碧天のノアズアーク

世良シンア

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ノアズアーク始動編

15 喜び、溢れて

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side ノア=オーガスト

オレとシンが集合地点へ到着してからだいたい三十分が経過した。オレたちが着いて数分後には、秀だけがここに来た。湊のことを聞くと、湊はカズハたちの応援に行ったらしい、ということがわかった。

オレたちの所に来なかったことからして、なんとなくカズハとエルの方にラドンが向かったのではないかと思ってはいたが、オレの予想は当たっていたらしい。

湊が向かったのなら、何の問題もなさそうだな……。

さらに待つこと十数分。バタバタと足音が前方から聞こえてきた。

「……お待たせー」

木陰から姿を見せたのは、オレたちの待ち人であるカズハ、エル、湊の三人だった。

「みんな……無事で良かった」

オレは三人の姿を見て、心から安堵した。無事だと分かっていても、いざこの目で確かめないと、心のどこかにこびりついたこの不安は、完全には拭えはしなかったのだ。

「湊、お疲れ」

「ああ」

秀は湊に近づき手を上げる。湊も同じように手を上げて、二人はハイタッチをした。その軽快な音は、まるでオレたちの作戦成功を祝福しているかのようだった。

そしてリンゴ狩りが成功して喜んでいるカズハとエルだが、体が小刻みに震えている。

おそらくは筋肉をかなり使った証拠だ。もう立ってるのも辛いはず……。

「よし!あとは帝都に戻るだけだな。シン、また頼むぞ」

「わかった」

「ちょちょいきなりーーー」

「あわわっ……」

シンはこの山に来た時と同じように、カズハとエルをささっと亜空間に収納した。困惑する二人を無視して……。







「到着だー!」

昼間はわいわい賑わっている帝都アクロポリス。しかしながら、現在は闇夜に街灯がついているだけで通行人など皆無であった。

実は帝都の関門で、この時間の出入りは禁じられていると言われ、野宿することになりかけたのだが、たまたまキースさんが通りかかり、中に入れてくれたのだ。

そして今オレたちは、キースさんら師団員の方々と共に、花鳥風月を目指していた。流石に禁止された時間に人を入れるのは、いくら師団員の知り合いでも何の監視もないのは許可できない、とのことで、結局こうなったのだ。ちなみにカズハとエルは帝都に入る前に亜空間から出している。

「ありがとな、キースさん。『現在の時間帯に入ることは規則で禁止されている。帰れ』って言われた時はどうしようかと思った」

「ははは。ノア殿たちには以前に助けていただきましたし、悪い人たちじゃないって知ってますから」

頭をポリポリとかきながら、明るく答えるキースさん。

「あ、でも、一応これ規則違反に当たるので、ジン師団長には言わないでくれますか?」

キースさんはオレの耳元に近づき小声で伝える。

「別にいいけど、何で?」 

ていうか、ジンさんと会う機会があるとは思えないけどなー。師団長ってオレの立場で会えるような人たちじゃないだろうし。

「僕の給料が下げられるか、もしくはあのえげつなーいジン師団長発案の特別特訓が課される可能性が高いので……」

顔を青くしながら言うキースさん。これは相当嫌な罰らしい。

「……オッケー。もし会っても言わないでおくよ」

「ありがとうございます!」

こうしてオレたちは何事もなく花鳥風月に到着し、朝を迎えた。

「ふぁー………んんっー」 

オレは欠伸をしつつもすぐに布団から出て、背伸びをした。朝は決まってこれをする。背中伸ばすのって結構気持ちいいんだよなー。

「おはよう、兄さん」

「ああ。おはよう、シン」

部屋にはシンだけしかいなかった。

「あれ?秀と湊は?」

「湊はいつものランニング。今日はかなり早くから始めていたから、そろそろ戻ってはくるだろ。秀はさっきトイレに行ってたな」

「そっか……オレも準備しないとな」

シンがすでに着替え終わっている姿を見て、慌てて出かける準備をする。EDENは基本いつの時間でも開いてるらしいから、なるべく早めに行きたいよな。せっかく急いで帰って来たんだし……。

朝食前には秀と湊も合流した。

なーんか湊はいつもより清々しい顔をしながら温泉に向かっていたんだけど……あれは何だったんだろうか?

まあそれはともかくとして、オレたちはいつものようにアリスが配膳してくれた美味しいご飯をいただいた。そして、隣の部屋に泊まっているカズハ、エルと合流して、すぐにEDENへと向かった。






「……早すぎないか?」

EDENに着いてすぐミクリヤさんを呼び出してもらい、ギンプティムに連れて行ってもらおうとしたのだが、ミクリヤさんはオレたちの姿を見て、目を丸くした。

「あそこはたしか馬車を使ったりしても一週間はかかるばず……往復なら二週間だ。……ありえないだろ……まだ君たちが向かってから三日目だよな?……どういうことだ?」

なぜ?どうして?と考え込むミクリヤさん。そうなるのは当然なんだろうけど、今はそれどころではない。

「悪い、ミクリヤさん。早くスザンヌさんに会わせてくれる?」

「……あ、ああ……そうだな」

初めて訪れた時と同じ道を通り、オレたちは薬屋ギンプティムに到着した。

『コンコンコン』

「ミクリヤです。中に入ってもよろしいでしょうか」

「……ああ。構わないよ」

「失礼します」

オレたちはミクリヤさんの後に続きゾロゾロと中へ入った。

「あんたたちは……」

ミクリヤさん同様、スザンヌさんもオレたちが戻ってくるのが早すぎることに驚いていたようだ。

「黄金のリンゴ合計六個。しっかり取ってきたよ」

「……ふむ。間違いなく本物の黄金のリンゴのようだね」

スザンヌさんは品定めするようにリンゴを手に取り、じっくりと眺めていた。

「……どのようにしてこんなにも早く、しかも誰一人欠けることなく帰ってこれたのかは……今は置いておこう。それよりも患者の救命が最優先だからね。……ちょっと待ってな。今作ってくるから」

そう言ったスザンヌさんはリンゴを手に取り、自身の氣で車椅子を動かしながら奥へと入って行った。おそらくは、そこで普段からポーションづくりを行っているのだろう。

数分してスザンヌさんはその膝元に金色に輝く小瓶を一つ持ってきた。

「これがエリクサーだよ。さ、受け取りな」

スザンヌさんはエリクサーをカウンターに置いた。

「じゃあ、これが代金のーーー」

「いらないよ」

「え?」

オレは白金貨一枚を取り出そうとしたのだが、スザンヌさんに止められてしまった。この白金貨はオレたちが今までに稼いだ分と、クロードにもらった分を合わせてようやく用意できたものだ。わざわざ両替までして、あんなにいっぱいあった金を同等の価値がある白金貨という一枚の金銭に変えたのだ。

……いらないって、一体なぜに?

「あんたたちが命懸けで取ってきてくれた黄金のリンゴで作ったエリクサーだ。あんたたちがいなきゃ永遠に作られることのなかった物と言ってもいい。だから、あんたたちから代金なんて受け取れるわけないだろう」

あ、そういう理由かー。

てことは、すぐにでもバンバン依頼こなしてガンガン魔物を狩る的なことをしなくても済むわけだ。

それは願ったり叶ったりな話だ。

「ほんとにいいのか?」

「かまわんよ。あれだけありゃ、三十本分のエリクサーを保管できる。未来の誰かを確実に救えるもんが三十もあるんだぞ?未来の救世主になるあんたたちに、金なんざもらあるわけがない」

