51 / 79
ダスク・ブリガンド編
20 葛藤/魔人という種族
しおりを挟む
side ノア=オーガスト
「んー……ねみぃ……」
窓から差し込む朝日が顔に直で伝わってくる。朝だ、起きろと告げているかのようだ。
オレは腕を目元に乗せて、朝日が目に当たらないようにする。そしてゆっくりと目を開け体を起こした。
「ふっ……んんーっ」
背筋をぐーんと伸ばし、動き始める準備をする。そしてオレは窓の外を見た。
うん、今日は晴れ晴れとしたいい天気だな。
天気がいいと不思議と心も弾んでくるよなー。
「おばちゃーん。あっちの畑には水あげたー?」
「あら、まだやってないわー。カズハちゃん、お願いできる?」
「任せてー!」
「あの、ここの畑の作物は収穫しますか?」
「そうね。じゃあお願いね、エルちゃん」
「はい!」
聞き覚えのある声が外から聞こえてくる。窓を開け下の方を覗けば、カズハとエルが近くの畑で農作業の手伝いをしている様子が目に入った。
「二人とも働き者だなー」
オレは今起きたばっかだってのに。
ん?あそこにいるのは…リズとフィッツかな。
カズハとエルが手伝っている畑のさらに奥に、見覚えのある二人がいた。
昨日の夜には馬車はなかったはずだから…朝方に帰ってきたのかな……?
『ガチャ』
「おはよう、兄さん」
「おはよう、シン」
そろそろマジで動かないとなー。
オレはベットから降り、身支度を整える。今日はこのまま朝ご飯を食べて、リズたちの準備が終わり次第、アクロポリスに戻る予定だ。
「シン、今って何時かわかるか?」
「だいたい六時だ。あと起きてないのはセツナとリュウだけだ」
おっと。いつもより早く起きれたな。朝日が効いたのかもしれない。
「二人はそのまま起こさないようにするぞ」
あの二人は特に疲れが溜まってるだろうからな。他の人より休息が必要なはずだ。
「……兄さん」
「ん?どうしたー?」
オレは部屋に置いてあった姿見の前で身だしなみを整えながら、シンの話を聞こうとする。
「兄さんは俺に眼の力…『終焉之眼』を使って欲しくはないんだよな」
なっ……
オレは突拍子もないシンの問いかけに手を止めた。そしてシンの方へと体を向ける。
「あ、当たり前だろ。あの力は、言わば諸刃の剣だ。シンがあの時みたいに苦しむのは……オレはもう見たくないんだよ」
それはオレのトラウマと言ってもいい。オレの心に深く刻み込まれた傷そのもの。簡単に治せはしない。
「だが兄さん。今の俺ならあの時みたいにはーーー」
「ダメだ!」
……はっ。しまった。
オレはシンに思いっきり怒鳴りつけてしまった。
「わ、悪い、シン」
オレはシンの顔を見れず、下を向いきつつ謝罪した。
「おいおいなんだぁ。朝っぱらからうるせぇぞ」
オレの声により駆けつけた秀は、手に包丁を持って部屋の中に入ってきた。
「いやなんでもない……んだけど、秀、その手に持ってるのは……?」
「あ?これか?どっからどう見ても包丁だろ」
「いやそうなんだけどさ、なんでここに持ってきてるわけ……?」
「ああ。そりゃあお前、俺が朝飯作ってたからだろうが」
朝ごはん作ってくれてんのはありがたいけど……包丁は置いてきてほしいなー……
「あー……ありがと」
「おう。そろそろできっから、二人とも早めに降りてこいよ」
秀の作ってくれた朝ご飯を食べた後、オレは残りの支度を整えるために部屋に向かった。料理の材料は村の人が提供してくれたらしい。カズハとエルへの感謝も兼ねてということだった。
本当にありがたいことだな。
村が大変な時に旅人への配慮もできるなんて、もう最高の村でしかない。
それから朝食時にはちょうどリュウとセツナも降りてきた。楽しく会話しながら食べてたけど、どうにもセツナは不機嫌そうだったな。やっぱり、人と話すのは嫌なんだろう。ちょっと、寂しいよなー。
オレは階段を登って右手奥にある部屋へ入り、扉を閉める。
「はぁ。なんで怒鳴っちゃったかな……」
オレは扉に寄りかかり、ずるずると床に座り込んだ。
シンの言い分はわかってる。
今ならあの眼を制御できているからなんの問題もないって話だ。オレだってそれは理解してる。してるけど、さ……
だからと言ってあの出来事を払拭できるわけじゃない。あれがオレの心の奥底にこびりついてる限り、オレは何度でもシンに言ってしまう気がする。
眼の力は使うな、って。
「はぁぁ……」
オレは深いため息をつく。
シンの好きにさせてやりたい気持ちと、シンが苦しむ姿を見たくないという気持ちの矛盾がオレを苦しめる。
あんなことは二度と起きてはならない。
あの時、幼いながらも強く刻み込んだこの決意が、未だにオレを縛っている。
「どうしたらいいんだよ……」
『コンコンコン』
「ノアー。後もう少ししたら……って、なんで開かないの?この扉」
カ、カズハ……?!
