碧天のノアズアーク

世良シンア

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ダスク・ブリガンド編

番外編 リュウとセツナ

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side リュウ

辺りが木々に包まれた静かな空間。その深夜、純白の髪をなびかせる小さな少年が、数本のナイフを瞬時に前方の木へと投げつける。木には円状の印が刻まれており、簡易的な的となっていた。

投げられた黒いナイフは的の中心には飛ぶことなく、ほとんどが的の端、ひどいものは木にすら当たってもいなかった。

「あ、また外しちゃった…」

純白の少年は投げたナイフを取りに行く。まずは木に刺さったものを、次にどこかに飛んでいってしまったものを。

「どこ、いったんだろう…」

黒いナイフはこの暗闇では同化しているようなものであり、どうしても見つけにくい。少年は懸命に辺りを見回した。

外したけど、木に当たった音はしたから、あとがあるはず…

少年は目を凝らして木々を見つめていく。

あ、あった…!

少年は目標の跡を見つけた。しかしナイフは刺さっていなかった。この木はここからまあまあ距離があるため、当たりはしたものの刺さったままとはいかず、地面に落ちたのかもしれない。

少年は膝を突き、小さな手でその木の近くの地面を探した。茂みの中も触ってみたが、目当てのものを探し出すことができなかった。

「ない…どうしよう…」

「何してんだ、あんた」

少年は肩をビクッと震わせた。ナイフ探しに集中していたせいか、誰かが近づいてきた気配を感じ取れなかったのである。

少年は警戒しながらも声のする方へと顔を向けた。決して顔をあげずに、懐のナイフに手をかけながら。

「……」

「何してんだって聞いてんだけど?なんか探してんの?」

この人誰だろう。もし組織の人だったら、ぼくは…

「……」

「だんまりなわけ?しかも目も合わせないし」

「ぼくは、罪人つみびとだから…」

「は?」

「ぼくの目、見ないで…」

この人が誰かわかんないけど、死んで欲しくない…

「……よくわかんないけど、あんたの目を見なきゃ会話、してくれんの?」

「え?」

そう言った謎の黒髪少女は、左腕の袖を破り線状の布をつくった。そして自身の目を覆い隠すようにしてその布を頭に巻き付ける。

「これであんたの姿は私には見えない。これなら会話してくれるよね?」

少年はおそるおそる顔をあげた。そして目隠し状態の少女をその視界に入れた。

ぼくのために、こんなこと…

「えと、うぅ…あ、あり、がと…」

少年は涙ぐみ声を震わせて礼を告げた。この少女は少年のために何かをしてくれた初めての人物だった。少年は未体験のそのあたたかさに触れ、わけもわからず自然と涙を流していた。




「急に泣き出すから何かと思った」

少女は少年の横に座り、少年の背中を優しくさすった。少女の視界は少年よりも言うまでもなく暗い。なにせ何も見えないのだから。にもかかわらず、少女は落ち着いた様子であり、少年の姿を正確に捉えているように見える。

