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グランドベゼル編
20 皇帝陛下への謁見
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side ノア=オーガスト
EDENフリースペース。オレたちは朝早くからここに来ていた。その理由はなんと、この国のトップである皇帝陛下への謁見だ。
「お、集まってるな」
みんなで雑談しながら待っていると、最後の二人が合流した。
「カズハ、グレンさん、おはよう」
「おはよー、ノア」
「おはよう、ノアズアーク諸君。さてこれで全員揃ったようだし、早速皇帝陛下に会いに行こうか」
ほんっとに会いにいくんだな、オレたち。
かなり緊張するんだけど……。
グレンさんの後に続いてオレたちもEDENを出る。グレンさんは大通りをまっすぐ進んで行く。いつもより早めに大通りに来たけど、意外にも人がいる。
みんな行動が早いなー。
「グレンさんは皇帝陛下に会ったことがあるのか?」
「そうだな。まあ、ある種の腐れ縁ってとこだ。昔からよーく知ってるよ、あいつのことは」
なんかすごい親密そうだなー。皇帝陛下と仲良いって、いくらギルド長でもそんなことあんのかなー?
「ギルド長ってのは、皇帝の旦那と話す機会も多いのか?」
「いや、EDENは基本、国の下にはつかない機関だ。つまりは独立した組織として位置している。だから、国の命令を絶対に実行しなければならないわけでもないし、呼ばれたからといって皇帝に謁見する義務もない。あくまで自由がうちの流儀だ。だから本当はあまり皇帝に会いにいくとかはしない方が、外聞的にも理念的にもいいんだが……」
「ギルド長とはいえども、元パーティメンバーの頼みは無碍にできないってことでしょー?」
へ?元パーティメンバー?それってつまり……この国の皇帝陛下が、グレンさんと冒険者として活動してたってことか?!
え、そんなことありえるの?皇帝になる人間が、そんな自由に世界を冒険していいわけ?
「伝説のSランクパーティ『ジ・オメガ』ですよね?私も知ってます!冒険者界隈だけじゃなくて、世界的にも有名ですし」
「あ、その名前、どっかで聞いたかも」
「珍しいな。ノアが知ってるなんてよぉ」
「知ってるっていうか聞いたことあるなーぐらいで、詳細は知らないけどな」
どうせ、秀や湊は事前に情報収集済みなんだろうけど。
「ジ・オメガ。三人組のSランクパーティ。人間界だけでなく、魔界のあらゆる場所を駆け巡ったと言われているらしいな。あとは誰も踏み入れたことのないはずの未踏の世界『 精霊界』にも行ったことがあるとか」
「ほう、詳しいな、湊。確かに俺たちは行けそうなとこは大方回ったし、精霊界にも一度だけ行った。まあただ運が良かったってだけだがな」
精霊界かー。セツナの契約精霊のセイが住む場所だろ……?うわ、めっちゃ行ってみたいんだけど……!
精霊が暮らす世界なんて、未知のもので溢れてるに決まってるじゃん。想像しただけでもワクワクする!……けどその前に、あの国には絶対行かないと。
あいつなしに冒険の旅を始めるなんて、絶対にありえないからな。
「セイみたいな精霊、たくさんいる……?」
「ん?セイって言うのは……」
「青龍だ。私の契約精霊の」
「あー、なるほど。そうだな……確かにあそこは精霊たちで満ち溢れていたな。なんだか幻想的な世界だったことはよく覚えている」
「うわっ。すっごい行きたい。今すぐは無理だけど、いつか絶対行く。リーダー権限使ってでも行く!」
「ははっ。そう言うと思ったぜ」
「ノアの好きにすればいい。俺に異論はない」
「はいはーい。私も行ってみたーい」
カズハは手を挙げて意思表示をする。
「私も行きたいです。精霊たちから何か病や薬に関するお話が聞けるかもしれませんし」
「ぼくも、行きたい……!」
「セイがいるし、どうにかすれば行けるか……」
セツナがポツリと言葉をもらす。
「シンは?」
「兄さんの行きたい場所が俺の行きたい場所だ。当然兄さんに賛同する」
「はははっ。本当にお前たちは面白いな。もしかしたら俺たちにも届かなかった場所にも行けるかもしれないな。……新たな伝説を作ってくれ、ノアズアーク。期待しているぞ」
グレンさんは、にこやかな顔でオレたちを見つめた。
「おー、すげー……!」
オレたちはついに帝城の全体像が見える位置にまで来た。グレンさん曰く、ここは帝城の正門前らしい。
オレたちは正門から入ろうとした。だが、門前に立つ師団員たちに止められてしまう。
「ここは関係者以外立ち入りは禁止となっている。とっとと去れ」
「まあ待てよ。お前たちは不審者か?不審者だよな?だったら俺たちが取り押さえても問題ないな」
は?何言ってんの、こいつ。
「お、いいな、それ」
「だろ?ちょうど退屈してたんだ。ここに立ってるだけってのも楽じゃないんだわ」
二人の守衛は、持っていた武器を急に構え、戦闘体制に入る。
あーもう、めんどくさいなー……。
オレは前に出て、この大バカどもに説明しようとする。だが……
「……殺すぞ」
「「ひっ……!」」
守衛らの武器が握り潰され、いとも容易く折られる。それを見た守衛らは、腰を抜かして尻餅をついてしまった。
