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第二章 山本涼太の場合
第二話 自殺を選んだ者という意味
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「ははははっ! 久しぶりだな、そんな反応」
「そっすね! 最近はませたガキが多いからなぁ」
「ほんとだな。死に神だって言っても『そんなのいない!』の一点張りのやつとかいるから」
「ほんとそういうやつ困るっすよね。『ここから出せ』だのなんだのって。お前みたいなやつこっちから願い下げだっての。無許可で帰せるなら全員追い返してるわって」
死に神たちは楽しく談笑し始めていたが、涼太にはそんなことを気にする余裕は全くなかった。
もうすでに自分は生きていない。この事実だけで涼太はお腹いっぱいだった。
「なあ」
デブの方、イツキが聞いてきた。
「……はい」
涼太はゆっくりと立ち上がり(足がないので立つと言うべきか微妙だが)ながら答える。
「俺らの仕事はな、死因が自殺のやつを調査することなんだ」
「……」
「俺らがさっきから見てる紙は死亡願い届ってもんで、これにお前の人生の大半が書かれている。もちろん、お前が死ぬに至った理由も、だ」
「……」
「だけどな、自殺した奴らが全員正当な、死ぬに値する理由で死んでいるとは思えない。実際後悔しているやつだって山ほどいる。そんで、そういうやつに限って、死後の世界に行った後に未練たらたらで結局幽霊とかそういう類のやつになって迷惑をかけるわけだ」
「まじそういうのだるいっすよね。誰に迷惑がかかるのかわかってないんすよ」
「涼太、だったな。俺らはお前が本人かどうかを確認して、死亡動機を詳細に聞き、これから死後の世界に行くに足る理由かどうかを判断する。九歳だろうがなんだろうが、死ぬという判断を下した時点で一人の自殺者として俺らは扱う。それだけ、命を絶つという判断は重たい。分かったか?」
イツキの言うことは、九歳の涼太にも分かる、簡単なことだった。死ぬということは通常自ら選んではならない。また、相当な出来事がなければ選べない。だから、それを決意した人間はそれ相応の覚悟を備えたものとされる。涼太は、それをしたのだ。
(いや、どうなんだろ? 本当に、オレは……)
ふととある考えがよぎるが、それは失礼だと思った。
「……はい」
涼太はどっちともとれない返事をした。覚悟とも、観念ともとれる返事だった。
「よし、じゃあ仕切り直しだ。……ゴホン。それではこの時を以って死亡面接を始める」
そうイツキが言った。
すると、今まで白かった空間が一気に黄色く変わった。
「うわっ! こ。これは……?」
「これは色相診断空間っす」
今度は細身の方、ガキツキかま答えた。
「人は嘘を吐くから、俺らがいちいちそれを真に受けてたら話になんないんすよ。だから、こうやって死亡希望者の心理を可視化して嘘を判断するんすよ。……どういうことかわかるっすよね?」
「お、オレは嘘なんて吐かない……です」
そう答えると、黄色がやや黒みがかった。
「そういうことだ。わかったな?」
この近未来的システムを目の当たりにした涼太には、じわじわと死の実感が湧いてきていた。
先ほど足がないことに気づき絶望したが、やはり現実感のないことに、夢ではないことを改めて実感させられていた。
あれから何度も何度も太ももをつねっているが、痛いとも痛くないともとれるその感触が、より自分が異質な存在になったと思わせるのである。
「まず改めて。名前は?」
「……山本、涼太……です」
「年齢は?」
「九歳」
「最終記憶、つまり最後に覚えている記憶は?」
「飛び降りて、空の、青空が見えるところです……。あっ! 知らない女の人が、なんか、飛び降りた時に抱きついてきて……」
「ふっなるほどな、わかった」
「そっすか。救助者アリ、と」
ガキツキは僕とイツキの問答を、死亡願い届とか言う紙に逐一メモをとっているようだった。
「それでは本題だ。死亡動機を話してください」
ここまでされては敵わない。
周りを見渡すと、色相診断が開始された時の本来の黄色に戻っていた。とても美しい、濃い色である。
涼太は死んだ。その理由が死ぬに値する理由かどうかの判断がこれから下されるのだ。
(オレの死んだ理由がくだらないものだったら……。オレは一体どうなるんだろう……?)
