42 / 56
番外編1 笑顔の理由~健司の過去~
1話
しおりを挟む町医者をしていた祖父母を事故で亡くして一週間。
葬儀も終わり、何かと助けてくれた近所のおばちゃん達も家の様子を見に来る回数が減っていった。
近所のおばちゃん達のおかげで、葬儀や相続に関する手続きが滞りなく済んだ。
後でお礼しなきゃな――高校生の如月健司は電気の消えた診察室で一人、椅子に座って思った。
毎日この椅子に座って祖父は患者の診察をしていた。
学校から帰ると、診察室から顔を覗かせ健司に「お帰り」と声を必ず掛けてくれる。待合室の患者さん達も祖父に倣って挨拶してくれた。
恥ずかしいけど、とても温かい空間で健司は大好きだった。
可能なら医院内をこのまま保存しておきたいが、衛生面等を考えると医療器具の処分の手配もしなければならないが、処分しようにも多額の費用が必要だろう。
健司はまだ高校生だ。
そんなお金持ってはいない。だからとこのまま放置する訳にはいかない。
祖父母は、いずれ健司に跡を継いで欲しい、なんて冗談めかしていたが、跡を継ぐ前に病院の方が無くなってしまった。
これから、どうしたら良いのかな――ふと、思った。
両親もいない、親戚もいない。
頼れる大人がいない。
正真正銘、天涯孤独。
『学校退学して働く、か……』
幸いなことに働ける年齢だ。
明日先生に話そう――健司は診察室を出た。
『健司ちゃん、いる?』
住居部分の二階に行こうとしたら、丁度近所のおばちゃんがやって来た。
このおばちゃんは道を挟んだ向かいの家の住人で祖母と一番仲が良かった。健司のことも祖母に代わって学校の行事に参加してくれたり、何かと面倒を見てくれる優しい女性。
健司にとって、第二の育ての母だ。
『おばちゃん、こんばんは。祖父母のこと、ありがとうございました』
先頭に立って切り盛りしてくれたのも、このおばちゃんだ。
健司はペコリと頭を下げて、お礼を云った。
『良いんだよぉ。それより、なんだい、真っ暗じゃないか』
家の中は一つも電気を点けていなかった。
『ああ、そういえば……』
ぼんやりしている健司におばちゃんは大袈裟に溜め息を吐くと、うちにおいで、と云った。
『え?』
『その様子だと夕飯もまだなんだろ? 準備してあるから、一緒に食べよ』
『で、でも、これ以上ご迷惑は……』
『迷惑だなんて思ってないよ! これからはご飯はうちで食べな、ね?』
『――……!!』
ポロポロ、大粒の涙が零れた。
おばちゃんは、我慢しなくていいんだよ、と健司の頭をグシャグシャ撫で回した。
頭を撫でてもらうなんて、高校生にもなって。
でも――健司は凄く、凄く、嬉しかった。
おばちゃんの家には、おじちゃんと息子二人が住んでいる。家族ぐるみの付き合いがあり、おばちゃんの家にはよく遊びに訪ねたり、祖母のお使いで寄ったり。
気の置けない仲だ。
『健司君いらっしゃい』
優しい、眼鏡のおじちゃん。
『かあさん、健司泣かせたのかよ?』
長男の博樹さんは大学生。
『健司、米を大量に炊いたから遠慮したら殴る』
次男の和也さんは一つ年上の高校三年生。
皆良い人達で大好きだ。
『お、お邪魔します』
ペコリ、頭を下げようとしたら、博樹さんと和也さんに腕を引っ張られてしまった。
『健司君、一層のこと、うちで暮らしたらどうだ?』
おばちゃんのご飯は美味しい。
さすが息子二人の母親だ。
唐揚げが絶品過ぎる。
ガツガツと良い食べっぷりを見せる健司に、おじちゃんは提案してきた。
『ふぁ!?』
『とうさん、食事中に云うなよ』
博樹さんがコップに水を注いでくれた。
『いや、悪かった。よっぽどお腹空いていたんだね。美味しそうに食べてる姿を見て、居ても立ってもいられなくて』
『家族が一人二人増えた所で、変わりゃしないしねぇ』
おじちゃん、おばちゃんは揃って笑った。
『――……』
健司は箸を置いて俯いた。
ああ、ほら――息子二人に責められる両親。
『ごめん。困らせるつもりは無いんだよ』
勿論そうだろう。
健司も分かっている。
だけど――。
『すぐに答えを出さなくて良いよ。取り敢えず、ご飯食べな』
『健司ちゃん、勉強するだろ? お夜食にタッパに包んであげるからね』
至れり尽くせりで、感謝しかない。
だが――。
おじちゃんの言葉が頭から離れず、もう、喉を通らなかった。
『健司、どうした?』
博樹さんの言葉に首を振って箸を持ち直したが、食が進むことはなかった。
なんとなく微妙な空気が流れ、いつもならお喋りのおばちゃんと健司が中心になって会話が弾むのだが、皆が健司を慮ってしまって食器の音だけが響く夕飯になってしまった。
『あ、あの……食器洗います』
食事が終わり、夕飯のお礼に、と後片付けの手伝いをしようとしたら博樹さんが、ゲームしよう、と云ってきた。
『あ、ええと……』
『いいよいいよ、博樹と遊んでおいで』
おいでおいで、と二階の博樹さんの部屋に招かれた。
『ちょっとさ、どうしても倒せないモンスターがいてさ』
ゲームを起動させる。
はい、とコントローラを渡された。
人気のあるゲームだ。