「シン。あんまいじめちゃだめだぞー」
オレはシンの肩をポンポンッと軽く叩く。
「兄さん。この愚物ども、殺していいか?」
「顔こわいぞー、シン。それと、この人たち殺しちゃったらこの国を守る人が減っちゃうから。それはよろしくないとオレは思うわけよ」
「兄さんがそう言うなら仕方ないな。だが……次はないと思え」
「「ひゃ、ひゃい!」」
あららー。完全にシンを怖がっちゃってるよ、この師団員たち。
「はははっ。バカだな、お前らは」
「「え!グ、グレンさん?!」」
いつのまにかオレたちの背後にいたグレンさんがオレたちの近くまで来ていたらしい。守衛らはグレンさんの姿を見て、慌てて立ち上がった。
「「お、お疲れ様です!」」
守衛らは深々とお辞儀をした。
「バカかお前ら。オレはもう師団員じゃねぇよ。それとな、こいつらは皇帝陛下のお客人だ」
「「……っ!」」
守衛らは寝耳に水といった顔をする。
「ああいう舐めた態度は今後一切しない方がいいぞ。師団員だからって調子に乗るな。そういう驕りが死につながんだ。守りたいもんがあるから師団員になったんだろ?だったらその腐った性根を今すぐ叩き直せ」
「「は、はい!」」
守衛らは大きな返事をした後、左右に分かれて門を開けた。
「先ほどは大変失礼いたしました!」
「どうぞ皆様、お入りください!」
さっきとの差がすごい……。
何はともあれ、オレたちはついに帝城へと足を踏み入れた。目の前には大きな城が聳えている。その城の前に広がる庭は、よく手入れされているのか花々があちこちに咲き誇り、この庭の美しさを表現している。
今通った門から石畳の道が眼前の城まで続いているらしい。オレたちはこの道を通って城の中へと入った。
「おお……」
外見からうかがえるこの城の迫力やら立派さも良かったけど、城内のこの落ち着いた色合いとか派手すぎないところもまたいいなー。
オレは初めての場所に心躍り、周りをキョロキョロと見回す。
お。あの花綺麗だなー。青い花って初めて見たかも。
お。このドア、うっすらと金色の装飾がしてあるな。それも花をイメージしてるっぽい。あ、こっちのは鳥かな。
「ノア、楽しそうだねー」
「そうですね。ノアさん、はしゃいだ子どもみたいです」
「あれで私らのリーダーやってるなんて、妙な話だ」
「あはは。セツナってば手厳しいねー」
何やら女性陣が後ろで話していたらしいが、好奇心に身を任せた今のオレの耳には届いていなかった。
ふと窓側を見ると、リュウがつまさき立ちをして窓の外を見ようとしていた。だけど壁が高いのか、外が見えるか見えないかギリギリのラインっぽい。
「リュウー」
「ノア兄ちゃん……」
「外、見たいのか?」
「うん。でも……」
リュウは少し残念そうな顔をする。見れなくて悲しいって感じだ。
「よーし。それなら……よっと」
「わわ……」
オレはリュウの体を持ち上げ、肩に乗せる。いわゆる肩車ってやつだ。これなら余裕で外が見られるはず。
「どうだリュウ。外、見えるかー?」
「うん……!ありがと、ノア兄ちゃん!」
「おう」
オレはリュウが喜んでくれて大満足よ。
ちらっと振り返ると、オレは近くにシンがいることに気づいた。
「シンも見てみろよ。あの庭、想像の何百倍も綺麗だからさー」
「おい、お前たち。ちゃんとついてきてくれないとーーー」
「まあまあ、グレンの旦那。ちょいとあのままにしといてくれや」
「シンが見ているからな。迷子になるなんてことはまずない」
「そういうこと。それにあんな楽しそうにしてんだ。邪魔するのは野暮ってもんだ。そうは思わねぇか?グレンの旦那」
「はは。それもそうか。ガチガチに緊張しているかと思ったが、普段通りにしてくれる方があいつも喜ぶかもな」
オレはちょくちょく寄り道をしながら、なるべくみんなと離れないようにして目的地まで歩いた。なるべくとは言っても、オレの場合好奇心に身を任せすぎるきらいがあるからなー。
結局は隣にいたシンが、オレが遠くに行きそうになったときには止めてくれた。シンがいなかったら、オレ下手したら迷子だったかも。
「ここが玉座の間だ。そんなに緊張することもないが、一応厳粛な謁見ってことになってる。部屋の中にはそれはそれはお偉い貴族連中もいるが、あまり気にしなくていい」
今まで明らかに煌びやかなドアだ。その両端には師団員らしき人物が二人ずつついている。
ていうかグレンさんの言い方、なんかトゲがあるような……?
「それじゃ、入るぞ」
それを合図に、両端にいた師団員がドアを開けた。
オレはちょっぴり緊張しながらも、背筋を伸ばして堂々と歩く。なよなよした姿見せたら、ノアズアーク全体がなめられるかもしれないからな。リーダーのオレが特にしっかりしないと。
あんまキョロキョロはできないけど、部屋の両端にたくさんの人間がいるのはわかる。全員が全員ってわけでもないけど、値踏みをするようにじろじろとオレたちを見ているやつが多い気がする。
「皇帝陛下。EDENギルド長グレン=トワイライト及びノアズアーク、陛下のお達しを受けただいま参上いたしました」
グレンさんは跪くことなく立ったまま皇帝陛下に報告した。一応お辞儀はしてるけど、こういう場って跪くものだと思ってたんだけど……違うのか?
オレたちはとりあえずグレンさんに合わせることにした。みんなで一斉にお辞儀をする。
「顔を挙げたまえ。……ご苦労であった、グレンギルド長」
この人が皇帝陛下か。葡萄色の髪を後ろで束ねていて、顔はキリッとしている。いわゆるイケオジってやつで、歳はグレンさんとそう変わらなそうだ。それに、さすがは皇帝陛下。放つオーラっていうか威厳が違う。
これが一国を背負う人の姿、か……。
「此度、君たちノアズアークを呼んだのは、先日の件の褒賞を与えるためだ。……ウィリアム師団長。その委細の説明を」
「はっ」
皇帝陛下に呼ばれるとともに、部屋の左側から金髪の男が現れた。
「大帝国第一師団『斑』の師団長を務めているウィリアム=ブラッツと申します。陛下に代わって、恐れ多くはありますが俺からあなた方をお呼びしたわけを説明させていただきます」
おお。三人目の師団長のご登場か。なんとなくだけど、この人もかなり強そうだ。
「二日前、帝都アクロポリスを含む大帝国の一部地域で謎の地震が複数回発生しました。揺れは小さかったものの、その頻度は普通ではありませんでした。ただの地震ではないことは、ここにいるものであれば誰もが悟ったことでしょう。……三年前のアンフェール。中にはあの厄災が頭によぎった者もいたはずです」
ウィリアムさんの言葉に、貴族たちは表情を険しくした。よほどそのアンフェールには嫌な思い出があるらしい。
「その発生源は、ある一体の魔物。これはそこにおられるギルド長グレン=トワイライト殿の証言により判明した事実です。その魔物は剣撃などの物理攻撃及びすべての氣術が効かず、一方的に高威力の光線を放ったとのことです。つまり、人類史上稀に見る厄災……下手をすればアンフェールの再来と化していた可能性が極めて高いということになります」
より一層青ざめた顔をする貴族たち。オレはアンフェールを体験したわけじゃないから、いまいちピンと来てないけど、確かにあいつが野放しになっていたら、間違いなく一つの国くらいは簡単に滅んでた。それぐらいはオレでもわかった。
魔物というよりは天災に近いんじゃないか?
「その厄災を追い払った英雄が、ここにおられるノアズアークの皆様になります。なぜそんな厄災が突然現れたのかといった疑問の解消や、俺たち師団員の対応の甘さとその改善など、解決すべき問題は山ほどありますが、いずれにせよ俺たちは彼らに感謝せねばなりません。そしてそのためにこの場が設けられたのです。……俺からの説明は以上になります」
ウィリアムさんは軽くお辞儀をすると、もとの位置に戻った。
「ご苦労だった、ウィリアム師団長。これで大方の貴族たちも理解してくれたと私は思う。ノアズアークは、我が国に降りかかろうとしていた厄災を未然に防ぎ、我が国を救った英雄だと。……さて、本題に入ろうか。ノアズアークのリーダーよ」
……あ、オレか。
「は、はい」
「我が国を救ったお前たちには、何か褒賞を与えたいと私は思っている。なんでも申すがよい。お前たちの望み、この私が叶えてやろう」
「…………」
……どうしよう。何も考えてなかったんだけど……。
こういう時って何を言うのが正解なんだ?
断った方が謙虚に見えていいのか?でもそれだと与えたいって言ってる人の気持ちを踏みにじるような行為にならないか?断る方が逆に失礼かも……。
ならここは無難にお金か?でも正直そんなにお金に困ってないんだよな。オレたちならやろうと思えばいくらでも稼げそうだし……。
できれば傲慢に思われず、それでいて皇帝陛下にしか頼めないような、そんな願いはないだろうか……。
うーん……そんな都合のいいものあるわけが……
オレはなんとなくみんなを見て、ある人物を視界に入れた瞬間、一つの名案がひらめいた。
ん?待てよ。あれがあるじゃんか!
「んんっ。じゃあ……帝城お抱え料理人の出すとびきりうまい料理で!」
どうよこれ。超名案だろ?たかがCランク冒険者じゃ絶対に帝城の料理なんて頼めるわけないし、これならカズハのお願いを今すぐに叶えられる。最高のアイデアだって言うのに……
…………え、なんでみんな、こんな静かなの……?
なぜか聞いてきたはずの皇帝陛下も何も言わず、呆気に取られたような顔をしている。周りを見回すと、貴族たちも皇帝陛下と似たような顔をしてるし、なんかみんなもこっち見てるし。
「ふ……」
……え?……オレ、なんか変なこと言ったのか……?
「ははははっ」
突然聞こえてきた笑い声。その声の主は、なんと眼前に座る皇帝陛下だった。
「はははっ」
皇帝陛下の大笑いに、貴族たちも目を丸くしているみたいだった。
「ははっ、はぁ……面白いな、お前は。まあよい。お前たちの望み、確かに聞き入れた。お前たちには最高にうまい料理を提供することを、この私、大帝国グランドベゼル皇帝アイザック=シュヴェルト=フリードの名の下に約束しよう」
こうしてオレの初の皇帝陛下との対面が終わった。
威厳があったし怖い人なのかと思ったら、急に笑い出したからなー。案外とっつきやすい人なのかも?
side アイザック=シュヴェルト=フリード
「さあ、皆、席に座りたまえ」
私はこの客間の一番奥の席に座りつつ、この場にいる全員に指示を出す。目の前には大きな長方形のテーブルが置かれ、白い布が敷かれている。
「お前たちも座ってよいぞ」
私は後ろに控えるウィリアム及びジン、それから扉前に待機するオスカーに声をかけた。
「いえ、俺たちはーーー」
「おお!太っ腹だな、陛下。ありがたくいただくぞ」
「はぁ……オスカーさん……」
オスカーはウィリアムたちの近くにやってくる。
「なんだなんだ。せっかく陛下が許可してくれたんだ。食わなきゃ損ってもんだろ?いいからお前らも席につけって」
そう言いながら、オスカーは二人の肩を組み半ばむりやりに席に着かせた。
「では早速、この国一番の腕をもつ料理人のスペシャルコースを堪能してもらおう」
私の合図とともに扉が開かれ、出来立ての料理をシェフたちが運んできた。それから次々に料理が置かれ、客人をもてなすにふさわしい料理の数々だったように思う。
「はー!おいしかったー!」
「よかったね、カズハお姉ちゃん」
「もうほんと、幸せだよー。ノアが帝城お抱え料理人の料理が食べたいって陛下に言い出した時はめっちゃびっくりしたけど、私は大満足!」
確かにそれには私も驚いた。普通なら莫大な金や土地などを要求するものだというのに……まさか料理とはな……予想外にも程がある。
イオリが気に入ったのもなんとなくではあるが分かる気がするな。
「ははっ。超名案だったろー?」
ノアは自慢げに笑う。
「あ、この紅茶もおいしいー」
「レモンの爽やかな風味がいいですよね。心が落ち着きます」
おお。私と同じ心を持つものがいるな。紅茶の良さが分かるとは。
「なあ、陛下」
それにしてもノアズアークには個性的な者ばかりいるようだな。見目もそうだが、纏う雰囲気的なものが常人とは異なるように感じる。
「陛下……!」
もしかしたら師団長らといい勝負をするかもしれないな。イオリが湊という男と軽く戦ってみた印象だと、底がしれない強さを秘めているとのことだったが……
できればこの目で見てみたいものだ。
「っだぁーもう……アイザック!」
「ん?なんだ、グレン」
はて?何か用でもあるのか……?
