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グランドベゼル編
21 師団長ウィリアム&ジンvs双子の兄弟
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side ノア=オーガスト
皇帝陛下や師団長たちとの会食が終わった矢先、皇帝陛下からのお願いにより、オレたちノアズアークと師団長の御前試合が行われることになった。
前に秀とオスカーさんが戦っていた時、正直オレもやりたかったなと思っていたから、いい機会と言えばいい機会なんだよなー。
だってさ、師団長とやれる機会なんてそうそうないよな?
こんなにも大きな国を守っている人たちなんだ。身体的にも、精神的にも、技術的にも、弱いはずがない。その肩書きに見合う強さをもってる。
そんなすごい人と勝負できるなんて……燃えてくるじゃん。
「どうするんだ、ノア。一対一の二戦ではなく、二対二の一本勝負で行うという話だったが」
演習場と称された場所に着いた途端、湊が話しかけてきた。
「オレは絶対やりたい。だからあと一人、オレとタッグ組んで欲しいんだけど、誰かーーー」
「俺がやる」
喰い気味に発言したのは、シンだった。
「お、珍しいなー。シンがやりたいって言うなんて」
「兄さんを守るのは俺の役目だからな」
「ったく、普通は逆なんだけどなー。まあいいや。他にやりたい人、いない?」
「そりゃみんなやってみたいよー。だって、師団長と勝負できる機会なんてそうそうないんだからさー。けど今回は譲ろうかなー。兄弟タッグの力を見てみたいからねー」
「たしかに、そうですね。ノアさんとシンさんの本格的な連携は見たことないです。すごく興味あります……!」
カズハとエルはどうやらオレたちの戦いぶりを見たいらしい。これは恥ずかしい試合はできないな。
「あんたら二人って、本気出したことないだろ」
「え?」
突然、セツナに言葉をぶつけられた。
「もしかしたら、この試合であんたらが隠してる何かの片鱗が見られるかもしれない。だったら私が辞退する価値はあるって話」
げっ……な、なんでわかるんだ……?
セツナってやけに鋭いところあるんだよな……前にカズハたちにしたみたいに神仙族の説明はしたけど、ちょっと疑ってる節があったんだよ。『身体能力が高い、ね……ほんとにそれだけか?』って聞いてきたし……。
「い、いや、別に隠し事なんか……」
「師団長たちには頑張ってもらわないとな」
鋭い目つきでオレたちを捉えるセツナ。
「は、ははは……」
オレは乾いた笑いをし、なんとかごまかそうとした。セツナには無駄なんだろうなとわかっていても、反射的にやってしまったのだからしょうがない。
セツナはそんなオレを無視して、厳しい視線を向け続ける。
うぅ……誰かー……!
「ノア兄ちゃん、シン兄ちゃん……!」
呼ばれた声に振り向けば、小さな救世主がそこにいた。
助かったー!
「リュウ……!」
オレはリュウに目線を合わせるようにしゃがむ。
なんか背後から、威圧がかかってる気がするんだけど……無視しよう、うん。だって怖いもん。
「あの強そうな人たちと戦うの……?」
「そうだよ。もしかして、リュウもやりたかった?」
そう聞くと、リュウは首をブンブンと横に振った。
「ぼくじゃ弱いから……勝てない」
しょぼんとするリュウ。そんな顔しなくたっていいのに。
「弱いだなんて……少なくともオレたちは、リュウのこと、強くて信頼できる仲間だって思ってるぞー。けどそれでも、リュウが自分に自信を持てないって言うなら……そうだな……」
ちょうどシンがオレの隣にやってきた。オレは立ち上がり、シンの肩に腕を回した。
「オレたち兄弟の華々しい戦いっぷりを見てな!」
オレはニッと笑う。
「そんで、いいとこぜーんぶ奪っちゃえ!」
「うん……!わかった!」
リュウはさっきの落ち込んだ様子とは真逆に、パーっと明るく笑ってくれた。
「そんなにやりてぇのか?ノア」
「もちろん。秀だけオスカーさんと戦ったのずるいじゃんか。オレもやってみたい」
秀は少し呆れ気味に後頭部掻いた。
「ったく。なーんか、年々その凶悪な好奇心が育ってる気がするぜ……。ま、今回は俺たちが折れるか……存分に暴れてこいよ、ノア、シン」
呆れていたはずの秀だけど、オレたちを鼓舞する一言をくれた。
「ただし、あれは使うな。あれは命の危険に晒された時のみだ。わかってるな?」
「わかってるって。あ、でもいざってときは、眼の力は使うからな」
とは言っても、前に何度か使っちゃってるんだけどなー。けど、言わなきゃバレないから大丈夫理論のおかげで、たぶん知られてはない……はず……。
「黎明之眼か……別に大量に外に放出してるわけじゃないしな……それなら使っても問題ないな」
あ、バレるバレない以前に、使ってよかったらしい。
なんだよ、もう。
まあでも、秀のお許しも出たし?今後は使いたい放題ってわけだ。
けど、あんまこの力に頼りきりになると、いざ使えなくなった時を想定した場合、オレは役立たずに成り下がっちゃうからなー。なるべく使わず、いざってときの切り札的なものとしても扱わないと。
だからこの試合でも、当然最初からは使わない。
「そろそろ準備はできたかー?ノアズアーク」
こっちにやって来たのは、右手に木剣を二本持ったオスカーさんだった。
「で、結局誰が出ることにしたんだ?」
「オレとシンの二人だよ」
「ほう。そりゃ面白そうな戦いが見れそうじゃないか。俺もやりたかったぞー」
「オスカーの旦那。そりゃこの俺を倒してからじゃねえとな。メインディシュはお預けだ」
「ガッハッハ。随分と手強いシェフよな。だが、実に楽しみだ」
向かい合い、不的な笑みを浮かべる二人。なんか、いいライバルって感じだ。
「えーと、オスカーさん?オレたちなら準備万端だけど、その木剣は?」
「おお、これか。ボウズたちに使ってもらう武器よ」
オスカーさんから手渡された木剣を握ってみる。
まあ、なんの変哲もない木剣だ。振った感触も、木の剣です、って感じ。でもこんな武器じゃすぐ折っちゃう気がするんだけど……。
「あの、オスカーさん。オレ、これすぐダメにしそうなんだけど」
「ガッハッハ。心配はいらん。その木剣は少々特殊な材質のものが含まれていてな。試合専用にってわざわざブラックスミスに特注しているものだから、安心しな」
ブラックスミス……前にも聞いたな。なんか、有名な鍛冶屋だったような……。
「たしかネームド武器をつくることの出来る鍛冶師がいるそうだな」
「お、よく知ってるな。なかなか見識が広い」
シンってば、なんでそんなこと知ってるんだよ。たいていはオレと一緒に行動してるんだから、そんなの知る暇なくないか?
