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エピソード:サイカイ 1
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「あー、汚い部屋だけど、その辺でくつろいでて」
あまり気は進まなかったが、旧友との再会もあって
仁美はカポを部屋に招き入れた。
来客などまったく予想していなかったため、
脱ぎ散らかった下着や、洗っていない食器、
乱雑にテーブルの上に並べられたビールの空き缶など、
改めて見ると絶句するような悲惨なお部屋だった。
「うわぁ……」
ぷかぷかと、ニュートン先生たちの努力を
台無しにしている自覚もなく、空中に浮きながら
部屋を見回し、カポは呆れていた。
「ヒトミ~、掃除したほうがいいッポ。
前と何も変わってないッポ」
「あんたもあんたで、その鬱陶しい口調が変わってないね。何なのそのキャラ作り」
「ひどいッポ~」
軽口をたたきながら、冷蔵庫からアイスコーヒーを出す。
懐かしい感覚だった。
まるで、子供のころに戻ったような……
そういえばあれは、何歳の時の話だっただろうか。
「何年振りだっけ?」
「こっちの世界とは時間の流れが違うから……
わからないッポ」
カポの世界には2~3度だけ行ったことがあるが、
いわゆる異世界というやつだ。
妖精の国、とでもいうのだろうか。
なんともメルヘンな世界で、
あの時は素敵なところに見えていたが
今思えば秩序も何もあったもんじゃない。
かなりカオスな世界だったように記憶している。
「あの時、ヒトミは11歳だったッポ」
「ああそう、そうだった」
25年前か。
遥か昔の話のようだ。
「11歳に命を懸けろとか、世界を救えとか、ずいぶん無茶を言ってくれたもんだわ」
「し、仕方なかったんだッポ!
アースステッキが使えるのはヒトミだけだったッポ!」
どういう理屈かはわからないが、
カポの世界では魔法が使える。
しかしこちらの世界では大して強い魔法は使えず、
今のように自分を浮かすことが精いっぱいのようだ。
そして、アースステッキはカポの世界の物理法則を
一時的に引き出し、こちらの世界でも魔法を実現できてしまう。
アニメから飛び出してきたかのような魔法の杖。
そのアースステッキは、魔力の波長の合う者しか使えない。
波長が合う確率は非常に低く、
数億人に一人くらいの比率だそうだ。
人類が60億人を超えていることを考えれば、
世界中を探しても10余名程度しかアースステッキを扱える者がいない。
宝くじの方が遥かに確率が高いというものだ。
ちなみに宝くじは何度買っても当たらなかったが。
人類のために命を懸けろ、と言われれば
不本意でもやるしかあるまい。
11歳の少女に、よくぞそこまで過酷な指示を出せたものだ。
当時は選民思想的な優越感もあって疑問にも感じていなかったが、
カポと別れ、一般的な社会で生きているうちに
この不思議生物がとんでもない鬼畜に思えるようになっていた。
つまり、招かれざる客。
かつて幼い自分を騙し、まんまと世界を救った手柄を手にした
とんでもない畜生なのだ、このカポは。
「……なんか、ヒトミ変わったッポ?」
「子供から大人になりゃ、変わりもするっての」
思い出すと、だんだん腹が立ってきた。
とっとと殴り倒して外に放り投げてやろうか。
そんなことを考えながら、話を切り出す。
「んで? 私に何かやれ、って言いたいの?
また命がけの人助け? 無償で?」
「ひ、ヒトミぃ~、なんかトゲがあるッポ!
どうしちゃったッポ!?」
「私はどうでもいい。何の用事か聞いてんの」
あっちからはそう簡単には来られない。
女王だか何だかの許しがなければこの畜生はここにいないはずだ。
あの狡猾な女王が、同窓会レベルの理由で畜生を寄越すわけがない。
疑いのまなざしで畜生をにらみつける。
「ヒトミぃ~」
不愉快な、媚びた泣き顔だ。
「じゃあ先に言っておくけど、もう魔法少女なんてやらないからね」
「ええっ、そんな……」
「そんな、じゃない! こちとら命懸けてたんだよ! その結果がこの有り様だよ!?」
「ど、どの有り様?」
「みじめな有り様を私から説明させんな!
世界を救って、誰が何の見返りをくれたっての!?」
「見返りって……そんなことのためにヒトミは戦ってたッポ!?」
「違うよ! でも背負ったリスクくらいは何かあっても……! ああもう! もういい!
とにかく、そういう用事ならとっとと畜生ランドに帰って!」
「……ヒトミ、本当にどうしちゃったッポ……?
そんな子じゃなかったッポ……」
つい、日頃のイライラをぶつけてしまった。
落ち込んだカポを見て、我に返る。
「あ……と、ごめん。最近イラついてて」
とはいえ言ったことは本音だし、もうあんな役目を引き受ける気持ちもない。
っていうか、36歳にもなってあんな少女趣味のコスプレなんかできるか、
という気持ちが一番強かったりする。
アースステッキを使うとき、その身は不思議な防御壁を生み出すドレスに包まれる。
ものすごく簡単に説明してしまうと、変身魔法少女というわけだ。
理屈は女王とかいう胡散臭いオバハンが説明していた気がするが、
11歳には理解が追い付かず、記憶の棚からは早々に廃棄処分されていた。
覚えているのは、アースステッキに魔力を込めると
髪の色から服装までチャラララランと切り替わって変身する、ということだけ。
うーん、今思い出すと、なかなかにイタい。
なんか決めポーズとかやってたし。
引き受けるつもりはないが、カポが私に何を頼もうとしていたのかは気になる。
厄介ごとであることは間違いないにしても……
「……話だけは聞いてもいい」
それを聞いたカポは、目をキラつかせて飛び込んできた。
「ヒトミっ!」
よける。
ガンッ!
壁に激突するカポ。
あ、壁紙にちょっと跡がついた。引っ越すとき請求されそう。敷金で足りるかな。
「ひ、ひどいッポ~ 」
やかましい畜生。
お前の扱い方を思い出してきたぞ。
さて、カポの口調で説明を受けるとイライラしてくるが、要約すると以下の内容となった。
最近、畜生ランドの魔力が弱まっているとのこと。
腹黒女王によると、魔王的な邪悪な存在に魔力を奪われているらしい。
ってか気付いてたなら何かしろやクソ無能ババア。
そんなツッコミを入れると、何やら巧妙な隠し方で気付くのが遅れたそうな。ホントかよ。怠慢だろ。
このままでは畜生ランドの魔法がなくなり、魔力で生きてる不思議な畜生たちが消えてしまうらしい。
割とどうでもいい。自分は困らない。
というか、お前らは何のために存在しているのか。そこから疑問を持っているんだけど。霞でも食って生きてるのかこいつら?
「でも、人間界も危ないんだッポ!」
何でも、精神的に人間界と畜生ランドは繋がっているらしく、
畜生ランドが滅亡すると負のエネルギーを管理することができなくなり、人間たちが凶暴化するそうな。
嘘臭い。
「ホントなんだッポ~!」
だいたい、以前も似たようなこと言って11歳のガキに命張らせたじゃないか。あのときの苦労は何だったのか。
「あのときはヒトミたちがいなかったら、人間界はひどいことになってたッポ!」
「世界を救った英雄ってわけ? それにしちゃ、腐った人生だけどね」
「そんなことボクに言われても……ッポ」
無理やり語尾つけんな畜生め。
「んで、簡潔に言えば、何をどうしてほしいわけ?」
「魔力を奪っている悪いやつを見つけて、やっつけるんだッポ!」
やっぱり力で解決か。
畜生ランドも人間界も大差ないわ。
「ヤツが人間界にいることまではわかってるッポ! この魔力探知機を使って探して……」
「でも、お断り」
「何でッポ!? 人間たちも危ないんだッポ!」
「他人がどうなっても知ったこっちゃない。その程度でこの世が破滅するなら、それまででしょ。
いっそ人間社会なんて壊れてもいいんじゃないの」
「ヒトミ……何で……う、ううっ」
畜生の目にも涙。
泣きたいのはこっちだ。
「……他を当たって。もっと純真無垢で、騙されやすいガキをね」
「……いやだッポ」
「ああん?」
「もうアースステッキなんて関係の無いッポ!
ヒトミがおかしくなったから、もとに戻すんだッポ!」
人を狂人扱いときた……
「大人になればこんなもんよ。おかしくなったんじゃない。世間を知っただけ」
「そんなの、大人をバカにしてるッポ!」
「んなっ……!」
「誰かのために頑張ってたのがボクの知ってるヒトミだッポ!」
「ガキの頃の話をいつまで引っ張ってんだよ!
じゃあ聞くけどね、その慈善事業をしてる間に私の生活はどうなる!?
仕事はどうするの? 食費だって家賃だって払わなきゃいけない。
無責任に暴れまわれる時間はもう無い! お金はどうするの!?」
見返りもなく、命を懸けて人間たちを救う?
そんなことを大真面目にやれるのは、それこそ狂人だ。
「お金がそんなに大事なのかッポ!?
もっと大切なものがあるはずだッポ!」
「無いね。まったく無い。世の中は金が全て。
金のために糞みたいな糞仕事をやらなきゃならないし、金がないから気持ちに余裕も無い。金が全て」
「ヒト……」
ぴりりりりり!!
けたたましくアラームみたいな音が鳴り響いた。
畜生の持ち物から鳴っているらしい。
近所迷惑で両隣の部屋から苦情がきそうなほどの音だ。
「な、なに!?」
「アームスフィアが鳴ってるッポ……」
「何それ?」
「闇のエーテルだけに反応する、
女王様が作った魔力探知機だッポ!」
「それが鳴ってるってことは……」
「ち、近くに狂暴化した魔法生物がいるッポ!」
魔法生物。それは、このカポたちのように
物理学にケンカを売ってるような不思議な生物の総称。
魔力、つまりエーテルが暴走すると強大な力となるが
精神的に不安定になり、見境なく周囲を破壊する。
子供のころに戦っていたのが……この、狂暴化した魔法生物だった。
「何で今更暴走するの?
あの……ええと名前忘れたけど、胡散臭いオッサンを倒したから、二度とエーテルは暴走しないんじゃなかったの?」
「だから原因がわからないんだッポ!
しかも今回は……人間に憑りつくんだッポ!」
人間に?
「……人間が暴走すると、どうなるの?」
「同じだッポ……
周りのものを壊したり、誰かを殺してしまうかもしれないッポ……」
……どうやら、またしても危ない状況になってきているようだ。
「ヒトミ! アースステッキを!
今すぐ魔法生物を探せば、間に合うかもしれないッポ!」
カポが手のひらサイズの宝石を取り出し、私に見せる。
久しぶりに見たが、これがアースステッキの基となる宝石……
魔力を込めることでステッキに変化し、同時に魔法装束に着替えさせられる。
「だから、嫌だって……他を探してよ」
「ヒトミしかいないッポ!
何かが壊される! 誰かが傷つけられるッポ!
それを許せないって……ヒトミはずっとそう言ってたッポ!」
同僚の結婚式で精神的に疲弊しているときに、
更にこの仕打ちとは。
神よ、私が一体何をしたというのですか。
せめて見返りに、イケメンで金持ちで何でもワガママ聞いてくれる彼氏の一人くらい恵んでくれませんか。
「ヒトミ! 今だけでいいッポ! 今だけでいいから……!」
「……ッ! ああ、もう! わかったよ!
いい、今回だけだからね!?
面倒ごとが終わったらさっさと次の奴に当たってよ!?」
「約束するッポ!」
これも子供時代のツケだと考えるしかない。
自分に何かできる、助けられる力と機会があるというのに、それを見過ごせるほど、私はまだ大人になりきれていないらしい。
「大地の恵みを光の力に……!
大妖精ラディ・バッツォ、私に祝福を与えよ!」
よく意味はわからないが、こう叫ばないとアースステッキの力を呼び出せないのだ。
なんか胡散臭いが、本当に魔力が得られるから困る。
朝倉仁美は白い光に包まれて、どこからともなく現れた謎のドレス的な衣装に着替えさせられた。
これセクハラじゃね?
と、変身しながら思ったが、声は出せなかった。
そして。
【それ】は、部屋の中央に仁王立ちしていた。
すなわち、朝倉仁美である。
朝倉仁美だったものである。
別人だ。
そうに決まっている。
だって、36歳の独身女性が。
自宅で。
【やたらフリフリした色使いのキツい女児向けドレス】を着ているのだ。
くそ、ご丁寧に当時のままのデザインだ。
サイズ調整もされてやがる。
鏡は……い、いやだ。見たくない。
でもワンルームのアパートで、クローゼットの前にドドンと姿鏡が置いてあって……!
目に、自分の姿が写ってしまった。
「……うわぁ」
カポが、いろいろな感情を織り混ぜた声を漏らす。
沸き上がる殺人の衝動。いや、人ではないが。
とにかくこの畜生を今すぐ殺さねば、と感じた。
全てを殺し、そしてまた私も死のう。
「……コロス」
「ちょっ! ま、まつッポ! ヒトミ、ちょ!」
「何でテメエがドン引きしてやがんだおいコラ!?