「ったく。お前わざとやってんだろ」
「……?何がだ?」
「あーはいはい。何言っても無駄だったな」
グレンはなぜか呆れたような顔をした。時々グレンはこういう顔をするが、一体何があったというのか。さっばり理解できん。
「そうか。それで、何かあるのか?」
私は紅茶を一口飲む。
やはりおいしい。いつ飲んでも心安らぐな。
「……俺が紅茶苦手なのは覚えてるか?」
「ふむ……そういえばそうだったな」
「そういえばってお前な……まあいい。じゃあ早くコーヒーでも用意してくれ」
「そんなものこの帝城にあるわけがないだろう」
「は?」
「私はコーヒーが嫌いだ。ならばこの帝城内に持ち込む道理もないだろう」
「…………………………ふぅぅ…………落ち着け、俺……あいつは昔からこういうやつだったろ。いまさらこんなことで怒ってどうする…………」
何やらぶつぶつと言っているグレン。時々こういうよくわからない言動をするが、一体なんだというのか。
「ガッハッハ。相変わらず、陛下は面白い」
「オスカー師団長。そういう無礼な発言は控えるべきでは?」
「無礼?陛下はこの程度のこと気にはしないぞ。なんたって人界に果てしなく広がる海洋と同じくらい、陛下の御心は広いからなー。ガッハッハ」
「……陛下。俺はオスカー師団長の師団長剥奪をオススメします」
「こらこらウィル坊。冗談でもそんなことは言わんほうがいいぞー。陛下が本気にしたらどうするんだ?」
「冗談だと誰が言いました?」
「ウィル坊、お前なぁ……」
「ふっ。相変わらず仲が良いな、お前たちは」
「……陛下。失礼ながら、どこをどう見たら俺とこの人が仲良く見えるんです?」
「ガッハッハ。さすが陛下。陛下のご慧眼には恐れ入る」
高笑いをするオスカーとは対照的にウィリアムは呆れたような顔をする。
私はそれを微笑ましく思いつつ、視線を他の場所へ移してみた。
「ジンさん。また会ったな」
「そうだね。ノア君たちも元気そうで何より」
「そういえばさ、ジンさんって、いつから師団長やってるの?」
「……だいたい三年前、だね。師団長歴は私とあそこに座ってるウィリアムが一番少ないんじゃないかな」
「へぇー。ジンさんって結構若そうなのに、もう師団長になったんだ」
「……そう、だね。この国の師団長の選出方法って、たぶん特殊なんだよ。前師団長が次の師団長を指定して、皇帝陛下の承認が降りればオッケーなんだ。つまり、前任の師団長に指名されれば実質誰でもなれちゃうわけ」
ジンの言う通りだ。師団長の選出は前任の師団長に任せることにしている。私はほとんど現場には出ないし師団員たちの普段の様子や人間関係、一人一人の強さなど、そういう情報はほとんど入ってこない。入ってきてもそれは表面的なものやごく一部だろう。つまりは物理的に距離が遠いのだ。
言わば部外者の私が、一体どんな根拠を持って師団長を任命するというのか。
一応は形式的に私が最後に承認する形をとっているが、よほどのことがない限り拒否することはない。私は師団長たちを信頼しているからな。
「なるほどなー。じゃあジンさんは、前任の師団長に信頼されてたんだな」
「……うん、そうだね。すごく、強い人だったよ……」
ジンの顔に少し翳りが見える。
……ジンは前任の師団長にかなり懐いていた。普段は明るいジンも、この話が出ては気分が落ちるのも無理はない。
私は椅子から立ち上がった。
「さて、今日はもう解散としようか。私もこのような楽しい食事会は久々だった。大人数での食事はやはりいいものだな」
「アイザック。あとで話がしたいんだが、時間空いてるか?」
グレンがわざわざ私に話をするということは……どうやらよほど大事なことらしい。
「……無論だ。だがその前に一つ、ノアズアークに私から頼みがある」
「た、頼み……?」
「ここにいる師団長の誰かと一本でいい。勝負をしてはくれないか?」
「へ……?」
ノアは驚いた顔をして、師団長たちを見る。
「ガッハッハ。俺としてはぜひ……と言いたいとこだが、俺は辞退するぞ、陛下」
「ほう、オスカー師団長にしては珍しいことだ。理由はなんだ?」
「そこにいる秀という男に勝たなければ他のノアズアークのやつらとはやれん。秀が今再戦を受けてくれるというのなら、話は別だが……。ともかく、これは俺のポリシーの問題なんだ、陛下。すまんな」
秀……あの赤髪の男か。どうやらオスカーとの間に何かしらの因縁があるようだな。
「構わん。ではウィリアムとジンはどうだ?」
「俺は問題ないです。むしろオスカー師団長に勝ったという男とやりたいですね。実力が保証されてますから」
「私も大丈夫です。というか、私の実力がどこまで通用するか、試してみたいくらいですよ」
ほう。ジンがそこまで言うとは……面白い戦いが見れそうだ。
「おい、アイザック。ちょっと急すぎないか?まさか今からやるとかいうわけのわからないことを言うんじゃーーー」
「そのまさかだが?」
「……マジか、お前……いやこれは聞いた俺がバカだったな……」
「では、ノアズアークはどうかな?」
「えーと、こっちもやるのは全然構わない!……です」
「決まりだな。では早速、演習場に向かうとしよう」
EDENフリースペース。オレたちは朝早くからここに来ていた。その理由はなんと、この国のトップである皇帝陛下への謁見だ。
「お、集まってるな」
みんなで雑談しながら待っていると、最後の二人が合流した。
「カズハ、グレンさん、おはよう」
「おはよー、ノア」
「おはよう、ノアズアーク諸君。さてこれで全員揃ったようだし、早速皇帝陛下に会いに行こうか」
ほんっとに会いにいくんだな、オレたち。
かなり緊張するんだけど……。
グレンさんの後に続いてオレたちもEDENを出る。グレンさんは大通りをまっすぐ進んで行く。いつもより早めに大通りに来たけど、意外にも人がいる。
みんな行動が早いなー。
「グレンさんは皇帝陛下に会ったことがあるのか?」
「そうだな。まあ、ある種の腐れ縁ってとこだ。昔からよーく知ってるよ、あいつのことは」
なんかすごい親密そうだなー。皇帝陛下と仲良いって、いくらギルド長でもそんなことあんのかなー?
「ギルド長ってのは、皇帝の旦那と話す機会も多いのか?」
「いや、EDENは基本、国の下にはつかない機関だ。つまりは独立した組織として位置している。だから、国の命令を絶対に実行しなければならないわけでもないし、呼ばれたからといって皇帝に謁見する義務もない。あくまで自由がうちの流儀だ。だから本当はあまり皇帝に会いにいくとかはしない方が、外聞的にも理念的にもいいんだが……」
「ギルド長とはいえども、元パーティメンバーの頼みは無碍にできないってことでしょー?」
へ?元パーティメンバー?それってつまり……この国の皇帝陛下が、グレンさんと冒険者として活動してたってことか?!
え、そんなことありえるの?皇帝になる人間が、そんな自由に世界を冒険していいわけ?
「伝説のSランクパーティ『ジ・オメガ』ですよね?私も知ってます!冒険者界隈だけじゃなくて、世界的にも有名ですし」
「あ、その名前、どっかで聞いたかも」
「珍しいな。ノアが知ってるなんてよぉ」
「知ってるっていうか聞いたことあるなーぐらいで、詳細は知らないけどな」
どうせ、秀や湊は事前に情報収集済みなんだろうけど。
「ジ・オメガ。三人組のSランクパーティ。人間界だけでなく、魔界のあらゆる場所を駆け巡ったと言われているらしいな。あとは誰も踏み入れたことのないはずの未踏の世界『 精霊界』にも行ったことがあるとか」
「ほう、詳しいな、湊。確かに俺たちは行けそうなとこは大方回ったし、精霊界にも一度だけ行った。まあただ運が良かったってだけだがな」
精霊界かー。セツナの契約精霊のセイが住む場所だろ……?うわ、めっちゃ行ってみたいんだけど……!
精霊が暮らす世界なんて、未知のもので溢れてるに決まってるじゃん。想像しただけでもワクワクする!……けどその前に、あの国には絶対行かないと。
あいつなしに冒険の旅を始めるなんて、絶対にありえないからな。
「セイみたいな精霊、たくさんいる……?」
「ん?セイって言うのは……」
「青龍だ。私の契約精霊の」
「あー、なるほど。そうだな……確かにあそこは精霊たちで満ち溢れていたな。なんだか幻想的な世界だったことはよく覚えている」
「うわっ。すっごい行きたい。今すぐは無理だけど、いつか絶対行く。リーダー権限使ってでも行く!」
「ははっ。そう言うと思ったぜ」
「ノアの好きにすればいい。俺に異論はない」
「はいはーい。私も行ってみたーい」
カズハは手を挙げて意思表示をする。
「私も行きたいです。精霊たちから何か病や薬に関するお話が聞けるかもしれませんし」
「ぼくも、行きたい……!」
「セイがいるし、どうにかすれば行けるか……」
セツナがポツリと言葉をもらす。
「シンは?」
「兄さんの行きたい場所が俺の行きたい場所だ。当然兄さんに賛同する」
「はははっ。本当にお前たちは面白いな。もしかしたら俺たちにも届かなかった場所にも行けるかもしれないな。……新たな伝説を作ってくれ、ノアズアーク。期待しているぞ」
グレンさんは、にこやかな顔でオレたちを見つめた。
「おー、すげー……!」
オレたちはついに帝城の全体像が見える位置にまで来た。グレンさん曰く、ここは帝城の正門前らしい。
オレたちは正門から入ろうとした。だが、門前に立つ師団員たちに止められてしまう。
「ここは関係者以外立ち入りは禁止となっている。とっとと去れ」
「まあ待てよ。お前たちは不審者か?不審者だよな?だったら俺たちが取り押さえても問題ないな」
は?何言ってんの、こいつ。
「お、いいな、それ」
「だろ?ちょうど退屈してたんだ。ここに立ってるだけってのも楽じゃないんだわ」
二人の守衛は、持っていた武器を急に構え、戦闘体制に入る。
あーもう、めんどくさいなー……。
オレは前に出て、この大バカどもに説明しようとする。だが……
「……殺すぞ」
「「ひっ……!」」
守衛らの武器が握り潰され、いとも容易く折られる。それを見た守衛らは、腰を抜かして尻餅をついてしまった。
「シン。あんまいじめちゃだめだぞー」
オレはシンの肩をポンポンッと軽く叩く。
「兄さん。この愚物ども、殺していいか?」
「顔こわいぞー、シン。それと、この人たち殺しちゃったらこの国を守る人が減っちゃうから。それはよろしくないとオレは思うわけよ」
「兄さんがそう言うなら仕方ないな。だが……次はないと思え」
「「ひゃ、ひゃい!」」
あららー。完全にシンを怖がっちゃってるよ、この師団員たち。
「はははっ。バカだな、お前らは」
「「え!グ、グレンさん?!」」
いつのまにかオレたちの背後にいたグレンさんがオレたちの近くまで来ていたらしい。守衛らはグレンさんの姿を見て、慌てて立ち上がった。