……我が弟ながら、恐るべし。
「その鍛冶師がつくったかは知らんが、ブラックスミスは世界トップクラスの鍛冶屋だからな。そこに所属する鍛冶師の腕前は、誰もが一流。こういう特殊武器をつくることなぞ、造作もないはずだ」
見た目はただの木でできた剣なんだけどなー。
「この木剣ってさ、どう特殊なんだ?」
「やはりそこが気になるわな。ま、使えばわかる」
「えー。ますます気になるじゃん」
「ガッハッハ。さあ、準備が整ったのであれば、あちらへ向かうといい。ボウズらの対戦相手が待ってるぞ」
オスカーさんの示した先では、ウィリアムさんとジンさんが待っていた。二人とも、どうやら戦う準備は完了しているらしい。
いよいよだな。
オレは自分の心が高鳴っているのを感じながら、一歩、また一歩と足を踏み出していく。そして相手と適当な間を空けた位置で立ち止まる。
「そろったな」
あれ?グレンさんがいる。何かあったのか?
「……んんっ。一応審判的な役目のやつが必要ってことで、俺が務めることとなった。俺から言うことは、一つだけ。相手を死に至らしめるようなあらゆる攻撃の禁止だ。もしそれが行われたと俺が判断した場合は、即座に介入し中止とする。バチバチするのは構わないが、やりすぎるなよ」
あー、だからグレンさんがここいにいるのか。たしかに何かあった時にすぐ対応できる人が近くにいた方が安心だよなー。
グレンさんの忠告にオレたちはうなずいた。
「大帝国第一師団『斑』師団長、ウィリアム=ブラッツだ。お前たちの力、存分に見せてくれ」
「大帝国第五師団『銀』師団長、ジン=グレースよ。手加減なしでいくから、覚悟してね」
真摯な挨拶とともに武器を構えた二人に、オレたちも応えた。
「……お前たち風情が兄さんに勝てるはずもないが……遊んでやる」
「オレはノアズアークの、一応リーダーをやらせてもらってるノアだ。師団長さんたちの胸を借りるつもりで、全力でやらせてもらう……!」
グレンさんが、天へと垂直に手を伸ばす。そして合図とともにその手を振り下ろした。
「始め!」
さあ、楽しい勝負の始まりだ!
side ジン=グレース
『カンッ、カ、カンッ、カッ、カカンッ』
勢いよく、それでいてほとんど隙のない連撃が降りかかる。もう攻撃を繰り返す木剣を、私は特殊な木の槍で受け止めてはじく。
「ジン師団長ってやっぱり強かったんだな……!」
「お褒めに預かり光栄だよ……」
一撃一撃が、思ったよりも重い……!
『カカンッ、カッ、カッカカンッ』
まるで一撃一撃全てに全体重をかけているかのような、そんな強攻撃が絶えることなく続いている。
「じゃあ、これならどうだ!」
ノア君は上から下へと素早く木剣を振り下ろそうとする。私はそれを防ごうと槍を構える。
木剣は確かに私の槍にぶつかり、動きを止めたかのように見えた。しかし、ノア君は木剣をそのまままっすぐ私の胸元目掛けて突き出した。
「くっ……!」
私は槍をめいいっぱい上へ持ち上げることで、その軌道を変えることに成功した。ノア君は驚いたような顔を見せたものの、すぐに体勢を立て直して私に絶え間ない攻撃を続ける。
いくらなんでも、運動能力が高すぎない?!
私はノア君に感嘆しながらも、さらに闘争心を燃やした。
このままやられっぱなしは、性に合わない……!
私は一度、はじく力を強めてノア君をのけ反らせた。ノア君の腕が大きく後ろに飛ばされ、一瞬無防備な状態となった。
「っ……!」
今だ……!