健司も幼馴染みの壮介と遊んでいるゲームだから、小難しいキャラクターの操作も慣れている。
『ああ、コイツコイツ! 俺一撃で殺られちゃうんだよ!』
成程、モンスターの中で一番すばしっこく、鋭い鉤爪で襲い掛かって来る。
『おお?』
健司は難なくかわし、所持している銃で攻撃した。
『やるな、健司!』
『こいつはかなり距離とった方がいいモンスターだね』
健司も夢中になっている。
博樹さんは健司の横に座り、ほっと息を吐いた。
家に来てから一度も健司は笑っていない。
おばちゃんだけでなく、博樹さんも気にしていた。
『あ』
時刻が夜十時になった頃、健司はふと時計を見て立ち上がった。
『もう帰らないと』
『何だよ、風呂も入って行けば?』
ゲームに夢中にはなったが、結局健司は笑っていない。
博樹さんに首を振りもう一度、帰る、と云った。
おばちゃんとおじちゃんに礼を述べ、真っ暗な我が家に帰る。
『ええと……』
台所は祖母の気配が残っている。
キョロキョロと見回し、いつも使っている弁当箱は、さて、どこにしまってあるのだろう。
あれが無いと明日から学校で昼飯が食べられない。
戸棚という戸棚を開け、漁る。
漁る。
『――無い……』
じわり、と額に汗が滲んだ。
ちょっと泣きたい気分だ。
諦めて売店で買う選択肢もあるが、なるべくお金は使いたくない。
『もうちょっと探そう』
脚立を持って来て、頭上の戸棚を開ける。
『――そうだよね、毎日使う物をこんな所に置かないよね』
脚立に座り、しょんぼりした。
『あ――お風呂沸かすの忘れてた……』
弁当箱探しに時間を忘れていたが、もう十二時近い。
『ううう……』
何もかも上手くいかず、頭も回らず、呻く。
漸く一人になって実感した。
家が凄く広い。
広すぎて孤独が浮き彫りになる。
暗い部屋ばかり。
そこかしこに闇が広がっている。
『――……』
健司は逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
プロローグで主人公が死んでしまう話【アンソロジー】
おてんば松尾
恋愛
プロローグで主人公が死んでしまう話を実は大量生産しています。ただ、ショートショートでいくつもりですので、消化不良のところがあるみたいです。どうしようか迷ったのですが、こっそりこちらでアンソロジーにしようかな。。。と。1話1万字で前後で終わらせます。物語によってはざまぁがない物もあります。
1話「プロローグで死んでしまうリゼの話」
寒さに震えながらリゼは機関車に乗り込んだ。
疲労と空腹で、早く座席に座りたいと願った。
静かな揺れを感じながら、リゼはゆっくりと目を閉じた。
2話「プロローグで死んでしまうカトレアの話」
死ぬ気で城を出たカトレア、途中馬車に轢かれて死んでしまう?
無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様
霊聴探偵一ノ瀬さんの怪傑推理綺譚(かいけつすいりきたん)
小花衣いろは
キャラ文芸
「やぁやぁ、理くん。ご機嫌いかがかな?」
「ふむ、どうやら彼は殺されたらしいね」
「この世に未練を残したままあの世には逝けないだろう?」
「お嬢さん、そんなところで何をしているんだい?」
マイペースで面倒くさがり。人当たりがよく紳士的で無意識に人を誑かす天才。
警察関係者からは影で“変人”と噂されている美形の名探偵。一ノ瀬玲衣夜。
そんな探偵の周囲に集うは、個性的な面々ばかり。
「玲衣さん、たまにはちゃんとベッドで寝なよ。身体痛めちゃうよ」
「千晴は母親のようなことを言うねぇ」
「悠叶は案外寂しがり屋なんだねぇ。可愛いところもあるじゃないか」
「……何の話してんだ。頭湧いてんのか」
「ふふ、照れなくてもいいさ」
「……おい、いつまでもふざけたこと言ってると、その口塞ぐぞ」
「ふふん、できるものならやってごらんよ」
「えぇ、教えてくれたっていいじゃないか。私と君たちの仲だろう?」
「お前と名前を付けられるような関係になった覚えはない」
「あはは、理くんは今日もツンデレ絶好調だねぇ」
「っ、誰がツンデレだ!」
どんな難事件(?)だって個性派ぞろいの仲間と“○○”の助言でゆるっと解決しちゃいます。
「Shed light on the incident.――さぁ、楽しい謎解きの時間だよ」
(※別サイトにも掲載している作品になります)
おしごとおおごとゴロのこと そのさん
皐月 翠珠
キャラ文芸
目指すは歌って踊れるハウスキーパー!
個性的な面々に囲まれながら、ゴロはステージに立つ日を夢見てレッスンに励んでいた。
一方で、ぽってぃーはグループに足りない“何か”を模索していて…?
ぬいぐるみ達の物語が、今再び動き出す!
※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは無関係ですが、ぬいぐるみの社会がないとは言っていません。
原案:皐月翠珠 てぃる
作:皐月翠珠
イラスト:てぃる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる