碧天のノアズアーク

世良シンア

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グランドベゼル編

15 ブラフマー=アルボロートという男

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side グレン=トワイライト

「ったく。久々に直であったが、何も変わってなかったな、あいつ」

皇帝陛下に呼び出され、渋々帝城へと足を運んだ俺は、友との話を済ませ帝城から出た。相変わらず無駄に広い敷地内を歩く。

「お勤めご苦労」

俺は見張りで立っている師団員を労いつつ門を出る。師団員らは軽く会釈をした。

「さて、はやくEDENに戻って仕事をしないとな……」

二十分ほど歩き、ギルドに足を踏み入れる。受付には普段はいるはずのない人物が、アリアと話し込んでいるのが見える。

「ゼファーじゃないか。どうした、こんなところで」

「グレンギルド長。お戻りになられたのですね」

ゼファーは相変わらず丁寧な物言いをする。ミクリヤもそうだが、ゼファーも頼れるうちのギルド職員だ。この二人とアリアを含めた三人は、Aランクパーティ『エリュシオン』に所属している。
現在はギルドの運営に回りっぱなしで、本業であった冒険者の方はほとんど活動できていないだろう。

運営側としては、ミクリヤたちのような冒険者らに手伝ってもらっている現状を不甲斐ないとは思うが、だからといってすぐに解放できるわけでもない。ギルド職員募集の張り紙は出しているが、なかなかどうして人が集まらん。

「ああ。それで、俺の留守中に何かあったのか?」

「実は……」

俺の問いかけにゼファーは簡潔かつ丁寧に答える。その内容を簡単にまとめれば、ある冒険者が突然、危機に陥った自らのパーティを助けて欲しいと、懇願してきたらしい。

「なるほど。そんなことがあったのか」

「はい。私やミクリヤ副ギルド長に来て欲しかったようですが、あいにくと私は自由に動ける立場にはありませんので、お断りしました。また、ミクリヤ副ギルド長は、グレンギルド長同様ご不在でしたので……」

そういえば、朝から各ギルド支部を回っていたな。いつも以上に忙しそうにしていたような……。

「それは悪いことをしたな。俺がいればすぐにでも駆けつけたんだが……」

「ですが、ちょうどそこに居合わせていたノアズアーク御一行様により、この件は解決いたしました」

「そうなんです。カズハが真剣に向き合ってくれて、すぐに救援に向かってくれました!」

「そうかそうか……」

カズハのやつ、やるじゃないか。さすがは俺の弟子だな。

「ならノアズアークには何か礼をしないとな。本来なら運営が対処すべき案件を無償で引き受けてくれたのだからな。……他には何もなかったか?」

「はい。他はいつも通りでした」

「大丈夫です!」

「よし。では俺は部屋に戻る。ノアズアークが戻ってきたら、ギルド長室に来るように伝えてくれ」

「分かりました!」

「私も仕事に戻ります。失礼いたします」

アリアは明るく返事をし、ゼファーは俺に会釈をしてから自分の持ち場へと戻っていった。

俺は自室に戻り途中になっていた作業を再開した。俺は山積みになった書類の一枚目を取り、読み進める。

えーなになに。
 


資金貯蓄量に関する事
一年ほど前からエリック商団との取引が中止となり、冒険者が討伐した魔物に支払うための資金が底をつきかけています。他の商団との取引を開始したものの、あまりいい値段で売れず、貯蓄分を切り崩さねばならなくなりました。その結果、もってあと数ヶ月ほどの貯蓄分しかありません。つきましては、一時的に本部から資金を提供していただきたく存じます。その場しのぎではありますが、わたくしどもの方で解決策が見つかるまでの間、何卒よろしくお願いいたします。
アメギラス暦Ⅸ期 九九八年 五月二十五日
軍事国家ファランクス支部 支部長マシュー



あー……そういえば、去年、エリック商団との取引ができなくなったと連絡があったな。その時は支部の方でなんとかすると言っていたが……どうやらうまくいかなかったらしいな。

うちの資金源は魔物だ。魔物からはその魔物にしかない素材が手に入る。それは武器や防具、衣類や生活用品など、幅広い分野で使える。これをエリック商団に買ってもらうことで、資金を手に入れる。そして冒険者への報酬金として渡している。

そもそもの話、これはエリック商団との取引が突然中止になったことが原因だ。それを解決すればどうにかなりそうなもんだが……この時点まで状況が好転していないところを見るに、そう簡単な話でもないようだな。

できれば支部の誰かに直接本部に来てもらって、早急に解決したいところだが、悲しいことに各支部の問題をここまで真摯に対応できるほど、本部にも余裕がない。

人員確保。それにプラスして、こういった問題を的確かつ迅速に処理する能力のある人材の育成。これがうちの最大の課題だ。これをクリアするためには……とりあえず、広報にもっと力を入れるしかないか。あとでミクリヤとも相談しておこう。

えーと、資金援助だったな。たしかファランクス支部のみがエリック商団との取引が中止になっているから、うちから資金を出すことは何の問題もない。本部だけあって、それなりに貯蓄はあるからな。

それにあくまでこれは俺の予想だが、中止になった要因は、支部にではなく軍事国家という国そのものにあると思っている。正確には、中心地であるビスタグレンツェのせいだろう。最近は特に、ファランクスの黒い噂が絶えない。何か外部に知られたくない秘密でもあるのだろう。だからエリック商団のビスタグレンツェへの立ち入りを禁じた、とかな。まあこれは推測の域を出ないがな。

最悪の場合、支部からの連絡も途絶える可能性もあるな……一応、資金提供のついでに調査員を派遣しとくか。

俺は書類に印を押し、確認済みの書類が置かれた場所へと置く。そこには書類があまり積まれていない。未確認の書類の山と比べると、その差は歴然だ。

「ふぅ。やっと一枚か。このペースではミクリヤが戻ってくる前に半分も終わるかどうか……はぁぁ」

……嘆いていても仕方がない。次に行こう。

えーと、次は……



連続誘拐事件に関する事
ここ二、三ヶ月の間で亜人の子どもが相次いでさらわれています。その数は現在確認されているもののみでは五名、未確認を含めれば二桁を超えていると推察されています。守護叡団ビースト・ロアの方で事件解決に向けて調査を行っているものの、犯人を捕らえることができずにいます。そこで、最近になりわたしくしどもEDENに、亜人国家から協力要請が来ました。わたくしどもとしてはこの要請に快く応じたいと思っております。つきましては、本部の方からも承認をいただきたく存じます。本部への断りなく独断で決定したこと、深くお詫びします。ですがこれは亜人国家レグルスにおける一大事です。この国に生きる者として、見過ごすことはできません。何卒ご理解とご協力のほどをよろしくお願いいたします。
アメギラス暦Ⅸ期 九九八年 六月一日
亜人国家レグルス支部 支部長レン=アストラル



ふむ……亜人の子どもを狙った誘拐事件か。亜人はその見目や潜在能力の高さが俺たち人間とは違うからな。端的に言えば、希少価値が高い。

亜人国家レグルスは、百年ほど前までは閉鎖的な国だった。その原因は俺たちのような人間の迫害にあるわけだが、亜人たちは他国と国交を結ぶなどということは決してしなかった。

だが、約百年前、当時のレグルスの叡王とグランドベゼルの皇帝が盟約を交わし、その日から亜人国家と大帝国は、少なくとも表面上は良い関係を築き始めていた。

とはいえそれでも亜人たちの人間に対する憎悪は強い。百年前の寒雨赤嵐戦争において、直近でグランドベゼルと盟約を交わしていたレグルスは大規模戦争に駆り出されることとなり、勝利したとはいえ多くの損失が生まれた。

これにより国民の不満が頂点に達し、内乱にまで発展。最後には当時の叡王が暴徒に殺されたことで、再びレグルスは他国との縁を切らざるを得なくなった。

その後、交流断絶状態が続くも、先代の叡王の時代に再びグランドベゼルとの国交が結ばれた。しかしながら、これも国民の大きな反発を買い、百年前同様、叡王が殺されたことで終止符が打たれた。

しかし、前と決定的に違うのは現在まで国交が保ち続けられたことだろう。それは現叡王の采配によるところが大きい。

四、五年ほど前からは、海洋国家アトランテとも正式に国交を結んだらしいからな。

あいつも意外と頑張ってるようだ。

こういった施策により、亜人国家は閉鎖的な国のままにはならずに済んでいるが、人間への不信感は拭えてないらしい。

それもそのはず、確かな情報筋からの話では亜人を奴隷として商品化している一部の国があるという。詳細は未だ掴めていないが、おそらくは軍事国家ファランクスだろうと俺は踏んでいる。

それはともかくとしても、今回の誘拐事件もそれ絡みの可能性は高い。

というか、俺に確認を取らずとも、そっちで勝手にやってもらって構わんのだが……ミクリヤにこれを言ったら怒られるだろうな。

「なんであんたがギルド長やってんだ……」ってな具合に。

……まあ、承諾して問題なさそうだな。EDENも全面的に亜人国家レグルスに協力しようじゃないか。

俺は読み終わった書類に印を押し、それを机の左側に置く。そして右側の書類の山を数秒見つめ、深くため息をつく。

「はぁぁぁ。あと、何枚だぁぁ……?」






「んんー。結構片付いたな」

俺は腕を上に上げ、ぐーっと背を伸ばす。

ようやく半分ほどの書類の確認を済ませた。俺にしては仕事が早い。このままいけばミクリヤが戻る前に仕事が終わりそうだ。

さて、次の書類は……。

『カタカタカタカタカタカタ……』

ん?またこの揺れか。

作業中、何度かこの微震が起きていた。最初に来た時はあの忌々しいアンフェールの再来かと思いもしたが、揺れも小さくそれ以外に何かが起きるわけでもなかった。だから無視したわけだが、こう何度も揺れが発生しているとなるとさすがに気になるな。

俺は手にした書類をもとの場所に置き、椅子から立ち上がる。そして部屋を出た。

「グレンギルド長」

下へ向かう途中、階段でゼファーと出会った。

「ゼファー。何かよう用か?」

「例の冒険者……ダック様がお戻りになりました」

「おお。そうか」

「ですが、またダック様のみで、『ハピネス』の皆様の姿は見えません。また、救援に向かった『ノアズアーク』の皆様も同様にいません」

「……何?」

カズハたちが救援に失敗したというのか……?

「それとダック様が今すぐにグレンギルド長とお話がしたいそうです。お会いになられますか?」

あの微震のことも気にはなるが、それよりも今はノアズアークやハピネスの安否の方が知っておきたい。

「分かった。会おう」

「了解しました」

ゼファーの後に続き応接室へと向かう。ゼファーがノック後に扉を開け、俺は中に入る。ゼファーはそのまま廊下で待機するらしい。

「グレンギルド長……!」

ダックは勢いよく立ち上がった。

「本日はお時間をいただきありがとうございます……!」

「そんなに畏まらんでいい。いつも通りで構わんし、そのソファーは好きに使っていいぞ」

「あ、はい……」

俺は革製のソファーに腰をかける。

「それで話というのは?」

ダックは慌てて向かいのソファーに座り、話し始めた。

「え、と……」  


『……なあダック』

『なんだ?アムド』

『やっぱり、さ、このまま逃げるのは……なんか違うんじゃないか……?』

「俺たちは負傷した仲間を担いで、帝都アクロポリスを目指しひたすら足を動かしてました。仲間が助かったのも、俺たちが無事に帝都に戻れるのも全てノアズアークのおかげでした」

「でも俺たちは……その恩人を見捨てたんです」

『……っ……そんなことは分かってる!だがもうどうしようもないだろ……!俺たちはただ帝都を目指すしかないんだ』

『一つ、提案があるんだ……』

『提案……?』

「アムドは足を止めて、俺をまっすぐに見つめてこう言ったんです」

『ダック、お前だけ先に行って救援を呼んで来るんだ』

「俺は意味がわからず困惑しました」

『何を言ってる?!またお前たちを置いて行けと?!そう言ってるのか?!』

『ああ、そうだ。幸いこの辺りに魔物はいないし、あの恐ろしい魔物からはだいぶ距離を離した。ここに残っても十分に生き残れる』

『それは……そうかもしれないが……けど……』

『恩を返すなら今だ。あの魔物は危険すぎる。それは俺たちが身をもって知っている。恩人が死んでしまえば、その恩を返すチャンスなんか二度と来ない。だから、今しかないんだよ』

「そうアムドに言われて、たしかにそうだって思いました。今度は俺たちがノアズアークを助ける番だって」

『……そう、だな。……分かった。アムド、みんなを頼むぞ』

『任せとけって』

「だから俺はここに来たんです。助けを呼ぶために」

「……なるほど。だいたい理解した。その未確認の魔物とノアズアークが未だ交戦中であり、その応援をEDENに依頼したいということだな」

「はい。そうです」

「分かった。早急に依頼ボードに貼ろう。それも大々的に、だ。報酬金も通常の数倍にしておこう」

「……!本当ですか?!」

「ああ。職権濫用ではあるが、緊急事態だ。やむを得んだろう」

少し、私的事情も含みはするがな。






side ある冒険者たち

「ゲリラ依頼が舞い込んだぞ!なんと報酬金は金貨三十枚だそうだ!」

「な、何?!それ、マジかよ」

「大マジさ!」

「それで?どんな依頼内容なのよ」

「なんでも、帝都の西の森に突如出現した、謎の魔物の討伐だってさ。その討伐報酬が、なんと、金貨三十枚……つまりは一発で三十万エルツ稼げる!!」

「確かにすごいけど……でもそれって私たちは受けられるわけ?どうせ受注可能パーティはAランク以上とかあるんでしょ?」

「……いやまあ、そうだけど……」

「んだよ。喜んで損したじゃねぇか」

「だってこんなの滅多にないじゃんか。だからつい喜んじゃったっていうか……」

「まあわからないでもないけどねー。ちなみに、誰か受けたわけ?」

「え?どうだろ。さっき出たばっかだし、まだな気はするけどーーー」

「なにやら騒がしいですね。何かあったのでしょうか?」 

「ああ。なんかゲリラ依頼が……って、あんたは?!」

「……っ!ブラフマー=アルボロート……!」

「え!嘘でしょ?!なんであなた様がここに……?!」

「おや?我輩がここにいるのは何かおかしいことだったかな?」

「あ、いや、ちょっと驚いただけで……ま、まさかSランク冒険者の、あ、あなた様に会えるとは、お、思わなかったもんで……」

「まあいいでしょう。雑魚には興味はないのでね。……それにしてもゲリラ依頼とは、これまた珍しい。謎の魔物の討伐ですか。……せっかく立ち寄ったのだ。受けて差し上げるのもまた一興、ということか……」

「あ、あの、ブラフマーさん……?」

「我輩の許可なく気安く話しかけるな、ゴミクズが……」

「ひっ……!」

「…………………………行ったな。おい、なんであの男に話しかけたんだ。死にてぇのかよ」

「そんなわけないだろ?!ただ、Sランク冒険者ってどんなやつなのかなーって気になっただけで」

「そういえば、私もSランク冒険者を見たのは初めてかも」

「だろ?!Sランク冒険者と言えば、冒険者なら誰もが憧れる存在じゃんか。せっかく会ったんだから話してみたいって思っても別にいいじゃんか」

「あの男だけはやめとけ。あれは本物の狂人だからな」

「狂人……?」

「ああ。いかれてやがんだよ。他のSランク冒険者はまともな方らしいが、あいつにだけは絶対に関わんな。じゃねぇと…………早死にすんぞ、お前」

「……っ……き、肝に銘じとくよ……」






side グレン=トワイライト

「みなさーん。ゲリラ依頼が入りましたよー!受注可能な人は、Sランク冒険者、Aランク冒険者、Aランクパーティ、Sランクパーティの皆様です!報酬金は金貨三十枚です!」

アリアは大々的に発表した。

これで応援要員はだいたい集まるはずだ。まあ、この場に居なければ意味がないが、それはもう運にかけるしかない。

最悪、俺が出向けばいい話だ。というか、今すぐ行きたいレベルなんだがな。もしカズハに何かあったら……。

「金貨三十枚……?!マジかよ!!」

「でも俺ら受注資格ねぇのかー。くっそー!めっちゃ受けてぇー!!」

「金貨三十枚もあったら、数ヶ月は楽な生活が遅れんじゃねぇかよ。強いやつは羨ましいぜ」

予想通り、ギルド内はこのゲリラ依頼の話で埋め尽くされた。広まるのが早くて助かるな。

やっぱ世の中金か。

「ねえ、アリアさん!それって私たちは受けられないの?」

ある女性の冒険者が依頼ボード前に話題の依頼書を貼るアリアに話しかける。彼女の背後には、パーティメンバーと思われる面々がいる。

「えーと……申し訳ないです。この依頼は受注可能基準が変動不可の依頼なので」

ゲリラ依頼のほとんどは受注可能基準を変動できない。依頼というのは、個別指名のようなものを除いて受注可能基準が存在する。それに従えば、自身あるいは自身が所属するパーティのランクを超えた依頼は受注することができない。

ただ、例えばBランクパーティがAランクの依頼を受注できる場合もある。要するに、本来受注できない依頼を受けられるようにするってことだ。その場合は、ギルド長もしくは副ギルド長の許可がなければ不可能だ。ギルド支部なら支部長だな。

許可の方法はその時々としか言えないが、ほぼそいつの独断と偏見で承認すると言っていい。だがら俺が許可したパーティあるいは個人がいた場合、ミクリヤが許可するかはあいつ次第だ。この許可基準に関しては明確な規定を設けていないからな。

ただまあ、許可を出した冒険者が失敗した場合は、許可した人物が責任を負うことになる。だからそう簡単に承認は降りないようにできてはいる。

「やっぱそうだよね。変なこと言ってごめんなさい、アリアさん」

「いえいえ。やる気があっていいと思います。今後の活躍も期待してますね」

彼女はアリアに軽く会釈すると、仲間を連れてこの場を後にした。アリアのこういう丁寧な対応には感心するな。

「ご苦労だったな、アリア。もう受付に戻ってくれて構わん」

「あ、はい!」

さて、もう少し待って誰も受けないようなら俺が直々にーーー

「グレンさん」

「ん?……お前は……!」

「お久しぶりですね。我輩のことは覚えていますか?」

真っ赤なコートに真っ赤なシルクハット。我ここにあり、と言わんばかりに派手な格好だ。左耳には黒薔薇の耳飾りが絡みつくように付いている。

「……忘れるわけがないだろう」

俺はこいつのことが好きではない。率直に言って嫌いだ。最初は本心の見えない気味の悪いやつだな、ぐらいの印象しかなかった。だがとある事をきっかけに、俺はずっとこいつに嫌悪感を抱いている。

「クカカッ。それもそうですね。あなたが可愛いがっているカズハが死にかけた元凶ですから」

「……よく分かってるじゃないか」

こいつの本性に気づいていれば、決してカズハをあんな目には合わせなかった。たまたま俺が近くにいたからよかったが、一歩間違えればカズハはあの時、確実に……。

「あの時、本来ならばカズハの首をいただいた後、グレンさん、あなたの首をいただく予定だったのです」

「………………」

「おー怖い。そんなに睨みつけないでください」

両手を前に出し、大袈裟に驚くブラフマー。

「今すぐにでもその首、取りたくなってしまうでしょう?」  

今度は首を斬り落とすかのように、手を横にスライドさせた。

こいつの言動は、本当に俺の神経を逆撫でにしやがる……。

「そんなに安かないぞ、俺の首は」

「クカカッ。分かっていますとも。あなたのような強者との会話は大変心躍りますが、今回は別件で来たのでね」

「一体何しに来たんだ……」

「お忘れですか?我輩だって冒険者なのですよ?冒険者がここにくる理由は、ひとつしかないではありませんか」

「……っ!まさか……!」

「ゲリラ依頼をお受けいたしましょう。数少ないSランク冒険者たるこの我輩が受けるのです。失敗などあり得ないとは思いませんか?」

「………………」

こいつは俺が心底嫌う相手だが、その腕はまさにSランク冒険者に相応しいものだ。こいつが応援に向かえば、高確率でノアズアーク全員の無事が保証される。

だが……理性ではわかっていても感情的に拒み続ける自分がいる。

カズハを殺そうとした憎きこいつの甘言に惑わされていいのか、と。

「渋る暇などないと思いますよ?早く向かわねば、あなたの大事なものが失われるかもしれませんからね」

「……!なぜ、それを……っ……!」

この依頼書に書かれていることは謎の魔物の討伐のことのみで、ノアズアークの救援については触れていない。

だというのになぜ……!

「簡単な推理ですよ。ゲリラ依頼と言っても、滅多にあなたはここには来ない。だというのに、今回ばかりはここに出向き、しかも受ける者がいないか様子を見ている。ここまで観察できればあとは大方予想できます。クカカッ……決して我輩が裏で暗躍し、何かを企んでいるわけではないのでご安心を」

「……ブラフマー。お前の言葉は全く信用に置けないしお前がこの件に関わっていないとも限らない。仮に関係があったとわかればその時は、覚悟しろ」

「ふむふむ。それはそれで楽しみですね。ですが残念なことに、我輩にも何が起きているのか、全くもってさっぱりなのですよ。だから確かめに行くのです。依頼、お受けしても?」

……一応こいつが依頼を放棄したことは一度もない。少なくとも俺が見てきた範囲でいうのなら。

性格は捻じ曲がっているし、カズハを殺そうとした事を忘れたわけでもない。だが現状、頼れるのはこの男だけだ。ならば、ここはこいつに対して沸々と湧いてくる憎悪を一旦抑え込み、ノアズアークの救援に行かせるしかない。それに本来は、冒険者の依頼の受注を妨げる権利は誰にもない。

「………………分かった。このゲリラ依頼はお前に託そう」

「実に懸命な判断ですね。やはりあなたは我輩のコレクションにふさわしい。……是非ともあなたの首が欲しいものです」

「俺を狙うのは結構だが……もしまたカズハを殺そうとしてみろ。その時は……ただじゃおかねぇぞ」

「あー、怖い怖い……。ではこれにて失礼」

ブラフマーは不敵な笑みを浮かべる。そして真っ赤なシルクハットを取り外し俺に一礼をすると、スッとEDENから出て行った。












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