「はぁっ!」
私は大きく一歩を踏み出し、槍を一直線に前へと突き出した。
いい一撃が入った……!と思った瞬間、予想外の強い力が側面から加わり、私の槍は軌道を変えられてしまった。
「……なに!?」
私の槍を攻撃したのは、氣弾だった。構図的に私とノア君、ウィリアムとシン君となってはいるけれど、これはタッグ戦。互いに助け合うことを可能とする。つまりこれは……
私はちらっと視線をノア君から外し、右側方を見る。そこには、息つく暇もないほどに打ち合う二人の姿があった。
あんな状況でこっちに攻撃してきたというの……?ウィリアムがそれを許したってのも驚きだけど、それよりシン君の戦闘技術がヤバすぎる。
こっちの状況を把握しつつ、ノア君がピンチなのに気づき、氣弾を正確に私の槍に当てるなんて……そんなの私の行動を予測してないとできない。それに仮にできたとしても、ウィリアムとの激しい攻防の中でそんな芸当ができるはずがない……!
「人間業じゃないわね……!まったく……」
私はシン君をひと睨みしつつ、再びノア君へと意識を集中させた。
「……!」
どこに行った……!?
私が視線を外したのはほんの一瞬だったはず。だというのに、私の目はノア君の姿を捉えることができなかった。ただ、うっすらと砂埃が残っていることに気づいた。それは右から左へと流れているように見えた。
ってことは……!
私は体を左側面へと回転させつつ、槍を構えた。
『カンッ!』
案の定、木剣が斜め上から振り抜かれた。予想通りではあったものの、ノア君に先手を許していたために、私は万全な状態で受けることができていなかった。
私の体は衝撃に耐えられず、膝をついた形となってしまった。
「くっ……!」
「マジか……!」
私が防いだことに驚いた様子のノア君。そこには、嬉しそうな表情も含まれていた。
何よ、その顔。そんな嬉しそうにしてるとこっちもわくわくしちゃうじゃない。でも……
このままだと押し切られる……!
私は瞬時にそう判断し、槍を持った状態を維持しつつ右手を引き左手を押す。槍は横一線の形から、斜め状の形へと変わる。
「うおっ」
ノア君の木剣は、地面へと滑り落ちた。私は体を回転させつつ、ノア君の背後へと回る。そして回転力も上乗せしつつ、槍で薙ぎ払うようにして、体勢を崩したノア君に攻撃する。
交わしつつそのまま攻撃に転じたから、避ける暇なんてないはず……!
かがんだ状態のノア君へ、無慈悲にも私の槍が直撃した。
「……っ!」
胴体に重い一撃が入ったノア君は、軽く飛ばされた。
手応えが薄い……これは氣で防がれた感じね……
ノア君は地面に突っ伏すとこなく、軽々と受け身を取って、立っていた。剣を構え、攻撃した直後の私に瞬時に襲いかかってくる。
「はあっ!」
「くっ……」
ノア君の気合いの入った連続攻撃が降りかかる。私はそのすべてを辛うじていなしているものの、防戦一方の状態だ。
なにか策を講じないと……!
「うっ……!」
窮地に陥っていたはずの私に、形勢逆転のチャンスがやってきた。木剣を振るっていたノア君の手首が凍りつき、猛攻が止んだ。
さすが、ウィリアム。シン君もバケモノ級だけど、ウィリアムもそう変わんないね……!
「『ロックスピア』!」
私は土系統の中級氣術を発動した。無数のロックスピアが、無防備なノア君目掛けて飛んでいく。けどそれは、ただのロックスピアなんかじゃない。
普通のロックスピアは、長さ約八十センチの鋭い槍のような岩をいくつか射出するものだけど、私が今放ったのは、大きさを三十センチ程度に抑えて、さらには本数を増やした特別製。ま、言ってしまえば数打ちゃ当たる戦法ね。
小さな、それでいて厄介なロックスピアがとめどなく撃ち込まれる。ノア君がいたであろう場所は見事に土煙まみれとなっていた。私は距離をとってそれを見つつも、槍を構えいつノア君が飛びかかって来ても対処できる体勢を維持する。
これで勝てたとは思わないけど、もしピンピンしてたら、いよいよ私、本気を出さないと負け濃厚ね……。
side 八神秀
演習場の側面に急遽設置された仮説見学場。師団員のやつらがいくつか椅子を並べた急ごしらえの場所だが、俺たちはここからノアたちの戦いぶりを観ていた。
ちなみに座っているのは、皇帝の旦那とグレンの旦那、それからオスカーの旦那だけだ。俺たちノアズアークは全員、立って観察している。椅子はまだ余っているが、なるべく近くで見たいのか座っているやつらより前に立って、戦いに見入っている感じだな。当然、座ってるやつらの視界を遮らないようにしてな。
今の戦況を簡単に言えば、ノアの方は大雨のように放たれたロックスピアの攻撃を受けたばかり。状況は土煙が消えないとなんともって感じだ。
シンの方は、とめどなく打ち合っているな。木剣と木刀がぶつかり合う音が終始会場に鳴り渡っている感じだ。
「さっきのノアの動きを止めた攻撃……ありゃぁ、『アイススピア』か?」
「おそらくな。だが、かなりアレンジされているからな。氣の操作性が相当高いとみえる。まさに、目にも留まらぬ速さで放たれていた。それも小さく鋭い一撃だが、威力は通常のアイススピアよりも上だ」
腕を組み柱にもたれかかっている湊が答えた。
「アイススピアは、一度の発動で数本の鋭い氷の槍を放つ。その大きさを極限まで小さく、そして一つに凝縮したことで、その威力やスピードを驚異的に向上させたっつうわけか」
