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第三章 ガキツキの場合
第一話 死に神の掟
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「行ったっすね、彼」
「ったく、面倒なやつだ。……さて、始末書書くぞ」
「うっす」
ガキツキが指をパチンと鳴らすと、先ほどまで白い部屋だった空間は忽然と消え、ただの荒野が姿を現した。
「ガキツキ」
「うす!」
「さっき……、顔に出したろ」
「……!……はぁ」
ガキツキは小さくため息をついた。
ガキツキがここで自殺者専門の死に神を始めてからまだ三年ほどしか経っていない。だから、と言ってしまえば言い訳になるのだが、やはり慣れないことは多い。
その一つが、この、前世の感情のコントロール、である。
死に神になる際、必ずしなければならないことの一つが、前世の記憶を消すことだ。しかし、そうは言っても完全に記憶が消えることはない。覚えていなくとも、身体が時折反応してしまうのだ。死に神は、その反応すら許されていない。
「分かってるよな。現世との関わりは棄てるべし。死に神として当然のことだ。身体が反応しちまえば、その拍子に記憶が戻っちまうかもしれない。そうなれば」
「輪廻から外れた、永久の世界に飛ばされる……っす」
「そういうことだ、よく分かってるじゃねえか。始末書書くから。資料、取ってこい」
「うす」
そう答えてガキツキは、少し離れた、とある場所に向かった。そこには地下へと続く階段があり、ガキツキはゆっくりとそこを降りる。
すると見えるのは、だだっ広い空間に、細かく階層を分けて並べられている膨大な量の死者に関する資料がである。特に、自殺者、に関する資料だ。
ガキツキはここから、先ほど面接に当たった少年の資料を探す。
資料と言うが、紙の形をしているものはなく、そこには自殺者本人の記憶を映し出すための海馬と自殺時の死因となった身体の部位が自殺者ナンバーと共に管理、保存されている。
最後の段から足を離し、ガキツキは先ほどの少年に関するメモを取り出した。
「自殺者ナンバー、179-767-196」
そう唱えると、資料庫の床が所々光り始めた。この光が道標となり、資料が保管されている場所へ行くことができるのである。
こうした設備がなければ、資料を探すだけで何ヶ月もかかってしまうだろう。一応千年ごとに資料の整理を行なってはいるらしいが、それでもここにある資料は二千万を優に超える。
今でさえやっと自殺者が二万人を切ったと騒がれている日本だが、以前は武士やらなんやらが腹を切って死ぬなんてことが流行ったらしく、それはそれはめんどくさかったとか。
また、そう言った自殺者の他にも、魂が死後の世界に送られてこないような特殊な資料もここに保管されている。悪魔に魂でも取られたのか、何があったのかはよく分からない。
そういった資料は、死因が不明なことも多く、その場合ご遺体がそのままここに送られてくる。
そう、例えば、今まさにガキツキの目の前にある資料のように、だ。
男の身体で、ひどく痩せてはいるが、外傷もなく、綺麗なご遺体である。
「お前は、なんで死んだんだろうな……」
ガキツキは、資料を確認するために一日に何度もこの資料庫を訪れるが、ある日からどうしてもこの、目の前にある、死因不明の資料が気になって仕方がなくなった。たまに通る度に、この男を見ては、その死に思いを馳せる。
(何によって死んだのか。どうして死ななければならなかったのか。生きたかったのか。それとも……)
今も、こうして通りがかったついでに、そんなことを考えていた。
何度この男の海馬を見てみたいと思ったことか分からない。それほどガキツキは男の死に惹かれていた。しかし、それは死に神としてあるまじき行為だ。死亡動機の解明や死後処理の他の理由で他人の記憶を見ることは、立派な規約違反とされ、いくら死に神であれ許されないのだ。
「おい! ガキツキ遅い」
そうこう考えているうちに、上からイツキの声が聞こえてきた。
「うす! すんません、すぐ行きます!」
そう言ってガキツキは慌てて資料を取りに行こうとした。が、ここでガキツキは慌てすぎた。
足が変に絡まり、身体が傾いていくのが分かった。
そして、先ほど向いていた方向へと倒れる。
ガシャン!