「「お、お疲れ様です!」」
守衛らは深々とお辞儀をした。
「バカかお前ら。オレはもう師団員じゃねぇよ。それとな、こいつらは皇帝陛下のお客人だ」
「「……っ!」」
守衛らは寝耳に水といった顔をする。
「ああいう舐めた態度は今後一切しない方がいいぞ。師団員だからって調子に乗るな。そういう驕りが死につながんだ。守りたいもんがあるから師団員になったんだろ?だったらその腐った性根を今すぐ叩き直せ」
「「は、はい!」」
守衛らは大きな返事をした後、左右に分かれて門を開けた。
「先ほどは大変失礼いたしました!」
「どうぞ皆様、お入りください!」
さっきとの差がすごい……。
何はともあれ、オレたちはついに帝城へと足を踏み入れた。目の前には大きな城が聳えている。その城の前に広がる庭は、よく手入れされているのか花々があちこちに咲き誇り、この庭の美しさを表現している。
今通った門から石畳の道が眼前の城まで続いているらしい。オレたちはこの道を通って城の中へと入った。
「おお……」
外見からうかがえるこの城の迫力やら立派さも良かったけど、城内のこの落ち着いた色合いとか派手すぎないところもまたいいなー。
オレは初めての場所に心躍り、周りをキョロキョロと見回す。
お。あの花綺麗だなー。青い花って初めて見たかも。
お。このドア、うっすらと金色の装飾がしてあるな。それも花をイメージしてるっぽい。あ、こっちのは鳥かな。
「ノア、楽しそうだねー」
「そうですね。ノアさん、はしゃいだ子どもみたいです」
「あれで私らのリーダーやってるなんて、妙な話だ」
「あはは。セツナってば手厳しいねー」
何やら女性陣が後ろで話していたらしいが、好奇心に身を任せた今のオレの耳には届いていなかった。
ふと窓側を見ると、リュウがつまさき立ちをして窓の外を見ようとしていた。だけど壁が高いのか、外が見えるか見えないかギリギリのラインっぽい。
「リュウー」
「ノア兄ちゃん……」
「外、見たいのか?」
「うん。でも……」
リュウは少し残念そうな顔をする。見れなくて悲しいって感じだ。
「よーし。それなら……よっと」
「わわ……」
オレはリュウの体を持ち上げ、肩に乗せる。いわゆる肩車ってやつだ。これなら余裕で外が見られるはず。
「どうだリュウ。外、見えるかー?」
「うん……!ありがと、ノア兄ちゃん!」
「おう」
オレはリュウが喜んでくれて大満足よ。
ちらっと振り返ると、オレは近くにシンがいることに気づいた。
「シンも見てみろよ。あの庭、想像の何百倍も綺麗だからさー」
「おい、お前たち。ちゃんとついてきてくれないとーーー」
「まあまあ、グレンの旦那。ちょいとあのままにしといてくれや」
「シンが見ているからな。迷子になるなんてことはまずない」
「そういうこと。それにあんな楽しそうにしてんだ。邪魔するのは野暮ってもんだ。そうは思わねぇか?グレンの旦那」
「はは。それもそうか。ガチガチに緊張しているかと思ったが、普段通りにしてくれる方があいつも喜ぶかもな」
オレはちょくちょく寄り道をしながら、なるべくみんなと離れないようにして目的地まで歩いた。なるべくとは言っても、オレの場合好奇心に身を任せすぎるきらいがあるからなー。
結局は隣にいたシンが、オレが遠くに行きそうになったときには止めてくれた。シンがいなかったら、オレ下手したら迷子だったかも。
「ここが玉座の間だ。そんなに緊張することもないが、一応厳粛な謁見ってことになってる。部屋の中にはそれはそれはお偉い貴族連中もいるが、あまり気にしなくていい」
今まで明らかに煌びやかなドアだ。その両端には師団員らしき人物が二人ずつついている。
ていうかグレンさんの言い方、なんかトゲがあるような……?
「それじゃ、入るぞ」
それを合図に、両端にいた師団員がドアを開けた。
オレはちょっぴり緊張しながらも、背筋を伸ばして堂々と歩く。なよなよした姿見せたら、ノアズアーク全体がなめられるかもしれないからな。リーダーのオレが特にしっかりしないと。
あんまキョロキョロはできないけど、部屋の両端にたくさんの人間がいるのはわかる。全員が全員ってわけでもないけど、値踏みをするようにじろじろとオレたちを見ているやつが多い気がする。
「皇帝陛下。EDENギルド長グレン=トワイライト及びノアズアーク、陛下のお達しを受けただいま参上いたしました」
グレンさんは跪くことなく立ったまま皇帝陛下に報告した。一応お辞儀はしてるけど、こういう場って跪くものだと思ってたんだけど……違うのか?