「だろうな。だがそれを成すには、氣を練り上げて形をなす一定の時間が必要だろう。もともとある形を捻じ曲げて放つわけだからな。……だがさっきの様相を見るに、その時間を短縮できるだけの熟練度があの男にはあるらしいな」
「だな。だがそれだけじゃねぇぞ、湊。ジンのやつもロックスピアをオリジナルで使っていた。それも割とすぐ撃ってやがった。やっぱ大帝国を守る要たる師団長どもは伊達じゃねえってこったな」
「ガッハッハ。見る目があるなー、秀。それに水色頭のボウズも」
「…………」
湊は自分が呼ばれたことに気づいていたものの、呼び方が気に入らないのかスルーした。ま、気持ちはわかる。下に見られてる感じがして、イラっとくるわなぁ。
「オスカーの旦那、こいつには湊って名前があんだよ。名前で呼んでやってくれや。……嫌われたままだと、湊とは一生勝負できねぇぞ」
俺はオスカーの旦那の耳もとで小声で言った。
「……っ!そ、それは困るな…………ゴホン……湊、お前もなかなかどうしていい目をしているなー!ガッハッハ!」
オスカーの旦那は椅子から立ち上がり、湊のもとへと歩き出した。そして機嫌良く話し、湊の背中をバシバシと叩いた。
オスカーの旦那……それは逆効果だ……。
「…………………………」
湊は最上級に不機嫌になったのだろう。ゆっくりと振り返り、オスカーの旦那を静かに睨んだ。
「……っ!す、すまん、すまん……ガッ、ハッ、ハ……」
オスカーの旦那は、さすがにヤバいと感じたのか、両手を上に上げたポーズをした。そして踵を返して椅子に座った。
「何やってんだ、オスカーの旦那」
頭に冷や汗をかいたオスカーの旦那は、額を服の袖で擦りながら答えた。
「いや、いつものノリで行ったんだが、逆に嫌われてしまったらしい」
「そりゃそうだろ。湊はそういうタイプじゃねぇんだからよぉ」
「だが、俺はこんなことではめげんぞー。何度でもアタックして機嫌を直してもらう。そして俺と勝負をしてもらわんとなー!ガッハッハ!!」
……すげーポジティブ思考だ。
「ま、その前に俺を倒すことに注力してくれや」
俺は高笑いを続けるオスカーの旦那を置いて、湊のもとに戻った。
「なんか進展あったか?」
「まだ動きがないな。シンの方は変わらず打ち合い続けているようだ。あれはシンが仕掛けているというよりは、ウィリアムという男の仕業だろう。シンなら基本、ノアのそばを離れないからな。ノアは未だ土煙に覆われて様子は不明。ノアの動きに注意しているのか、ジンも様子を窺ったままだ」
たしかウィリアム=ブラッツだったか?あの金髪の男。湊ほどとはいかなくても、それに近い剣の腕をもつシンと対等に戦い、シンの足止めにも成功してるなんてなぁ……世界広しとはよく言ったものだぜ。
「なるほどな。だがそろそろ土煙が晴れる頃合いだ。ここからどう戦況が変わるか、楽しみだなぁ」
ノアなら……俺らの敬愛する主なら、このくらいのこと、窮地でもなんでもねぇはずだ。土煙の中にまだいると見せかけてもう移動しているか、あるいは姿が見えた瞬間に全力で突撃してくるか、はたまたシンがカバーに入るか……どう転んでも面白いことにはなりそうだなぁ。
side アイザック=シュヴェルト=フリード
ほう。やはりイオリやグレンの言ったことは、間違いではなかったようだな。ノアもシンも、この国を守る要たる師団長相手に全く引けを取らない。
あの若さですでに師団長クラスか……末恐ろしい子どもらだ。
ウィリアム=ブラッツ及びジン=グレースは、大帝国で最も有名な氣術学院『アクロポリス氣術学院』の卒業生だ。そこは、あらゆる氣術、あらゆる武術、あらゆる知識を学ぶことができる、と謳っているわけだが、そこで二人は歴代トップの成績を修めた。
氣術学院の卒業生が選ぶ進路として最も多いのは、大帝国師団への志願だ。半分以上が師団員になるために学院に通っていると言っても過言ではないほどに。
十年前のファランクスとの大規模戦争……通称「寒雨赤嵐戦争」と三年前の大厄災「アンフェール」により、師団員の数が激減したため、大帝国師団としては人員確保に努めたいのは当然のことだ。だが、未来ある若者を簡単に悲惨な戦場に送り込むことなど私にはできない。そのため、私が皇帝になってからは師団員の採用の際の条件をかなり厳しくした。それは寒雨赤嵐戦争後もアンフェール後も変わらない。いやむしろ、なおさらというべきか……。
ウィリアムやジンが師団員になったのは、私が皇帝になって以降だ。つまり、より厳格となった師団員採用試験に見事に合格したわけだ。それも当時の代において二人ともトップの成績を修めて。
それほどに優秀で、さらには師団長にまでなった二人と肩を並べているあの子どもら二人は……ふむ、そうだな……いい意味で規格外と言ってもいいかもしれないな。
ウィリアムもジンも、ノアやシンと同じくらいの歳の頃と言えば、師団員になった前後あたり。当然ながら、現在の方が圧倒的に強くなっている。だというのにノアやシンは今、ほぼ互角に戦えている。これを規格外と言わずしてなんと呼ぶのか、私にはわからないな。
現状、ジンやウィリアムが優勢に見えるが……さて、ここからどうなることやら……。
皇帝陛下や師団長たちとの会食が終わった矢先、皇帝陛下からのお願いにより、オレたちノアズアークと師団長の御前試合が行われることになった。
前に秀とオスカーさんが戦っていた時、正直オレもやりたかったなと思っていたから、いい機会と言えばいい機会なんだよなー。
だってさ、師団長とやれる機会なんてそうそうないよな?