大きな音をたてて、あるものが落ちる。幸いにして、資料は全て壊れてはいないようだ。
しかし、その衝撃で、そのあるものは作動してしまった。
運が良かったのか、悪かったのか。いや、この場合は悪かったのだろう。
ガキツキの興味を引いていた男の海馬から、男の記憶が映し出されていた……。
「ったく、面倒なやつだ。……さて、始末書書くぞ」
「うっす」
ガキツキが指をパチンと鳴らすと、先ほどまで白い部屋だった空間は忽然と消え、ただの荒野が姿を現した。
「ガキツキ」
「うす!」
「さっき……、顔に出したろ」
「……!……はぁ」
ガキツキは小さくため息をついた。
ガキツキがここで自殺者専門の死に神を始めてからまだ三年ほどしか経っていない。だから、と言ってしまえば言い訳になるのだが、やはり慣れないことは多い。
その一つが、この、前世の感情のコントロール、である。
死に神になる際、必ずしなければならないことの一つが、前世の記憶を消すことだ。しかし、そうは言っても完全に記憶が消えることはない。覚えていなくとも、身体が時折反応してしまうのだ。死に神は、その反応すら許されていない。
「分かってるよな。現世との関わりは棄てるべし。死に神として当然のことだ。身体が反応しちまえば、その拍子に記憶が戻っちまうかもしれない。そうなれば」
「輪廻から外れた、永久の世界に飛ばされる……っす」
「そういうことだ、よく分かってるじゃねえか。始末書書くから。資料、取ってこい」
「うす」
そう答えてガキツキは、少し離れた、とある場所に向かった。そこには地下へと続く階段があり、ガキツキはゆっくりとそこを降りる。
すると見えるのは、だだっ広い空間に、細かく階層を分けて並べられている膨大な量の死者に関する資料がである。特に、自殺者、に関する資料だ。
ガキツキはここから、先ほど面接に当たった少年の資料を探す。
資料と言うが、紙の形をしているものはなく、そこには自殺者本人の記憶を映し出すための海馬と自殺時の死因となった身体の部位が自殺者ナンバーと共に管理、保存されている。
最後の段から足を離し、ガキツキは先ほどの少年に関するメモを取り出した。
「自殺者ナンバー、179-767-196」
そう唱えると、資料庫の床が所々光り始めた。この光が道標となり、資料が保管されている場所へ行くことができるのである。
こうした設備がなければ、資料を探すだけで何ヶ月もかかってしまうだろう。一応千年ごとに資料の整理を行なってはいるらしいが、それでもここにある資料は二千万を優に超える。
今でさえやっと自殺者が二万人を切ったと騒がれている日本だが、以前は武士やらなんやらが腹を切って死ぬなんてことが流行ったらしく、それはそれはめんどくさかったとか。
また、そう言った自殺者の他にも、魂が死後の世界に送られてこないような特殊な資料もここに保管されている。悪魔に魂でも取られたのか、何があったのかはよく分からない。
そういった資料は、死因が不明なことも多く、その場合ご遺体がそのままここに送られてくる。
そう、例えば、今まさにガキツキの目の前にある資料のように、だ。
男の身体で、ひどく痩せてはいるが、外傷もなく、綺麗なご遺体である。
「お前は、なんで死んだんだろうな……」
ガキツキは、資料を確認するために一日に何度もこの資料庫を訪れるが、ある日からどうしてもこの、目の前にある、死因不明の資料が気になって仕方がなくなった。たまに通る度に、この男を見ては、その死に思いを馳せる。
(何によって死んだのか。どうして死ななければならなかったのか。生きたかったのか。それとも……)
今も、こうして通りがかったついでに、そんなことを考えていた。
何度この男の海馬を見てみたいと思ったことか分からない。それほどガキツキは男の死に惹かれていた。しかし、それは死に神としてあるまじき行為だ。死亡動機の解明や死後処理の他の理由で他人の記憶を見ることは、立派な規約違反とされ、いくら死に神であれ許されないのだ。
「おい! ガキツキ遅い」
そうこう考えているうちに、上からイツキの声が聞こえてきた。
「うす! すんません、すぐ行きます!」
そう言ってガキツキは慌てて資料を取りに行こうとした。が、ここでガキツキは慌てすぎた。
足が変に絡まり、身体が傾いていくのが分かった。
そして、先ほど向いていた方向へと倒れる。
ガシャン!
大きな音をたてて、あるものが落ちる。幸いにして、資料は全て壊れてはいないようだ。
しかし、その衝撃で、そのあるものは作動してしまった。
運が良かったのか、悪かったのか。いや、この場合は悪かったのだろう。
ガキツキの興味を引いていた男の海馬から、男の記憶が映し出されていた……。
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