オレは慌てて立ち上がり、扉を開けた。
「ああ、ごめん。ちょっと荷物置いててさ……」
「そういうことねー。……リズがさっき言ってたんだけど、そろそろこの村を出たいってさー」
「あ、ああ。分かった。オレもすぐ行く」
「りょうかーい。私は先に外出てるねー」
そう言うとカズハは階段を降りていった。
……ここでうだうだ考えても解決しないだろうし、一旦保留にしよう。ひとまずはみんなとアクロポリスに帰ろう。
オレはまとめた荷物を亜空間へと入れ込み、下へ降りようとする。だがその前に、シンの部屋に行くことにした。カズハはさっき下に降りたし、エルはお手伝いをしていたおばちゃんのところに行った。秀と湊はとっくに降りて外で待機中。リュウとセツナは馬車に先に乗って二人きりのおしゃべりを満喫中だ。
そのためこの家にはオレとシンしか残っていないのだ。
シンの部屋に行くのは少し勇気がいるが、オレの不甲斐なさが原因で起きたこのギクシャクした感じを、シンとの間にいつまでも持ちたくはない。
オレは隣にあるシンの部屋をノックした。
「……兄さん」
いつもより声に覇気がない。原因はやっぱりオレ、だよな……
よし。ここはシンの兄ちゃんとして励ましてやらんと。
「どうしたー、シン。元気ないぞー。これからアクロポリスに帰るんだ。そしたらいの一番にシャムロックに行ってあのオムライスを食べようぜ!な!」
オレは少し俯きかげんなシンの肩に手を置く。するとシンは顔を上げオレを見た。
「ふっ……ああ。分かった」
ほんのちょっと笑みを浮かべたシン。
おおー。久々の笑顔じゃんか。そんなにあそこのオムライスが好きになったのかー。
「ふふん。よし、決まりだな。あそうだ、そろそろ下に行こうと思ってんだけど、シンは準備できたか?」
「俺もちょうど今出ようとしていた」
「そっかそっか。じゃあ、一緒に行くぞ」
「ああ」
オレたちが外へ出ると、秀と湊の姿があった。
「おせぇぞ、ノアもシンも」
「どんなに遅くとも主を待つのが従者の務めだ。文句を垂れるな、秀」
「あのなー、湊がそうやって甘やかすから、二人が堕落してくんだぞ」
「お前も大概甘いだろう」
「ぐっ……それは、否定しねぇが……」
今回は秀の負けだなー。
オレは言い争う秀と湊の背中を叩いた。
「遅れたのは悪かったって。さ、早く行こう」
「お世話になりました、コーディ村長」
「いやはや、こちらこそ農作業手伝ってもらってありがたかったよ。また来ておくれ」
村長への挨拶を済ませ、俺とシンは馬車へと戻った。カズハとエルは俺たちに遅れて馬車へ乗った。二人は例のおばちゃんとの別れを惜しみつつも、また会うことを約束してお別れしたそうだ。
この村の諸事情……エリック商団への積荷要求の頻度とその量の明らかな増加。これはたぶん、この国に何かしら良くないことがあったが故にそうせざるを得なかったという証だろうな。今はこの村もまだやりくりしていけてるけど、今後も続けられるかは分からないはずだ。
この村には恩がある。もしこの村が本当にどうしようもない事態に陥ったその時は、オレたちが助けに行こう。恩を仇で返すのはオレの性分じゃない。
フィッツさんが馬に乗り、馬車が動き始める。リズさんは後方の幕を開け、村長たちに大声で挨拶をした。
「じゃあーねー!みんなー!また来るからねー!!」
side シン=オーガスト
「ダメだ!」
俺が持ちかけた話。この話が原因となって俺は兄さんに怒鳴られた。俺の眼の話を出すと、たいてい兄さんは憤る。
俺の眼『終焉之眼』は、肉体的にも精神的にも苦痛を伴う力だ。その分その強さは十分すぎるほどに保証されているわけだが、俺は昔、この力の制御に失敗し、兄さんを困らせた。いや、困らせた程度では済まない。
あの時の兄さんは、俺が死んでしまうかもしれないという危機感に飲み込まれ、夜通し泣いていたそうだ。
俺は意識なくただただ寝ていた。だからその時の兄さんの苦しみがいかほどであったかも知らない。ただうっすらと、目を腫らし俺の名を呼んでいる兄さんの悲痛な声だけは覚えている。
俺は朝食を終えてすぐ自室へと戻り、ベットに座って手を組んだ。
兄さんは俺に、この眼を使ってほしくはない。だが俺は兄さんを守るためならこの眼を使うことを全く厭わない。あの頃のやわな俺ではないのだから、この眼を使っても問題ないと自分が一番よく分かっている。
兄さんはそのことに気づいているはずだ。俺がもうこの眼の力を制御できていると。理解はしているが、それを受け入れられない自分がいる。そんな葛藤に苛まれているのだろう。
俺が使わないようにすれば済む話なのかもしれないが、この力を使わなかったが故に兄さんが死ぬなどということは絶対にあってはならないことだ。俺は俺の全てをかけて兄さんを守りたい。
『コンコンコン』
ノック音が響いた。
……兄さん、だろうな。
俺は扉を開けた。だが俺はなぜか兄さんの顔を直視できなかった。いつものように話せばいいものの、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
「……兄さん」
俺は兄さんの名前を呼ぶことしかできなかった。自分から話すことはあまりないにしても、少しそっけない態度だったかもしれない。
「どうしたー、シン。元気ないぞー。これからアクロポリスに帰るんだ。そしたらいの一番にシャムロックに行ってあのオムライスを食べようぜ!な!」
そんな俺の陰りを払うかのように、兄さんはいつものように明るく笑いかけてくれた。兄さんだって悩んでいたはずなのに、俺が落ち込んでいることに気づいて励まそうとしてくれている。
……ああ、やはり兄さんには敵わないみたいだ。
「ふっ……ああ。分かった」
俺は柄にもなく笑ってしまった。
side セツナ
「……ふわふわで、あまくて、おいしかった」
「そっか。リュウがそんなに気に入ったのなら、私も食べてみたい」
「うん……!ぼくも、今度は、セツナお姉ちゃんと……オムライス、食べたい」
「私と?」
「うん……!」
リュウは、ぽわぽわと、いかにも嬉しい、といった笑顔で私を見つめてくる。この笑顔を見ると、リュウがあの地獄から解放され、本当にリュウが幸せになったんだと気づかされる。嬉しい限りだ。
「そういえば、その目は隠さなくても大丈夫なのか?」
リュウは以前、自分の眼を見るとみんな死んでしまうという理由から、深くフードを被って、誰とも眼を合わせないようにしていた。だけど今は、普通に私と眼を合わせて会話しているし、だからといって私の体に異常が出てるわけでもない。
「うん。ノア兄ちゃんが、助けてくれた、から」
……あの男が、か。
