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僕と吉野さんと署名活動。

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 …ー渉先輩と会った翌日。
 僕は約束どおり吉野さんに会いに来ていた。
 桜の幹にふたりで座って、

「くすくす。架くんは八重ちゃんのこと大好きなのね」
「うん。まぁ、両片思いなんだけどね…」
「両片思い?」
「そう。お互い好きなのに、片思いって勘違いしてて」

 ふたりとも大切な幼なじみだから、なんとかしたいけど、八重の生い立ちを考えると下手に協力も出来ない。

「それで、架くんの先輩はどうしたの?」
「………ん。先輩は…」

 吉野さんに架の先輩が美桜さんの弟の渉先輩だってことはまだ話していない。

 僕は続きを語り出す。

『八重も4月から俺達と夜明高校に通うのかっ!
 なんで俺に言わないんだよ』
『……八重に口止めされてて』
『なんで口止めすんだよ!
 俺のこと嫌いなのかっ!』
『………………』

 言ったら言ったで、毎日のように無料通話アプリLIDEで、

「こっちに来たら何処に行きたい」
「あそこに行きたいなー」

 って連絡して相手する八重が大変だからだよ。

『和人ー、なんか言ってよ。
 無視するなよー』

 こうなった架は面倒なので、ずーずーずーとオレンジジュースを啜る。
 ずっずずっと全部飲んだ音も聞こえるが、まだ啜る。

『なー、和人ぉ』

 店内の人々から迷惑そうな目線が集中する。
 それに気付いた渉先輩が、

『架。周りの人に迷惑だから、落ち着け』

 渉先輩は、ぺしっと架の頭に軽く平手打ちをお見舞いした。

「あはっ、あはは。
 面白い子ね。架くん」
「……恥かしかったよ」

 僕は今まで見たことない吉野さんの満面の笑顔を見て、どうしてか分からないけど、心臓がドキドキする。
 架の話がよほどツボだったみたいで、吉野さんはまだ爆笑してる。

「平手打ちかぁー。懐かしい、私もよくされたなぁ」
「なにか思い出したの?」
「え?」

 吉野さんはキョトンとしてる。

「さっき「平手打ちかぁー。懐かしい、私もよくされたなぁ」って言っていたから、なにか思い出したのかなって」
「???」

 吉野さんは僕の言葉でやっと自分が口走った違和感に気付いて困惑する。

「吉野さん?」
「……ごめんなさい。……分からない」
「分からないって、どういうこと?」
「……そんなことがあったよな、なかったよな気がして。
 ……やっぱりダメ!……思い出せない」

 吉野さんは頭を抱える。
 …ーが、思い出せずに俯いてしまった。

「……ごめんなさい」
「…大丈「すみません」

 吉野さんに、

「…大丈夫だよ。無理しないで」

 と声をかけようとした時、僕の後方から男性から声をかけられた。

 僕は後方へ、男性こえの方へ振り向く。
 銀縁の眼鏡をかけて、黒髪短髪に白シャツと黒いスラックス姿の…「優等生」という言葉が似合いそうな20歳はたちぐらいの男性がバインダーを持って立っていた。

「なんですか?」
「急に声をかけてすみません。
 私は奥松おくまつ史朗しろうといいます」

 奥松さんはバインダーに挟まれた用紙を差し出してきた。
 僕はバインダーを受けとると、挟まれてる用紙を確認する。

「……『樹齢千年の桜の木を守ろう』
 これって「この桜の木」ですか?」

 僕は隣の…吉野さんが居る桜の木に触れる。

「ああ。君はこの染井吉野が伐採予定なのを知ってるかい?」
「えっ、どうしてですか?」
「そこの道路が」

 奥松さんは目の前の、車一代がやっと走れる広さしかない道路を指差す。

「来月末に拡幅かくふくされる予定でね」
「かく…ふく?」
「ごめん、ごめん。君にはまだ難しかったね。道路を広げる予定なんだ。その範囲に丁度この染井吉野が入ってしまってね」

 奥松さんは中学生の僕にも分かりやすく説明をはじめた。

「道路を広げるために切ってしまうんですか?」
「まだ正式に決定はされてないが、そうなる可能性が高い。
 ただこの染井吉野は樹齢千年でこの辺りのシンボルだろ。
 このまま伐採されて失われてしまうのは惜しいから、この「染井吉野の周辺を範囲から外して、此処に残せる」ように署名活動しているんだ」
「署名。ここに僕の名前を書くんですか?」
「そう。私、ひとりだけの「声」では道路を広げる計画をしてる人達の計画を動かすには弱いからね」
「………………」

 署名活動これだけで、計画を変更できるほど簡単じゃないけと思うけど、

「署名してくれるのかい。ありがとう」

 この桜の木がなくなって道路になったら、吉野さんと話せなくなってしまう。
 それは嫌だ。

 …ーーこの時の僕は奥松さんと話すことに夢中で、僕の後ろに居る吉野さんを見ていなかった。
 頭を抱えて座り込んでいたなんて気付かなかった。

「…………いや」

 吉野さんの呟きも、

「…………来ないで」

 風のざわめきに隠れて、

「…………助けて」

 僕の耳に届かなかったー…。
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