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 第8話

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 一階の畳が敷かれた客室で、友菜はぐっすりと眠っていた。
 側に付いてくれているのは、珍しく烏天狗の左京。運んで、そのまま見守っていてくれていたようだ。
 『左京、ありがとう』
 上総と健司が入って来ると、真っ黒な長髪を滑らせ左京は無言で深々と頭を下げる。
 『様子はどう?』
 上総が問うと聞き心地の良い低い声で、変わりありません、と簡略に返答しただけで、左京から何かを発信するのはこれ以上無かった。 
 『先生、取り合えず佐藤さんに憑いていた霊は取り除いてありますが根本が断たれていないので、また憑く可能性は多大にあります。こうなった理由、先生はご存知ですか?』
 健司は左京の横に座り、無言で友菜を見詰める。
 『……上総に云っても良いのか分からないんだが……佐藤はクラスで浮いててね。特に女子には煙たがられているんだ』
 『そ、想像、つきます……』
 上総に会って早々の挨拶振りから見ても想像は容易い。
 健司は、フゥと息を吐いて頭をガリガリ掻いた。
 『クラスの女子のケンカは大体佐藤が要因で、周りの女子を苛立たせる天才って云うか、何の考えも無しで喋るものだから毎日毎日逆鱗に触れている』
 何度も注意しているんだが、と疲れた表情をした。
 健司が佐藤を注意すると、周りの女子は良い顔をしない。
 何故佐藤にだけ、と思春期の女子達は友菜だけが特別扱いを受けているように見えて、不快感は相当溜まっているであろう。それも健司は分かっているから、クラスの女子達を生活指導室に呼び、注意はする。
 勿論、女子達の言い分を聞かない訳にもいかないから、何故ケンカになるんだ、と訊ねれば健司を独占しているようで嫌なんだ、と返ってくる。
 健司本人からしたら、なんだそれは? となるのは当たり前だった。
 独占されている覚えも無いし、そもそもではない。
 そう云うと、鈍感だ、と必ず云われた。
 頭が痛い。
 思春期の女子生徒は、本当に大変だ。
 本当に。
 無意識にこめかみを押さえつけ、低く呻く。
 『先生、大丈夫ですか?』
 『ん、ああ、ごめん』
 『話、続けますね。佐藤さんには簡単な呪いが掛かっています。初心者がやるような。先生が云ったことが原因なら、呪いを掛けているのは、クラスメイトだと考えられます。どんな呪いの方法を用いているのか、今は分かりませんが、簡単な方法なら検討は付きます』
 『……』
 『経過と呪いの特定を見たいので今日はこのまま、ここに泊まってもらいますが宜しいでしょうか?』
 『ああ、佐藤のお母さんには俺から連絡するよ』
 電話してくる、とスラックスのポケットから携帯電話を取り出して、健司は部屋を出ようとした。
 『健司様』
 障子を開けようとした健司の腕を左京は掴み、止めた。
 『左京?』
 『あやかしの気配が致します』
 『え?』
 外の気配を上総が探ると、成程二、三体の妖怪の気配を感じる。
 『……先生、大老會はどうやら本気で僕を当主の座から降ろしたいようです』
 冷静に云う上総を、信じられないものでも見るように健司は触れていた障子から手を放し、少年に向き直った。
 『結界が綻びたのか? 大老會が?』
 『のようです』
 『健司様、暫くこの部屋からお出にならない方が宜しいかと』
 『何故?』
 『恐れながら、恭仁京家の敷地にいると云うことは健司様は姶良様であって、賀茂道世様であられるのです』
 片膝を立て、左京は健司の忠実な識神であると、体現した。
 『……つまり?』
 『つまり妖に狙われているのは、先生、です』
 健司は首を横に振り、目を丸くしている。
 恭仁京家の敷地にいると姶良であり、賀茂道世であるなら外に出てしまえば、ただの健司になる。
 出てしまえば済む。のではないのか?
 しかし、なんだってそんな、おかしな構造になっているのか、どういう仕組みなんだ、と訳が分からないでいた。
 それに。
 『俺、頭悪くて理解出来てない。大老會は上総を当主から引き摺り降ろそうとしているんだよな? それで屋敷の結界を解いた』
 そうです、と上総は頷く。
 『大老會の幹部は僕のを狙っているんだと思います』
 『過ち?』
 困惑を隠しきれない健司の背後の障子を図体のデカイ清水が乱暴に開けたものだから、上総も健司も短い悲鳴を上げて驚いた。
 『び、びびびっくり、したぁ!』
 胸に手を宛て、健司は目玉を白黒させている。
 『悪ぃ。お二人さんは――無事だな?』
 清水は上総と健司が無事なのを確認すると、左京と目配せをした。
 『綾乃さんには右京が付いている』
 『ありがとう、清水』
 『現状報告だが、恭仁京一帯の結界は完全には解かれていない。あくまで解け掛けているってだけだ。そこの部分に恭仁京のを狙う妖が集まり始めている』 
 『では、綻び掛けている部分を修復すれば良い、ということだな?』
 ああ、と清水は力強く頷いた。
 『そっか、それじゃ、それくらいなら僕が結界を直せるね』
 パン、と両の掌を合わせて上総は結界を再構築するために法術を詠唱する。
 『――……』
 見ているしか出来ない健司は密かに唇を噛み締めた。
 『おい』
 清水が様子を見て声を掛けるが、健司はにっこりといつもの人懐こい顔になり首を傾げる。
 『何?』
 『……いや、なんでもねぇよ』
 外を見てくる、と清水は部屋を出て行った。
 
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