陰陽師・恭仁京上総の憂鬱 悲岸の鬼篇

藤極京子

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 第**話

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 おとうと、おかあが云ってた。

 『おら達の云ったことを守れば、お前も皆も幸せに暮らせる』って。

 だから、オラはお父とお母の言い付けをちゃんと守った。

 守ったんだ。

 だのに――。
 
 だのに。

 なんで?
 

 なんで、お父、いないの?
 なんで、お母、いないの? 

 なんで――こんなに熱いの?
 

 なんで。
 なんで。
 なんで――。
 



 村人達の顔を赤く照らしているのは、熱く燃え盛る炎。
 目の前で、炎々と夜空に向かって火柱を作っている。
 耳に、目に、鼻に、手に、皮膚に、の泣き叫ぶ姿が焼き付く。
 鬼子は騙した。
 寂れた村の、僅かばかりの人間達を。
 鬼子は脅した。
 国のお代官様を。
 金を巻き上げ、私腹を肥やし、裕福な暮らしをした。
 村は田畑を枯らし、農作物の育たない大地へと変貌を遂げた。
 『何が神様の使いだ!』
 『オラ達の田畑を返せ!』
 子供の皮を被った、とんでもない鬼。
 恐ろしい鬼だ。
 『ああ、許してください。オラ達も、あの子供に騙されていたんだ』
 子の父が頭を地面に擦り付け、赦しを乞う。
 『ずっと怯えていた。ずっとずっと、脅されて……』
 子の母は村人に必死に涙ながらに懇願する。
 騙されていた、脅されていた、と。
 騙されていた、脅されていた。
 だから、悪くない。
 オラ達は悪くない。
 『あんの鬼子なら、やりかねねぇ!』
 『お前達よく、耐えたなぁ』
 『今までオラ達を騙しやがって!』
 『そうです、そうなんです! オラ達もそら、恐ろしくて恐ろしくて――いつ取って喰われやしないか不安で不安で……』

 父と母は、子を見棄てた。
 自分達の保身のために。
 自分達が生きるために。

 散々子を利用して、利用して、利用して――嘘が発覚したら、全ての責任を子に擦り付けて。 
 
 まだ幼い子に、全ての罪を着せて。
 
 『は人の皮を被った、恐ろしい鬼だ!』
 
 父と母は、泣いて村人達に懇願した。
 オラ達は悪くない。
 オラ達は脅されていた。
 オラ達は騙されていた。 

 だから、全て、あの鬼子が悪い。
 
 あの鬼子は恐ろしい。

 あの鬼子は人間ではない――。


 燃え盛る炎の中。
 子供の叫びが聞こえてくる。
 ゴォゴォと猛狂い、渦巻く業火の中。
 子は、必死に叫ぶ。
 
 お父はどこ?
 
 お母はどこ?

 どうして、いないの?

 どうして、熱いの?

 お父、お母、言うこと守るから。

 お父、お母、ちゃんと約束守るから。

 お父、お母。

 お父、お母。

 お父、お母、どこ?

 どこにいるの?
 
 熱い。

 熱いよぉ……。

 助けて。

 助けてよぉ……。

 お父、お母。
 
 お父、お母。




 なんで、 オラを、棄てるの?

 お父。

 お母。




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