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第24話
しおりを挟む『左京、お願いがあるんだけど』
あまり姿を見せない左京を呼び出し、上総は帰ってくるなり深刻な表情を向けている。
『暫く、先生を監視してもらいたいんだ』
『監視、ですか?』
無表情な烏天狗は、こんな時もやはり無表情なようだ。
『どうも呪いを身体に取り込んでいるのは確かみたいなんだけど、故意で取り入れて目的もあるみたいなんだ。でも、僕にどうしてそんな危険なことをしているのか理由を教えてくれなくてね』
『――呪い、を?』
『あ』
苦々しい顔に変わった。
――前言撤回。
この烏天狗は主の健司のことになると、隠そうとしてもやはり感情が表に出て来てしまうらしい。
『何故そのような馬鹿げたことをなさっているのです、あの方は!』
『だから、教えてくれないんだってば』
苦々しい顔から怒りの顔に変化している。
これは内緒にしていた方が良かったかもしれない、と上総の背中を汗が伝った。
『健司様には瑞雪達が付いておられますよね? 何をしているんですか、あの識神共は?』
『ああ、えっと……』
健司の識神のリーダーであるはずの瑞雪は上総の前には現れず、暮雪と白雪のみ。しかも二人は呪いに気付いていない様子だった。
『――分かりました。自分が問い質して参ります!』
黒い大きな烏の翼を広げ夜空に飛び勇もうとするのを、上総は慌てて止めた。
『違う違う! 左京には監視だけをお願いしたいの! 先生が何をしようとしているのか確認してもらいたいんだよ』
『しかし、あの方はこちらが何も手を出せないと知れば、何をしでかすか分かりません。それこそ、前回のようなご自分を犠牲になさって。大事になる前に縄で縛り付けなければ……』
『な、縄っ!? その発想怖いからやめて! ホントに!』
左京なら本気でやりかねない。
『実際得体の知れない呪いを取り込んでる時点で、犠牲になさっているのですよ』
左京が限りなく饒舌だ。
『それじゃぁ、アタシが健ちゃんに付いていれば良いんじゃないかしら? 使えない烏天狗はお空で指をくわえて眺めていれば良いのよ!』
『右京!?』
ウキウキした右京がいつの間にか姿を現していた。
見た目は背の高い女性にしか見えないが、中身は立派な男の烏天狗である。喋らなければ美人だが、声はまるっきり男。
そんな右京の仕草は艶のある女だ。
『イケメン教師をアタシの虜にしてあげるわ!』
『やめろ、穢らわしい』
左京が右京の胸ぐらを掴んだ。
『やぁだぁ、左京のエッチ! 健ちゃんに云い付けちゃうわよぉ!』
『ふざけるなっ』
この二人、同じ烏天狗なのに非常に仲が悪い。
顔を合わせればいがみ合っている。
『二人共、ケンカしてる場合じゃないでしょっ』
右手の人差し指と中指を立てて印を結び、左京と右京に雷に当たったような衝撃を与えると、二人の妖怪は同時に短い悲鳴を上げた。
『ひ、久し振りに効いたわ……ごめんなさいね、上ちゃん』
『謝るならケンカしないでよ!』
左京も電流を受け謝ったが、納得してはいなかった。
黒い烏天狗の本当の主人は健司であるのは間違いはないのだが、再会した昨年からまともに会ってもいないし会話もしていない。
共に過ごした期間は健司が三歳の時までで、その間の記憶を健司は『恭仁京の呪』のせいで失ってしまっている。
――離れ離れの期間が長過ぎた。
今だって健司の元にはいない。
恭仁京の仕事も大老會の仕事も忙しく、また万能な左京を皆が頼る為に健司と会う機会が無いのだ。
――しかし。
今更健司の側に付こうとしても、向こうが気まずくなるだけであろう。
――だったら、恭仁京の家を健司様に代わって守れば良い。
『左京?』
『上総様、恥態を晒し申し訳ありませんでした。早速健司様の監視に着きたいと存じます』
『う、うん。宜しくね』
再び黒い翼を広げ飛び立った烏を見送り、上総は右京を盗み見た。
『右京も先生の所に?』
『なぁに? 行って貰いたいの? アタシは上ちゃんの命令に従うわよ』
『ありがとう、右京。あのね、今日会った先生が、なんだろ、多重人格みたいでコロコロ顔も性格も変わるんだよ。それが呪いの影響なのか判別出来なくて』
『――多重人格、ねぇ。今日の健ちゃんを見てないから、アタシの考えは違うかもしれないけどね』
右京は廊下を見渡し誰もいないのを確認すると、近くの開いている和室に上総を招き入れ、小声で話始めた。
『初めて会った時から思ってたことなんだけど……健ちゃん、いつもニコニコ笑ってるでしょ?』
『ああ、うん。僕は先生の笑顔大好きなんだけど、今日は怖いくらいに無表情な時があって』
『理由は分からないけど、無理して笑っているんじゃないかしらって思ってるの』
『え?』
『まぁ、流石に呪が完全に取り憑いている時は笑顔なんてしている場合じゃなかっただろうけど、それでも直後は子供のようだったわよね? 上ちゃんにちょっかい出しまくって。それって、普通に考えて異常な光景だと思わない?』
『確かに、そうかも』
恭仁京の屋敷で呪が暴れた時のこと。
あんな血生臭い状況下、真っ赤な血の海に沈み意識を飛ばしていた。
呪に意識を奪われ、上総に幾つもの術を掛けられ、健司の体力は限界であったろう。それでもあの男は何事も無かったかのように、ヘラヘラとしていた。
当時はいつもの健司だとばかりで深くは考えなかったし、それ所でもなかったが、云われてみれば確かに異常だ。
『それじゃ、あの冷たい顔が本当の先生ってこと?』
『それは早計よ。何か意図があって、わざとやっているかも知れない。健ちゃん、お馬鹿な振りして頭凄く良いでしょ?』
『あ、うん』
頭が良い所なんて見たことないが研究がどうたら、とか簡単に一人で海外に行っちゃう所とか、端々に何となく伺える。
『そういえば研究って何の研究してるの?』
『分かんない』
『え?』
『前訊いたんだけど、秘密だって教えてくれなかった』
右京は何か考え込んでいる。
『上ちゃん、申し訳ないんだけど、アタシも健ちゃんの所に行くわ』
『え?』
『健ちゃんには沢山の識神も壮介もいるのに誰も呪いも異変も気付かないなんて、絶対おかしい』
『異変……壮介さんは風邪で寝込んでるけど。それのせいか呪いも気付かなかったみたい』
『はぁ? あんの役立たずっ!』
壮介が大老會と敵対している組織、六徳会の幹部だと知ってからは右京は牙を剥き出しにしている。
それ以前はイケメンだと、はしゃいでいたのに。
『ああ、もう! どいつもこいつも使えないヤツばっかり! 上ちゃん、貴方もウロウロ外を一人で出歩かないでよ? 出るなら清水をちゃんとお供に付けなさい。また一人の所を襲撃されたら敵わないわ!』
『ああ、はい。ごめんなさい』
なるべく早く戻るから、とブツブツ云いながらオカマの烏天狗は先に出た黒い烏天狗の後を追って翼を広げた。
『やっぱり皆、先生に惹かれるんだよね』
恭仁京の当主は上総だ。
上総も健司に惹かれているから文句は云えないが、やはりどうしても妬けてしまう。
『きゅっ!』
足元で大人しくしていた、すねこすりのすねちゃんが鳴いた。
『ああ、すねちゃん。相手出来なくてごめんね』
つぶらな瞳が上総を捕らえ、堪らず抱き締める。
もふもふ。
触り心地が良い。
『きゅきゅうう!』
『え?』
何か訴えかえているが、きゅきゅ、云っているだけで上総には分からない。が、この流れだ、なんとなく云いたいことは分かる。
『何か仕事が欲しいの?』
『きゅぅぅぅっ!』
らしい。
『ああ、そうだなぁ』
期待の眼差しが眩しすぎる。
『すねちゃんはずっと僕の傍にいて、護衛だ!』
『きゅっ!』
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