マジでぶち殺すよ!? つか殺す! コロス!」
「いやぁぁぁッポ!」
逃げ惑う畜生。
仁美もまた、この世から逃げ出したかった。
あまり気は進まなかったが、旧友との再会もあって
仁美はカポを部屋に招き入れた。
来客などまったく予想していなかったため、
脱ぎ散らかった下着や、洗っていない食器、
乱雑にテーブルの上に並べられたビールの空き缶など、
改めて見ると絶句するような悲惨なお部屋だった。
「うわぁ……」
ぷかぷかと、ニュートン先生たちの努力を
台無しにしている自覚もなく、空中に浮きながら
部屋を見回し、カポは呆れていた。
「ヒトミ~、掃除したほうがいいッポ。
前と何も変わってないッポ」
「あんたもあんたで、その鬱陶しい口調が変わってないね。何なのそのキャラ作り」
「ひどいッポ~」
軽口をたたきながら、冷蔵庫からアイスコーヒーを出す。
懐かしい感覚だった。
まるで、子供のころに戻ったような……
そういえばあれは、何歳の時の話だっただろうか。
「何年振りだっけ?」
「こっちの世界とは時間の流れが違うから……
わからないッポ」
カポの世界には2~3度だけ行ったことがあるが、
いわゆる異世界というやつだ。
妖精の国、とでもいうのだろうか。
なんともメルヘンな世界で、
あの時は素敵なところに見えていたが
今思えば秩序も何もあったもんじゃない。
かなりカオスな世界だったように記憶している。
「あの時、ヒトミは11歳だったッポ」
「ああそう、そうだった」
25年前か。
遥か昔の話のようだ。
「11歳に命を懸けろとか、世界を救えとか、ずいぶん無茶を言ってくれたもんだわ」
「し、仕方なかったんだッポ!
アースステッキが使えるのはヒトミだけだったッポ!」
どういう理屈かはわからないが、
カポの世界では魔法が使える。
しかしこちらの世界では大して強い魔法は使えず、
今のように自分を浮かすことが精いっぱいのようだ。
そして、アースステッキはカポの世界の物理法則を
一時的に引き出し、こちらの世界でも魔法を実現できてしまう。
アニメから飛び出してきたかのような魔法の杖。
そのアースステッキは、魔力の波長の合う者しか使えない。
波長が合う確率は非常に低く、
数億人に一人くらいの比率だそうだ。
人類が60億人を超えていることを考えれば、
世界中を探しても10余名程度しかアースステッキを扱える者がいない。
宝くじの方が遥かに確率が高いというものだ。
ちなみに宝くじは何度買っても当たらなかったが。
人類のために命を懸けろ、と言われれば
不本意でもやるしかあるまい。
11歳の少女に、よくぞそこまで過酷な指示を出せたものだ。
当時は選民思想的な優越感もあって疑問にも感じていなかったが、
カポと別れ、一般的な社会で生きているうちに
この不思議生物がとんでもない鬼畜に思えるようになっていた。
つまり、招かれざる客。
かつて幼い自分を騙し、まんまと世界を救った手柄を手にした
とんでもない畜生なのだ、このカポは。
「……なんか、ヒトミ変わったッポ?」
「子供から大人になりゃ、変わりもするっての」
思い出すと、だんだん腹が立ってきた。
とっとと殴り倒して外に放り投げてやろうか。
そんなことを考えながら、話を切り出す。
「んで? 私に何かやれ、って言いたいの?
また命がけの人助け? 無償で?」
「ひ、ヒトミぃ~、なんかトゲがあるッポ!
どうしちゃったッポ!?」
「私はどうでもいい。何の用事か聞いてんの」
あっちからはそう簡単には来られない。
女王だか何だかの許しがなければこの畜生はここにいないはずだ。
あの狡猾な女王が、同窓会レベルの理由で畜生を寄越すわけがない。
疑いのまなざしで畜生をにらみつける。
「ヒトミぃ~」
不愉快な、媚びた泣き顔だ。
「じゃあ先に言っておくけど、もう魔法少女なんてやらないからね」
「ええっ、そんな……」
「そんな、じゃない! こちとら命懸けてたんだよ! その結果がこの有り様だよ!?」
「ど、どの有り様?」
「みじめな有り様を私から説明させんな!
世界を救って、誰が何の見返りをくれたっての!?」
「見返りって……そんなことのためにヒトミは戦ってたッポ!?」
「違うよ! でも背負ったリスクくらいは何かあっても……! ああもう! もういい!
とにかく、そういう用事ならとっとと畜生ランドに帰って!」
「……ヒトミ、本当にどうしちゃったッポ……?
そんな子じゃなかったッポ……」
つい、日頃のイライラをぶつけてしまった。
落ち込んだカポを見て、我に返る。
「あ……と、ごめん。最近イラついてて」
とはいえ言ったことは本音だし、もうあんな役目を引き受ける気持ちもない。
っていうか、36歳にもなってあんな少女趣味のコスプレなんかできるか、
という気持ちが一番強かったりする。
アースステッキを使うとき、その身は不思議な防御壁を生み出すドレスに包まれる。
ものすごく簡単に説明してしまうと、変身魔法少女というわけだ。
理屈は女王とかいう胡散臭いオバハンが説明していた気がするが、
11歳には理解が追い付かず、記憶の棚からは早々に廃棄処分されていた。
覚えているのは、アースステッキに魔力を込めると
髪の色から服装までチャラララランと切り替わって変身する、ということだけ。
うーん、今思い出すと、なかなかにイタい。
なんか決めポーズとかやってたし。
引き受けるつもりはないが、カポが私に何を頼もうとしていたのかは気になる。
厄介ごとであることは間違いないにしても……
「……話だけは聞いてもいい」
それを聞いたカポは、目をキラつかせて飛び込んできた。
「ヒトミっ!」
よける。
ガンッ!
壁に激突するカポ。
あ、壁紙にちょっと跡がついた。引っ越すとき請求されそう。敷金で足りるかな。
「ひ、ひどいッポ~ 」
やかましい畜生。
お前の扱い方を思い出してきたぞ。
さて、カポの口調で説明を受けるとイライラしてくるが、要約すると以下の内容となった。
最近、畜生ランドの魔力が弱まっているとのこと。
腹黒女王によると、魔王的な邪悪な存在に魔力を奪われているらしい。
ってか気付いてたなら何かしろやクソ無能ババア。
そんなツッコミを入れると、何やら巧妙な隠し方で気付くのが遅れたそうな。ホントかよ。怠慢だろ。
このままでは畜生ランドの魔法がなくなり、魔力で生きてる不思議な畜生たちが消えてしまうらしい。
割とどうでもいい。自分は困らない。
というか、お前らは何のために存在しているのか。そこから疑問を持っているんだけど。霞でも食って生きてるのかこいつら?
「でも、人間界も危ないんだッポ!」
何でも、精神的に人間界と畜生ランドは繋がっているらしく、
畜生ランドが滅亡すると負のエネルギーを管理することができなくなり、人間たちが凶暴化するそうな。
嘘臭い。
「ホントなんだッポ~!」
だいたい、以前も似たようなこと言って11歳のガキに命張らせたじゃないか。あのときの苦労は何だったのか。
「あのときはヒトミたちがいなかったら、人間界はひどいことになってたッポ!」
「世界を救った英雄ってわけ? それにしちゃ、腐った人生だけどね」
「そんなことボクに言われても……ッポ」
無理やり語尾つけんな畜生め。
「んで、簡潔に言えば、何をどうしてほしいわけ?」
「魔力を奪っている悪いやつを見つけて、やっつけるんだッポ!」
やっぱり力で解決か。
畜生ランドも人間界も大差ないわ。
「ヤツが人間界にいることまではわかってるッポ! この魔力探知機を使って探して……」
「でも、お断り」
「何でッポ!? 人間たちも危ないんだッポ!」
「他人がどうなっても知ったこっちゃない。その程度でこの世が破滅するなら、それまででしょ。
いっそ人間社会なんて壊れてもいいんじゃないの」
「ヒトミ……何で……う、ううっ」
畜生の目にも涙。
泣きたいのはこっちだ。
「……他を当たって。もっと純真無垢で、騙されやすいガキをね」
「……いやだッポ」
「ああん?」
「もうアースステッキなんて関係の無いッポ!
ヒトミがおかしくなったから、もとに戻すんだッポ!」
人を狂人扱いときた……
「大人になればこんなもんよ。おかしくなったんじゃない。世間を知っただけ」
「そんなの、大人をバカにしてるッポ!」
「んなっ……!」
「誰かのために頑張ってたのがボクの知ってるヒトミだッポ!」
「ガキの頃の話をいつまで引っ張ってんだよ!
じゃあ聞くけどね、その慈善事業をしてる間に私の生活はどうなる!?
仕事はどうするの? 食費だって家賃だって払わなきゃいけない。
無責任に暴れまわれる時間はもう無い! お金はどうするの!?」
見返りもなく、命を懸けて人間たちを救う?
そんなことを大真面目にやれるのは、それこそ狂人だ。
「お金がそんなに大事なのかッポ!?
もっと大切なものがあるはずだッポ!」
「無いね。まったく無い。世の中は金が全て。
金のために糞みたいな糞仕事をやらなきゃならないし、金がないから気持ちに余裕も無い。金が全て」
「ヒト……」
ぴりりりりり!!
けたたましくアラームみたいな音が鳴り響いた。
畜生の持ち物から鳴っているらしい。
近所迷惑で両隣の部屋から苦情がきそうなほどの音だ。
「な、なに!?」
「アームスフィアが鳴ってるッポ……」
「何それ?」
「闇のエーテルだけに反応する、
女王様が作った魔力探知機だッポ!」
「それが鳴ってるってことは……」
「ち、近くに狂暴化した魔法生物がいるッポ!」
魔法生物。それは、このカポたちのように
物理学にケンカを売ってるような不思議な生物の総称。
魔力、つまりエーテルが暴走すると強大な力となるが
精神的に不安定になり、見境なく周囲を破壊する。
子供のころに戦っていたのが……この、狂暴化した魔法生物だった。
「何で今更暴走するの?
あの……ええと名前忘れたけど、胡散臭いオッサンを倒したから、二度とエーテルは暴走しないんじゃなかったの?」
「だから原因がわからないんだッポ!
しかも今回は……人間に憑りつくんだッポ!」
人間に?
「……人間が暴走すると、どうなるの?」
「同じだッポ……
周りのものを壊したり、誰かを殺してしまうかもしれないッポ……」
……どうやら、またしても危ない状況になってきているようだ。
「ヒトミ! アースステッキを!
今すぐ魔法生物を探せば、間に合うかもしれないッポ!」
カポが手のひらサイズの宝石を取り出し、私に見せる。
久しぶりに見たが、これがアースステッキの基となる宝石……
魔力を込めることでステッキに変化し、同時に魔法装束に着替えさせられる。
「だから、嫌だって……他を探してよ」
「ヒトミしかいないッポ!
何かが壊される! 誰かが傷つけられるッポ!
それを許せないって……ヒトミはずっとそう言ってたッポ!」
同僚の結婚式で精神的に疲弊しているときに、
更にこの仕打ちとは。
神よ、私が一体何をしたというのですか。
せめて見返りに、イケメンで金持ちで何でもワガママ聞いてくれる彼氏の一人くらい恵んでくれませんか。
「ヒトミ! 今だけでいいッポ! 今だけでいいから……!」
「……ッ! ああ、もう! わかったよ!
いい、今回だけだからね!?
面倒ごとが終わったらさっさと次の奴に当たってよ!?」
「約束するッポ!」
これも子供時代のツケだと考えるしかない。
自分に何かできる、助けられる力と機会があるというのに、それを見過ごせるほど、私はまだ大人になりきれていないらしい。
「大地の恵みを光の力に……!
大妖精ラディ・バッツォ、私に祝福を与えよ!」
よく意味はわからないが、こう叫ばないとアースステッキの力を呼び出せないのだ。
なんか胡散臭いが、本当に魔力が得られるから困る。
朝倉仁美は白い光に包まれて、どこからともなく現れた謎のドレス的な衣装に着替えさせられた。
これセクハラじゃね?
と、変身しながら思ったが、声は出せなかった。
そして。
【それ】は、部屋の中央に仁王立ちしていた。
すなわち、朝倉仁美である。
朝倉仁美だったものである。
別人だ。
そうに決まっている。
だって、36歳の独身女性が。
自宅で。
【やたらフリフリした色使いのキツい女児向けドレス】を着ているのだ。
くそ、ご丁寧に当時のままのデザインだ。
サイズ調整もされてやがる。
鏡は……い、いやだ。見たくない。
でもワンルームのアパートで、クローゼットの前にドドンと姿鏡が置いてあって……!
目に、自分の姿が写ってしまった。
「……うわぁ」
カポが、いろいろな感情を織り混ぜた声を漏らす。
沸き上がる殺人の衝動。いや、人ではないが。
とにかくこの畜生を今すぐ殺さねば、と感じた。
全てを殺し、そしてまた私も死のう。
「……コロス」
「ちょっ! ま、まつッポ! ヒトミ、ちょ!」
「何でテメエがドン引きしてやがんだおいコラ!?
マジでぶち殺すよ!? つか殺す! コロス!」
「いやぁぁぁッポ!」
逃げ惑う畜生。
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