「ごめん、なさい…」

「いや別に怒ってないけど」

「ごめん、なさい…」

「…あんたのそれ、嫌い」

「え…?」

「そうやってすぐ謝るとこ」

「ご、ごめんーーー」

「ほらまた謝ってる」

「……」

少年は尤もなことを指摘され何も返せず俯いた。

「…はぁ。まあ私には関係のないことだけど。……そういえばあんた名前は?」

「…リュウ」

「リュウね。見たとこ五、六歳ってとこだけど、こんな森の中で何してたんだ?」

「練習…」

「練習ってなんの?」

「…これ」

その少年…リュウは懐からあの黒いナイフを取り出した。

「これって言われても、私見えないし」

「あ、えと、これを…ナイフを、的に投げる、練習…」

「へぇ。なんでまたそんな練習してるわけ?しかもこんな時間帯に」

「自分を、守るため。それと、見つかったら、お仕置きされる、から…」

リュウは手に持っていたナイフをギュッと握り締める。

「お仕置き、ね。…それどうせ殴られるとか蹴られるとかだろ?」

「な、なんでそれ、知ってるの…?」

「さあ、なんでだろうな」

少女はリュウに向けていた顔を夜空へと向けた。

「あんたは…リュウは毎日ここでその練習してんの?」

「う、うん」

「私と同じか」

少女はボソッと呟く。

「え…?」

「なんでもない。私はセツナだ」

セツナと名乗った少女は腰を上げ布を取り始めた。それを見たリュウは慌てたようにフードを被った。

「これも何かの縁かもな。またな、リュウ」

そう告げたセツナは深い闇の中に消えてしまった。リュウは目をパチパチとさせ、呆然としていた。

…不思議な人、だった…






あの出来事から翌日の夜。リュウは昨夜のことを気にかけながらも、いつものようにナイフ投げの特訓をしていた。

カンッと木にナイフが当たる音が、この静けさを断ち切るように断続的に鳴り渡る。

「へぇ。こんな風にやってんだ」

突如響いた女の声に、リュウは肩を震わせた。

この声…セツナ…?

「昨夜ぶりだな、リュウ」

「うん…」

リュウは目を合わせないようフードを被り、念のためにと顔を下に向ける。セツナはそれを気に留めることなく近づいた。

「そういえば昨日リュウに会う前にこの黒いナイフ拾ったんだけど、もしかしてリュウの?」

セツナはリュウの視界に入るようにナイフを持った手を下の方にもっていく。

「あ、うん…!」

リュウは昨夜見つからなかった目当てのものを回収できたことに喜んだ。

「あり、がと…」

リュウはナイフを手に取り自身の懐へと戻した。

「リュウはもしかしてダスクの人間?」

リュウは知られたくない自身の情報が突然出てきたことに驚いた。思わず頭をあげそうになるも、なんとかこらえた。

「え…?」

「ダスクって確か、こんな感じのドス黒いナイフ使うだろ」

「……」

「どうせ居たくてそこに居るわけじゃないんだろ?」

居たいなんて、一度も思ったこと、ない…

「……」

リュウは両手で服の裾をぎゅっとめいいっぱい握りしめた。

「リュウみたいな子供使うなんて、ダスクも大概ってわけか」

「…?」

「実は私、ブリガンド所属なんだよ。知ってるだろ?ダスクとかなり険悪な仲だし」

ブリガンド…ゴードンがよく言ってた。ブリガンドの奴ら許さねぇ、ぜってぇただじゃおかねぇとか…

仲悪そう…

「私は今の人生に文句ない。これが今の私の生きる目的みたいなもんだから。ただリュウは違うんだろ?こんなチビっこい子供が殺しなんて普通じゃない」

「…セツナは、何歳…?」

「十三」

「セツナも、子供…」

「リュウよりは大人だ。…リュウは骨をうずめるまでその道をいくつもり?」

「…?」

リュウはコテッと首をかしげた。

「あー、ずっとこのままでいいわけ?人殺しの人生で」

「………わかん、ない…」

それはリュウの正直な気持ちだった。人を殺したくないという気持ちは強く持っているものの、現状を打開する方法も力も持ち得ない自分の不甲斐なさを痛感しているリュウにとって、この問いに明確な解答を導き出すことができなかったのである。

