血術使いの当主様

重陽 菊花

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深雪の覚醒

よし、糞蛇を一升瓶に封印しよう

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【六月十日】
「おはようございます、深雪様」
朝の六時にお染さんに起こされた。
お染さんは手際良く布団を畳み、私の着替に取り掛かった。
今日は薄ピンクの小紋に臙脂の帯を締められて、小物類は緋色だった。
「お染さん、お七さんは?」
「お七は洗濯物を久松は深雪様の朝食を吉三郎は庭仕事をしております」
「こんな朝早くから?」
「私達は隠世で働いていますので現世に戻って来てから家の事をしてお風呂に入り寝ますので深雪様のお世話は基本的にこの時間になります」
「健康的な生活が送れますね」
「そう言って頂けで幸いです、さぁお支度が出来ました」
「ありがとうございます」
「昨日の朝食を食べた部屋に行ってください」
そう言われ自室を出された。
 昨日と同じ部屋に行くと久松さんが一人分の白米・味噌汁・卵焼き・焼き鮭を並べていた、とても美味しそうな朝食だ。
「おはようございます、久松さん」
「おはようございます、深雪様」
「もしかして私だけの為に…」
「深雪様の為にお作りしましたが、私達の夕食も兼ねてますのでお気になさらず」
「そう言って頂きありがとうございます」
「いえ、それではごゆっくり」
そう言い久松さんが部屋を出て行った。
 一人寂しく朝食を食べ終わると天井が開いて黒蛇さんが顔を出した。
「深雪ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「会う約束をしたから迎えに来たよ」
「朝が早い…」
天井から降りて来た黒蛇は相変わらず黒色のきものをきていた。
私の後ろに座り胡座をかき腹部を抱きしめて自身の脚の上に乗せた。
私の痺れた両脚は伸ばした状態になり足の裏がピリピリしている。
「そろそろ正座が辛いと思って…迷惑?」
「いえ、助かります」
「深雪ちゃん…素っ気ない…何か気に障る事しちゃった?」
抱きつく両手に力が入れられて苦しい。
ヤンデレ気質の蛇妖怪って普通に怖い。
「そんな事ないですよ…まだ眠くて…」
「そっか…まだ寝てたいのに可哀想に…俺の部屋で寝よう」
そう言うと返事も聞かずに姫抱きに持ち上げられた。
「待って!黒蛇さん!お皿を下げないと!」
「置いといたら久松が下げるから大丈夫」
強制連行は避けられなかった。
下半身が蛇になった黒蛇は天井から屋根裏を通り彼の部屋に連れて行かれた。
彼の布団に優しく降ろされて押し倒されそうなのを止めた。
「深雪ちゃん…好きなだけ寝ていいよ」
そう言いながら帯締めに手をかけて来た彼の両手首を掴み止めた。
「今日は出かけるから…」
「誰と何処に行くの」
「一人で鈴ヶ森刑場跡地と比翼塚跡地ら辺に…」
「平井権八?小紫の?」
「そうです…二人を会わせてあげたくて…」
「一番初めに探したと思わないの?」
「そうですけど…タイミングが合わなかったとか…」
「そもそもそれって深雪ちゃんがやる事?無理やり連れて来た相手の対価の無いお願いを聞いてあげるの?平井権八は大量の人間を殺して処刑された殺人鬼でそれ以上も以下でもない…恨みを買い業を背負ってる平井権八が地獄以外にいるとしたら成仏が出来ない幽霊か下級妖怪だ…それならもう見つかってる筈だ」
図星を付かれて黙り込む私を責めたてた。
このヤンデレ蛇妖怪は他の男を探しに行くのが気に入らないとみた。
「一緒に行きたいんですか?」
そう聞くとヤンデレ蛇妖怪は黙って支度を始めた。
支度が終わったのか黒色の袴を履いた彼に手を差し伸べられて立ち上がった。
「黒蛇さんは屋敷から出られるんですか?」
「深雪ちゃんが封印を解いてくれたお陰で屋敷からも敷地からも出られるよ」
「なら何故他の妖怪は避けているんですか?」
「俺が穢れてるから近寄れないんだよ…だから俺も皆には近づかない」
何度目かの黙りの私の右手を恋人繋ぎにし部屋を出た。
 階段を降りて一階の廊下を歩くが誰とも会わない。
皆寝てるのか、それとも黒蛇の穢に当てられない様に部屋から出て来ないのか。
「黒蛇さん、置き手紙を残したいのですが適当な紙とかありますか?」
黒蛇はなれた手付きで玄関横の電話棚からメモ帳とボールペンを出して渡してくれた。