私と同様に孤独だったリュウが絶対的な信頼を置いている人間。確かに悪いやつではなさそうだったが、油断ならない。人間なんて信じたところでどうせ裏切られるだけ。私はそれを身をもって体験している。
「そのノアとかいう男は一体なんなんだ?」
「ノア兄ちゃんは、不思議な人、だよ。優しくて、あったかいけど……ふらっと、どこかに消えちゃいそうな、そんな人……」
リュウは私と同様、周りから向けられる視線や感情に敏感だ。そのリュウがそう捉えるのなら、間違いないのだろう。あの人間……ノアは信頼にたる人物だということが。
「そっか。リュウはノアのことが好きなんだな」
「うん……!あとね、セツナお姉ちゃんも、大好きだよ?」
ニコッと晴れ晴れとした笑顔を向けるリュウ。私には縁遠いそれは、私の醜くく汚らしい心を揺さぶった。
「おいお前ら……あー、リュウとセツナだっけか?もうちょい手前に来てくれっか?村長に頂いた荷物を乗せてぇんだわ」
こいつは確か……フィッツとか言っていたな。あの有名なエリック商団のメンバーの。私もなんどかエリック商団の積荷を盗んだことがあるから知っている。盗みを失敗したことはないが、それなりに苦戦はした。その名が知られているが故に、警護する者の質も高いというわけだ。
この馬車にはノアたちしかいないが、盗賊または魔物に襲われた形跡が見当たらない。単に襲われていないだけか、あるいは……
side 桜木イオリ
煌びやかな装飾の施された豪壮な扉を開け中へ入る。部屋の奥には座椅子が一つあり、そこに一人の男が座っている。
「ご報告申し上げます、陛下」
アクロポリスの後方に大きく聳え立つ雄大な城。その城内でもっとも厳正な場として用いられる謁見の間で、僕は片膝をついて首を垂れている。
あの謎の二人組から命からがら逃げここまで辿り着いた。魔物と出くわさないように慎重に進み、できる限り駆け足で戻ってきた。一刻も早く伝えねばならないという衝動で、限界を迎える体に鞭を打ちながらも、なんとか城まで帰ってこれたんだ。
「面を上げよ。……よく帰ってきた」
いつもながら優しい言葉をかけてくださる陛下。僕は本当にいい主君に恵まれたみたいだ。
「はっ」
顔を上げると、陛下のしわのよった顔が見受けられた。陛下は毎日ご多忙のためか、よくしわを寄せる。それも相まって、みんなから怖がられることが多い。陛下は気にしていない様子だが、僕としては陛下の魅力をもっと知ってもらいたいものだ。
「ミオから大まかなことは聞いている。軍事国家ファランクスへの潜入調査を急遽取り止めたそうだな」
「はい。僕の独断で任務を放棄しました。申し訳ございません」
「いや、よい。ただここに居座っているだけの俺の命令よりも現場の判断に任せる方が得策だ。お前は良い働きをしたのだ」
「……ありがとうございます」
「ふむ。……では何があったか話せ」
僕は一つ一つ順を追って、起きたこと全てを話した。
正体不明の二人組について事細かに……
「なるほど。相当厄介な相手というわけか……」
「はい。それと、ノインという女が口走っていたのですが……」
『あー、俺、名前なんだったっけ……?ここ数百年は呼ばれてねぇからなぁ。忘れちまったわ』
「数百年、か……」
「はい。その言葉を信じるのであれば、その女は文字通り数百年以上生きている、ということになります」
人間の寿命は百年程度。亜人国家レグルスに住む獣人たちも同様だ。例外としてエルフがいるが、おおよそ人界に住む人は長くても百年ほどしか生きられない。とは言っても、エルフは神秘国が滅亡した際に共に滅んでしまったから、実質的には全ての人界に住む人が百年という限りの中でしか生きていくことはできない。
ではノインが口走った『数百年』とは一体何を意味するのか。
「ふむ。……魔人だな」
「はい」
魔人は魔界に住む者たちを指す。魔人には種族があり、その大半が悪魔たちだ。他には吸血鬼、ダークエルフ、タイラントなど多種多様な者たちが住んでいる。
前提として人界と魔界には物理的に大きな壁が存在する。黒く大きな壁だ。それは海底から天空まで無機質に広がっており、その周りは黒い霧で覆われているそうだ。
現在、魔界と人界同士の争いは全くなくいたって平和だ。そもそも争っていたのもはるか昔……世界誕生期にまで遡るらしい。争いの終焉には、天使たちの介入が大きいとされているが、いずれにしろそれ以降、魔界には人界に攻め込もうとする意志は全くなく、それは逆も然りと言える。
だが、現在でもその異様な強さや見た目などで差別する人々が多い。魔人側もそれを知ってか、その多くがこちら側に積極的に来ようとはしていない。主に冒険者たちが魔界に行くことが多いが、その逆はあまりないのだ。ただまあ当然、過激派な魔人も少なからずいるわけだけど……。
兎にも角にも、魔人は魔物と同義という考え方がなくならない以上、人界側に魔人たちが受け入れられる未来は、今後もないのかもしれない。
「俺が冒険者をやっていた頃、何度か魔界に足を運んだが、出会った魔人たちはいい奴ばかりだったのを覚えている。……だが、今回の魔人はそうではないのだろうな」
魔人にも人間にもいいやつ悪いやつは当然いる。それは陛下も分かっておられる。だから陛下は、魔人だからといって差別など決してしない。
「はい。下手をすればこの国が滅びかねないかと。僕の直感ではありますが……」
「お前が言うのならそうなのだろう。急ぎその者たちに関する情報を集めよ」
「はっ」
「それからお前は一度、早急に自宅へ戻るように」
「え……?」
この後すぐに作戦を煮詰めようと思っていたんだけど……。
「お前の妹が独り悲しく待っているぞ」
「……っ!はい……!今すぐに向かいます」
僕は陛下に一礼した後、すぐに部屋を出て愛する妹のもとへと走った。
side ゼクス
青い炎に包まれた廃教会を後にした私たちは、迎えが来るまで適当に森の中を歩いていた。
……目的のものを手に入れることには成功した。とりあえずはこれでボスに消される未来はなくなったな。
「ったくよぉー。せっかくいいとこだったってのに、邪魔しやがって。……あぁー、闘いたりねぇなぁ!」
明らかに鬱憤が溜まっている様子のノインは、手当たり次第に周りのものを破壊し始めた。
『ドガッン!バゴォーン!ドドドォォーン!!』
……もう少し大人しくできないのか?こいつは。
睨む私をよそに、ノインは暴れ続けている。
「いい加減にしろ、ノイン。あまり目立つような行動をするな。まだ任務は終わってなどいない」
これをボスのもとに届けなければなんの意味もないのだから。
「あぁ?」
ノインは鋭い眼光でこちらを見る。
いらいらしているのは私の方なんだが?
「…………はぁ。そう睨むな。お前もボスに睨まれるのはごめんだろう」
「はっ。俺は別につえぇ奴とやれりゃあ何でもいい。俺があいつに従ってんのは、俺があいつとの血闘で負けたからであり、俺はいつでも再戦をしてぇんだ。それを言ったらあいつ、交換条件として『私の悲願を叶えた後にしろ』、とか吐かしやがった。だから俺は仕方なくあいつの命令に従ってんだよぉ。あいつと殺り合うためになぁ!」
本当にこいつは、どうしようもなく血気盛んなやつだ。私とはまるっきり性格が違う。なぜ私はこいつと組まされたのやら。
「だから忠誠心とかはまったくねぇんだよぉ。お前と違ってなぁ」
確かに昔からこいつはボスに横柄な態度をとっていたし、勝手な振る舞いも多かったが、まさかそれをボスが容認していたとはな。
「お?あそこにいい遊び相手がいんなぁ?」
ノインは遠くを眺め、何かを見つけたらしく、一瞬にして姿を消した。
「おらよぉ!」
『ウギャァ!!』
ノインの足蹴りにより、巨大な魔物の腹に大きな穴が空いた。
あれはたしかオークキングだったな。あんな雑魚、ノインのストレスを逆に増やしそうなものだが。
「あぁ?んだよ、デケェ図体しといて、なんだこの脆弱さはよぉ!!」
とっくに死体となったオークキングを何度も何度も踏み潰すノイン。足裏にはべっとりと赤黒い血液がつき、それは周囲にも飛び散っている。
「それはオークキングだ。確かお前、以前にも闘ったことがあるはずだが?」
「はぁ?!んなの!覚えて!ねぇよ!!」
……相変わらずの記憶力だ。強いやつのことは一生忘れないというのに、弱いやつのことは一秒で忘れる。
ノインの頭は一体どうなっているのやら。
「もういいだろう。そろそろ迎えが来る時間だ。大人しくしてろ」
ボスがこいつの自由を許しているのは、やはり戦闘力の高さを買っているからなのだろうが、正直私は好かん。
もうこいつとは二度と組みたくないものだ。
「あぁ?あんな面白そうな奴らとの血闘を邪魔といて俺に指図してんじゃねぇぞ?」
ここまで機嫌が悪いと扱いが面倒だな。
「そうだ。お前が俺の相手をすりゃあいい。それなら俺の気も晴れそうだ」
「私はお前の我儘に付き合う義理などないんだがな」
「うるせぇよ。……闘えや、ゼクス」
ノインは燃え盛るような黒いオーラを放ち始めた。その衝撃波だけで、近くの木々は倒壊する。ノインの足もとの地面も割れていた。
やる気満々というわけか。……面倒だが、どちらが上なのか、この馬鹿に教え込む必要があるようだ。
私も久々に力を解放しようとしたその時だった。
「おやめください、ノイン様、ゼクス様」
上空に現れた、黒い翼をはためかせる生物。頭には二本の黒い角があり、その赤黒い目で私たちを捉えていた。
「邪魔してんじゃねぇぞ、ザコ犬!」
ノインはボスの使い魔に乱暴な言葉を投げつける。
「確かにボクはザコ犬ですが、主人様の命により、御二方を早急に連れてゆかねばなりません。ですので、双方矛を収めていただくと、大変助かるのです」
「あぁ?なんでお前の言うことを聞かなきゃなんねぇんだ?!」
「ボクの指示は全て主人様の勅命と同義です。戦闘をやめないというのであれば、ノイン様、あなた様の願いは永久に果たせなくなるとお思いください」
「はぁっ?…………チッ。わーったよ。やめりゃいいんだろ、やめりゃあよぉ」
不機嫌ながらもオーラを収めたノイン。私もそれに合わせて、矛を収めた。
「みっともないところを見せたな、バティン」
「いえいえ。……ではさっそく主人様のもとへと向かいましょう」
バティンは私とノインの足もとに氣術陣を展開した。
「『テレポーテーション』」
side テンラル?
「ほう。ノインの攻撃を耐えるだけでなく、ゼクスの炎までも凌ぐとは……」
私は今、青々と燃え上がる巨大な炎とその奥に見える三人の若者たちを観察しています。観察は私の目的達成に必要な行為であり、今まさに、私の悲願が成就される時が来たのかもしれません。
「アレは確か最近できたばかりの冒険者パーティ、ノアズアークのリーダーでしたねぇ。ノア、と言いましたか」
その身から発せられる氣はその辺の雑魚と変わらないですねぇ。ただ、あまりにも不自然と言いましょうか。
氣というのは誰しもが多かれ少なかれ体外に漏れ出ているもの。オーラと言えば分かりやすいでしょう。どこにでも湧いている有象無象どもというのは、自分の氣をただただ垂れ流している。たいていはその氣の量から、つまりオーラの強さから、その者が強者かどうかを判断します。
ただし、氣を自由自在に操れる、真の強者には、そのオーラがほとんど見えない。つまり、自身の氣を手中に収めているということ。体外に漏れ出ている氣が多いから強いというのは、本当に氣の保有量が多い者のみ。そんな者は数えるほどしかいないでしょう。
ほとんどの強者は、自身の氣をコントロールしており、体外に放出するなどというヘマはしませんねぇ。ただの無駄ですから。それがどれだけできているかというのは一つの強者としての指標でしょう。
ですが妙なことに、あの子供は一般的なオーラを纏っています。つまり、その辺の雑魚と同列というわけですねぇ。だと言うのに、あの子供……ノアはあの二人の攻撃を耐え忍んだわけですか。
……実に面白い。
「ふむ。興味深いですねぇ。……果たしてあの子供は私の悲願を叶えてくれるのかどうか……」
少し、試してみるとしましょうか。
「んー……ねみぃ……」
窓から差し込む朝日が顔に直で伝わってくる。朝だ、起きろと告げているかのようだ。
オレは腕を目元に乗せて、朝日が目に当たらないようにする。そしてゆっくりと目を開け体を起こした。
「ふっ……んんーっ」
背筋をぐーんと伸ばし、動き始める準備をする。そしてオレは窓の外を見た。
うん、今日は晴れ晴れとしたいい天気だな。
天気がいいと不思議と心も弾んでくるよなー。
「おばちゃーん。あっちの畑には水あげたー?」
「あら、まだやってないわー。カズハちゃん、お願いできる?」
「任せてー!」
「あの、ここの畑の作物は収穫しますか?」
「そうね。じゃあお願いね、エルちゃん」
「はい!」
聞き覚えのある声が外から聞こえてくる。窓を開け下の方を覗けば、カズハとエルが近くの畑で農作業の手伝いをしている様子が目に入った。
「二人とも働き者だなー」
オレは今起きたばっかだってのに。
ん?あそこにいるのは…リズとフィッツかな。
カズハとエルが手伝っている畑のさらに奥に、見覚えのある二人がいた。
昨日の夜には馬車はなかったはずだから…朝方に帰ってきたのかな……?
『ガチャ』
「おはよう、兄さん」
「おはよう、シン」
そろそろマジで動かないとなー。
オレはベットから降り、身支度を整える。今日はこのまま朝ご飯を食べて、リズたちの準備が終わり次第、アクロポリスに戻る予定だ。
「シン、今って何時かわかるか?」
「だいたい六時だ。あと起きてないのはセツナとリュウだけだ」
おっと。いつもより早く起きれたな。朝日が効いたのかもしれない。
「二人はそのまま起こさないようにするぞ」
あの二人は特に疲れが溜まってるだろうからな。他の人より休息が必要なはずだ。
「……兄さん」
「ん?どうしたー?」
オレは部屋に置いてあった姿見の前で身だしなみを整えながら、シンの話を聞こうとする。
「兄さんは俺に眼の力…『終焉之眼』を使って欲しくはないんだよな」
なっ……
オレは突拍子もないシンの問いかけに手を止めた。そしてシンの方へと体を向ける。
「あ、当たり前だろ。あの力は、言わば諸刃の剣だ。シンがあの時みたいに苦しむのは……オレはもう見たくないんだよ」
それはオレのトラウマと言ってもいい。オレの心に深く刻み込まれた傷そのもの。簡単に治せはしない。
「だが兄さん。今の俺ならあの時みたいにはーーー」
「ダメだ!」
……はっ。しまった。
オレはシンに思いっきり怒鳴りつけてしまった。
「わ、悪い、シン」
オレはシンの顔を見れず、下を向いきつつ謝罪した。
「おいおいなんだぁ。朝っぱらからうるせぇぞ」
オレの声により駆けつけた秀は、手に包丁を持って部屋の中に入ってきた。
「いやなんでもない……んだけど、秀、その手に持ってるのは……?」
「あ?これか?どっからどう見ても包丁だろ」
「いやそうなんだけどさ、なんでここに持ってきてるわけ……?」
「ああ。そりゃあお前、俺が朝飯作ってたからだろうが」
朝ごはん作ってくれてんのはありがたいけど……包丁は置いてきてほしいなー……
「あー……ありがと」
「おう。そろそろできっから、二人とも早めに降りてこいよ」
秀の作ってくれた朝ご飯を食べた後、オレは残りの支度を整えるために部屋に向かった。料理の材料は村の人が提供してくれたらしい。カズハとエルへの感謝も兼ねてということだった。
本当にありがたいことだな。
村が大変な時に旅人への配慮もできるなんて、もう最高の村でしかない。
それから朝食時にはちょうどリュウとセツナも降りてきた。楽しく会話しながら食べてたけど、どうにもセツナは不機嫌そうだったな。やっぱり、人と話すのは嫌なんだろう。ちょっと、寂しいよなー。
オレは階段を登って右手奥にある部屋へ入り、扉を閉める。
「はぁ。なんで怒鳴っちゃったかな……」
オレは扉に寄りかかり、ずるずると床に座り込んだ。
シンの言い分はわかってる。
今ならあの眼を制御できているからなんの問題もないって話だ。オレだってそれは理解してる。してるけど、さ……
だからと言ってあの出来事を払拭できるわけじゃない。あれがオレの心の奥底にこびりついてる限り、オレは何度でもシンに言ってしまう気がする。
眼の力は使うな、って。
「はぁぁ……」
オレは深いため息をつく。
シンの好きにさせてやりたい気持ちと、シンが苦しむ姿を見たくないという気持ちの矛盾がオレを苦しめる。
あんなことは二度と起きてはならない。
あの時、幼いながらも強く刻み込んだこの決意が、未だにオレを縛っている。
「どうしたらいいんだよ……」
『コンコンコン』
「ノアー。後もう少ししたら……って、なんで開かないの?この扉」
カ、カズハ……?!
オレは慌てて立ち上がり、扉を開けた。
「ああ、ごめん。ちょっと荷物置いててさ……」
「そういうことねー。……リズがさっき言ってたんだけど、そろそろこの村を出たいってさー」
「あ、ああ。分かった。オレもすぐ行く」
「りょうかーい。私は先に外出てるねー」
そう言うとカズハは階段を降りていった。
……ここでうだうだ考えても解決しないだろうし、一旦保留にしよう。ひとまずはみんなとアクロポリスに帰ろう。
オレはまとめた荷物を亜空間へと入れ込み、下へ降りようとする。だがその前に、シンの部屋に行くことにした。カズハはさっき下に降りたし、エルはお手伝いをしていたおばちゃんのところに行った。秀と湊はとっくに降りて外で待機中。リュウとセツナは馬車に先に乗って二人きりのおしゃべりを満喫中だ。
そのためこの家にはオレとシンしか残っていないのだ。
シンの部屋に行くのは少し勇気がいるが、オレの不甲斐なさが原因で起きたこのギクシャクした感じを、シンとの間にいつまでも持ちたくはない。
オレは隣にあるシンの部屋をノックした。
「……兄さん」
いつもより声に覇気がない。原因はやっぱりオレ、だよな……
よし。ここはシンの兄ちゃんとして励ましてやらんと。
「どうしたー、シン。元気ないぞー。これからアクロポリスに帰るんだ。そしたらいの一番にシャムロックに行ってあのオムライスを食べようぜ!な!」
オレは少し俯きかげんなシンの肩に手を置く。するとシンは顔を上げオレを見た。
「ふっ……ああ。分かった」
ほんのちょっと笑みを浮かべたシン。
おおー。久々の笑顔じゃんか。そんなにあそこのオムライスが好きになったのかー。
「ふふん。よし、決まりだな。あそうだ、そろそろ下に行こうと思ってんだけど、シンは準備できたか?」
「俺もちょうど今出ようとしていた」
「そっかそっか。じゃあ、一緒に行くぞ」
「ああ」
オレたちが外へ出ると、秀と湊の姿があった。
「おせぇぞ、ノアもシンも」
「どんなに遅くとも主を待つのが従者の務めだ。文句を垂れるな、秀」
「あのなー、湊がそうやって甘やかすから、二人が堕落してくんだぞ」
「お前も大概甘いだろう」
「ぐっ……それは、否定しねぇが……」
今回は秀の負けだなー。
オレは言い争う秀と湊の背中を叩いた。
「遅れたのは悪かったって。さ、早く行こう」
「お世話になりました、コーディ村長」
「いやはや、こちらこそ農作業手伝ってもらってありがたかったよ。また来ておくれ」
村長への挨拶を済ませ、俺とシンは馬車へと戻った。カズハとエルは俺たちに遅れて馬車へ乗った。二人は例のおばちゃんとの別れを惜しみつつも、また会うことを約束してお別れしたそうだ。
この村の諸事情……エリック商団への積荷要求の頻度とその量の明らかな増加。これはたぶん、この国に何かしら良くないことがあったが故にそうせざるを得なかったという証だろうな。今はこの村もまだやりくりしていけてるけど、今後も続けられるかは分からないはずだ。
この村には恩がある。もしこの村が本当にどうしようもない事態に陥ったその時は、オレたちが助けに行こう。恩を仇で返すのはオレの性分じゃない。
フィッツさんが馬に乗り、馬車が動き始める。リズさんは後方の幕を開け、村長たちに大声で挨拶をした。
「じゃあーねー!みんなー!また来るからねー!!」
side シン=オーガスト
「ダメだ!」
俺が持ちかけた話。この話が原因となって俺は兄さんに怒鳴られた。俺の眼の話を出すと、たいてい兄さんは憤る。
俺の眼『終焉之眼』は、肉体的にも精神的にも苦痛を伴う力だ。その分その強さは十分すぎるほどに保証されているわけだが、俺は昔、この力の制御に失敗し、兄さんを困らせた。いや、困らせた程度では済まない。
あの時の兄さんは、俺が死んでしまうかもしれないという危機感に飲み込まれ、夜通し泣いていたそうだ。
俺は意識なくただただ寝ていた。だからその時の兄さんの苦しみがいかほどであったかも知らない。ただうっすらと、目を腫らし俺の名を呼んでいる兄さんの悲痛な声だけは覚えている。
俺は朝食を終えてすぐ自室へと戻り、ベットに座って手を組んだ。
兄さんは俺に、この眼を使ってほしくはない。だが俺は兄さんを守るためならこの眼を使うことを全く厭わない。あの頃のやわな俺ではないのだから、この眼を使っても問題ないと自分が一番よく分かっている。
兄さんはそのことに気づいているはずだ。俺がもうこの眼の力を制御できていると。理解はしているが、それを受け入れられない自分がいる。そんな葛藤に苛まれているのだろう。
俺が使わないようにすれば済む話なのかもしれないが、この力を使わなかったが故に兄さんが死ぬなどということは絶対にあってはならないことだ。俺は俺の全てをかけて兄さんを守りたい。
『コンコンコン』
ノック音が響いた。
……兄さん、だろうな。
俺は扉を開けた。だが俺はなぜか兄さんの顔を直視できなかった。いつものように話せばいいものの、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
「……兄さん」
俺は兄さんの名前を呼ぶことしかできなかった。自分から話すことはあまりないにしても、少しそっけない態度だったかもしれない。
「どうしたー、シン。元気ないぞー。これからアクロポリスに帰るんだ。そしたらいの一番にシャムロックに行ってあのオムライスを食べようぜ!な!」
そんな俺の陰りを払うかのように、兄さんはいつものように明るく笑いかけてくれた。兄さんだって悩んでいたはずなのに、俺が落ち込んでいることに気づいて励まそうとしてくれている。
……ああ、やはり兄さんには敵わないみたいだ。
「ふっ……ああ。分かった」
俺は柄にもなく笑ってしまった。
side セツナ
「……ふわふわで、あまくて、おいしかった」
「そっか。リュウがそんなに気に入ったのなら、私も食べてみたい」
「うん……!ぼくも、今度は、セツナお姉ちゃんと……オムライス、食べたい」
「私と?」
「うん……!」
リュウは、ぽわぽわと、いかにも嬉しい、といった笑顔で私を見つめてくる。この笑顔を見ると、リュウがあの地獄から解放され、本当にリュウが幸せになったんだと気づかされる。嬉しい限りだ。
「そういえば、その目は隠さなくても大丈夫なのか?」
リュウは以前、自分の眼を見るとみんな死んでしまうという理由から、深くフードを被って、誰とも眼を合わせないようにしていた。だけど今は、普通に私と眼を合わせて会話しているし、だからといって私の体に異常が出てるわけでもない。
「うん。ノア兄ちゃんが、助けてくれた、から」
……あの男が、か。
