40 / 56
第37話
しおりを挟む『ぐおおおおおおおおおおっ!!』
『!!』
鬼の周りに淡い光の玉が幾つも出現して、まるでからかうように右に左に上に下にチョロチョロと宙を動き回っている。
白い猿の姿は確認出来た。彼はあまり戦闘向きではないから、すぐさま瑞雪の横に着くとその場にいる人物の状況を把握するのに努めている。
『晴雪!』
翠色の光の玉が瑞雪の呼び掛けに反応し素早く近寄った。
『お前は主を護るのだ』
瑞雪の言葉に、光の玉のままの晴雪は戸惑っているようにも見える。
晴雪はまず蛟の元へ近付き様子を見ると、すぐに上総の元へ寄った。
『――え、あ、もしかして主が誰か分からないの?』
上総が、匂いを嗅ぐような動作をしている翠色の光に云うと、ぶるぶると震えている。それがどういう答えなのか上総には分からなかったが、取り合えず両耳を塞いだまま俯いている健司を見た。
光は上総の行動に引き寄せられるように健司の元へ移動して周りを確かめるように廻った。
『――道世?』
可愛らしい声がした。
『道世、大きくなったわね。会えなくて寂しかった。でも貴方が無事で良かったわ』
『晴雪――』
千年前で時を止めてしまっているらしい晴雪を両手を耳から漸く離して優しく包んだ。
『晴雪――君は三十六禽の一人、酉の晴雪だ』
云い聞かせるように云うと、呼応して翠の光が強く輝き中から影が現れた。
『道世、会いたかった!』
翠色の翼を左右に大きく広げ、軽やかに空中で回転すると差し出した左の腕に止まった。
胸の辺りが黄色く、背の一部が赤い。尾も小鳥にしては長く、ビセイインコに似ている。
『話は後だよ、晴雪。僕は争いを好まない』
晴雪は翼を羽ばたかせながら室内を見回した。
瑞雪と白雪達の前には巨大な鬼が一匹、廊下には数匹の妖怪が中を窺っているが、白雪の結界のおかげで入れないだけなのであろう。結界が無かったら鬼同様、封印した恭仁京の血筋の上総と健司に襲い掛かっていたに違いない。
『お任せください』
晴雪は元気良く返事をすると、閉じられた障子の前の畳に降りた。
何をしようとしているのか分からないが、上総は晴雪から目を離して健司に声を掛けた。見た目は健司だが、そうではないのは明らか。道世のかつての識神の名をすんなり口に出せる筈はないし、それに『僕』と云った。
『先生――』
晴雪が離れた健司は、また両手で耳を塞いでいる。
『上総、あの鬼の動きを止められるかい?』
『え?』
『金縛りの術があるだろ? それを使ってほしい。そうすれば僕が正気に戻す』
『わ、分かりました』
両手で印を結び、金縛りの術を詠唱した。
『ぐぅぅぅぅぅぅ!』
鬼が呻いている。
完全に動きを止めることは不可能らしく、鬼は錆びたブリキの玩具のようにぎこちなく腕を動かし、目の前の瑞雪に攻撃を仕掛けようとしている。
『お、己……』
『無駄だ、大人しくしていた方がお主の為だぞ』
『赦さぬ……赦さぬ……』
『上総、もう暫く頑張ってね』
鬼が無理矢理動こうとすれば、その反動が上総にも伝わって来る。
耳に当てていた手を合掌して目を瞑り、健司は深呼吸を二度繰り返した。
『ちょっと苦しいけど、我慢して。如意善方便、為治狂子故、巓狂荒乱、作大正念、心遂醒悟、是人意清浄、明利無穢濁、安住実知中、其心安如海、欲令衆生、開仏智見、使得清浄、出現於世、急々如律令』
高度な詠唱に上総が唖然としていると、金縛りの術を解き鬼は悲鳴のような雄叫びを上げて地面を揺るがした。
『ぐががっ!』
鬼は自分のボサボサに乱れた青黒い髪の毛を掻きむしり苦しみ悶えている。
『お、己ぇぇ、やめろぉぉ!!』
まるで幼子のように鬼は地団駄を踏み、畳に穴を開けた。
『鎮まれ、本当に恭仁京の人間がお前を封印したのか!?』
瑞雪が問う。
『お前は蔵の中に入ったのは自らの意思であろう?』
『え?』
堪らず上総は声を上げた。
『ぐぅぅぅぅぅぅ……分からぬ……我は……我は……何故だ……』
低く唸る鬼は瑞雪の言葉に覚えがあるのだろうか、身震いする程の殺気は嘘だったかのように感じない。
『あの蔵には当時殆んどが自らの意思で入った。そうだろ?』
『え!?』
思わず上総が健司を見ると、寂しそうな表情を無理に笑顔にしている。
『良かれと思って作った蔵だったけど、僕の考えはとても浅はかだったんだ……悪いことをしてしまったね。その結果僕の子孫や人間達は私欲で利用してしまっている』
『道世は悪くない!』
光の玉の一つが健司の周りをぐるぐる廻っている。
『道世、道世! 悪くないよ、道世は全然悪くない! 皆道世に感謝してるんだから!』
銀色の光だ。
『――銀雪』
名を呼ぶと、晴雪同様に目映い光を放ち、生き物のシルエットを浮かび上がらせた。
『――あ』
堪らず上総は声を出す。
見覚えがある動物だ。
どこで見たのか、すぐに思い出した。
昨年、学校で。
夏の暑い日。
『お前は!』
そもすれば狼の瑞雪と姿形は似ているが、言動も姿も幼い子犬。
六徳会に操られ、人間を一人殺めた妖怪だ。今は昨年程の大きさではないが、健司を襲い大怪我まで負わせたあの犬ではないか。
その犬の妖怪がふさふさの白い尻尾をブンブンと振り、健司に体を擦り付けている。
『やっぱりお前も先生――じゃない、道世の識神だったのか』
くぅん、と甘えた声で白い犬は哭いた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
SERTS season 1
道等棟エヴリカ
キャラ文芸
「自分以外全員雌」……そんな生態の上位存在である『王』と、その従者である『僕』が、長期バカンスで婚活しつつメシを食う!
食文化を通して人の営みを学び、その心の機微を知り、「人外でないもの」への理解を深めてふたりが辿り着く先とは。そして『かわいくてつよいおよめさん』は見つかるのか?
近未来を舞台としたのんびりグルメ旅ジャーナルがここに発刊。中国編。
⚠このシリーズはフィクションです。作中における地理や歴史観は、実在の国や地域、団体と一切関係はありません。
⚠一部グロテスクな表現や性的な表現があります。(R/RG15程度)
⚠環境依存文字の入った料理名はカタカナ表記にしています。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる