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第7話 狼を狩る獣⑦

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朝に顔を出した太陽が、すっかり頭の上も通り過ぎた昼頃。

 人狼狩りを生業とするティアはというと懸命に人狼探しに精を出していた…わけではなく、ガルオッシュ家の屋敷に設けられた広々とした園庭でのんびりと日向ぼっこを堪能していた。

 この時、既にティアはセバスの導きを借りて昼までにガルオッシュ家の三男アルフレックと彼に続いて四男フレジオとも対面し終え、結果一人からは罵声を受け、もう一人からは称賛を受けた。

 先ず、アルフレックとの話である。

 如何にも生真面目で正義感の強そうなアルフレックはティアが部屋に来るや否や、一頻り彼の服装や立ち振る舞い、話し方、挙句の果てには眉毛の一本に至るまでの全てに罵声を浴びせた。無論、アルフレックの口ぶりも何も貴族としてティアのような下民を蔑んだ言い方をしていたわけではなく、むしろ貴族であるからこそ上に立つ者として見本となるようにティアに厳しい言葉を吐いていたわけである。

 そしてそんな長々とした話を続けた後、アルフレックが喉の渇きを訴え始めた段階で、漸くティアは口を開くことができ、人狼について他のガルオッシュ家の人たちにもしたような質問をした。

「あえて挙げるのであれば、使用人の誰かだ。何?では誰かって?…知るか!そんなこと!」

 アルフレックが人狼の候補に挙げたのは使用人であった。特定の誰かの名前を挙げたわけではなく、おそらく消去法で考えた結果、ガルオッシュ家の家族でもなく快楽的な侵入者でもないとなれば、最早使用人しかおるまいといった心情であることが感じ取れた。

 そんな推測にもならない話を聞き、しかし外部からの侵入者などと荒唐無稽な話をしなかっただけでもこの事件に対して素直に向き合っているのだとティアは感心し、急かされるままにアルフレックの部屋を後にしたのだった。

 次にフレジオとの話である。

 ティアがガルオッシュ家の屋敷に来て、ガルオッシュ家の皆々に銀の短刀を見せつけた初日。唯一ティアに攻撃的な態度も歓迎的な態度も見せなかったのはフレジオだけであった。それは末っ子であるからこその奥手な対応かと思いきや、ティアが彼の部屋を訪れた途端、ティアは熱烈な歓迎を受けることとなった。

「ティアさんは狩人なんですよね!僕も町で何度か見かけることはありましたが、本物の狩人さんと実際にお話するのは初めてなんです!人狼に関する書籍は幾つも読んだことがあります!彼らの特徴や行動心理など様々な書籍を読みました!あ、ティアさんも何か本を書いておられるのですか?それなら是非とも読んでみたいなー!そう言えば狩人さんたちは銀の弾丸を使うと書籍に書いてありましたが、実物ってどのようなものなんですか?先日銀の短刀を見せてくれましたよね!あれで人狼相手に本当に戦えるですか?というか今までどれくらいの人狼と戦ってきたんですか!…あと!あと!!」

 等々。

 人狼の話を聞きに来たはずが、延々と自分が人狼の話をする羽目になってしまった。

 貴族にとって狩人という存在は物珍しいのだろうが、その物珍しさが逆に好奇心へと変わってしまったのであろうフレジオは本物の狩人を目の前にして鼻息は荒く、眼は爛々と輝いていた。

 とはいえ、ティアも自分ばかりが喋っていてもジラモランを殺した人狼に関する手掛かりを得られるわけでもないので、程よいタイミングで持っていた銀の弾丸をフレジオに見せつけるとそれを餌にして彼から人狼に関する話を聞き出すことに成功した。

「うーん、そうですね…。僕なりに勉強した知識から言えば、怪しいのはやはりエルメール兄様でしょうか。それにここだけの話ですが、あの日の夜、僕はエルメール兄様がジラモラン兄様のお部屋に行く姿を見てしまったんです。もしかしたらあの時……」

 一度は口を開く機会を得たティアであったが、再びフレジオが口を開くとまた延々と滝のような話が続いた。流石に少し眩暈がし始めた頃、良いタイミングでセバスが扉を開けてくれたお陰でティアは逃げるようにしてこっそりとフレジオの部屋から退散した。