こんなにも大きな国を守っている人たちなんだ。身体的にも、精神的にも、技術的にも、弱いはずがない。その肩書きに見合う強さをもってる。
そんなすごい人と勝負できるなんて……燃えてくるじゃん。
「どうするんだ、ノア。一対一の二戦ではなく、二対二の一本勝負で行うという話だったが」
演習場と称された場所に着いた途端、湊が話しかけてきた。
「オレは絶対やりたい。だからあと一人、オレとタッグ組んで欲しいんだけど、誰かーーー」
「俺がやる」
喰い気味に発言したのは、シンだった。
「お、珍しいなー。シンがやりたいって言うなんて」
「兄さんを守るのは俺の役目だからな」
「ったく、普通は逆なんだけどなー。まあいいや。他にやりたい人、いない?」
「そりゃみんなやってみたいよー。だって、師団長と勝負できる機会なんてそうそうないんだからさー。けど今回は譲ろうかなー。兄弟タッグの力を見てみたいからねー」
「たしかに、そうですね。ノアさんとシンさんの本格的な連携は見たことないです。すごく興味あります……!」
カズハとエルはどうやらオレたちの戦いぶりを見たいらしい。これは恥ずかしい試合はできないな。
「あんたら二人って、本気出したことないだろ」
「え?」
突然、セツナに言葉をぶつけられた。
「もしかしたら、この試合であんたらが隠してる何かの片鱗が見られるかもしれない。だったら私が辞退する価値はあるって話」
げっ……な、なんでわかるんだ……?
セツナってやけに鋭いところあるんだよな……前にカズハたちにしたみたいに神仙族の説明はしたけど、ちょっと疑ってる節があったんだよ。『身体能力が高い、ね……ほんとにそれだけか?』って聞いてきたし……。
「い、いや、別に隠し事なんか……」
「師団長たちには頑張ってもらわないとな」
鋭い目つきでオレたちを捉えるセツナ。
「は、ははは……」
オレは乾いた笑いをし、なんとかごまかそうとした。セツナには無駄なんだろうなとわかっていても、反射的にやってしまったのだからしょうがない。
セツナはそんなオレを無視して、厳しい視線を向け続ける。
うぅ……誰かー……!
「ノア兄ちゃん、シン兄ちゃん……!」
呼ばれた声に振り向けば、小さな救世主がそこにいた。
助かったー!
「リュウ……!」
オレはリュウに目線を合わせるようにしゃがむ。
なんか背後から、威圧がかかってる気がするんだけど……無視しよう、うん。だって怖いもん。
「あの強そうな人たちと戦うの……?」
「そうだよ。もしかして、リュウもやりたかった?」
そう聞くと、リュウは首をブンブンと横に振った。
「ぼくじゃ弱いから……勝てない」
しょぼんとするリュウ。そんな顔しなくたっていいのに。
「弱いだなんて……少なくともオレたちは、リュウのこと、強くて信頼できる仲間だって思ってるぞー。けどそれでも、リュウが自分に自信を持てないって言うなら……そうだな……」
ちょうどシンがオレの隣にやってきた。オレは立ち上がり、シンの肩に腕を回した。
「オレたち兄弟の華々しい戦いっぷりを見てな!」
オレはニッと笑う。
「そんで、いいとこぜーんぶ奪っちゃえ!」
「うん……!わかった!」
リュウはさっきの落ち込んだ様子とは真逆に、パーっと明るく笑ってくれた。
「そんなにやりてぇのか?ノア」
「もちろん。秀だけオスカーさんと戦ったのずるいじゃんか。オレもやってみたい」
秀は少し呆れ気味に後頭部掻いた。
「ったく。なーんか、年々その凶悪な好奇心が育ってる気がするぜ……。ま、今回は俺たちが折れるか……存分に暴れてこいよ、ノア、シン」
呆れていたはずの秀だけど、オレたちを鼓舞する一言をくれた。
「ただし、あれは使うな。あれは命の危険に晒された時のみだ。わかってるな?」
「わかってるって。あ、でもいざってときは、眼の力は使うからな」
とは言っても、前に何度か使っちゃってるんだけどなー。けど、言わなきゃバレないから大丈夫理論のおかげで、たぶん知られてはない……はず……。
「黎明之眼か……別に大量に外に放出してるわけじゃないしな……それなら使っても問題ないな」
あ、バレるバレない以前に、使ってよかったらしい。
なんだよ、もう。
まあでも、秀のお許しも出たし?今後は使いたい放題ってわけだ。
けど、あんまこの力に頼りきりになると、いざ使えなくなった時を想定した場合、オレは役立たずに成り下がっちゃうからなー。なるべく使わず、いざってときの切り札的なものとしても扱わないと。
だからこの試合でも、当然最初からは使わない。
「そろそろ準備はできたかー?ノアズアーク」
こっちにやって来たのは、右手に木剣を二本持ったオスカーさんだった。
「で、結局誰が出ることにしたんだ?」
「オレとシンの二人だよ」
「ほう。そりゃ面白そうな戦いが見れそうじゃないか。俺もやりたかったぞー」
「オスカーの旦那。そりゃこの俺を倒してからじゃねえとな。メインディシュはお預けだ」
「ガッハッハ。随分と手強いシェフよな。だが、実に楽しみだ」
向かい合い、不的な笑みを浮かべる二人。なんか、いいライバルって感じだ。
「えーと、オスカーさん?オレたちなら準備万端だけど、その木剣は?」
「おお、これか。ボウズたちに使ってもらう武器よ」
オスカーさんから手渡された木剣を握ってみる。
まあ、なんの変哲もない木剣だ。振った感触も、木の剣です、って感じ。でもこんな武器じゃすぐ折っちゃう気がするんだけど……。
「あの、オスカーさん。オレ、これすぐダメにしそうなんだけど」
「ガッハッハ。心配はいらん。その木剣は少々特殊な材質のものが含まれていてな。試合専用にってわざわざブラックスミスに特注しているものだから、安心しな」
ブラックスミス……前にも聞いたな。なんか、有名な鍛冶屋だったような……。
「たしかネームド武器をつくることの出来る鍛冶師がいるそうだな」
「お、よく知ってるな。なかなか見識が広い」
シンってば、なんでそんなこと知ってるんだよ。たいていはオレと一緒に行動してるんだから、そんなの知る暇なくないか?