「ははは。救世主になるって、大袈裟だなー、スザンヌさん」

オレたちがしたことといえば、リンゴの運び屋のみ。

オレたちがそれを持ってたところでそれはただちょっと色が不思議なリンゴのまま。スザンヌさんあってこそのエリクサーというものである。

「……あの、エリクサーを作ってくださり、ありがとうございます!本当に……本当にありがとうございます!!!」

エルは止まらない涙を拭きながら、何度もお礼をした。

「……もういいよ、お嬢ちゃん。……早く行ってやんな」

「は、はい!」

エルはエリクサーを大事そうに握りしめて、ギンプティムを後にした。続いてカズハも、スザンヌさんに一礼した後、エルの後を追って出て行った。

「……あんたたちは行かなくていいのかい?」

「えっと、まだやり残したことがあるっていうか……」

オレは代金を払おうが払うまいが、あの足を見てから決めていたことがある。スザンヌさんがエルにエリクサーを作ってくれたら、あの失われた足をと。

「やり残したこと?何だいそれは?」

「スザンヌさん。その足はどうしたんだ?」

オレはかなり不躾に、スザンヌさんが車椅子で生活しなければならなくなった原因であろうその失われた足について聞いた。

「これかい……。これは三年前の大厄災の時に、不覚にも魔物どもにやられちまったんだよ」

大厄災……エルが前に話してくれたアンフェールって呼ばれてる大厄災のことか。

その時エルのお父さんも亡くなったって聞いたけど、スザンヌさんもその被害者だったのか。

「あのさ、もしオレがその足を元に戻せるって言ったら……どうする?」

スザンヌさんは少し驚く素振りを見せたが、すぐに冷静な表情になった。

「……そうだね……できることならまた自分の足で世界を踏みしめたいけど……まあ無理だろうね。無くなった部位を復活させる治癒術は……どこにも存在しないんだからね」

スザンヌさんは諦めたような悲しい顔をする。もしかしたらポーション研究を通して、自身の足を元に戻せるポーションを開発しようとしていたのかもしれない。あるいは、治癒に関する情報をあらゆる手段を使って調べまくったのかもしれない。

……それでも、自分の足を治す方法は絶望的なほどに見つからなかった。だからそんな暗い表情を浮かべるのだろう。

「……ちょっと失礼するよ」

オレはカウンター内に勝手に入り、車椅子をこちらに向けて、かけられていた毛布をめくった。

「っ……!あんた、何を……」

「じっとして」

露わになった不完全な両足。オレは空白となった足の近くに手をかざす。

「……『無限再生クロノライズ』」

かざした手を中心として、金色の輝きが周囲に放たれる。そして、一瞬にしてその光は消えた。

「……一体何が……なっ?!」

眩しさで目を瞑っていたミクリヤさんは、謎の光が無くなり目を開けて驚愕した。それもそうだろう。先ほどまでなかったはずのスザンヌさんの右足がしっかりと存在しているのだから……。

「あんた……何をしたんだい?!」

一番驚いたであろうスザンヌさんは、以前のように自身の足があるのを確認してすぐにオレを問いただそうとした。

「ただ治癒しただけだよ」

オレは笑みを浮かべながらそう言った。

「……ノア君……君は一体ーーー」

「俺と湊は正直反対だったんだ」

ミクリヤさんの言葉を遮るように秀は話し始めた。

「エリクサーを作ってくれたのはありがたいが、ノアがそこまでする必要はねぇと思ったんだよ。……その力のせいで、ノアが狙われるなんてこともあるかもしれねぇしな」

「兄さんに手を出す愚物どもは俺が全て殺す」

「わーってるよ。そうなったとしても俺らがノアを守ればいい話だ。だからノアがあんたの足を治すことを認めたんだよ。つまり俺が何を言いたいかって言うとな……あんたはただノアに感謝するだけでいいんだ。余計な詮索してんじゃねぇ」

秀は鬼の形相といった感じでスザンヌさんに言い放った。普段は頼れる兄貴って感じで優しいけど、いざとなったら怖いんだよな、秀って。

……てか、そこまで警戒心むき出しにして言わなくても良くないか?

「……そうだね。すまない。一生治ることがないと思っていた足が、一瞬にして治ったことに気が動転して、言わねばならないことを言い忘れていたよ。……ありがとう、ノア」

スザンヌさんは膝に頭がつくくらい深くお辞儀した。

「いや、その……本当に治って良かった。また何かあれば力になるよ」

オレは立ち上がり、カウンターを出た。スザンヌさんはオレがカウンターから出た後も、ずっとお辞儀をしたままだった。

「……俺たちはこれで失礼する」

湊は出口へと歩き出す。それにオレたちも続いた。そしてオレは一礼してからここを後にした。







「ノアはどうも、他人に優しすぎるなぁ」

EDENを出て大通りを歩き始めてすぐ、秀は少し呆れたようにオレに言った。

「そんなことないって。仲間のピンチを助けてくれたんだから、それに見合った対価を支払ったってだけの話だろ?」

無限再生クロノライズ』は今のオレの状態じゃ、そう何発も連続でうてる代物じゃないけど、こういう時に使わなきゃもったいないよなー。

「あの女はそれなりに使えるから、恩を売れば後々に利益が生まれる。兄さんはそこまで考えて、あの女の足を治してやったんだ」

……むむむ?

ちょっと違う解釈されちゃった気もするけど……まあ、いっか。

「それで、この後はどうする?」

「うーん……湊は何かしたいことある?」

「そうだな……エルの方はカズハが向かったからな。……することがないなら、軽く体を動かしてはおきたいが」

うへー。毎朝欠かさずトレーニングしてるのに、まだ体を動かし足りないってか?

「お。それならオレも付き合うぜ、湊。最近はお前と手合わせできてなかったからなぁ」

「ふ。いいだろう。受けて立つ」

二人は機嫌よさげにしながら、帝都の外へ通じる門の方へと、この大通りを歩いていった。

「行っちゃったな、あの二人。ほんと仲良いよなー」

「兄さん」

「ん?」

「エスパシオってやつを買いに行こう」

「あ、そうだった!」

戻ったら絶対買ってやるーって息巻いてたの、すっかり忘れてた。それに、険しい登山を頑張ったカズハとエルに、何かしらご褒美を買っておかないとなー。

「どこに売ってっかなー?」

「さっき秀に聞いておいた。俺についてきてくれ」

そう告げたシンは、迷うことなく帝都の西側へと歩き出した。

さっすが、シン!頼もしいことこの上なしだ!

シンの頼りがいある背中を追い、隣に並んで歩いて数分。オレたちはとある店に到着した。その看板には『氣道具ショップ』と書かれている。

『カランカラン』

ドアを開けると、綺麗なベルの音が鳴った。

「これとかどうよ、リーダー」

「いや、それはちょっと可愛すぎないか?」

「けど、これセールで十パーセントオフになってんだぜ?うちのパーティは資金がカツカツなんだから、節約できるもんはしとかねぇと」

「……そうだな。店主、このネックレスを一つ」

「毎度あり!」

ピンク色の派手なネックレスを買った冒険者二人は、「おーし、早速魔物を討伐だー!」っと、やる気に満ちた表情をしながら店から出て行った。

オレたちもいい物見つけないとな。

「へぇー。結構いろいろあるんだなー」

オレたちはガラス張りの展示ケースに並べられた品々をさっと見ていく。お目当てのエスパシオ以外にも、いろんな氣道具が売られているらしい。

「お、ここがエスパシオのコーナーっぽいな」

ネックレス、ブレスレット、指輪など様々なアクセサリーが並べられており、そのすべてに、美しい色をした石が嵌め込まれていた。

この石がたぶん、この氣道具の要なんだろなー。見た目も鮮やかなだけでなく、物の収納が可能だなんて、やっぱりすごい発明品だよなー。しかもリュックと違って、こういうアクセサリー系なら、全然かさばらないし。

「兄さんは、これがいいんじゃないか?」

シンが指を指す方向を見る。そこには透き通った青色の石が嵌め込まれた指輪があった。青で統一された色合いの指輪で、他のものよりもスタイリッシュな感じがした。

なにそれ、かっこよ!選ぶセンスありすぎだぞー、シン!