 そして、時は過ぎて現在。

 ティアは話し過ぎた口と聞き過ぎた耳を休めるために、一人長閑な園庭にてゴロンと寝転んでいたわけである。

「狩人は夜に寝ないって本当なんですね」

「ん?」

 しばし、天を泳ぐ雲を眺めていると不意に頭上から優し気で澄んだ声が聞こえた。ティアが体を起こしてその声の主を見上げると、そこにはガルオッシュ家の長女ロロピアーが白い日差し帽を被って涼やかに立っていた。

「ふふ、昔フレジオが言っていました。狩人は人狼を警戒して夜には寝ない、と」

「いやいや、狩人は夜も昼も寝ますよ」

「あら?でしたら普通の人と同じですね」

「まぁ、狩人も所詮人ですからね。どうです?同じ人間同士、ロロピアーさんも寝転びますか?」

「素敵なお誘いですが、寝転んでしまうとお洋服が汚れてしまいますから」

 クスクスと木々が揺れるような優しい音で笑うと、ロロピアーは寝転びはしなかったが行儀良く膝を畳んでティアの隣に腰掛けた。

「「……」」

 しばしの間、二人は何も言葉を交わさずにただ風が奏でる音を聞いていたが、突然その沈黙をティアが破った。

「人狼のことでロロピアーさんから聞いておきたいことがありました」

「え?な、何でしょうか?」

「あの時、昨夜お母さんの部屋でお話をした時、ロロピアーさんは何を言おうとしていたんですか?」

「え?」

 思いがけない質問にびくりと肩を震わせてロロピアーは驚いた表情でティアを見た。一瞬何の話かと思ったが、そのティアの鋭い瞳にロロピアーはあの時言い掛け、しかし母のためにも言い留まったことをじんわりと思い出した。

「あ、兄を殺した人狼は…男性だと思います」

「ほう。その理由は?」

「私…あの夜見てしまったんです。誰かが外を走っているのを。最初は猪や鹿、野生の動物かと思ったんです。風の様に速くて、遠くをあっという間に走っていったので。でも、しばらく走った先で、立ったんです。まるで人間のように二本の足で。その姿が…男性のように見えました」

「顔は見ましたか?何か身体的な特徴は?」

「い、いえ。暗がりだった上に見えたのは一瞬だったので。でも、肉付き的には男性に…近かったと思います」

「……」

 母カリオの手前、ロロピアーがあの夜言えなかった話を聞いてティアはもう一度頭を働かせる。

 狩人にとって勝負は一瞬である。

 狩人は、念入りの準備と確固たる自信を持って人狼を追い詰めなければならない。でなければ、人狼を間違えて本物の人狼が逃げる隙を与えてしまう。最悪、間違えたその一瞬の隙を狙われて襲い掛かってくることも考えられる。狩人が人狼に効果的な銀の武器を持っているとはいえ、相手は強靭な肉体を持つ獣である。こちらの一撃が外れれば今度はあちらから一撃が飛んでくる。しかも困ったことに、その一撃は容易に狩人の体を引き裂き、体に詰まった臓物をぶちまけることができる程に強力なのだ。

 元より生物的に人が人狼に勝つなど無理がある。

 しかし、抗わなければ人などは人狼の餌に過ぎないのだ。

 その抗う者の一人として、ティアは狩人として人狼に立ち向かってきた。

 今回も、そしてこれからも…。

 であるからして、今回の件、ティアは最後に残った不安要素を口にした。

「ロロピアーさんにお伺いしたいのですが、ジラモランさんが描いていたであろう女性の肖像画について何か知っていますか?使用人も含めこの屋敷中の人間を見て回りましたが、あの女性はこの屋敷には居なかった」

「兄の描いていた女性?…それはもしかして」

 そして、そのロロピアーの口から語られたとある姉弟の話を受け、ティアは確信を得た。醜く臭い獣の姿をぎゅうぎゅうに人の皮に押し込んだ狼を、ジラモランを喰い殺した浅ましい狼の正体を見極めた。

 ティアは何も言わずに立ち上がると、腰に付けた単発式大型拳銃のホルスターの留め具を外す。

 時は満ち、確信も得た。今宵、狩人の狩りが始まる。
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