朝食を取った部屋に【外出します 深雪】と置き手紙を残し屋敷を出た。
 急ぎ足の黒蛇に右手を握られ屋敷を出た。
ちゃんと草履が履けていない私をお構いなしに早足で進む黒蛇に苛立ちを覚えたと同時に鞄を持ってない事を思い出した。
「待って!忘れ物!」
急に止まった黒蛇に思い切り突っ込んだが彼はびくともせずに立ってる。
私は後ろにひっくり返りそうになったのに余計に苛立つ。
何事も無かったかの様に振り返った。
「深雪ちゃん…何忘れたの?」
「全部!自室に戻る!」
私は黒蛇の左手を振り払って屋敷に早足で戻った。
玄関で草履を脱ぎそのまま自室に草履を持ち込み、鞄の中にスマートフォン・財布・車の鍵が有事を確認した。
「あの糞蛇いつか酒に漬けてやる」
思わず本音が口から出てしまったが誰も聞いていない。
私がこの屋敷に来る車内で母に車は一台置いていくから好きに使って構わない事と徒歩圏内・自転車圏内には何も無い事・車が無いと生きて行けない事を教えられた。
そんな事を言われてもペーパードライバー歴十年の私には酷な話だ、置いていってくれた車はきっと初心者向けの軽自動車だろう。
ちなみに私が島流しされたのは東京都奥多摩町のぽつんと一軒家状態の屋敷だ。
奥多摩町の山奥からペーパードライバーが品川区まで行くのはレベルが高すぎる。
都内の駐車料金は高いし車線が多いし高速道路なんて乗れないし無理だ。
取り敢えず青梅駅を目指す事にした。
奥多摩駅~青梅駅区間は鹿とぶつかってよく止まるし青梅駅で乗り換えが必要だと青梅近辺に住んでいる友人に聞いた事がある。
なら青梅駅まで行ったほうが乗り継ぎも帰りも楽だ。
だが糞蛇と一緒に行く約束はしたが妖怪が見えない人間がいる中で糞蛇と話してるのを見られたら、おつむがやばい人になってしまう。
人前でフルシカト作戦もあるがその後、ヤンデレを発動して面倒臭い。
無理して車で品川区まで行くのと青梅駅から電車で糞蛇をフルシカトして面倒臭い事になるのとどちらを取るか…真剣に考えていた。
「深雪ちゃん…まだ?…入ってもいい?」
「…どうぞ」
自室に黒蛇が入ってきた。
「深雪ちゃん…どうしたの?…出かけないの?」
「私…車の運転は十年ぶりなので品川区まで行ける自身が全くありません…青梅駅まで車で行ってそこから電車に乗ろうと思ったのですが妖怪を見えない人間がいる所で黒蛇さんと話してるのを見られたらおつむのやばい人になってしまいますので品川区までのデスドライブと安全な電車でフルシカト…どっちがいいですか?」
私は思っている事を正直に伝えた。
「もちろんデスドライブで」
そう笑いながら答える彼が怖く感じた。
「妖怪は不死身だからとか?」
「不死身では無いけど交通事故位なら深雪ちゃんを守ってあげられるし…フルシカトは嫌だ」
「そうですか…分かりました、スマートフォンの地図だと二時間位なんですが何しろペーパードライバーなのでもっと時間がかかると思いますし無事に辿り着けるかも不安なんですが…デスドライブでいいですか?」
「ハハハ…深雪ちゃんを独占出来るなら何でも良いよ」
「では車で行きましょう…不安しかありませんが…」
「大丈夫!大丈夫!俺は強運だから…無事辿り着けるよ!それより深雪ちゃん…何で草履を持ってるの?」
「あ…」
「もしかして勝手口から逃げようと思った?」
図星を付かれて何も言えない。
私の頬を優しく優しく撫でな始めた。
「後でお仕置きが必要だね」
瞳孔が縦に開いた真っ赤な目と目が合った、薄い唇から蛇特有の二枚に割れた舌が覗いていた。
デスドライブより恐怖を感じ固まる私の頬をまた優しく優しく撫で始めた。
「帰って来てからが楽しみだね」
目が笑ってない笑顔に泣きそうになったが、彼は今度は下手に出るモードにチェンジしで私の両手を取った。
「早く行こうか…深雪ちゃん」
いつもの優しい彼に戻ってまた恐怖を感じた。
私を立たせると右手で私の荷物と草履を持ち、左手で私の右手と恋人繋ぎをした。
今度は私のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれた。
 屋敷を出て敷地内を出て駐車場に着いた。
初心者向けの軽自動車だろうと思っていたら黒塗りのフルスモークのセダンの高級車でさっそく心が折れた。
長旅にはお尻に優しいだろうが教習車しか乗った事の無い私にはレベルが高すぎる。
「ねぇ、黒蛇さん…電車にしませんか?」
「おや、どうして?」
「私にこの車は運転出来ません」
「でも乗れる様にならないと生活出来ないよ?」
「お染さんやお七さんがいるし…」
「屋敷にいる心中四人組も双子も別に隠世で飯も着替もあるから困るのは深雪ちゃんだけだよ…食材は深雪ちゃんが来た日に持って来てもらった分しか無いから…車に乗れる様にならないと」
「青梅駅からフルシカトコースじゃだめですか?」
黒蛇は私の耳元に唇を寄せた。
「さっきとお仕置きを追加して良いなら電車でフルシカトで行こうか」
そう言い終わると私の耳たぶを思い切り噛んだ。
「体中に俺の噛み跡を付けて良いならフルシカト大歓迎だよ」
怖いなー怖いなーヤンデレ蛇妖怪怖いなー
「デハ車デ品川マデ行キマショウ」
怖すぎて片言になってしまった私を運転席に乗せて、黒蛇は助手席に乗り込んだ。
 出来る事なら運転したく無いのに無理やり運転席に乗せられた事や先程の面倒臭いヤンデレを思い出してふつふつと怒りが湧いて来た。
私は感情が顔に出やすいらしく不機嫌になったら直ぐに分かるらしい。
だからか糞蛇が私の顔色を伺い始めた。
「深雪ちゃん怒ってる…どうしたの?」
どうしたもクソもねぇ、この糞蛇もう一度封印するか。
「黒蛇さん…私今貴方に怒ってるの…だから今日は鈴ヶ森刑場跡地には行かないし昼間に合う約束も果たしたから今日はお開きね」
そう言い返事を聞かずに車を降りたら糞蛇も無言で車を降りたから速攻で鍵を閉めて逃げる様に屋敷に戻った。
自室には戻らずに五年前に他界した祖父の書斎に逃げ込んだ。
 ここは祖父が死んでから一度も整理されておらず祖父が死んだ日から時間が止まっていると共に人間以外妖怪等は入れない結界が張ってあると幼い頃に祖父から聞いた事を思い出した。
だからこの部屋には糞蛇は入ってこれないし、もしかしたら糞蛇を封印する方法も分かるかもしれない。
書斎は六畳の畳の部屋で部屋の割には小さい窓が一つだけで窓の下に机が置かれていて年期の入った座布団が置かれている。
右側には本棚が壁いっぱいに置かれていて、左側には年期の入った箪笥が壁いっぱいに置かれている。
不思議と埃っぽくも無く初めて入った筈なのに懐かしい。
 歴代の柊本家当主しか入らなかった書斎だけに古びた本や外国の本など様々な本が本棚に整頓されていた。
適当に箪笥の一つを開けてみると人間の腕らしきミイラが引き出しいっぱいに入っていて思わず直ぐに閉めてしまった。
だが好奇心には勝てず怖いもの見たさで隣の引き出しを開けてみると大量の長い黒髪も引き出しいっぱいに入っていた。
何かの儀式に使う為に買い取ったのだろうと自分に言い聞かせて引き出しを閉めた。
気のせいだろうか黒髪には頭皮まで付いていた気がするが確認する勇気は無い、普通に糞蛇より怖い。
「深雪ちゃん…俺が悪かった…仲直りしよう」
噂をすれば糞蛇が書斎の扉の向こうの廊下にいる。
本当に入って来られない結界があるらしい。
「ごめんなさい…暫くは顔も見たくないです」
箪笥の中身よりは怖くない糞蛇に言ってやった。
「そっか…本当にごめんね…また来るね」
この糞蛇は言葉の意味を理解してるのだろうか?
言葉のキャッチボールは諦めて封印しよう、一升瓶の中に。
それからは三日間寝ずに書物を読み漁った。
その間に糞蛇はもちろんの事、双子と小紫や心中四人組に白蛇まで扉の向こうから話しかけられたが、適当に返事をして聞き流していた。
書斎で得た知識は妖怪の生態・呪物の使い方と作り方・隠世への行き方・退魔の使い方・妖怪の封印の方法だった。
でもどの書物も霊力を操れる前提で書かれている為、今の私には何も出来ない。
途方に暮れて何気なしに机の引き出しを開けてみると【これを見たという事はその時が来た。蔵で霊力を学べ】と書かれた年期の入った紙切れと一緒に鍵が入っていた。
霊力を学ぶには安全地帯結界を出て庭の蔵に行かないと行けないが、絶対に糞蛇と鉢合わせする。
私の感だと三日間拒絶されて拗らせたヤンデレとメンヘラを持ち合わせた糞蛇は必ず拉致して来る、捕まるわけには行かない。
待て、そもそも三日間も食わず飲まず寝ずなのに普通に元気なんだろう。
理由が分からないから気持ち悪い、でも箪笥の中身よりは気持ち悪くないと自分に言い聞かせて書斎を出る決意をした。
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