……我が弟ながら、恐るべし。
「その鍛冶師がつくったかは知らんが、ブラックスミスは世界トップクラスの鍛冶屋だからな。そこに所属する鍛冶師の腕前は、誰もが一流。こういう特殊武器をつくることなぞ、造作もないはずだ」
見た目はただの木でできた剣なんだけどなー。
「この木剣ってさ、どう特殊なんだ?」
「やはりそこが気になるわな。ま、使えばわかる」
「えー。ますます気になるじゃん」
「ガッハッハ。さあ、準備が整ったのであれば、あちらへ向かうといい。ボウズらの対戦相手が待ってるぞ」
オスカーさんの示した先では、ウィリアムさんとジンさんが待っていた。二人とも、どうやら戦う準備は完了しているらしい。
いよいよだな。
オレは自分の心が高鳴っているのを感じながら、一歩、また一歩と足を踏み出していく。そして相手と適当な間を空けた位置で立ち止まる。
「そろったな」
あれ?グレンさんがいる。何かあったのか?
「……んんっ。一応審判的な役目のやつが必要ってことで、俺が務めることとなった。俺から言うことは、一つだけ。相手を死に至らしめるようなあらゆる攻撃の禁止だ。もしそれが行われたと俺が判断した場合は、即座に介入し中止とする。バチバチするのは構わないが、やりすぎるなよ」
あー、だからグレンさんがここいにいるのか。たしかに何かあった時にすぐ対応できる人が近くにいた方が安心だよなー。
グレンさんの忠告にオレたちはうなずいた。
「大帝国第一師団『斑』師団長、ウィリアム=ブラッツだ。お前たちの力、存分に見せてくれ」
「大帝国第五師団『銀』師団長、ジン=グレースよ。手加減なしでいくから、覚悟してね」
真摯な挨拶とともに武器を構えた二人に、オレたちも応えた。
「……お前たち風情が兄さんに勝てるはずもないが……遊んでやる」
「オレはノアズアークの、一応リーダーをやらせてもらってるノアだ。師団長さんたちの胸を借りるつもりで、全力でやらせてもらう……!」
グレンさんが、天へと垂直に手を伸ばす。そして合図とともにその手を振り下ろした。
「始め!」
さあ、楽しい勝負の始まりだ!
side ジン=グレース
『カンッ、カ、カンッ、カッ、カカンッ』
勢いよく、それでいてほとんど隙のない連撃が降りかかる。もう攻撃を繰り返す木剣を、私は特殊な木の槍で受け止めてはじく。
「ジン師団長ってやっぱり強かったんだな……!」
「お褒めに預かり光栄だよ……」
一撃一撃が、思ったよりも重い……!
『カカンッ、カッ、カッカカンッ』
まるで一撃一撃全てに全体重をかけているかのような、そんな強攻撃が絶えることなく続いている。
「じゃあ、これならどうだ!」
ノア君は上から下へと素早く木剣を振り下ろそうとする。私はそれを防ごうと槍を構える。
木剣は確かに私の槍にぶつかり、動きを止めたかのように見えた。しかし、ノア君は木剣をそのまままっすぐ私の胸元目掛けて突き出した。
「くっ……!」
私は槍をめいいっぱい上へ持ち上げることで、その軌道を変えることに成功した。ノア君は驚いたような顔を見せたものの、すぐに体勢を立て直して私に絶え間ない攻撃を続ける。
いくらなんでも、運動能力が高すぎない?!
私はノア君に感嘆しながらも、さらに闘争心を燃やした。
このままやられっぱなしは、性に合わない……!
私は一度、はじく力を強めてノア君をのけ反らせた。ノア君の腕が大きく後ろに飛ばされ、一瞬無防備な状態となった。
「っ……!」
今だ……!
「はぁっ!」
私は大きく一歩を踏み出し、槍を一直線に前へと突き出した。
いい一撃が入った……!と思った瞬間、予想外の強い力が側面から加わり、私の槍は軌道を変えられてしまった。
「……なに!?」
私の槍を攻撃したのは、氣弾だった。構図的に私とノア君、ウィリアムとシン君となってはいるけれど、これはタッグ戦。互いに助け合うことを可能とする。つまりこれは……
私はちらっと視線をノア君から外し、右側方を見る。そこには、息つく暇もないほどに打ち合う二人の姿があった。
あんな状況でこっちに攻撃してきたというの……?ウィリアムがそれを許したってのも驚きだけど、それよりシン君の戦闘技術がヤバすぎる。
こっちの状況を把握しつつ、ノア君がピンチなのに気づき、氣弾を正確に私の槍に当てるなんて……そんなの私の行動を予測してないとできない。それに仮にできたとしても、ウィリアムとの激しい攻防の中でそんな芸当ができるはずがない……!
「人間業じゃないわね……!まったく……」
私はシン君をひと睨みしつつ、再びノア君へと意識を集中させた。
「……!」
どこに行った……!?
私が視線を外したのはほんの一瞬だったはず。だというのに、私の目はノア君の姿を捉えることができなかった。ただ、うっすらと砂埃が残っていることに気づいた。それは右から左へと流れているように見えた。
ってことは……!
私は体を左側面へと回転させつつ、槍を構えた。
『カンッ!』
案の定、木剣が斜め上から振り抜かれた。予想通りではあったものの、ノア君に先手を許していたために、私は万全な状態で受けることができていなかった。
私の体は衝撃に耐えられず、膝をついた形となってしまった。
「くっ……!」
「マジか……!」
私が防いだことに驚いた様子のノア君。そこには、嬉しそうな表情も含まれていた。
何よ、その顔。そんな嬉しそうにしてるとこっちもわくわくしちゃうじゃない。でも……
このままだと押し切られる……!
私は瞬時にそう判断し、槍を持った状態を維持しつつ右手を引き左手を押す。槍は横一線の形から、斜め状の形へと変わる。
「うおっ」
ノア君の木剣は、地面へと滑り落ちた。私は体を回転させつつ、ノア君の背後へと回る。そして回転力も上乗せしつつ、槍で薙ぎ払うようにして、体勢を崩したノア君に攻撃する。
交わしつつそのまま攻撃に転じたから、避ける暇なんてないはず……!
かがんだ状態のノア君へ、無慈悲にも私の槍が直撃した。
「……っ!」
胴体に重い一撃が入ったノア君は、軽く飛ばされた。
手応えが薄い……これは氣で防がれた感じね……
ノア君は地面に突っ伏すとこなく、軽々と受け身を取って、立っていた。剣を構え、攻撃した直後の私に瞬時に襲いかかってくる。
「はあっ!」
「くっ……」
ノア君の気合いの入った連続攻撃が降りかかる。私はそのすべてを辛うじていなしているものの、防戦一方の状態だ。
なにか策を講じないと……!
「うっ……!」
窮地に陥っていたはずの私に、形勢逆転のチャンスがやってきた。木剣を振るっていたノア君の手首が凍りつき、猛攻が止んだ。
さすが、ウィリアム。シン君もバケモノ級だけど、ウィリアムもそう変わんないね……!
「『ロックスピア』!」
私は土系統の中級氣術を発動した。無数のロックスピアが、無防備なノア君目掛けて飛んでいく。けどそれは、ただのロックスピアなんかじゃない。
普通のロックスピアは、長さ約八十センチの鋭い槍のような岩をいくつか射出するものだけど、私が今放ったのは、大きさを三十センチ程度に抑えて、さらには本数を増やした特別製。ま、言ってしまえば数打ちゃ当たる戦法ね。
小さな、それでいて厄介なロックスピアがとめどなく撃ち込まれる。ノア君がいたであろう場所は見事に土煙まみれとなっていた。私は距離をとってそれを見つつも、槍を構えいつノア君が飛びかかって来ても対処できる体勢を維持する。
これで勝てたとは思わないけど、もしピンピンしてたら、いよいよ私、本気を出さないと負け濃厚ね……。
side 八神秀
演習場の側面に急遽設置された仮説見学場。師団員のやつらがいくつか椅子を並べた急ごしらえの場所だが、俺たちはここからノアたちの戦いぶりを観ていた。
ちなみに座っているのは、皇帝の旦那とグレンの旦那、それからオスカーの旦那だけだ。俺たちノアズアークは全員、立って観察している。椅子はまだ余っているが、なるべく近くで見たいのか座っているやつらより前に立って、戦いに見入っている感じだな。当然、座ってるやつらの視界を遮らないようにしてな。
今の戦況を簡単に言えば、ノアの方は大雨のように放たれたロックスピアの攻撃を受けたばかり。状況は土煙が消えないとなんともって感じだ。
シンの方は、とめどなく打ち合っているな。木剣と木刀がぶつかり合う音が終始会場に鳴り渡っている感じだ。
「さっきのノアの動きを止めた攻撃……ありゃぁ、『アイススピア』か?」
「おそらくな。だが、かなりアレンジされているからな。氣の操作性が相当高いとみえる。まさに、目にも留まらぬ速さで放たれていた。それも小さく鋭い一撃だが、威力は通常のアイススピアよりも上だ」
腕を組み柱にもたれかかっている湊が答えた。
「アイススピアは、一度の発動で数本の鋭い氷の槍を放つ。その大きさを極限まで小さく、そして一つに凝縮したことで、その威力やスピードを驚異的に向上させたっつうわけか」