そんな不安が広がる。
(でも……)
涼太は思う。
(でも……、オレはオレが死のうとした理由と向き合わなきゃいけない。オレは本当に死んでいいのかどうか。本当に、生きていたくないのか)
涼太は、覚悟を決めた。
九歳が死ぬ覚悟ではない。
自殺者として、命を捨ててまでも訴えたかった心の叫びがある者として、その叫びが正しいのかどうかを判断してもらう覚悟だ。
涼太はその死を語り始めた。
「そっすね! 最近はませたガキが多いからなぁ」
「ほんとだな。死に神だって言っても『そんなのいない!』の一点張りのやつとかいるから」
「ほんとそういうやつ困るっすよね。『ここから出せ』だのなんだのって。お前みたいなやつこっちから願い下げだっての。無許可で帰せるなら全員追い返してるわって」
死に神たちは楽しく談笑し始めていたが、涼太にはそんなことを気にする余裕は全くなかった。
もうすでに自分は生きていない。この事実だけで涼太はお腹いっぱいだった。
「なあ」
デブの方、イツキが聞いてきた。
「……はい」
涼太はゆっくりと立ち上がり(足がないので立つと言うべきか微妙だが)ながら答える。
「俺らの仕事はな、死因が自殺のやつを調査することなんだ」
「……」
「俺らがさっきから見てる紙は死亡願い届ってもんで、これにお前の人生の大半が書かれている。もちろん、お前が死ぬに至った理由も、だ」
「……」
「だけどな、自殺した奴らが全員正当な、死ぬに値する理由で死んでいるとは思えない。実際後悔しているやつだって山ほどいる。そんで、そういうやつに限って、死後の世界に行った後に未練たらたらで結局幽霊とかそういう類のやつになって迷惑をかけるわけだ」
「まじそういうのだるいっすよね。誰に迷惑がかかるのかわかってないんすよ」
「涼太、だったな。俺らはお前が本人かどうかを確認して、死亡動機を詳細に聞き、これから死後の世界に行くに足る理由かどうかを判断する。九歳だろうがなんだろうが、死ぬという判断を下した時点で一人の自殺者として俺らは扱う。それだけ、命を絶つという判断は重たい。分かったか?」
イツキの言うことは、九歳の涼太にも分かる、簡単なことだった。死ぬということは通常自ら選んではならない。また、相当な出来事がなければ選べない。だから、それを決意した人間はそれ相応の覚悟を備えたものとされる。涼太は、それをしたのだ。
(いや、どうなんだろ? 本当に、オレは……)
ふととある考えがよぎるが、それは失礼だと思った。
「……はい」
涼太はどっちともとれない返事をした。覚悟とも、観念ともとれる返事だった。
「よし、じゃあ仕切り直しだ。……ゴホン。それではこの時を以って死亡面接を始める」
そうイツキが言った。
すると、今まで白かった空間が一気に黄色く変わった。
「うわっ! こ。これは……?」
「これは色相診断空間っす」
今度は細身の方、ガキツキかま答えた。
「人は嘘を吐くから、俺らがいちいちそれを真に受けてたら話になんないんすよ。だから、こうやって死亡希望者の心理を可視化して嘘を判断するんすよ。……どういうことかわかるっすよね?」
「お、オレは嘘なんて吐かない……です」
そう答えると、黄色がやや黒みがかった。
「そういうことだ。わかったな?」
この近未来的システムを目の当たりにした涼太には、じわじわと死の実感が湧いてきていた。
先ほど足がないことに気づき絶望したが、やはり現実感のないことに、夢ではないことを改めて実感させられていた。
あれから何度も何度も太ももをつねっているが、痛いとも痛くないともとれるその感触が、より自分が異質な存在になったと思わせるのである。
「まず改めて。名前は?」
「……山本、涼太……です」
「年齢は?」
「九歳」
「最終記憶、つまり最後に覚えている記憶は?」
「飛び降りて、空の、青空が見えるところです……。あっ! 知らない女の人が、なんか、飛び降りた時に抱きついてきて……」
「ふっなるほどな、わかった」
「そっすか。救助者アリ、と」
ガキツキは僕とイツキの問答を、死亡願い届とか言う紙に逐一メモをとっているようだった。
「それでは本題だ。死亡動機を話してください」
ここまでされては敵わない。
周りを見渡すと、色相診断が開始された時の本来の黄色に戻っていた。とても美しい、濃い色である。
涼太は死んだ。その理由が死ぬに値する理由かどうかの判断がこれから下されるのだ。
(オレの死んだ理由がくだらないものだったら……。オレは一体どうなるんだろう……?)
そんな不安が広がる。
(でも……)
涼太は思う。
(でも……、オレはオレが死のうとした理由と向き合わなきゃいけない。オレは本当に死んでいいのかどうか。本当に、生きていたくないのか)
涼太は、覚悟を決めた。
九歳が死ぬ覚悟ではない。
自殺者として、命を捨ててまでも訴えたかった心の叫びがある者として、その叫びが正しいのかどうかを判断してもらう覚悟だ。
涼太はその死を語り始めた。
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