を瞬き、でもすぐに柔らかい笑みで答える。

「ああ」
「有難う」

 そう言って彼女は、そっとガラスに手を添える。先ほど以上に近い距離で見るティアラは、さらに美しさを感じさせた。

 心を奪われたかのように、見続けるイルティア。一歩後ろから見ていたリュクスが、静かにその距離を詰める。

 彼はゆっくりと腕を伸ばし、いまだ気付くことのない彼女の手に、重ねて手を置いた。

「!」

 驚いたイルティアが振り返る。その近さに、戸惑いを浮かべた。

「リュー……」
「カボションカット」

 何かを言われる前に、と彼が告げて、引き付けるように視線をガラスの向こうへ移した。

 彼女も、その言葉に覚えがあるのか、呟くように繰り返す。

「カボションカット……」

 そして、リュクスと同じく顔を戻して、続けた。

「調べたことがあるわ。丸く、ドーム型にするのよね。片面と両面があると聞いたけど……」
「あれは片面だ。カボションカットされたピジョン・ブラッドを中央に据えた。周りに散りばめたのは、最も硬度が高い…」
「ダイヤモンドね。あれは……ブリリアントカットかしら?」
「……目が良いな」

 彼は、そのままティアラを見つめる。

「君の言う通りだ。これは展示用に作ったものだから、それほど多くは使用してないが」
「それでも、綺麗だわ」
「そうか」

 言って彼は、ふと視線を落とす。

 自分から、話を逸らすように仕組んだこととは言え、あまりにティアラへ関心を寄せすぎだろう。自身の状況すら厭わないほど。

 その夢中さに、リュクスは興味を持った。
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