「だろうな。だがそれを成すには、氣を練り上げて形をなす一定の時間が必要だろう。もともとある形を捻じ曲げて放つわけだからな。……だがさっきの様相を見るに、その時間を短縮できるだけの熟練度があの男にはあるらしいな」
「だな。だがそれだけじゃねぇぞ、湊。ジンのやつもロックスピアをオリジナルで使っていた。それも割とすぐ撃ってやがった。やっぱ大帝国を守る要たる師団長どもは伊達じゃねえってこったな」
「ガッハッハ。見る目があるなー、秀。それに水色頭のボウズも」
「…………」
湊は自分が呼ばれたことに気づいていたものの、呼び方が気に入らないのかスルーした。ま、気持ちはわかる。下に見られてる感じがして、イラっとくるわなぁ。
「オスカーの旦那、こいつには湊って名前があんだよ。名前で呼んでやってくれや。……嫌われたままだと、湊とは一生勝負できねぇぞ」
俺はオスカーの旦那の耳もとで小声で言った。
「……っ!そ、それは困るな…………ゴホン……湊、お前もなかなかどうしていい目をしているなー!ガッハッハ!」
オスカーの旦那は椅子から立ち上がり、湊のもとへと歩き出した。そして機嫌良く話し、湊の背中をバシバシと叩いた。
オスカーの旦那……それは逆効果だ……。
「…………………………」
湊は最上級に不機嫌になったのだろう。ゆっくりと振り返り、オスカーの旦那を静かに睨んだ。
「……っ!す、すまん、すまん……ガッ、ハッ、ハ……」
オスカーの旦那は、さすがにヤバいと感じたのか、両手を上に上げたポーズをした。そして踵を返して椅子に座った。
「何やってんだ、オスカーの旦那」
頭に冷や汗をかいたオスカーの旦那は、額を服の袖で擦りながら答えた。
「いや、いつものノリで行ったんだが、逆に嫌われてしまったらしい」
「そりゃそうだろ。湊はそういうタイプじゃねぇんだからよぉ」
「だが、俺はこんなことではめげんぞー。何度でもアタックして機嫌を直してもらう。そして俺と勝負をしてもらわんとなー!ガッハッハ!!」
……すげーポジティブ思考だ。
「ま、その前に俺を倒すことに注力してくれや」
俺は高笑いを続けるオスカーの旦那を置いて、湊のもとに戻った。
「なんか進展あったか?」
「まだ動きがないな。シンの方は変わらず打ち合い続けているようだ。あれはシンが仕掛けているというよりは、ウィリアムという男の仕業だろう。シンなら基本、ノアのそばを離れないからな。ノアは未だ土煙に覆われて様子は不明。ノアの動きに注意しているのか、ジンも様子を窺ったままだ」
たしかウィリアム=ブラッツだったか?あの金髪の男。湊ほどとはいかなくても、それに近い剣の腕をもつシンと対等に戦い、シンの足止めにも成功してるなんてなぁ……世界広しとはよく言ったものだぜ。
「なるほどな。だがそろそろ土煙が晴れる頃合いだ。ここからどう戦況が変わるか、楽しみだなぁ」
ノアなら……俺らの敬愛する主なら、このくらいのこと、窮地でもなんでもねぇはずだ。土煙の中にまだいると見せかけてもう移動しているか、あるいは姿が見えた瞬間に全力で突撃してくるか、はたまたシンがカバーに入るか……どう転んでも面白いことにはなりそうだなぁ。
side アイザック=シュヴェルト=フリード
ほう。やはりイオリやグレンの言ったことは、間違いではなかったようだな。ノアもシンも、この国を守る要たる師団長相手に全く引けを取らない。
あの若さですでに師団長クラスか……末恐ろしい子どもらだ。
ウィリアム=ブラッツ及びジン=グレースは、大帝国で最も有名な氣術学院『アクロポリス氣術学院』の卒業生だ。そこは、あらゆる氣術、あらゆる武術、あらゆる知識を学ぶことができる、と謳っているわけだが、そこで二人は歴代トップの成績を修めた。
氣術学院の卒業生が選ぶ進路として最も多いのは、大帝国師団への志願だ。半分以上が師団員になるために学院に通っていると言っても過言ではないほどに。
十年前のファランクスとの大規模戦争……通称「寒雨赤嵐戦争」と三年前の大厄災「アンフェール」により、師団員の数が激減したため、大帝国師団としては人員確保に努めたいのは当然のことだ。だが、未来ある若者を簡単に悲惨な戦場に送り込むことなど私にはできない。そのため、私が皇帝になってからは師団員の採用の際の条件をかなり厳しくした。それは寒雨赤嵐戦争後もアンフェール後も変わらない。いやむしろ、なおさらというべきか……。
ウィリアムやジンが師団員になったのは、私が皇帝になって以降だ。つまり、より厳格となった師団員採用試験に見事に合格したわけだ。それも当時の代において二人ともトップの成績を修めて。
それほどに優秀で、さらには師団長にまでなった二人と肩を並べているあの子どもら二人は……ふむ、そうだな……いい意味で規格外と言ってもいいかもしれないな。
ウィリアムもジンも、ノアやシンと同じくらいの歳の頃と言えば、師団員になった前後あたり。当然ながら、現在の方が圧倒的に強くなっている。だというのにノアやシンは今、ほぼ互角に戦えている。これを規格外と言わずしてなんと呼ぶのか、私にはわからないな。
現状、ジンやウィリアムが優勢に見えるが……さて、ここからどうなることやら……。
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