「そう…」

セツナは突然リュウの腕を掴み、服の袖をまくり上げた。

「ふぇ…?」

「…やっぱりか。このアザと傷…虫唾が走る」

「…?」

リュウはセツナが口にした意味が分からずコテッと首を傾げた。

「…これ飲みな」

セツナは自身の懐から緑色の液体が入った小瓶を取り出し、リュウの手に握らせた。

「これ、何…?」

「飲めばわかる」

リュウは少し警戒の色を見せたものの、あの時感じた奇妙なあたたかさやナイフを見つけてくれたことなどから、セツナの言葉を信じることにした。

「………わっ…」

まくり上げたことで露わになっていた右腕のアザや傷がみるみるうちに消えていった。リュウはそれに驚き、他の負傷も治っているのかと自分の身体を見回し始めた。

「ふふっ。そんな驚く?」

「全部、ない…!すごい…!!」

はしゃいだ様子のリュウとそれを微笑ましく見守るセツナ。ここからリュウとセツナは度々深夜の森の中に出会うこととなる。それが三ヶ月ほど続いた後、二人は二度と会うことはなくなってしまうのであった。







side セツナ

「…ちっ。外した」

深い暗闇と木々に包まれた空間。私は前方に置かれた複数の小さな丸太に弓矢を当てるという特訓をしていた。これは私がブリガンドに売られてからずっとやっている特訓。

丸太の位置はバラバラだ。ほぼ隣り合わせのものもあれば、十メートル以上離れてるものもある。そして一射一射の間隔が必ず五秒以内という枷を自分に課している。

丸太が割れれば成功。割れずに当たったまたはかすっただけなら、威力が足りないためアウト。当たらないは論外。

今日は珍しく一本だけ的を外した。しかも最後の矢だ。

「…だる」

そんなに遠くには飛んでないよな。それに角度的に地面に刺さったはず。

「あった…ん?」

刺さった矢の近くに見たことのない黒いナイフが落ちていた。私はとりあえず矢とナイフを拾った。

「……これ、もしかして…」

『ゴソゴソッ』

誰かいる…!

私はすぐにこの場を離れ、その辺の木の後ろへと身を隠した。

あれは…子供?それに綺麗な白い髪だ。あんなに混じり気のない白は初めて見たな。

「ない…どうしよう…」

見知らぬ子供は茂みの中に頭を突っ込んだり、地面をペタペタと触ったりしている。

…何か探してるのか?

「何してんだ、あんた」

私が話しかけるとその子供は肩をビクッと震わせた。そしてこちらに向きはするが顔を見せはしなかった。

「……」

「何してんだって聞いてんだけど?なんか探してんの?」

「……」

「だんまりなわけ?しかも目も合わせないし」

「ぼくは、罪人つみびとだから…」

「は?」

罪人って何?

「ぼくの目、見ないで…」

顔を見せないのは目を見られたくないからってわけか。…何か訳ありってことだな。

「……よくわかんないけど、あんたの目を見なきゃ、会話、してくれんの?」

「え?」

私は、左腕の袖を破り線状の布をつくった。そして自身の目を覆い隠すようにしてその布を頭に巻き付ける。

「これであんたの姿は私には見えない。これなら会話してくれるよね?」

うわ。マジでなんも見えない。まあでもなんとかなるか。暗いのは慣れてるし。

「えと、うぅ…あ、あり、がと…」

…ん?なんか泣いてない?この子供…






「急に泣き出すから何かと思った」

私はこの子供が泣くようなことやってないと思うんだけど。

「ごめん、なさい…」

「いや別に怒ってないけど」

「ごめん、なさい…」

は?なんで謝るわけ?意味が分からない。

「…あんたのそれ、嫌い」

「え…?」

何が?って感じの声がする。

「そうやってすぐ謝るとこ」

「ご、ごめんーーー」

「ほらまた謝ってる」

「……」

別に謝るなってわけじゃないけど、なんでも謝れば済むと思ってる感じがして好きじゃない。こっちがなんとも思ってないことにむやみに謝るなんてどうかしてる。

「…はぁ。まあ私には関係のないことだけど。……そういえばあんた名前は?」

「…リュウ」

「リュウね。見たとこ五、六歳ってとこだけど、こんな森の中で何してたんだ?」

私は七歳ぐらいでブリガンドに売られたからその頃から特訓してるけど、その時の私よりまだ小さな子供が一体何を?

