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番外編1 笑顔の理由~健司の過去~
11話
しおりを挟む『健!』
ホームルームが終わったと同時に教室を出ようとする健司を壮介が呼び止めた。
退院して数日。
普通に登校はするが、以前のような明るさは微塵も無い。
『久し振りにお前と皆で、今からゲーセン行きたいんだけど……またおばさんの見舞いに行くのか?』
連日学校が終わってから直接病院へ向かっていた。
『――俺のせいで……倒れた、から……』
『まだ云ってるのか。違うと何度云えば――』
壮介から視線を外して健司は教室を出て行ってしまった。
『――健……』
『変わっちまったよな……』
仲の良いクラスメイトが云った。
伏し目がちで、人と目を合わせようとしない。授業中も上の空で、反応も鈍い。
『そりゃ、家族が死んで独りだけになっちまったら仕方ないのかもしれないけどさぁ。俺達に何か出来ることがあるなら、どうにかしてやりたいよな』
『――ああ、そうだな』
祖父母の突然の死だけが、健司を変えてしまった要因ではない。幼い頃から見守ってくれていた家族にも災厄が舞い込んでしまった。それを健司は自分のせいだと思い込んでしまっている。
『悪い、遊びに行くの俺もパスする』
『立花もか?』
『健を誘えなくて悪いな』
『いや、良いって。また今度な』
『ああ、頼む』
壮介は自分のカバンを急いで取ると、健司の後を追った。
『――……』
加瀬のおばちゃんが入院している総合病院はかなり広い。
初めて来た時は軽く迷ってしまったが、連日来ていれば顔見知りも増える。医者に看護師に患者、大体学校帰りの同じ時間に来ると、受付の前の椅子には同じ顔ぶれ。
健司は正面玄関から入り総合案内で面会証を受け取ると、左脇のエレベーターに乗って三階に行く。
『健司君』
エレベーターを降りるとすぐに名前を呼ばれた。
加瀬のおじちゃんだ。
いつも優しい笑顔のおじちゃんは、この病院では一切笑顔を見せない。緊張しているような寂しそうな、とても悲しい顔をしている。おじちゃんがそんなだから、笑顔を忘れてしまった健司は一層暗い顔になってしまう。
本当はそんな暗い顔をしちゃいけない、と健司は分かっている。こんな顔ばかりしていたら、おばちゃんが悲しむし心配させてしまう。
でも――どれだけ表面を取り繕うと、本心でないことがバレてしまう。
言い訳も面倒なだけだ。だったら、最初から素でいけばいい――健司は作り笑いをやめた。
『こんにちは』
深々と頭を下げる。
そんな健司の肩に手を置き頭を上げさせると、頭を軽く撫でて病室に入って行った。
『――……』
病室のドアには『面会謝絶』。
健司は家族ではないから中に入っておばちゃんに会うことが出来ない。
会えないが、廊下に佇む。
気の済むまで。
『――……』
自己満足だ。
ただの自己満足。
健司は分かっている。
この行為が加瀬の家族に何の意味も無いことも。
『――……』
廊下の端の長椅子に力無く座り、目を両手で覆った。
――何も出来ない。
おばちゃんは毎日病室に見舞ってくれて、家族のいない健司のために世話をしてくれたのに、健司はこうして顔を見ることも叶わずにいる。
『健』
『壮ちゃん、どうしてここに?』
無言で健司の隣に座った。
何も話さない壮介を暫く見ていたが、病室から音がして目を反らす。微かな音だったから壮介は気付かなかった。
そわそわとして健司は立ち上がると、ドアの近くまで寄って中を伺おうとするが、見えよう筈もない。ドアの前で行ったり来たりを繰り返し、何も変わった様子が無いと分かると椅子に座る――来てから何度も壮介は見た。
この間、二人の間に会話は一切交わされていない。
『健司』
俯きがちだった健司の顔を上げたのは、博樹さんだった。
『今日も来てくれていたんだな』
その博樹さんの柔らかい声に、溜まりに溜まっていた健司の中の不安が堰を切って表に涙となって溢れ出てきた。
最初こそ驚きはした博樹さんだが、健司を抱き締めて背中を擦ってくれた。
『高校生にもなって何泣いてるんだよ』
泣きじゃくって言葉に出来ない。
『母さんは大丈夫だから、心配するな。まだ意識が戻ってないけど、健司が来てくれていることもちゃんと報告してるから』
辛いのは博樹さんなのに、その博樹さんに慰めてもらっている。健司は慌てて博樹さんから離れた。
『ご、ごめんなさい……』
『なんで謝るんだ?』
『だって、俺――……』
云ってはなんだが、血の繋がりも無い赤の他人 。
どんなに健司がおばちゃんを『第三の母』と云おうが、おばちゃんは微塵も健司を『三人目の息子』と思ってないかもしれないし、健司の見舞いだって祖父母に云われていたから仕方なく――だったかもしれない。
ただただ、迷惑だったかもしれない。
一瞬で健司の頭をマイナスの思考が巡った。
『ごめんなさい――もう――来ません……』
『え?』
健司は鞄を持つと逃げるように走り去ってしまった。
『健司、一体どうしたんだ?』
困惑を隠しきれない博樹さんに壮介は学校での健司の様子を報告した。
馬鹿みたいな明るさが無く、笑わなくなってしまったこと。
人の目線を恐れ、目を合わせなくなったこと。
止めるのにも苦労したお喋りが、下手をしたら一日口を開かないことがあること。
まるで『如月健司』の皮を被った他人のようだ。
『そうか……』
一頻り喋った壮介は頭を下げると健司の後を追った。
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