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 第37話

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 『ぐおおおおおおおおおおっ!!』
 『!!』
 鬼の周りに淡い光の玉が幾つも出現して、まるでからかうように右に左に上に下にチョロチョロと宙を動き回っている。
 白い猿の姿は確認出来た。彼はあまり戦闘向きではないから、すぐさま瑞雪の横に着くとその場にいる人物の状況を把握するのに努めている。
 『晴雪せいせつ!』
 翠色の光の玉が瑞雪の呼び掛けに反応し素早く近寄った。
 『お前は主を護るのだ』  
 瑞雪の言葉に、光の玉のままの晴雪は戸惑っているようにも見える。
 晴雪はまず蛟の元へ近付き様子を見ると、すぐに上総の元へ寄った。
 『――え、あ、もしかして主が誰か分からないの?』
 上総が、匂いを嗅ぐような動作をしている翠色の光に云うと、ぶるぶると震えている。それがどういう答えなのか上総には分からなかったが、取り合えず両耳を塞いだまま俯いている健司を見た。
 光は上総の行動に引き寄せられるように健司の元へ移動して周りを確かめるように廻った。
 『――道世?』
 可愛らしい声がした。
 『道世、大きくなったわね。会えなくて寂しかった。でも貴方がで良かったわ』
 『晴雪――』
 千年前で時を止めてしまっているらしい晴雪を両手を耳から漸く離して優しく包んだ。
 『晴雪――君は三十六禽の一人、とりの晴雪だ』
 云い聞かせるように云うと、呼応して翠の光が強く輝き中から影が現れた。
 『道世、会いたかった!』
 翠色の翼を左右に大きく広げ、軽やかに空中で回転すると差し出した左の腕に止まった。
 胸の辺りが黄色く、背の一部が赤い。尾も小鳥にしては長く、ビセイインコに似ている。
 『話は後だよ、晴雪。僕は争いを好まない』
 晴雪は翼を羽ばたかせながら室内を見回した。
 瑞雪と白雪達の前には巨大な鬼が一匹、廊下には数匹の妖怪が中を窺っているが、白雪の結界のおかげで入れないだけなのであろう。結界が無かったら鬼同様、封印した恭仁京の血筋の上総と健司に襲い掛かっていたに違いない。
 『お任せください』
 晴雪は元気良く返事をすると、閉じられた障子の前の畳に降りた。
 何をしようとしているのか分からないが、上総は晴雪から目を離して健司に声を掛けた。見た目はだが、のは明らか。道世のかつての識神の名をすんなり口に出せる筈はないし、それに『僕』と云った。
 『先生――』
 晴雪が離れた健司は、また両手で耳を塞いでいる。
 『上総、あの鬼の動きを止められるかい?』
 『え?』
 『金縛りの術があるだろ? それを使ってほしい。そうすれば僕が正気に戻す』
 『わ、分かりました』
 両手で印を結び、金縛りの術を詠唱した。
 『ぐぅぅぅぅぅぅ!』
 鬼が呻いている。
 完全に動きを止めることは不可能らしく、鬼は錆びたブリキの玩具のようにぎこちなく腕を動かし、目の前の瑞雪に攻撃を仕掛けようとしている。
 『お、己……』
 『無駄だ、大人しくしていた方がお主の為だぞ』
 『赦さぬ……赦さぬ……』
 『上総、もう暫く頑張ってね』
 鬼が無理矢理動こうとすれば、その反動が上総にも伝わって来る。
 耳に当てていた手を合掌して目を瞑り、健司は深呼吸を二度繰り返した。
 『ちょっと苦しいけど、我慢して。如意善方便にょいぜんほうべん為治狂子故いじおうしこ巓狂荒乱てんおうこうらん作大正念さだいしょうねん心遂醒悟しんついしょうご是人意清浄ぜにんいしょうじょう明利無穢濁みょうりえじょく安住実知中あんじゅうじっちちゅう其心安如海ごしんあんじょかい欲令衆生よくりょうしゅじょう開仏智見がいぶつちけん使得清浄しとくしょうじょう出現於世しゅつげんおぜ、急々如律令』
 高度な詠唱に上総が唖然としていると、金縛りの術を解き鬼は悲鳴のような雄叫びを上げて地面を揺るがした。
 『ぐががっ!』
 鬼は自分のボサボサに乱れた青黒い髪の毛を掻きむしり苦しみ悶えている。
 『お、己ぇぇ、やめろぉぉ!!』
 まるで幼子のように鬼は地団駄を踏み、畳に穴を開けた。
 『鎮まれ、恭仁京の人間がお前を封印したのか!?』
 瑞雪が問う。
 『お前は蔵の中に入ったのは自らの意思であろう?』
 『え?』
 堪らず上総は声を上げた。
 『ぐぅぅぅぅぅぅ……分からぬ……我は……我は……何故だ……』
 低く唸る鬼は瑞雪の言葉に覚えがあるのだろうか、身震いする程の殺気は嘘だったかのように感じない。
 『あの蔵には殆んどが自らの意思で入った。そうだろ?』
 『え!?』
 思わず上総が健司を見ると、寂しそうな表情を無理に笑顔にしている。
 『良かれと思って作った蔵だったけど、僕の考えはとても浅はかだったんだ……悪いことをしてしまったね。その結果僕のしてしまっている』
 『道世は悪くない!』
 光の玉の一つが健司の周りをぐるぐる廻っている。 
 『道世、道世! 悪くないよ、道世は全然悪くない! 皆道世に感謝してるんだから!』
 銀色の光だ。
 『――銀雪』
 名を呼ぶと、晴雪同様に目映い光を放ち、生き物のシルエットを浮かび上がらせた。
 『――あ』
 堪らず上総は声を出す。
 見覚えがある動物だ。
 どこで見たのか、すぐに思い出した。
 昨年、学校で。
 夏の暑い日。
 『お前は!』
 そもすれば狼の瑞雪と姿形は似ているが、言動も姿も幼い子犬。
 六徳会りっとくかいに操られ、人間を一人殺めた妖怪だ。今は昨年程の大きさではないが、健司を襲い大怪我まで負わせたあの犬ではないか。
 その犬の妖怪がふさふさの白い尻尾をブンブンと振り、健司に体を擦り付けている。
 『やっぱりお前も先生――じゃない、道世の識神だったのか』
 くぅん、と甘えた声で白い犬は哭いた。
 
 
 
















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