「練習…」

「練習ってなんの?」

「…これ」

「これって言われても、私見えないし」

「あ、えと、これを…ナイフを、的に投げる、練習…」

ナイフ?それを的に投げる…

つまり私と似たようなことしてるってこと?

「へぇ。なんでまたそんな練習してるわけ?しかもこんな時間帯に」

「自分を、守るため。それと、見つかったら、お仕置きされる、から…」

……嫌な単語が聞こえたな。

「お仕置き、ね。…それどうせ殴られるとか蹴られるとかだろ?」

「な、なんでそれ、知ってるの…?」

やっぱりな。

「さあ、なんでだろうな」

私はふと空を見上げた。

そんなこと誰よりも知ってる。

「あんたは…リュウは毎日ここでその練習してんの?」

「う、うん」

「私と同じか」

私はボソッと呟いた。

弓矢とナイフの違いはあれど、やってることは同じ。それに境遇もそっくりだ。

「え…?」

「なんでもない。私はセツナだ」

私は腰を上げ布を取り始めた。するとリュウは慌てたようにフードを被り始めた。

どうやら本当に見られたくないらしい。

「これも何かの縁かもな。またな、リュウ」

私はブリガンドのアジトへと歩き出した。

私と似た境遇を持ち、私と同じような鍛錬を積んでいる幼い子供。人に関心を持たない私にとって、この出会いはもしかしたら遠く幼き日に置いてきた情というものが再び芽吹き出した瞬間だったのかもしれない。

それからよくリュウとあの森の中で会った。またな、とは言ったもののまさかこう何度も会うとは思いもしなかった。しかもそのほとんどが私からだ。

初めて会った次の日、拾ったナイフがリュウのものかもしれないと気づき会いに行った。そこでリュウがダスクの人間であることや、やはり暴力を振るわれていたことなどを知った。

リュウがダスクの人間であることに私は特に嫌悪感は抱かなかった。ダスクとブリガンドの仲が険悪なのは事実だが、それは主にリーダー同士の仲が最悪なだけだ。それに同調する者も少なくないが私は違う。というよりもどうでもいいというのが正直なところだ。

私は両親に売り捨てられた日から…いや、両親に暴力を振るわれてきたあの日々から既に、他人に何かを期待するのはやめた。他人なんて信じるだけ無駄だとそう気づいた。

だがリュウは何故だか無視できなかった。もしかしたら昔の私と重なった部分があったというのが大きいのかもしれない。まさか誰かを気にかける心が私の中にまだあったことには、正直に言って私自身が一番驚いてる。

「セツナお姉ちゃんは、ブリガンド、楽しい?」

楽しい、か。楽しいか楽しくないかでいえば正直言って後者だ。だけど私はこの生き方しか知らない。だからこの道で生きている。ただそれだけ。

「さあ、どうかな。そんなこと考えたこともなかった。リュウは?」

まあ答えなんて分かりきってるけど。

「楽しく、ない…殺すの、やだ…」

「…そう」

自分が殴られたり蹴られたりするより、誰かが死ぬのが嫌って感じか。リュウはこの世界で生きるには優しすぎる。

いつかリュウが本当に幸せになれる道を歩んでほしいと、私はこの時強くそう思った。私のような全てを諦めた人間になるのは不憫ふびんというものだろう。

私は弓を引き矢を放つ。放たれた矢は二十メートルほど先の丸太に命中し、丸太は真っ二つに割れた。

「わぁ…!セツナお姉ちゃんは…どうして、そんなに弓が、上手なの…?」

「リュウみたいにちっさい頃から嗜んできてるからな。もうブリガンドじゃ私に並ぶ弓使いはいないし」

「すごい…!ぼくは、全然、上手に、できない…」

そう言ったリュウは前方の木の的へと計三本のナイフを投げる。ナイフは勢いよく空を裂いた。カンッとナイフの命中音がした。

「リュウも十分すごいと思うけど」

私はリュウとともにナイフを取りに行った。

的には三本のナイフがしっかりと刺さっていた。中心に一本、その近くに一本、端っこに一本だ。

ここから的まではおよそ十メートル。この距離でこの精密さなら上等なはず。それにこの歳でってのも末恐ろしいだろう。

「全部、真ん中じゃ、ないから、ダメ…」

随分と目標が高いな…

「自分に厳しいタイプか」

私も毎日毎日弓矢に打ち込んできたからな。全て丸太に命中かつ破壊できなければ納得がいかなかったし、何度もやった。

似た者同士だな。

「…?普通じゃないの?」

「いや、リュウが納得のいくまでやるといい。必ず自分の力になる」

私はなんとなくリュウの頭を撫でた。こんなことは今まで一度だってやったことはないし、ましてやされたこともなかった。

私はナイフを全て抜きリュウに手渡した。

「さ、もう一回やろう。次は全弾真ん中だ」







side リュウ

セツナと出会って三ヶ月。リュウは毎日深夜のセツナとの楽しい秘密のおしゃべりタイムに心を躍らせていた。もちろん毎日会えるということはなく、週に一回か二回程度であったが、それでもリュウにとってはかけがえのない時間となっていた。

「おい罪人。最近楽しそうな面してんなぁ?あぁ?!」 

この日はゴードンの機嫌が悪く、部下も何人かボコされていた。そんな折、セツナとの時間を終えて戻ったリュウの笑顔を偶然にも見かけたゴードンは、いきなりリュウをとっ捕まえたのである。

ゴードンはリュウの胸ぐらを掴み怒鳴り声を上げた。

「うぅ…」

「てめぇ、ブリガンドのやつと仲良くしてるっつう話じゃねぇか。俺がやつと仲がわりぃのを知ってるよなぁ?だのにブリガンドのやつとつるんでるだぁ?ふざけてんじゃねぇぞぉ?!クソガキがぁぁぁ!!」

ゴードンは細く軽いリュウの身体を思いっきり壁へと放り投げた。

「ぐっ…」

リュウは背中に強い衝撃を受け、地面へと倒れ込んだ。

「こんなんで済むと思ってねぇよなぁ?おらっ!」

ゴードンは再びリュウの胸ぐらを掴み、右手で頬を殴った。そしてまた壁へと放り投げる。

「ゴードン様!」

「あ?んだよ。今いいとこだってのによぉ」

部下の声に振り返ったゴードン。リュウは一時的に理不尽な暴力から解放された。

「そろそろ定例会議の時間かと。遅れればあの方に殺される恐れが…」

「ッチ。命びろいしたなぁ。罪人ぉ」

ゴードンはイラつきながらもさっさとこの場を去っていった。

助かった…

リュウは身体を起こし、壁に寄りかかる。殴られた頬にはジンジンと痛みが走っている。リュウはそっと頬に手を当てた。

「ヒリヒリ、する…」

リュウはボソッと声を漏らす。小さな音が無機質な空間へと広がっていた。





「え…?」

「悪いけどもうリュウとは会えない」

いつものようにセツナとの時間を過ごそうとしたリュウ。突然のお別れ宣言にリュウは困惑した。

「……」

な、なんで…?ぼく何か悪いことしたの…?

戸惑うリュウ。リュウはセツナの袖端を掴んだ。セツナはそれを振りほどき顔を背けた。

「もう飽きたんだよ。それに仕事も多いし。リュウに構ってらんなくなった。そんだけ」

「ぼくのこと、嫌いに、なったの…?」

リュウは震える声で問いかける。あんなに優しかったセツナからも拒絶されたくはなかった。

「…………そうだ……お別れだ…」

セツナは無情にもリュウを置いて歩き出した。リュウは何が起きたのか分からず、ただただ呆然とその場に立ち尽くしてしまった。







side セツナ

「ッチ。命びろいしたなぁ。罪人ぉ」

両腕に蛇のタトゥーを入れた大柄の男はそう吐き捨て、出て行った。リュウはなんとか立ち上がり部屋を出ようとしていた。

なんなんだ、あいつは…?