オレたちはとりあえずグレンさんに合わせることにした。みんなで一斉にお辞儀をする。
「顔を挙げたまえ。……ご苦労であった、グレンギルド長」
この人が皇帝陛下か。葡萄色の髪を後ろで束ねていて、顔はキリッとしている。いわゆるイケオジってやつで、歳はグレンさんとそう変わらなそうだ。それに、さすがは皇帝陛下。放つオーラっていうか威厳が違う。
これが一国を背負う人の姿、か……。
「此度、君たちノアズアークを呼んだのは、先日の件の褒賞を与えるためだ。……ウィリアム師団長。その委細の説明を」
「はっ」
皇帝陛下に呼ばれるとともに、部屋の左側から金髪の男が現れた。
「大帝国第一師団『斑』の師団長を務めているウィリアム=ブラッツと申します。陛下に代わって、恐れ多くはありますが俺からあなた方をお呼びしたわけを説明させていただきます」
おお。三人目の師団長のご登場か。なんとなくだけど、この人もかなり強そうだ。
「二日前、帝都アクロポリスを含む大帝国の一部地域で謎の地震が複数回発生しました。揺れは小さかったものの、その頻度は普通ではありませんでした。ただの地震ではないことは、ここにいるものであれば誰もが悟ったことでしょう。……三年前のアンフェール。中にはあの厄災が頭によぎった者もいたはずです」
ウィリアムさんの言葉に、貴族たちは表情を険しくした。よほどそのアンフェールには嫌な思い出があるらしい。
「その発生源は、ある一体の魔物。これはそこにおられるギルド長グレン=トワイライト殿の証言により判明した事実です。その魔物は剣撃などの物理攻撃及びすべての氣術が効かず、一方的に高威力の光線を放ったとのことです。つまり、人類史上稀に見る厄災……下手をすればアンフェールの再来と化していた可能性が極めて高いということになります」
より一層青ざめた顔をする貴族たち。オレはアンフェールを体験したわけじゃないから、いまいちピンと来てないけど、確かにあいつが野放しになっていたら、間違いなく一つの国くらいは簡単に滅んでた。それぐらいはオレでもわかった。
魔物というよりは天災に近いんじゃないか?
「その厄災を追い払った英雄が、ここにおられるノアズアークの皆様になります。なぜそんな厄災が突然現れたのかといった疑問の解消や、俺たち師団員の対応の甘さとその改善など、解決すべき問題は山ほどありますが、いずれにせよ俺たちは彼らに感謝せねばなりません。そしてそのためにこの場が設けられたのです。……俺からの説明は以上になります」
ウィリアムさんは軽くお辞儀をすると、もとの位置に戻った。
「ご苦労だった、ウィリアム師団長。これで大方の貴族たちも理解してくれたと私は思う。ノアズアークは、我が国に降りかかろうとしていた厄災を未然に防ぎ、我が国を救った英雄だと。……さて、本題に入ろうか。ノアズアークのリーダーよ」
……あ、オレか。
「は、はい」
「我が国を救ったお前たちには、何か褒賞を与えたいと私は思っている。なんでも申すがよい。お前たちの望み、この私が叶えてやろう」
「…………」
……どうしよう。何も考えてなかったんだけど……。
こういう時って何を言うのが正解なんだ?
断った方が謙虚に見えていいのか?でもそれだと与えたいって言ってる人の気持ちを踏みにじるような行為にならないか?断る方が逆に失礼かも……。
ならここは無難にお金か?でも正直そんなにお金に困ってないんだよな。オレたちならやろうと思えばいくらでも稼げそうだし……。
できれば傲慢に思われず、それでいて皇帝陛下にしか頼めないような、そんな願いはないだろうか……。
うーん……そんな都合のいいものあるわけが……
オレはなんとなくみんなを見て、ある人物を視界に入れた瞬間、一つの名案がひらめいた。
ん?待てよ。あれがあるじゃんか!
「んんっ。じゃあ……帝城お抱え料理人の出すとびきりうまい料理で!」
どうよこれ。超名案だろ?たかがCランク冒険者じゃ絶対に帝城の料理なんて頼めるわけないし、これならカズハのお願いを今すぐに叶えられる。最高のアイデアだって言うのに……
…………え、なんでみんな、こんな静かなの……?
なぜか聞いてきたはずの皇帝陛下も何も言わず、呆気に取られたような顔をしている。周りを見回すと、貴族たちも皇帝陛下と似たような顔をしてるし、なんかみんなもこっち見てるし。
「ふ……」
……え?……オレ、なんか変なこと言ったのか……?
「ははははっ」
突然聞こえてきた笑い声。その声の主は、なんと眼前に座る皇帝陛下だった。
「はははっ」
皇帝陛下の大笑いに、貴族たちも目を丸くしているみたいだった。
「ははっ、はぁ……面白いな、お前は。まあよい。お前たちの望み、確かに聞き入れた。お前たちには最高にうまい料理を提供することを、この私、大帝国グランドベゼル皇帝アイザック=シュヴェルト=フリードの名の下に約束しよう」
こうしてオレの初の皇帝陛下との対面が終わった。
威厳があったし怖い人なのかと思ったら、急に笑い出したからなー。案外とっつきやすい人なのかも?
side アイザック=シュヴェルト=フリード
「さあ、皆、席に座りたまえ」
私はこの客間の一番奥の席に座りつつ、この場にいる全員に指示を出す。目の前には大きな長方形のテーブルが置かれ、白い布が敷かれている。
「お前たちも座ってよいぞ」
私は後ろに控えるウィリアム及びジン、それから扉前に待機するオスカーに声をかけた。
「いえ、俺たちはーーー」
「おお!太っ腹だな、陛下。ありがたくいただくぞ」
「はぁ……オスカーさん……」
オスカーはウィリアムたちの近くにやってくる。
「なんだなんだ。せっかく陛下が許可してくれたんだ。食わなきゃ損ってもんだろ?いいからお前らも席につけって」
そう言いながら、オスカーは二人の肩を組み半ばむりやりに席に着かせた。
「では早速、この国一番の腕をもつ料理人のスペシャルコースを堪能してもらおう」
私の合図とともに扉が開かれ、出来立ての料理をシェフたちが運んできた。それから次々に料理が置かれ、客人をもてなすにふさわしい料理の数々だったように思う。
「はー!おいしかったー!」
「よかったね、カズハお姉ちゃん」
「もうほんと、幸せだよー。ノアが帝城お抱え料理人の料理が食べたいって陛下に言い出した時はめっちゃびっくりしたけど、私は大満足!」
確かにそれには私も驚いた。普通なら莫大な金や土地などを要求するものだというのに……まさか料理とはな……予想外にも程がある。
イオリが気に入ったのもなんとなくではあるが分かる気がするな。
「ははっ。超名案だったろー?」
ノアは自慢げに笑う。
「あ、この紅茶もおいしいー」
「レモンの爽やかな風味がいいですよね。心が落ち着きます」
おお。私と同じ心を持つものがいるな。紅茶の良さが分かるとは。
「なあ、陛下」
それにしてもノアズアークには個性的な者ばかりいるようだな。見目もそうだが、纏う雰囲気的なものが常人とは異なるように感じる。
「陛下……!」
もしかしたら師団長らといい勝負をするかもしれないな。イオリが湊という男と軽く戦ってみた印象だと、底がしれない強さを秘めているとのことだったが……
できればこの目で見てみたいものだ。
「っだぁーもう……アイザック!」
「ん?なんだ、グレン」
はて?何か用でもあるのか……?