「めっちゃいいじゃん、それー!それの赤いバージョンってないのか?シンもオレとお揃いにしよう!」

オレはガラスケースの中をよーく観察する。すると、色違いのものが保管庫にあると書かれた札を見つけた。そこには、赤色もバッチリ含まれていた。

「お、あるじゃん。店主に聞いてみっか。行こう、シン」

「ふっ……ああ」

オレは足早に店主のもとへと向かった。

「おお、いらっしゃーーー」

「おじさん!」

オレはカウンターテーブルに、ドンッと勢いよく両手を乗せた。

「うお!な、なんだ?」

「あの二番の指輪の赤いやつある?」

「二番な。ちょっと待ってろ」

店主は後方の扉から、おそらくは保管庫へと向かった。

「あ、そうだ、シン。どうせならさ、オレが赤でシンが青ってのはどうよ?」

「……?なぜ?」

「このピアス、あるじゃん?」

オレは右耳につけた青い色のピアスを軽く触る。

「オレが青で、シンは赤。確かに統一した方が、見栄えはいいかもだけど……なんていうか、赤いものつけたらさ、シンがいつでも一緒にいるって感じがして、ちょっとよくない?」

シンが隣にいるってだけで、なんか自分が無敵になった気分になるんだよなー。めちゃめちゃ強いし、安心するしで、オレにとってはありがたすぎる存在だ。

オレの青いピアスとシンの左耳についている赤いピアスは、実はただのアクセサリーではない。幼い頃、覚醒した眼の力が暴走しないように、そのコントロールを補助してくれたアイテムなのだ。今ではその効力も失われてただの装飾品と化したが、オレたちにとっては思い出深い品だった。

ちなみにこの色は、オレたちの眼が覚醒したときにヴォル爺が決めたらしい。眼が覚醒すると、オレは金色から青色、シンは金色から赤色に変化する。だからそれに合わせてみたって、そうヴォル爺は言っていた。

「ほら?シンの眼って、綺麗な赤色に変わるだろ?そのピアスみたいにさ。だから、どうよ?」

正直、シンにあの眼の力は使ってほしくはないが、あの赤眼の美しさは紛れもない事実で、オレの心にも深く残っている。要するに魅了されてしまったのだ、あの瞳の輝きに。

「……俺は別に、構わ、ない……兄さんの、好きにしてくれ……」

少し照れくさそうなシン。口もと自分のを腕で隠している。

ふふん、これはかなり嬉しいとみた!

「そっかそっか!」

「待たせたな。これでよかったか?」

カウンターテーブルには、上蓋が開いた小さな木箱が置かれた。中のクッションの上には、赤く輝く指輪があった。

「そうそう。ありがとな、おじさん」

「それとこれは、二番の青い指輪だ」

「え?」

赤い指輪の入った木箱の横に、またさらに同じ木箱が置かれる。中には同じように、指輪が置かれていた。それも青色の。

「お前さんさっき、店内中聞こえるくらい、嬉しそうな大声出してただろ?思わず俺も見ちまったよ」

……はっず!

「はははっ。俺の店の物に、あんなに喜んでくれたのは嬉しかったぞー!あれ見たらきっと、作ったやつも喜ぶ。いいお客さんだよ、お前さんは」

オレは、頬を熱くしたまま、代金を店主に渡した。ちなみに隣にいるシンは平然としている。

「毎度あり!また来てくれや」

おじさんから商品を受け取り、オレは恥ずかしさに耐えきれずそそくさと店を出た。

そしてその後、カズハとエルのために、『スイーツのその』という、帝都で一番人気の店へと向かった。そこでオレは、気配を殺すかの如く静かに店へと入り、静かに注文して、静かに店を出て行った。ちなみにその間、シンはずっとオレの隣にいて、右手の人差し指につけた、青い指輪を眺めていた。