私と同様に孤独だったリュウが絶対的な信頼を置いている人間。確かに悪いやつではなさそうだったが、油断ならない。人間なんて信じたところでどうせ裏切られるだけ。私はそれを身をもって体験している。
「そのノアとかいう男は一体なんなんだ?」
「ノア兄ちゃんは、不思議な人、だよ。優しくて、あったかいけど……ふらっと、どこかに消えちゃいそうな、そんな人……」
リュウは私と同様、周りから向けられる視線や感情に敏感だ。そのリュウがそう捉えるのなら、間違いないのだろう。あの人間……ノアは信頼にたる人物だということが。
「そっか。リュウはノアのことが好きなんだな」
「うん……!あとね、セツナお姉ちゃんも、大好きだよ?」
ニコッと晴れ晴れとした笑顔を向けるリュウ。私には縁遠いそれは、私の醜くく汚らしい心を揺さぶった。
「おいお前ら……あー、リュウとセツナだっけか?もうちょい手前に来てくれっか?村長に頂いた荷物を乗せてぇんだわ」
こいつは確か……フィッツとか言っていたな。あの有名なエリック商団のメンバーの。私もなんどかエリック商団の積荷を盗んだことがあるから知っている。盗みを失敗したことはないが、それなりに苦戦はした。その名が知られているが故に、警護する者の質も高いというわけだ。
この馬車にはノアたちしかいないが、盗賊または魔物に襲われた形跡が見当たらない。単に襲われていないだけか、あるいは……
side 桜木イオリ
煌びやかな装飾の施された豪壮な扉を開け中へ入る。部屋の奥には座椅子が一つあり、そこに一人の男が座っている。
「ご報告申し上げます、陛下」
アクロポリスの後方に大きく聳え立つ雄大な城。その城内でもっとも厳正な場として用いられる謁見の間で、僕は片膝をついて首を垂れている。
あの謎の二人組から命からがら逃げここまで辿り着いた。魔物と出くわさないように慎重に進み、できる限り駆け足で戻ってきた。一刻も早く伝えねばならないという衝動で、限界を迎える体に鞭を打ちながらも、なんとか城まで帰ってこれたんだ。
「面を上げよ。……よく帰ってきた」
いつもながら優しい言葉をかけてくださる陛下。僕は本当にいい主君に恵まれたみたいだ。
「はっ」
顔を上げると、陛下のしわのよった顔が見受けられた。陛下は毎日ご多忙のためか、よくしわを寄せる。それも相まって、みんなから怖がられることが多い。陛下は気にしていない様子だが、僕としては陛下の魅力をもっと知ってもらいたいものだ。
「ミオから大まかなことは聞いている。軍事国家ファランクスへの潜入調査を急遽取り止めたそうだな」
「はい。僕の独断で任務を放棄しました。申し訳ございません」
「いや、よい。ただここに居座っているだけの俺の命令よりも現場の判断に任せる方が得策だ。お前は良い働きをしたのだ」
「……ありがとうございます」
「ふむ。……では何があったか話せ」
僕は一つ一つ順を追って、起きたこと全てを話した。
正体不明の二人組について事細かに……
「なるほど。相当厄介な相手というわけか……」
「はい。それと、ノインという女が口走っていたのですが……」
『あー、俺、名前なんだったっけ……?ここ数百年は呼ばれてねぇからなぁ。忘れちまったわ』
「数百年、か……」
「はい。その言葉を信じるのであれば、その女は文字通り数百年以上生きている、ということになります」
人間の寿命は百年程度。亜人国家レグルスに住む獣人たちも同様だ。例外としてエルフがいるが、おおよそ人界に住む人は長くても百年ほどしか生きられない。とは言っても、エルフは神秘国が滅亡した際に共に滅んでしまったから、実質的には全ての人界に住む人が百年という限りの中でしか生きていくことはできない。
ではノインが口走った『数百年』とは一体何を意味するのか。
「ふむ。……魔人だな」
「はい」
魔人は魔界に住む者たちを指す。魔人には種族があり、その大半が悪魔たちだ。他には吸血鬼、ダークエルフ、タイラントなど多種多様な者たちが住んでいる。
前提として人界と魔界には物理的に大きな壁が存在する。黒く大きな壁だ。それは海底から天空まで無機質に広がっており、その周りは黒い霧で覆われているそうだ。
現在、魔界と人界同士の争いは全くなくいたって平和だ。そもそも争っていたのもはるか昔……世界誕生期にまで遡るらしい。争いの終焉には、天使たちの介入が大きいとされているが、いずれにしろそれ以降、魔界には人界に攻め込もうとする意志は全くなく、それは逆も然りと言える。
だが、現在でもその異様な強さや見た目などで差別する人々が多い。魔人側もそれを知ってか、その多くがこちら側に積極的に来ようとはしていない。主に冒険者たちが魔界に行くことが多いが、その逆はあまりないのだ。ただまあ当然、過激派な魔人も少なからずいるわけだけど……。
兎にも角にも、魔人は魔物と同義という考え方がなくならない以上、人界側に魔人たちが受け入れられる未来は、今後もないのかもしれない。
「俺が冒険者をやっていた頃、何度か魔界に足を運んだが、出会った魔人たちはいい奴ばかりだったのを覚えている。……だが、今回の魔人はそうではないのだろうな」
魔人にも人間にもいいやつ悪いやつは当然いる。それは陛下も分かっておられる。だから陛下は、魔人だからといって差別など決してしない。
「はい。下手をすればこの国が滅びかねないかと。僕の直感ではありますが……」
「お前が言うのならそうなのだろう。急ぎその者たちに関する情報を集めよ」
「はっ」
「それからお前は一度、早急に自宅へ戻るように」
「え……?」
この後すぐに作戦を煮詰めようと思っていたんだけど……。
「お前の妹が独り悲しく待っているぞ」
「……っ!はい……!今すぐに向かいます」
僕は陛下に一礼した後、すぐに部屋を出て愛する妹のもとへと走った。
side ゼクス
青い炎に包まれた廃教会を後にした私たちは、迎えが来るまで適当に森の中を歩いていた。
……目的のものを手に入れることには成功した。とりあえずはこれでボスに消される未来はなくなったな。
「ったくよぉー。せっかくいいとこだったってのに、邪魔しやがって。……あぁー、闘いたりねぇなぁ!」
明らかに鬱憤が溜まっている様子のノインは、手当たり次第に周りのものを破壊し始めた。
『ドガッン!バゴォーン!ドドドォォーン!!』
……もう少し大人しくできないのか?こいつは。
睨む私をよそに、ノインは暴れ続けている。
「いい加減にしろ、ノイン。あまり目立つような行動をするな。まだ任務は終わってなどいない」
これをボスのもとに届けなければなんの意味もないのだから。
「あぁ?」
ノインは鋭い眼光でこちらを見る。
いらいらしているのは私の方なんだが?
