どうやら一夜の過ちを犯してしまったようです。

此花チリエージョ

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【本編】どうやら一夜の過ちを犯してしまったようです。

どうやら一夜の過ちを犯してしまったようです。

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 チュンチュンと小鳥のさえずりが耳に届く。
 私はスマホ画面で現在いまの時間を確認する。
 一昨年の梅雨から実家で飼っている、白猫の白玉と、黒猫の黒ごまが戯れあっている待ち受け画面に、6時15分と表示されている。
 見慣れないホテルの一室のダブルベッドの上、キャミソールとパンツだけしか身に付けてない私の隣に、上半身裸の見知らぬ、茶髪でゆるい癖毛の男性が、すやすやと眠っていました。



 !!!!????

 私の頭は二日酔いの頭痛と現在いまの状況でパニックを起こしていた。
 一番大事なことを確認する為、私は男性を起こさないよう、ゆっくりゆ~くり布団の中を覗く。
 男性はノーパンではなく、ジーパンを身に付けていた。
 ノーパンじゃなかったことに安堵するが、私の身体に違和感はなく、これじゃどちらなのか分からない。
 私は必死に昨夜のことを思い出す。


彩加あやか。他に好きな人が出来た。別れてくれ」
「…………」

 高校1年生の時から大学3年生いままで付き合った、別の大学に通う恋人と、3ヶ月ぶりのデートで、別れ話を切り出された。
 メールや電話が素っ気なくなったり、忙しいとデートする回数が前よりぐっと減ったりして、なんとなく終わりそうだなぁと思っていたけれど、

「…分かった。…合鍵…返すね」

 泣いて「いやだ、行かないで。別れたくないよ」と言って引き留めたかったけど、彼の譲れない表情かおを見て、ああ、もう無理なんだなぁと悟ってしまった。
 こうなったら『厄介な女』より『素敵な女』に見られたくて、無理やり笑顔を作って“破局”を受け入れた。だけど、

「まぁさぁきぃのバァカァ!私のどぉこがぁいけなかったのよぉー」

 平気な訳がなく、私は行き付けのカフェバー『flosフロース odorオドル』のカウンター席で、やけ酒した。

「ちょ、ちょっと彩加ちゃん。流石に飲み過ぎよー」
「まぁすたぁ~、ファジィーネェーブルゥ」
「もうこれ以上はだめよ。ほら水」

 おねぇのマスター(男)が嗜めるが、私からぐぅぐぅと盛大な寝息が聞こえる。

「あらまぁ、言わんこっちゃないわぁ。どうしましょう?」

 マスターが困っていると、カランッカランッと入り口のベルが鳴り響き、お客様が来店したことを知らせる。

「いらっ、あら、どうしたのぉ?」
「…兄さん。俺相手に、そのおねぇ言葉やめない?違和感しかねぇんだけど」
「ふふ。ここに居るときはぁ、だぁめよぉ。素なぁんてぇ出せないわぁ」

 どうやらお客様ではなく、マスターの弟のようだ。
 弟はスタスタとカウンター席へ歩いてくると、うつ伏せで眠っている彩加に気付く。

「なぁ、こいつって風間かざま彩加だよな?」
「あら、知り合い?」
「同じ大学の先輩。泥酔してる感じだけどなんかあった?」
「実はぁ…」

 かくかくしかじかと、マスターは弟に彩加の失恋話を話す。

「……へぇ、別れたんだ」
「あら、何か言ったかしらぁ?」
「なんでもねぇよ。で、どうするんだ?」
「それがねぇ、このままにも出来ないからぁ、困っているのよぉ。そうだわぁ、貴方が送ってちょうだい」
「……寝てる人って重いんだけど」
「……彩加ちゃん、常連のお客様に人気なのよねぇ。ずっと“破局“したって騒いでいたかねぇ」

 マスターはチラッと弟を見て、弟にだけ聞こえるよう、ぽつりと呟く。

「……………」
「あら、送ってくれるのぉ。助かるわぁ」

 マスターは弟が彩加の右腕を自分の首もとにまわして、彩加を支えるように立ち上がらせた姿を見て、パァッと喜ぶ。

「…なんかあっても知らねぇぞ」
「ふふ、大丈夫よぉ。兄の“逆鱗”には触れたくないでしょ」
「………………たしか、大学近くのアパートだったか。ちっと遠いな」

 遠いと言っても、徒歩30分ほど歩くだけの距離なのだが、寝てる人を担ぎながらだとキツいだろう。

「タクシー捕まるかな」
「気を付けて行ってらっしゃいねぇ」

 弟は彩加を連れて、カフェバーから出ていった。
 そんな弟と彩加の姿をマスターは生暖かく見守る。


 思い出したぁ!マスターの弟さんだぁ!!
 私はまじまじと眠ってる男性を見つめる。
 よくあのカフェバーに来て、食事をしていた。
 初めて会った日もカウンター席で昼食をとっていた。
 現在《いま》の年齢は20歳ハタチだ。
 去年の初めて会ったあの日も、カフェバーに到着した私は、カウンター席へ真っ直ぐ向かう。

「マスタァー、お腹すいたぁ。何かおすすめある?」
「いらっしゃいませぇ。はい、メニューよぉ」
「って、マスター、これって夜のメニューじゃん」
「あらあら、混じっていたのねぇ」
「ねぇ、マスター。あの料理ってなに?メニューにないよね」

 私はみっつ隣のカウンター席に座る、男性が食べてる、見たことない料理に気付き指差す。

「ああ、ごめんねぇ。賄いだから、メニューにないのよ。余り物で作ったものだし、お客様に出せる料理ものじゃないのよぉ」
「へぇ。じゃあ、この、スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチのランチセットを“ふたつ”で、ドリンクはー…えっと、アイスカフェオレとアイスコーヒーで、食後でお願いします」

 私はメニューのミニサラダとドリンク付きのランチセットを指差す。
 注文を終えると、私はチラッと賄いを食べてる男性を見る。
 賄い料理を食べてるってことは、バイトの人だと思うけど、初めて見る顔だ。
 それに、どことなくマスターに似てる。

「ねぇ、マスター。この人って“噂”の弟さん?」
「どんな“噂”だよ」
「え、可愛い可愛い弟が居るって話してるだけよぉ」

 私の質問に弟さんは呆れたように、マスターは兄バカを醸し出して反応する。
 弟さんは料理から私を見ると、

「…あんたって“あの日”の、いや、なんでもねぇ」
「???」
「無愛想な弟でごめんねぇ。如月きさらぎ綾人あやと、彩加ちゃんのひとつ下で、19歳になったばかりよぉ」

 その時、カランッカランッと入り口のベルが鳴る。
 私は後ろを振り返ると、

真樹まさき
「…待たせたな。マスター、出来てる?」
「ええ、出来てるわよぉ。いつもの席でいいかしらぁ?」
「ああ」

 もう“元カレ”の仁科にしな真樹は、いつもの窓側のテーブル席に座る。
 私もあとに続いて座ると、マスターが、スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチとミニサラダと、お水とおしぼりをテーブルに置く、

「ごゆっくりどうぞ」

 営業笑顔のマスターは、そそくさとカウンターへ戻っていくと、弟さんとなにやら話しているようだ。


 そうそうそう!如月綾人だ!!
 泥酔した私をアパートまで送っていた弟さんが、どうしてかアパートではなく、ホテルで私とふたりきりで一夜を過ごした。
 まさかまさか、私が酔っ払った勢いで襲っちゃって、ホテルに連れ込んだの!?
 私はぐるぐると記憶を辿る。
 ダメだ!肝心な部分が思い出せない!!

「…くっ!」

 私はホテルの部屋を見渡すと、テーブルの上に、クリーニングの袋に入った、私の山吹色の長袖ワンピースと、弟さんのだろうか、白い七分丈のTシャツと、黒いカーディガンに気付く。
 なんでクリーニング??と、思ったけど、私にはこれ以上、冷静に考える頭はなかった。
『食われた』『食った』にしても、私は既に21歳だ。私にも責任はある。
 責任は……ある、が、弟さんが起きるのを待って、真相を聞く勇気はなく、鏡にうつる自分と目が合う。


 ああ、もう、髪がぐしゃぐしゃだと、ハーフアップにして纏めていた、色とりどりのアネモネの押し花のバレッタを外してテーブルの上に置く。
 栗色のセミロングの髪の毛を手櫛で整え、急いでワンピに着替え、財布を開けて1万5千円を取ってテーブルの上に置く。

 “申し訳ございません。今回のことはなかったことでお願いします”

 そう書いたメモを、お金の横に置いて、弟さんを起こさないよう、静かに、だけど急いで、部屋を後にした。

 早朝の優しい光が、私を優しく照らす。
 私、風間彩加、大学3年の21歳は、失恋のやけ酒の末、どうやら一夜の過ちを犯してしまったようです。
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