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第13話 狼を追う小鳥④

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「よくやった、シュネー。そんじゃあ約束通り『狩人協会』まで連れて行って試験を受けさせてやる」

「はい、師匠〈マスター〉!」

「だが、それ以上は面倒は見ないからな。後は『狩人協会』で好きに人狼を狩るなり、好きにしやがれ」

「はい、師匠!」

「……たく、調子狂うな」

 遂に、旅の最初ティアが提示した条件を全て達成した少女は晴れやかな笑顔でティアの言葉に元気よく返事を返す。その一方で、ティアはやはりまだ少女のことを面倒に思っているのか煙たげな表情であったが、少女をシュネーと、彼女が亡き両親から授かった唯一の形見でもある名前をしっかりと呼んでいることからも、その距離は着実に近づいていることは明白であった。

「ていうか、その“師匠”って言うのは止めろ。俺はお前の師匠になってやるつもりはない。ていうか、それを決めるのは『狩人協会』だ。分かったか?」

「はい!」

「簡単に“はい、はい”言いやがって、本当に分かってんのか…」

 ピーピーと泣き言を言われるのが嫌で全部「はい」と答えるように指示したわけだが、これはこれで煩いと嘆きつつもティアはシュネーと一緒に夕餉の火を囲みながらこれからの方針を話し始める。

 シュネーの努力により、ティアは『ハインツバルグ』までの引率と狩人試験への推薦を正式に承諾したわけだか、漸くスタートラインに立てたというだけでここからが本番であった。

 この『狩人協会』が主催する狩人試験であるが、これには絶対の規則が設けられている。

 それは「試験中に受験者が死んだ場合、その一切の責任を負わない」ということである。

 つまり、狩人試験というのは死者が出てもおかしくないレベルの高難易度の試験であり、しかも毎年数人の死者が出てしまっているのが現状であった。だが、試験で死ぬのであれば、例え狩人になれたところですぐに人狼に喰い殺されるだけであろうから、まだ幾分良かったのかもしれないが、そんな試験を開催する『狩人協会』というのはつまりはその様な組織であり、国の軍や警察とは異なる倫理観を持つ者たちの集団というわけになる。

「どうだ?怖気づいたか?」

 狩人試験の触りの部分だけを説明し、ティアは意地悪く笑ってみせたがシュネーは首を横に振った。無論、ここまで来て怖気づくようなつまらない人間でないことは百も承知であったが、年端もいかない少女の反応としては少し物足りなさを感じるティアであった。

「…まぁいい。それで、だ。お前を推薦する手前、試験後にお前の死体が見つかるのは後味が悪い。だから、今から約一週間、人狼と戦う“力”に加えて、お前には“智”を叩き込む。死ぬ気で覚えろ、でないと死ぬぞ」

「はい」

 こうして、大都市『ハインツバルグ』を目指す間、ティア指導による訓練が始まった。

 とはいえ、シュネーは一週間以上ティアを追い続けてある程度のノウハウを自力で身に付けたのである。後は足りない部分の補強程度であろう…と、そう考えていたシュネーはやはりまだまだ年相応の少女でしかなかった。

 先ず、早朝。朝日が徐々に昇りかけ、まだ森の中には霧が漂う薄暗い中で叩き起こされ、狩猟道具と武器のメンテナンスを叩き込まれた。罵声と暴力は当たり前で、特にティアから渡された装填式大型長銃に至っては組み立てては解体し、また組み立ててはまた解体するという途方もない作業を繰り返しさせられた。

 その作業が終わり、視界が明るくなり地面が仄かに暖かさを蓄え始めると今度は組み手の時間が始まった。シュネーに課せられた目標はとにかくティアの攻撃を防ぎ、避けることだけであり、攻め方に関しては一切指導されなかった。それについて何故と問うと「半端な攻撃は自殺行為」と一喝され、シュネーはその後もひたすらに地面を転がり続けた。

 そこまでが終わると軽い朝食があり、すぐさま野営の後処理を済ませた後に『ハインツバルグ』への移動が始まる。無論、ただ森の中を2人と1頭で長閑に歩くわけもなく、装填式大型長銃と背嚢を背負ったままシュネーはぐんぐんと進むティアに必死に追いつきながらも、彼が淡々と語る人狼やその他野生の動物や怪物に関する知識を脳に叩き込んでいった。

 ある一定の距離を進むと森の中の開けた場所で昼食。しかし、一息つく暇もなく、そこで射撃の訓練が始まる。シュネーが学ぶのは装填式大型長銃の扱いだけであり、ティアが腰に装着している単発式大型拳銃については触らせてももらえなかった。だが、この射撃訓練だけは他の訓練とは違い無茶な要求はなく、人狼相手の距離の取り方や射撃の仕方、射撃後の動き等を程々の厳しさで懇切丁寧に教授されるだけであった。