「あのお客様、なんであんなに声が小さかったんでしょう?こそこそ話しておられたので、何か内緒話でもされるのかと思いました……」

そう店員さんに不思議に思われ、ある意味で目立っていたことなど、オレは知る由もなかった。







side  ミクリヤ

「……行きましたよ、ノア君たち」

扉が閉まる音がしてからもスザンヌさんは腰を曲げ続けていた。

「そうかい……」

スザンヌさんはようやく頭を上げた。そしていきなり復活した自身の右足に手を添える。

「……まさか、また歩ける時が来るなんて……思ってもみなかったよ」

スザンヌさんは、奇跡の再生を遂げた右足を摩り続け、そして、ポツリと涙をこぼした。

「……ふっ……うぅっ……」

……スザンヌさんはあの大厄災で足を失ってから、大好きだった冒険者を引退し、この『ギンプティム』を経営しながら、ポーション作りを続けてきた。

ポーションの研究はもちろん、スザンヌさんはあまり詳しくなかった治癒術の情報も必死に探っていた。毎日毎日、寝る間も惜しんで続けてきたが結局のところ何の成果も得られず、ここ最近は既存のポーションを作るだけで、ポーションの研究さえもしなくなってしまった。

僕が「……もう研究はなさらないんですか?」と前に聞いた時、スザンヌさんは「……ああ。もう無駄だと……そう、分かったからね」と諦めた顔をしていた。

研究に打ち込んでいた時期は、体調を崩すことも多かった。そのため僕としては研究にのめり込まない今のスタイルが、スザンヌさんにとっては最善なのかもしれないと、その諦めた姿に隠されたスザンヌさんの、言い表せないほどの無念さに気付かぬふりをしていた。

だが今、スザンヌさんの姿を見て思う。

ああ、本当に良かった、と。

僕はスザンヌさんの足も……心の傷さえも癒すことはできなかったが、彼は……ノア君はその両方を成し遂げてくれた。

……彼には本当に感謝したい。

スザンヌさんは、僕の人生の恩人なのだから。

『ガタン』

僕が考え込んでいると、いつのまにかスザンヌさんが倒れていた。僕は慌ててカウンターに入り、スザンヌさんを起こす。

「……だ、大丈夫ですか!」

「ああ。何ともないよ……ははは、情けない。……どうやら歩くことはまだ難しいらしい。……今日からリハビリをしないとね」

「怪我がないのなら、良かったです」

「ミクリヤ……あんた、リハビリを手伝ってくれるかい?」

「……僕が、ですか?」

今までお世話になったスザンヌさんに何の恩返しもできなかった僕としては、またとない機会だった。

「ああ。あいつらをぎゃふんと言わせたいんだよ……面白そうだろう?」

あいつら……おそらくは、現在二つしかないSランクパーティの一角である『デュランダル』の皆さんだろうな。スザンヌさんのかけがえのない仲間たちだ。

「ですね……!」

僕は以前のようにイタズラっ子のような笑顔を見せてくれたスザンヌさんに同意し、微笑んだ。







side エル

EDEN本部からちょうど真西に位置する、この国唯一の治癒院を目指して、私は人混みを縫って走りました。そしてものの数分で目的の場所に辿り着き、中へ入りました。私は受付の方にお母さんの病室へ入る許可をいただき、私について来てくれたカズハと共に向かいました。