「ったく。お前わざとやってんだろ」
「……?何がだ?」
「あーはいはい。何言っても無駄だったな」
グレンはなぜか呆れたような顔をした。時々グレンはこういう顔をするが、一体何があったというのか。さっばり理解できん。
「そうか。それで、何かあるのか?」
私は紅茶を一口飲む。
やはりおいしい。いつ飲んでも心安らぐな。
「……俺が紅茶苦手なのは覚えてるか?」
「ふむ……そういえばそうだったな」
「そういえばってお前な……まあいい。じゃあ早くコーヒーでも用意してくれ」
「そんなものこの帝城にあるわけがないだろう」
「は?」
「私はコーヒーが嫌いだ。ならばこの帝城内に持ち込む道理もないだろう」
「…………………………ふぅぅ…………落ち着け、俺……あいつは昔からこういうやつだったろ。いまさらこんなことで怒ってどうする…………」
何やらぶつぶつと言っているグレン。時々こういうよくわからない言動をするが、一体なんだというのか。
「ガッハッハ。相変わらず、陛下は面白い」
「オスカー師団長。そういう無礼な発言は控えるべきでは?」
「無礼?陛下はこの程度のこと気にはしないぞ。なんたって人界に果てしなく広がる海洋と同じくらい、陛下の御心は広いからなー。ガッハッハ」
「……陛下。俺はオスカー師団長の師団長剥奪をオススメします」
「こらこらウィル坊。冗談でもそんなことは言わんほうがいいぞー。陛下が本気にしたらどうするんだ?」
「冗談だと誰が言いました?」
「ウィル坊、お前なぁ……」
「ふっ。相変わらず仲が良いな、お前たちは」
「……陛下。失礼ながら、どこをどう見たら俺とこの人が仲良く見えるんです?」
「ガッハッハ。さすが陛下。陛下のご慧眼には恐れ入る」
高笑いをするオスカーとは対照的にウィリアムは呆れたような顔をする。
私はそれを微笑ましく思いつつ、視線を他の場所へ移してみた。
「ジンさん。また会ったな」
「そうだね。ノア君たちも元気そうで何より」
「そういえばさ、ジンさんって、いつから師団長やってるの?」
「……だいたい三年前、だね。師団長歴は私とあそこに座ってるウィリアムが一番少ないんじゃないかな」
「へぇー。ジンさんって結構若そうなのに、もう師団長になったんだ」
「……そう、だね。この国の師団長の選出方法って、たぶん特殊なんだよ。前師団長が次の師団長を指定して、皇帝陛下の承認が降りればオッケーなんだ。つまり、前任の師団長に指名されれば実質誰でもなれちゃうわけ」
ジンの言う通りだ。師団長の選出は前任の師団長に任せることにしている。私はほとんど現場には出ないし師団員たちの普段の様子や人間関係、一人一人の強さなど、そういう情報はほとんど入ってこない。入ってきてもそれは表面的なものやごく一部だろう。つまりは物理的に距離が遠いのだ。
言わば部外者の私が、一体どんな根拠を持って師団長を任命するというのか。
一応は形式的に私が最後に承認する形をとっているが、よほどのことがない限り拒否することはない。私は師団長たちを信頼しているからな。
「なるほどなー。じゃあジンさんは、前任の師団長に信頼されてたんだな」
「……うん、そうだね。すごく、強い人だったよ……」
ジンの顔に少し翳りが見える。
……ジンは前任の師団長にかなり懐いていた。普段は明るいジンも、この話が出ては気分が落ちるのも無理はない。
私は椅子から立ち上がった。
「さて、今日はもう解散としようか。私もこのような楽しい食事会は久々だった。大人数での食事はやはりいいものだな」
「アイザック。あとで話がしたいんだが、時間空いてるか?」
グレンがわざわざ私に話をするということは……どうやらよほど大事なことらしい。
「……無論だ。だがその前に一つ、ノアズアークに私から頼みがある」
「た、頼み……?」
「ここにいる師団長の誰かと一本でいい。勝負をしてはくれないか?」
「へ……?」
ノアは驚いた顔をして、師団長たちを見る。
「ガッハッハ。俺としてはぜひ……と言いたいとこだが、俺は辞退するぞ、陛下」
「ほう、オスカー師団長にしては珍しいことだ。理由はなんだ?」
「そこにいる秀という男に勝たなければ他のノアズアークのやつらとはやれん。秀が今再戦を受けてくれるというのなら、話は別だが……。ともかく、これは俺のポリシーの問題なんだ、陛下。すまんな」
秀……あの赤髪の男か。どうやらオスカーとの間に何かしらの因縁があるようだな。
「構わん。ではウィリアムとジンはどうだ?」
「俺は問題ないです。むしろオスカー師団長に勝ったという男とやりたいですね。実力が保証されてますから」
「私も大丈夫です。というか、私の実力がどこまで通用するか、試してみたいくらいですよ」
ほう。ジンがそこまで言うとは……面白い戦いが見れそうだ。
「おい、アイザック。ちょっと急すぎないか?まさか今からやるとかいうわけのわからないことを言うんじゃーーー」
「そのまさかだが?」
「……マジか、お前……いやこれは聞いた俺がバカだったな……」
「では、ノアズアークはどうかな?」
「えーと、こっちもやるのは全然構わない!……です」
「決まりだな。では早速、演習場に向かうとしよう」
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