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二
しおりを挟む午前十一時。
新千歳空港からマイクロバスで数時間掛かるキャンプ場は周りを山と森と川に囲まれ、コテージのある少し洒落た造りの馴染みのキャンプ場に一行は到着した。
今回も毎年同様、徳永家を含む四組の家族の貸し切りとなっている。
コテージは二階建てが四棟。中央の広場を囲むように円に連なり、キャンプ場の奥には物置小屋がある。
物置小屋には事前に管理人が必要な道具や食材をある程度用意しておいてくれていて、利用者は着替えや好きな遊び道具さえ持参すれば二泊三日は簡単に宿泊出来る初心者向けの施設になっていた。
食材を持ち込むことも可能で、キャンプ場ではなく外へ食べに行くことも出来る。
コテージの中はオープンキッチンを備え、一階には四畳程の和室もあるが壁は一切なく、広々とした空間が広がっている。
二階には寝室が三部屋。
ちょっとした貸別荘のような、キャンプ場のコテージにするには勿体ない贅沢さである。
広場にはバーベキューが出来るスペースがあって、キャンプファイヤーも可能だ。
「キャンプファイヤーは明日にしよう。明日の夜の方が涼しくなるようだし。今夜は花火かな」
今年は暑い。
八月の北海道の太平洋沿岸部は、親潮の影響で平均気温は十八度で最高でも二十五度に満たない涼しさを保っている。
しかし今年は本州では四十度を超える地域もあり、涼しい印象を与える北海道も三十度近く気温が上がった。ただそれでも本州に比べれば幾段も涼しいに違いはない。それにコンクリートジャングルの照り返しの激しい都会と違って、自然豊かな大地のおかげで爽やかな風が火照った身体を優しく撫でてくれ自然扇風機の役割をしてくれている。
「先週発生した台風も上手い具合に北海道を避けてくれたから、一週間は晴れ予報だ」
今年企画をした木内信夫が物置小屋から食材を出しながら嬉しそうに云った。今年で最後の企画だから長い時間を掛けて計画を練っていたのであろう。そんな努力を台風でご破算にはしたくない、伸夫に限らず参加したメンバーは思っている筈だ。
「しかし案外道が混んでたからね、少し到着時間が遅れたから今からお昼ご飯作るのは大変だよね?」
既に黒々と小麦色にこんがりと焼けている横田孝之も信夫の手伝いをしながら、食材を吟味している女性陣に訊ねた。
ひょろりとした信夫と対照的で、孝之は筋肉質だ。
趣味でボディービルをしているらしい。
小麦色の肌に白い歯をニカリと輝かせている。
「女が沢山いるんだから昼食くらいすぐに用意できるわよ」
そう自信満々に告げたのは孝之の妻、美幸。
彼女は男ばかりの家族を支えてきただけあって、ボリュームのある腹一杯に膨れる料理を作るのを得意としている。夫の孝之と違って、ぽっちゃりとした体型はいかにも『おかあちゃん』の呼び名が相応しい。
「カレーの予定だったでしょ? 作っちゃいましょうよ」
浩司の妻の沙織が信夫の妻、啓子に同意を求めると啓子は控えめに笑った。
ハキハキした美幸とは正反対の性格の啓子は、仲が良い沙織の影に隠れるように美幸の顔色を始終窺っている。
何年も前までは沙織は啓子が何故そんなおどおどとしているのか理由が分からなかったのだが、四家族が集まって出掛けるのが増えてくると沙織も何となく啓子がそうなる原因が理解出来た気がした。
あまりおおっぴろげに話せる内容ではないだけに沙織は啓子から聞いたことはないし、訊くこともしないつもりだ。
「マジで信じらんない! ここまだ圏外なの!?」
突如、若い女の金切り声が広場に響いた。
「なんだ?」
叫んだのは今年十七歳の細川明美。
彼女の父親は浩司や信夫達の上司に当たる細川誠だ。
十年前誠の一言で、四家族は毎年夏休みにこうして集まるようになった。
明美はやたらと気合いの入ったメイクを施し、露出度の高いファッションで固めている。妹の智子もだ。
二人とも手には最新の携帯電話が握られている。
「やっぱ、来るんじゃなかった」
二人はブツブツと文句を溢しながら、宛がわれたコテージに入って行く。
「あの調子だと、昼食の手伝いはしなさそうね」
沙織は苦笑して、玉葱の皮を剥き始めた。
結局昼食の支度をしているのは、沙織と啓子と美幸の三人だけ。
それでも仲の良い者同士、井戸端会議よろしく手際良く調理を進めていれば、自然とカレーの匂いに誘われ到着早々にコテージに引っ込んでいた家族が顔を見せ始めた。
「そういえば龍君、ジャガイモ駄目なんだっけ?」
訊いてきたのは細川誠だ。
仕事中はスーツをカッコ良く着こなし、ダンディーな男の大人な雰囲気を醸し出しているが、私生活は妻や二人の娘に尻に敷かれる気の良いおじさんで、龍とあやめは誠が大好きだ。
「ああ、うん、そうなんだ」
ジャガイモはどうしたってカレーの具材の代表格で欠かすことは出来ない。今親達が作っているカレーには当然入っているだろう。
普段徳永家のカレーにはジャガイモは入っていない。
ジャガイモは無理だが、龍は無類のカレー好きである。
月に何度もカレーの日があるが、それでもジャガイモは絶対に入っていなかった。
「何でだっけ?」
誠に続き訊いてきたのは、凛子だった。
テーブルを拭いていた龍の手がピタリと止まった。
「んん、大した理由じゃないんだけど」
カレーにさえ入っていなければジャガイモは食べられる。
茹でたジャガイモにバターをたっぷり乗せて食べるのは凄く美味しくて大好きだし、沙織の作るジャガイモとベーコンのチーズ焼きは絶品だ。
それなのにどうしてカレーにだけは駄目なのか、というと。
「小さい頃、俺が幼稚園の時かな、やっぱりキャンプに行ってカレーを食べたんだ」
キャンプといえばカレーが定番。
幼稚園児と家族でキャンプに行った初日の夜。
カレーを食べた龍は夜中に酷い嘔吐を繰り返し、救急車に運ばれた。
「え? そんなことあったっけ?」
同じ幼稚園の凛子は首を大きく傾けた。
「あった。お前はぐっすり寝てたんだろ、きっと」
面倒臭そうに凛子の疑問に答えながら、龍は大きく溜め息を吐いた。
別に隠していることでもないし訊かれれば答えるが、そもそもあまり喋るのは得意ではない。
凛子も妹のあやめもお喋り好きだから、側で二人がトークに花を咲かせようものなら、煩わしくって仕方ないのだ。
「それで、原因は何だい?」
「食べ過ぎ、です」
「マジで?」
「食中毒だったら俺だけのわけないだろ?」
「いや、だってさ、ジャガイモ関係ないよね?」
凛子の尤もな意見は龍にだって分かっている。
それでも以降、カレーに入っているジャガイモを食べただけで腹痛や嘔吐をするようになってしまったのは事実。
ジャガイモには申し訳ないが。
腹を抱えてヒィヒィ笑う凛子を無視し、龍は誠に別の話を振った。
「物置小屋に虫かごと虫捕り網ありますか?」
「あるよ。昆虫採集かい?」
「はい。夏休みの自由研究をしようと思って」
「自由研究か、ここはやるには最適な場所だね。おじさんも手伝ってあげようか?」
誠の目が輝いた。
子供は娘二人で、誠はさぞや寂しい思いをしてきたのかもしれない、と考えながらも龍は丁重に誠の善意を断った。
「龍は昆虫採集か。ふぅん」
凛子はつまらなそうに呟きながら、沙織達の手伝いに向かってしまった。
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