「……お母さんっ!」

私はスライド式の個室ドアを思い切り引いて、お母さんの名前を呼びました。

「……エル?どうしたの?そんなに慌てて……」

上体を起こして本を読んでいたお母さん。私の慌てように驚き、本を閉じてこちらを見ました。

「お母さん。あの、実は……エリクサーが、手に入ったんです!」

私は手に握りしめていた小瓶をお母さんのベットの横にある机の上にそっと置きました。

「これでやっとお母さんの病気を治せます!」

私はお母さんの手を握りしめました。

「……あらあら。そうなの……頑張ったのね、エル。私のために……」

お母さんは私が握っていないもう片方の手で私の頭を優しく撫でてくれました。私はそれがとても嬉しくて、恥ずかしながら思わずニヤニヤしてしまいました。

「あの……お邪魔します」

「あら?エルのお友達かしら?」

「えっと、エルと同じパーティに所属してる、カズハって言います。その、エルとは仲良くさせてもらっているので、一度エルのお母様に挨拶をしておこうかな、と……」

カズハは普段とは全く異なる喋り方で、丁寧に私のお母さんに挨拶しました。

「……それから、お見舞いも……」

「そうなのね。こちらこそいつも娘がお世話になっております」

お母さんはカズハに向かってお辞儀をした。

「あ、いえ、私の方がエルに元気をもらったりしてて……ほんとに助かってます」

カズハは首に片手を回しながら答えました。

「あらまあ。とてもいい子じゃない、カズハちゃん。エルはいいお友達を持ったのね。お母さん嬉しいわ」

うふふっと本当に嬉しそうに話すお母さん。

久々に、この笑顔を見たなぁ……。

『コンコンコン』

「テトラさん、入りますよ」

ドアノックの音がして入って来たのは、お母さんの主治医の治癒師さんでした。

「はい。……そういえばそろそろ問診の時間だったわね」

「おや?エルさん。来ていたのですね。それに……お客人ですか?」

「えっと、すみません。お邪魔してます」

「いえいえ、お見舞いに来ていただけるのは患者さんにとっても良いことですからね。構いませんよ」

カズハが病室にいることに対し治癒師さんは特に咎めることもなく、逆にカズハの存在を肯定してくれました。そして治癒師さんはお母さんのベットに近づくと、机の上に置かれた小瓶に気づきました。

「……!それはまさか……エリクサーですか?!」

目を大きく見開き、治癒院にふさわしくない大声を上げた治癒師さん。

「あっすみません、大声を出してしまって……とても驚いてしまって、つい……」

治癒師さんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら私たちに謝罪をしました。

「いえ、大丈夫です。それより、治癒師さん。これでお母さんは治せるんですよね」

私は立ち上がって机の上に置いた小瓶を取り、治癒師さんに見せました。

「ええ、もちろんです。これを飲むだけで一瞬にしてエルさんのお母様を苦しめる病を治すことができますよ。すごいことですよ、エルさん!」

治癒師さんは私がエリクサーを持って来たことに大喜びしてくださいました。

こうしてお母さんはエリクサーを飲んで、元の健康な身体へと無事に戻ることができたのです。 

私は久しぶりにお母さんと一緒に、帝都で借りていた部屋に戻り、お母さんの手作り料理を食べました。病み上がりのお母さんにさせるわけにはいかないと思い、私が作ると言ったのですが、「身体が嘘みたいに軽いの。なんか力が漲っててね。だから私にやらせて」と言って、お母さんは頑固にも自分ひとりで料理をしてしまいました。

最初はお母さんが倒れてしまわないかと不安がありましたが、お母さんが以前のように軽やかに動く姿を見て、そんなものはすぐに消え去り、私は思わず涙を流しそうになりました。ただ料理を作ってくれているだけなのに、それだけのことが私にはなんだかとても嬉しかったのです。

お母さんがこんなにも元気になってくれたのは、紛れもなくノアさんたちのおかげです。本当に……本当に感謝してもしきれません。

私はこの時、お母さんを一人置いてノアズアークの皆さんと冒険の旅に出るのはどうなのかと迷っていました。しかし、お母さんがくれた「私は大丈夫よ。こーんなに元気なんだもの。……それにね、お母さんはエル自身がしたいことをやってほしいの。それだけでお母さんはとっても嬉しいわ」という愛情こもった優しい言葉に背中を押されて、私はこれから先もノアズアークの仲間たちと冒険する決心がついたのです。










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