「…………はぁ。そう睨むな。お前もボスに睨まれるのはごめんだろう」
「はっ。俺は別につえぇ奴とやれりゃあ何でもいい。俺があいつに従ってんのは、俺があいつとの血闘で負けたからであり、俺はいつでも再戦をしてぇんだ。それを言ったらあいつ、交換条件として『私の悲願を叶えた後にしろ』、とか吐かしやがった。だから俺は仕方なくあいつの命令に従ってんだよぉ。あいつと殺り合うためになぁ!」
本当にこいつは、どうしようもなく血気盛んなやつだ。私とはまるっきり性格が違う。なぜ私はこいつと組まされたのやら。
「だから忠誠心とかはまったくねぇんだよぉ。お前と違ってなぁ」
確かに昔からこいつはボスに横柄な態度をとっていたし、勝手な振る舞いも多かったが、まさかそれをボスが容認していたとはな。
「お?あそこにいい遊び相手がいんなぁ?」
ノインは遠くを眺め、何かを見つけたらしく、一瞬にして姿を消した。
「おらよぉ!」
『ウギャァ!!』
ノインの足蹴りにより、巨大な魔物の腹に大きな穴が空いた。
あれはたしかオークキングだったな。あんな雑魚、ノインのストレスを逆に増やしそうなものだが。
「あぁ?んだよ、デケェ図体しといて、なんだこの脆弱さはよぉ!!」
とっくに死体となったオークキングを何度も何度も踏み潰すノイン。足裏にはべっとりと赤黒い血液がつき、それは周囲にも飛び散っている。
「それはオークキングだ。確かお前、以前にも闘ったことがあるはずだが?」
「はぁ?!んなの!覚えて!ねぇよ!!」
……相変わらずの記憶力だ。強いやつのことは一生忘れないというのに、弱いやつのことは一秒で忘れる。
ノインの頭は一体どうなっているのやら。
「もういいだろう。そろそろ迎えが来る時間だ。大人しくしてろ」
ボスがこいつの自由を許しているのは、やはり戦闘力の高さを買っているからなのだろうが、正直私は好かん。
もうこいつとは二度と組みたくないものだ。
「あぁ?あんな面白そうな奴らとの血闘を邪魔といて俺に指図してんじゃねぇぞ?」
ここまで機嫌が悪いと扱いが面倒だな。
「そうだ。お前が俺の相手をすりゃあいい。それなら俺の気も晴れそうだ」
「私はお前の我儘に付き合う義理などないんだがな」
「うるせぇよ。……闘えや、ゼクス」
ノインは燃え盛るような黒いオーラを放ち始めた。その衝撃波だけで、近くの木々は倒壊する。ノインの足もとの地面も割れていた。
やる気満々というわけか。……面倒だが、どちらが上なのか、この馬鹿に教え込む必要があるようだ。
私も久々に力を解放しようとしたその時だった。
「おやめください、ノイン様、ゼクス様」
上空に現れた、黒い翼をはためかせる生物。頭には二本の黒い角があり、その赤黒い目で私たちを捉えていた。
「邪魔してんじゃねぇぞ、ザコ犬!」
ノインはボスの使い魔に乱暴な言葉を投げつける。
「確かにボクはザコ犬ですが、主人様の命により、御二方を早急に連れてゆかねばなりません。ですので、双方矛を収めていただくと、大変助かるのです」
「あぁ?なんでお前の言うことを聞かなきゃなんねぇんだ?!」
「ボクの指示は全て主人様の勅命と同義です。戦闘をやめないというのであれば、ノイン様、あなた様の願いは永久に果たせなくなるとお思いください」
「はぁっ?…………チッ。わーったよ。やめりゃいいんだろ、やめりゃあよぉ」
不機嫌ながらもオーラを収めたノイン。私もそれに合わせて、矛を収めた。
「みっともないところを見せたな、バティン」
「いえいえ。……ではさっそく主人様のもとへと向かいましょう」
バティンは私とノインの足もとに氣術陣を展開した。
「『テレポーテーション』」
side テンラル?
「ほう。ノインの攻撃を耐えるだけでなく、ゼクスの炎までも凌ぐとは……」
私は今、青々と燃え上がる巨大な炎とその奥に見える三人の若者たちを観察しています。観察は私の目的達成に必要な行為であり、今まさに、私の悲願が成就される時が来たのかもしれません。
「アレは確か最近できたばかりの冒険者パーティ、ノアズアークのリーダーでしたねぇ。ノア、と言いましたか」
その身から発せられる氣はその辺の雑魚と変わらないですねぇ。ただ、あまりにも不自然と言いましょうか。
氣というのは誰しもが多かれ少なかれ体外に漏れ出ているもの。オーラと言えば分かりやすいでしょう。どこにでも湧いている有象無象どもというのは、自分の氣をただただ垂れ流している。たいていはその氣の量から、つまりオーラの強さから、その者が強者かどうかを判断します。
ただし、氣を自由自在に操れる、真の強者には、そのオーラがほとんど見えない。つまり、自身の氣を手中に収めているということ。体外に漏れ出ている氣が多いから強いというのは、本当に氣の保有量が多い者のみ。そんな者は数えるほどしかいないでしょう。
ほとんどの強者は、自身の氣をコントロールしており、体外に放出するなどというヘマはしませんねぇ。ただの無駄ですから。それがどれだけできているかというのは一つの強者としての指標でしょう。
ですが妙なことに、あの子供は一般的なオーラを纏っています。つまり、その辺の雑魚と同列というわけですねぇ。だと言うのに、あの子供……ノアはあの二人の攻撃を耐え忍んだわけですか。
……実に面白い。
「ふむ。興味深いですねぇ。……果たしてあの子供は私の悲願を叶えてくれるのかどうか……」
少し、試してみるとしましょうか。
6
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売しています!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる