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☆プロローグ
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ほのかな月明かりが、照らす部屋。布の掠れる音がする。部屋の主であるイルティアは、愛する夫に抱かれていた。
首すじを這う舌に身体が震え、声が洩れる。
「ん…………ザフ、ラ……」
「…………」
薄手の寝衣は乱され、露になった乳房を掬うように揉まれる。時折、耳朶を軽く噛まれれば、イルティアは愛らしく鳴いた。
胸を揉みながら焦らすように先端には触れず、その回りをクルクルと愛撫していく。堪えきれなくなって、先を求めるように彼女は手を伸ばし、その頬に触れた。
「ザフラ……」
「…………」
けれど、視線の先で掠めた栗色の瞳は抑揚もなく淡々としていた。まるでこれが、義務だとでも言ってるかのようだ。
「……」
イルティアの胸がチクリと痛む。子を成すのも仕事とは言え、これではあんまりだ。このままではいけない、やはりもう一度話し合いたい。
そう止めかける。
「ねえ、ザフ……ん!」
だが一足先に、彼が乳首を指で弾き唇を寄せた。彼女の体はピクリと震え、反応してしまう。
身体が甘く痺れて熱を持つ。ギュッと握り締めるシーツにシワが寄る。息も荒くなっていくのに、心だけが置き去りにされ冷え始めていた。
(また……)
エメラルドに似た深い緑の瞳が、ジワリと潤む。また、こんな感情を持たなくてはいけないのか、と。
(ザフラ……)
心の呼び掛けに、返ってくる声などありはしなかった。
(……)
いつの頃からか、この生活が色褪せ始めた。
どこを見ても、何をしても心が動かない。それが何故なのか、彼女は良く分かっていた。
何度も感じてきた虚しさや、悲しみ。その原因は、夫であるザフラの表情を見なくなったことだった。
昔、良く見ていた笑顔や照れた顔はもちろん、最近では悲しみや怒りすらも、向けられた覚えがなかった。
いつも同じ、仮面のような笑み。もちろん公の場ではそれなりに表情は変わる。だがそれも、所詮、作られたものでしかなかった。イルティアの求めるものとは、遥かに違う。
どうしてこうなってしまったのかと、聞かずにはいられなかった。けれど答えは、忙しいからだろう、の一言だった。
確かに、新たな当主として家を任された彼には覚えることも多くあったのかもしれない。
でも、本当にそれだけなのだろうか、と彼女は疑問を持っていた。
幼い時から、想い人である彼の仕事を近くで見ていて支えていたのだ。おおよそ、その内容は分かっているつもりだった。
現に、少し前までは共にいる時間があった。
食事も一緒に摂り、他愛ない話をし、仕事も手伝い夜も離れることはなかった。
なのに、今はどうだろうか。
食事は別々、仕事の手伝いも、書類を違う部屋で行う程度。夜すら隣にいることなく、情事も月に一、二度、イルティアの部屋に訪れて、終えてすぐいなくなっていた。
こんな風に彼の枷になるくらいなら──いっそのこと、離縁してしまおうか。
そう考えたことも、何度もあった。だがその思いも、こうして抱かれてしまえば霞のように消えていく。
自分は彼に必要とされている、愛されているのだからと思い込んでしまったから。
けれどその思いに反して、もうダメかもしれない、止めたいと葛藤する心があるのは否めない。その鬩ぎ合いに、胸が詰まるように苦しくなる。それでも拒むことは出来ず、行為だけが続いていく。
「あっ……!…や……ダメ」
内股を撫でる手が、いつの間にか敏感な箇所へと触れていた。
何度も抱かれた体。触れられれば、否応にも感じてしまう。
乳首への甘噛みに、敏感な箇所への律動。感覚が一気に昇り詰めていく。イルティアは半ば無意識に名を呼んだ。
「ザフラ……ん! あ、ダメ! ……ザフラ! ザフラ、お願い……っ!!」
心の叫びを出すことなく、達してしまう。透き通るような銀色がかった髪が散らばるように広がり、生理的な涙が一筋頬を伝う。体は汗ばみ、呼吸も乱れたまま。だがザフラは、無言のまま自身を宛がった。
胸の痛みに耐えきれず、思わず声をかける。
「ザフラ……ねえ、ザフラ」
「…………」
何度呼び掛けても、返事は来ない。感情を伴う涙が溢れ頬を伝う。それに気付きもしないのか、彼はそのまま自身を沈めた。
「ん………ぁっ!」
繋がる体と、繰り返される動き。イルティアはひたすらに受け止める。だがその振動を感じる度に、心へ幾重ものヒビを入れていった。
もう……わずかな綻びで、壊れそうな程までに。
首すじを這う舌に身体が震え、声が洩れる。
「ん…………ザフ、ラ……」
「…………」
薄手の寝衣は乱され、露になった乳房を掬うように揉まれる。時折、耳朶を軽く噛まれれば、イルティアは愛らしく鳴いた。
胸を揉みながら焦らすように先端には触れず、その回りをクルクルと愛撫していく。堪えきれなくなって、先を求めるように彼女は手を伸ばし、その頬に触れた。
「ザフラ……」
「…………」
けれど、視線の先で掠めた栗色の瞳は抑揚もなく淡々としていた。まるでこれが、義務だとでも言ってるかのようだ。
「……」
イルティアの胸がチクリと痛む。子を成すのも仕事とは言え、これではあんまりだ。このままではいけない、やはりもう一度話し合いたい。
そう止めかける。
「ねえ、ザフ……ん!」
だが一足先に、彼が乳首を指で弾き唇を寄せた。彼女の体はピクリと震え、反応してしまう。
身体が甘く痺れて熱を持つ。ギュッと握り締めるシーツにシワが寄る。息も荒くなっていくのに、心だけが置き去りにされ冷え始めていた。
(また……)
エメラルドに似た深い緑の瞳が、ジワリと潤む。また、こんな感情を持たなくてはいけないのか、と。
(ザフラ……)
心の呼び掛けに、返ってくる声などありはしなかった。
(……)
いつの頃からか、この生活が色褪せ始めた。
どこを見ても、何をしても心が動かない。それが何故なのか、彼女は良く分かっていた。
何度も感じてきた虚しさや、悲しみ。その原因は、夫であるザフラの表情を見なくなったことだった。
昔、良く見ていた笑顔や照れた顔はもちろん、最近では悲しみや怒りすらも、向けられた覚えがなかった。
いつも同じ、仮面のような笑み。もちろん公の場ではそれなりに表情は変わる。だがそれも、所詮、作られたものでしかなかった。イルティアの求めるものとは、遥かに違う。
どうしてこうなってしまったのかと、聞かずにはいられなかった。けれど答えは、忙しいからだろう、の一言だった。
確かに、新たな当主として家を任された彼には覚えることも多くあったのかもしれない。
でも、本当にそれだけなのだろうか、と彼女は疑問を持っていた。
幼い時から、想い人である彼の仕事を近くで見ていて支えていたのだ。おおよそ、その内容は分かっているつもりだった。
現に、少し前までは共にいる時間があった。
食事も一緒に摂り、他愛ない話をし、仕事も手伝い夜も離れることはなかった。
なのに、今はどうだろうか。
食事は別々、仕事の手伝いも、書類を違う部屋で行う程度。夜すら隣にいることなく、情事も月に一、二度、イルティアの部屋に訪れて、終えてすぐいなくなっていた。
こんな風に彼の枷になるくらいなら──いっそのこと、離縁してしまおうか。
そう考えたことも、何度もあった。だがその思いも、こうして抱かれてしまえば霞のように消えていく。
自分は彼に必要とされている、愛されているのだからと思い込んでしまったから。
けれどその思いに反して、もうダメかもしれない、止めたいと葛藤する心があるのは否めない。その鬩ぎ合いに、胸が詰まるように苦しくなる。それでも拒むことは出来ず、行為だけが続いていく。
「あっ……!…や……ダメ」
内股を撫でる手が、いつの間にか敏感な箇所へと触れていた。
何度も抱かれた体。触れられれば、否応にも感じてしまう。
乳首への甘噛みに、敏感な箇所への律動。感覚が一気に昇り詰めていく。イルティアは半ば無意識に名を呼んだ。
「ザフラ……ん! あ、ダメ! ……ザフラ! ザフラ、お願い……っ!!」
心の叫びを出すことなく、達してしまう。透き通るような銀色がかった髪が散らばるように広がり、生理的な涙が一筋頬を伝う。体は汗ばみ、呼吸も乱れたまま。だがザフラは、無言のまま自身を宛がった。
胸の痛みに耐えきれず、思わず声をかける。
「ザフラ……ねえ、ザフラ」
「…………」
何度呼び掛けても、返事は来ない。感情を伴う涙が溢れ頬を伝う。それに気付きもしないのか、彼はそのまま自身を沈めた。
「ん………ぁっ!」
繋がる体と、繰り返される動き。イルティアはひたすらに受け止める。だがその振動を感じる度に、心へ幾重ものヒビを入れていった。
もう……わずかな綻びで、壊れそうな程までに。
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