窓から覗いていた私は憤っていた。理不尽に殴られるリュウを見てまず湧いたのは怒り。そして殺意だ。こんなにも殺したいと思うのは初めてかもしれない。私は他人になんの感情も抱かないのだから。

私はさっきリュウと会った後、実はリュウの後をつけていた。まあダスクのアジトの大体の位置は知っていたけど。

なぜ後をつけたのかと言えば、リュウと会うたびに必ずアザや傷ができており、我慢ならなくなったからだ。

いくらポーションで治るからといって暴力を何度でも受けていいわけじゃない。表面上は治っているが、その時感じた痛みは、本人に固く刻まれている。それは肉体的な痛みであり、精神的な痛みでもある。

そして、そんなことは私が一番よく知っている。

これ以上私と会い続ければ、またこのような理不尽な暴力が増えるかもしれない。私と会わなくても関係なく、あの男は間違いなくリュウに暴力を振るうだろうが、少なくとも私と会っているからという理由での暴力は減るはずだ。

こうして私はリュウに別れを告げることを決めた。リュウの心底悲しそうな顔には胸を痛めたが、リュウの人生に私がいては不都合だ。

いつかでいい。リュウには幸せな人生を勝ち取ってほしい。心からそう願っている。

そして私はこれ以降、二度とリュウに会うことはなかった。そう、ダスクとブリガンドが壊滅するまでは…





「…ごめん。リュウ」

目的地である帝都アクロポリスへと快適に進む馬車の中。隣に座るリュウに私は突然謝罪した。

「……?」

コテッと首を傾げるリュウ。それもそうだ。何に対して私が謝っているのか、察しろというのは酷だろう。

「あの時、私はリュウを突き放した。冷たくあしらった。…ごめん」

私は元々握っていたリュウの手をさらに力を入れて握りしめた。自分の不甲斐なさに嫌気がさす。

私はリュウのためだと考え自ら離れた。だがあの決断が間違っていたのではないかと未だに後悔している。あの頃、リュウは私と会えることが楽しいと言っていた。それを私は勝手に終わらせた。リュウの気持ちなどお構いなしに、自分勝手に決めて…

リュウの幸せを願っていたはずが、私自身がその幸せをぶち壊していたのではないか。そう思わずにはいられなかった。

「ぼく、セツナお姉ちゃんに、会えたこと、嬉しかったよ…初めてぼくに、優しくしてくれた、と、ともだち、だから…」

リュウは頬をほんのりと赤く染め、心からの笑顔を見せてくれた。恥ずかしさと嬉しさその両方が垣間見える。 

ああ、こんなにも清らかな心を持っている人間がいるんだな。

初めて会ったときから何故か気になっていた。そのきっかけは私と似ていたという単純なものだったのかもしれない。でも、会い続けるうちに、いつの間にか私はリュウの純真無垢な姿に惹かれていたのかもしれない。

他人に愛想を尽かしていた私に、他人へ抱く情というのを教えてくれた。

リュウとの出会いは、私の人生において最大の幸福だったのかもしれないな。

「友達、か…。私も初めての友達はリュウだな」

「ほんと…?!」

「ああ。リュウのおかげで私は人に戻れた。ありがと」

私は空いた右手でリュウの頭を撫でた。久々にこの柔らかな頭を撫でた気がする。

「……?」

リュウは上目遣いに私を見つめてくる。「どういうこと?」と言いたそうな顔だ。

「ふふっ。気にしないでいい。リュウはリュウのままでいてくれ」

この小さな光は人生のドン底で生きてきた私にとって、大きな道標であり希望だったのだろう。どうか他者を照らす光としてだけでなく、自らの光を支えてくれるような、そんな者たちとの出会いをしてほしい。私はこの光がさらなる輝きを見せてくれることを願う。

リュウに幸せな人生を。
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