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第2章 研磨という技術

20話 ヒロトシの心理

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 ヒロトシは、初めてセバス達を突き放すような言い方をして自己嫌悪に陥って、ギルドの酒場にやってきていた。
こんな時は酒でも飲みたかったが、酒場では絶対に飲ませてくれることなく、町をぶらつき城壁の上に来ていた。ヒロトシは、城壁の上から町の夜景をボーっと眺めていたのだった。

「そこにいるのは誰だ?」

 ヒロトシは声が聞こえていたが、振り向く事は無く街の明かりをずっと見ていたのだ。

「子供が、こんな時間まで出歩くと危険じゃないかって……ヒロトシ殿か?」

「ああ……」

「どうした?こんなところで……君は強くて心配はないが、子供は早く家に帰りなさい」

 声をかけてきたのは、シルフォード私設兵団団長のマリクだった。

「ああ……わかってるけど、もう少しこのままいたいんだ」

「なんだ?家で何かあったのか?よかったら話しぐらい聞くぞ?」

「いや、大丈夫だよ・・・・・・俺はここに来て、夜の町を見たことが無かったから、ちょっと干渉にふけっていただけだよ」

「そうかい?君でもそんな顔をすることがあるんだなあ。まあ、今日は冷えるから早く家に帰りなさい。私はここを見回るので帰ってくるまでには家に帰るんだぞ」

「ああ……わかったよ」

 マリクは、ヒロトシを心配しながらその場を後にした。そして、マリクがその場所に帰ってくるときには、もうヒロトシの姿はその場には無く、マリクは安心した様な顔をして見回りの任務についた。

「それにしても、あんな顔をしたヒロトシ殿は初めて見たな……」

 そして、夜も更けたころヒロトシは屋敷に帰ってきた。それまで、ヒロトシはギルドの酒場で、冒険者と騒いでいたのだった。

「ただいま……」

「旦那様!」

 ヒロトシが帰ってくると、セバス達が玄関までとんで出てきたのだ。そして、セバスは頭を下げて、謝罪してきたのだった。

「な、何だよ……いきなり謝罪なんかするな」

「しかし、私達は旦那様の好意に甘え過ぎていたのは確かであって、旦那様は私達を想って行動していたのに……」

「俺も悪かったよ。いきなりへそを曲げて、家から出て行ったことを謝るよ」

「そんな……旦那様が謝る事など何も……」

「いや、お前達は奴隷という感覚が抜けないから、今回の事に戸惑いを見せたのが原因の一つだよ。つまり、その感覚をなくさないと、今回のような事が起きることが分かったよ」

「しかし、私達はご主人様の奴隷だというのは、周知の事実ではありませんか?」

「うん、そうだね。だから、これからは俺はお前達を奴隷と思い、そのように接することにすることを決めた」

「えっ?」

「セバス!お前は今日はもう寝ろ。明日からは俺の命令に絶対服従だ!口ごたえは許さん。わかったな?」

「は、はい……」

「そこに隠れている奴も分かったな?」

「「は、はい!」」

 マインとアイも、ヒロトシの足音に気づき玄関まできていた。その時、セバスの腹の音がなったのだった。

「ちょっと待て!」

「これは恥ずかしい事を……」

「何で腹を空かせている?俺は夕食を食べて部屋にいろと言ったはずだろ?」

「それは……」

 セバスを始め、全員がヒロトシのことで夕食を食べる雰囲気じゃなく、何も食べずに部屋で待機していたのだ。

「ったく……お前等は、へんなとこでいつも何もできないでいるんだからしょうがないやつらだな。セバス、みんなを食堂に集合させろ」

「わ、わかりました!」

 そして、すぐにみんなを食堂に集め直した。中にはヒロトシに突き放されたと思い、涙でぐちゃぐちゃになっている人間もいたのだ。

「サイファー、ルビー何をそんなに泣いている」

「「だって、ご主人様が……」」

「もう、泣くな。俺は前にも言ったように、お前達を見放す事なんてしないから安心しろ」

「「本当ですか……」」

「俺が、今まで嘘をついたことがあったか?」

「「ないです……」」

「だが、明日からは今までの態度を改める事にする。俺は、お前達を奴隷として接することにするから覚悟しておけよ。いいな?」

「「そ、そんな!」」

「今、声を出したのは、マインとアイか?」

「「そうです……」」

「何か文句があるのか?」

「文句はありませんが……いきなりなんで?」

「お前達が、自分達は奴隷だといつも言ってたことじゃないか?それに、俺は理解を示しただけだろ?何をいまさら焦っているんだよ?」

「でも、奴隷として扱うだなんて……」

「何かおかしいのか?お前達が奴隷というのは周知の事実だろ?」

「それはそうですが……」

「それはそうと、お前達は今日夕飯を食べていないのか?」

「「「「「食べれる雰囲気じゃなかったから……」」」」」

「ったく、お前達は俺がいなくなったらどうするつもりなんだよ?」

「「えっ⁉」」
「ご主人様、いなくなっちゃうのですか?」

 ヒロトシの言葉を聞き、サイファーとルビーは目に涙が溢れるのだった。

「泣くな。ただの言葉のあやだよ。俺はいなくならないから安心しろ。アヤ、みんなの分のご飯を温め直してやってくれ」

「わ、分かりました」

 ヒロトシの言葉に、いつも厨房で働いているアヤ達が、今日出したご飯を食卓に並べ始めた。しかし、その食事中の雰囲気は暗く、みんな会話もなく黙々と食べ終わったのだった。

「みんな食べ終わったな?」

「「「「「はい……」」」」」

「それと、みんなに報告しておく。明日から一週間店は閉めるからな。当然工場も閉めるからわかったな」

「「「「「えっ⁉」」」」」
「旦那様!いきなりなにを」

「また、否定するのか?俺の決定は絶対だ。さっき言っただろ?まだわからんのか?」

「いえ……そうじゃなくてですね……」

「セバス。話は終わりだ。そして、カノンお前はこの後俺の部屋に来い」

「わ、分かりました……」

 セバス達、全員が顔を真っ青にした。本当に自分達を奴隷として扱うと思ったからである。女奴隷を部屋に呼びつけるという事は、それしか思いあたらないからだ。




 そして、カノンは暗く沈み、ヒロトシの部屋の前に立ち、部屋の扉をノックしようかしないか悩み勇気が出なかった。主人が夜に、自分の部屋に呼びつけるだなんて夜の奉仕をさせる為だからである。

(何で私を一番に奉仕させるんだろう……こんな事ならエリクサーを拒否するんじゃなかった……)

 自分が、主の好意を踏みにじってしまった事を後悔していた。こんな醜い姿を、ご主人様にみせるのがどうしてもいやだったのだ。
 どうせ奉仕するのならば、綺麗な姿で奉仕をしたかった。ヒロトシが成人しても、カノンはもう奉仕に呼ばれる事はないと思っていたからだ。
 なので、ヒロトシが成人したらてっきりマイン辺りが、最初にするものだと思い込んでいたのに、まさか自分が呼ばれると思ってもいなくて、なかなか部屋に入る勇気が出なかったのだ。

「カノン、いつまでそこにいるつもりだ。いいから入って来い」

 いきなり部屋の中から声がして、カノンはビクッと体を震わせた。そして、覚悟を決めて扉をノックした。

「ご主人様、失礼します」

 カノンは、体を震わせながらヒロトシの部屋に入った。その姿にヒロトシは驚き慌てふためいたのだった。

「わあ!何で服を着てないんだよ!」

「えっ?」

「えっじゃない。これを早く羽織れ」

 ヒロトシは、自分の部屋のシーツを、カノンに急いでかけたのだった。

「で、でも……」

「でもじゃない!何で下着姿で部屋に来るんだよ」

「ご主人様は、私に奉仕させる為に部屋に呼んだのでしょ?だったら、服など……」

「俺がいつカノンに奉仕しろと命令したんだよ?」

「夜中に女奴隷を部屋に呼びつけるなんて、それしか理由がないじゃありませんか。それに、ご主人様は私達を奴隷として扱うと……」

「何言ってんだよ?カノンには、このエリクサーを飲んでもらうために呼んだに決まっているだろ」

「ですが、そのエリクサーは……」

「又逆らうのか?お前は俺の奴隷で絶対的服従だ!逆らう事は許さんと言ったじゃないか!」

「でも!」

「いいか?俺は、今回の事でお前達が本当に頑固者だという事がわかった。今までのやり方では、お前達は口では奴隷だというが、普通に接していただけでは、俺が非常識な扱いをした場合遠慮ばかりするからな。これからは付き合い方を変えることにしたんだ」

「えっ……ということは、本当に私を呼び出したのは奉仕じゃなくエリクサーを?」

「当たり前だ!」

「だったら、何であの食事の場所で……」

「お前達は集団だと、俺の意見を聞かないだろうが。あの場所で飲めと言って素直に言う事を聞くのか?」

「そ、それは……」

「全員がいると多い意見が採用されるからな。お前たち全員頑固だから、カノンにエリクサーを勧める人間はいないだろ?だから、こうしてお前1人を部屋に呼んだんだ。わかったら早くそれを飲め!」

「でも……」

「いいか?飲まないのならお前は奴隷商人に売る事にする!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「いいや、待たない。そのエリクサーを飲まないとなれば、どうなるかよく考えてみなよ」

「えっ?」

「俺は、カノンに意地悪で奴隷商人に売ると言っているんじゃじゃないからな?今、お前は身体の重心が傾いていてゆっくり歩かないと転倒してしまうだろ?」

「でも今は慣れてきて、だいぶん歩けるようになってきています」

「カノンはいつまでそれをやるつもりだ?お前は今、色んな雑用を手伝っているが、いつまでそれをやるつもりなんだ?」

「それは……」

「いいか?お前はそんな事をやっている人間じゃないんだぞ?レベルも30近くあるベテランの域に達している人間だ。早くその傷を治して、元気でいてくれるカノンに戻ってくれた方が、俺にとっても幸せだという事になぜ頭が回らないんだ?」

「……」

「お前達は、このエリクサーの値段を凄く気にしていたようだが、本質はそこじゃないんだぞ?」

「本質?」

「俺はお前達を奴隷として扱わず、家族や仲間として接してきたはずだ。その家族が俺を守って怪我をしたんだ。どんなことをしても治そうとするのは当たり前だろ?今回エリクサーはこういう手段で手に入れたが、値段は関係ないんだよ。大事なカノンが、いつまでもその姿でリハビリに励んでいる姿なんか俺は見たくないんだよ」

「ご、ご主人様……」

「この世界には、すぐに治る手段があるんだ。だったらそれを使って、元通りになって前のように元気になってくれた方がいいだろ?違うか?そりゃ、エリクサーが買えない人間はこんな考えは浮かばないが、俺にはその手段があるからこそ、カノンには早くその怪我を治して、前のように元気になってほしいんだよ」

 ヒロトシの説得に、カノンは涙していた。先ほど、自分達を奴隷として扱うと言っていたが、ヒロトシは何も変わっていなかったのだ。ヒロトシの決定や命令は絶対と言っていたことは、無茶な扱いをする事ではなく、ヒロトシの常識を押し付ける為のものだった。

 カノンは、ヒロトシの優しさを受け入れ、膝をつき頭を下げたのだった。そして、そのエリクサーを受け取り飲み干したのだった。


 
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