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第12話
しおりを挟む衝撃は無かった。
痛みも無い。
きつく閉じた目を恐る恐る開けると、頼もしい背中が見えた。
白くて長い髪の毛、頭の左右に獣の耳。
お尻にはふっさふさの白い優雅な尻尾。
『瑞雪……』
健司の――正確には、賀茂道世の識神だ。
降り下ろされた腕を掴み、瑞雪は里の攻撃を防いだ。
手には小刀。
よく研がれ、怪しく光っている。
『くっ! 己、畜生風情がっ!』
『何者だ、吾主に手を出そうなど許されるものではない』
瑞雪の極めて冷酷で低く怒りに満ちた声が地を震わせている。
『私は恭仁京の一族を亡き者にするために来た! お前に用はない、恭仁京姶良を差し出せ!!』
腕を掴む瑞雪の力が強くなる。
ギリギリと音を立て、素手で肉を裁ち骨を砕かんとした。
それでも里は小刀を離そうともしない、表情も崩れない。
『健司、こっちだ!』
背後で男の声がした。
金髪でヤンキーの男。
耳と首と指と、ジャラジャラとシルバーアクセサリーを身に付けて手招きをしている。
『暮雪……』
瑞雪同様、健司の識神だ。
二人は今は人間の成りをしているが、瑞雪は狼、暮雪は猿である。
普段は天界に居を構え、必要とあらば健司の前に姿を現す。
健司の腕を掴み、暮雪は里から距離を取った。
『もしかして……』
以前に上総が女の襲撃を受けたと云っていた。
この里と云う女のことではないか?
『何故? 何故、恭仁京家を狙っているんだ?』
『お前達のせいで! 私の家族が、アイツが、どんなに無念のうちに死んで逝ったか!』
歯がギリギリ音を出し、里の憎悪を増長させている。
『どういう事? 死んだって、一体……』
恭仁京の歴史の中で『呪』以外にも何か他に闇に包まれた真実があるというのか。
それを健司は知る事も無くのうのうと生きて、贅沢な悩みに頭を痛めているということなのか。
当主でなくても、恭仁京の血を継いでいる人間なら知っていなくてはならないことではないのか。
こんな思いを上総は小さな身体で抱えているというのか――。
『――……』
息が詰まる。
目眩がした。
ぐるぐるぐるぐる――。
こんなにも翻弄されたことがない。
ぐるぐるぐるぐる――。
『――……』
傘をさっきの襲撃で手放してしまったせいで、身体が寒さで震えた。
全身ずぶ濡れだ。
女が怨めしげに健司に向かって呪いの言葉を吐いている。
赤い唇が、大きく開き、呪いの言葉を叫ぶ。
『――……』
ぐるぐるぐるぐる――。
聞こえない。
口が動いている。
ぐるぐるぐるぐる――。
赤くて、血のような。
瑞雪の、女の、すぐ横の暮雪の声も――。
ぐるぐるぐるぐる――。
ぐるぐるぐるぐる――。
聞こえない。
聞こえない。
視界が急激に狭まり、酷い耳鳴りに身体を震わせる。
頭の中の脳味噌が激しい痙攣を起こしながら、甲高い悲鳴をあげた。
キィィキィィ――。
ぐるぐる。
『健司?』
キィィキィィキィィ――。
ぐるぐるぐるぐる……。
キィィキィィ……。
キィィ……。
『――……』
『健司、どうしたんだ?』
暮雪の声が耳に届き金髪を見やると――健司は魂が抜けたように水溜まりの小さな海に倒れた。
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