 そんな射撃訓練が一通り終えると、再び移動と知識の伝授があり、陽が沈みかけると野営できる所を探して食事と洗濯、そして自分の身体を清潔にする作業を行った。

 以上が、一日の大体の流れであり、どれも辛いものではあったがここまで必死に耐えてきたシュネーであれば何とかこなせるものであった。

 しかし、そんなシュネーでも唯一耐えられない苦行が一日の最後に待っていた。

 それが、睡眠である。

 夜の帳が降り、日中の修行で披露した身体が休息を求め始めたのかシュネーがうとうととし始めると、ティアが彼女に対して言った言葉は

「今日から銃を持ったまま木の上で寝ろ」

 それだけだった。

 木の上で寝るとは?とシュネーはポカンとしていたが、最初の夜だけティアはシュネーに木の上での寝方をレクチャーしてくれた。先ず、程よい太さの枝が付いた木を探す。次に、銃を背負って木を登り枝の上に座る。最後に、落ちないように自分を木の幹に縛り付けて寝る。以上がティアの教えてくれた木の上での寝方であったが、教わるまでもなくそれ以外の方法で木の上で寝る方法などありはしなかった。

 言われるがまま、シュネーは慣れた手付きでひょいひょいと木の上に登った後に自分を木の幹に縛り付けた。しかし、そこまでは良かったが、問題は眠り始めてからである。早朝から続く厳しい修行の数々で疲労困憊していたシュネーは眼を閉じるなりすぐに眠り始めた。だが、深い眠りに入り体から力が抜けると木の枝という不安定な場所に居るシュネーは当たり前だが木の上から落ちそうになり、ガクッと大きく傾いた衝撃で強制的に覚醒する。自分を木に縛り付けているとはいえ、絶対に落ちない保証はない。完全に寝落ちすれば、本当に木の上から真っ逆さまに落ちてしまうかもしれない。その恐怖心に駆られて、シュネーはぐっすりと眠れることなく睡眠と覚醒の間を行ったり来たりして朝を迎えることとなった。

 そして、そんな疲れの取れていない身体を引きずって、またティアの指導の下に毎日毎日同じ修行をこなす。無論、ティアがシュネーの身体を気遣う素振りはなく、むしろそれで狩人試験を諦めてくれれば幸いとでも思っているのか、平然とした様子であった。

 そんな日が続いて数日、もうそろそろ長かった森も抜けるかといったタイミングで今日も野営することとなり、食事を終えるとシュネーは何も言われずとも一人木の上へと登って行った。

「……」

 完全に寝る前の習慣となった自分を木に縛り付ける作業を無意識の内に済ませると、シュネーは装填式大型長銃を抱えながら夜空を見上げた。白銀の三日月に黄金に光る星々を見ている内に、目の前に幕が下りるようにして意識が薄らいでいく。

 そんな時に見るのは決まって家族の夢だった。

 燦々と輝く太陽に照らされた小さな家の中でわいわいと戯れる家族。その光景はまるで人形劇の様で、家族は人形だから話をしない。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、吊るされた人形の様に忙しなく動くだけだったが、それでもシュネーにとっては幸せな時間であった。

 だが、次第に燦々と照らしていた太陽は消え去り、家の窓からはどんよりした暗闇と震える冷気が流れ込み始めてくる。そして、家の扉をコンコンと丁寧に叩く音が鳴り響く。コンコン、コンコンと何度か扉を叩く音が続き、ゆっくりとその扉が開くとそこから大きな人狼が現れる。蒼黒い不気味な毛をした人狼が、尖った口から冷気を吐きながら近づいてくると、先ずはお父さんを次にお母さんを氷漬けにしていく。助けを求めて手を伸ばすお父さんとお母さんの手を握ることもできないまま、ただシュネーが立ち尽くしていると蒼黒の人狼は彼女へと手を伸ばす。そのまま彼女も氷漬けにされるかと思いきや、横から飛び出してきたお姉ちゃんがシュネーを跳ね飛ばし、代わりにお姉ちゃんが氷の中へと閉じ込められてしまう。だが、地面に押し倒されたシュネーは気が付くと手元にはあの装填式大型長銃が置かれている。手を伸ばし装填式大型長銃を構え、人狼を殺せる銀の弾丸を装填するとシュネーは迷いなく蒼黒の人狼へと銃を放つ。が、装填式大型長銃は火を噴かず、銀の弾丸も発射されない。一歩一歩と近づいてくる蒼黒の人狼に怯えつつ、シュネーは何度も装填式大型長銃を確かめるがどうしても発砲することはできない。そして、気が付くと蒼黒の人狼の牙は目の前まで近づいており、蒼黒の人狼はシュネーの顔を舐めて満足そうに笑う。

『未熟な果実。熟した時、お前を喰う。もっと美味くなれ。もっともっと甘くなれ』

 それだけを言い残してずるずると家族を連れ去る蒼黒の人狼。その後ろ姿も追えぬまま、シュネーは撃てない装填式大型長銃を握り締めながら、恐怖と後悔、そして憤怒に飲まれながら叫ぶ。

 こうして、人形劇が終わる。

 終わる頃にはシュネーの意識は溶けた氷の様に徐々に覚醒していき、漸く今のが夢であったことを知り、同時に家族が喰い殺された現実を思い出すのであった。

「……」

 木の上で眠っているせいか、差し込む朝日はいつもより低く感じられる。その光をじっと眺め、しかし特に思うことはない。シュネーはすっかり寝慣れた木の上から降りると今日もティアを追いかけるのであった。
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