私が歌手を目指したのは

にく

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私が歌手を目指したのは

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 私の夢は、歌手だ。
 私は将来、歌手を目指している。
 だから今こうして、カラオケに来ている。
 目指しているとは言っても、結構、かなり漠然とした憧れだった。
 テレビで見た歌手や、ネットで見つけた歌い手に、少しばかり心を惹かれ、気付けば歌を口ずさんだり、録音専用の機器を購入したり、こうしてカラオケに足繁く通っていたりしていた。それだけの事だった。

「デムセウンドをご覧の皆さん、可々欠ときよりかくです」

 一気に歌い過ぎて、丁度喉を休めていた時だったと思う。
 ふと、画面から語り掛ける女性が居た。
 カラオケでよくある、選曲が無い時に流れる宣伝動画だった。
 可々欠ときよりかく……凄く変な名前だ。
 なんだ、時より欠くって、何を欠くんだ。いや、そもそも時よりは誤用で、正しくは時折なのだった。
 そもそも可々を『ときより』と読めるのだろうか?
 中途半端な語彙力の私にとっては、『ときより』と『ときおり』の関係性については知っていても、『可』の不思議な読み方については、全く知らないし理解出来なかった。

 作詞作曲でオリジナルの曲作りに挑戦した際、語彙力を付けるには本がうってつけだと思い、ライトノベルを数冊買った。その時の恩恵と言うか、跡と言うか。
 見事に嵌ってしまい、何冊も読み漁ったのが思いの外よかったのか、あの時は現代文のテストでお世話になった。
 結局、オリジナル曲は挫折してしまったけれど。でも、こういう言葉だとか文字だとかには、常人より些か敏感なままでいた。

 眼前でやけに饒舌に、画面の奥でアルバムを宣伝する可々欠ときよりかく
 この話し方、あの配信者に似ている。
 最近伸びていて、私も『あなたへのオススメ』に出て来た切り抜き動画(生配信の見所を切り取った動画群)を見ていた。
 この可々欠ときよりかくとやら、あの配信者が好きなのだろうか。真似ているのか、無意識なのか。はたまた、最近気に入った物に何でも結び付けたがる、人間の悪い習性が出ただけで、何の事も無いただの偶然なのか。
 多分、この線が一番濃かった。
 私はなんだか、この変な名前の女歌手と、最近知った推している配信者の両者に、何処と無い申し訳無さを憶えた。

 なんてしている間に、インタビューは終盤に差し掛かってるようだった。
 ほんの一分にも満たない時間だったが、無駄に一喜一憂してしまった。私は高々見知らぬ人のインタビューに、何をそこまで気を使って居たのだろう。
 いや、見知らぬ……? この自分で思った言葉に、引っ掛かりを感じた。そういえばこの顔、何処かで見た記憶がある。
 とはいえ、可々欠ときよりかくなんて歌手は聞いた事も見た事も無かったので、他人の空似だろう。私はそう、納得した。

 ふと、カメラのアングルが切り替わる。
 画面に写る横顔が、満面の笑みを浮かべた正面顔に、切り替わる。
 彼女の背後には、大きく赤くお洒落なフォントで『歌』の書かれていた。
 その時理解した。
 ああ、可が二つに、欠が一つ。成程、この名前は彼女の生業にして武器にして人生とも言える、『歌』をバラした物だったのだ。
 ここに来てようやく、この不自然な名前の由来を理解して、私はなんだか、何一つ分からなかった謎解きパズルがやっとの思いで解けたような、清々しい気持ちになった。
 いや。実際は特大のヒントを貰っての正解だったが。それでもやはり、頭を捻り唸った問題が解けたのは、嬉しい物だったけれど。
 私は、この不可思議な『可々欠ときよりかく』と言う名前が、俄然気に入り始めた。

「それでは聴いて下さい」

 私はスマートフォンを構える。
 これから彼女の歌が流れる。歌声がどれほどの物かは知らないが、もし私の好みであった時、帰って彼女の曲を調べるのに、曲名は知っておきたかった。

 ──なんだ、この声は。

 聴き間違えるはずがなかった。むしろ、飽き飽きするほどに聴き込んだ声が、歌声が、そこからは流れていた。
 歌声と普段喋る声では、雲泥の差がある人が、結構な数いる。
 理由は明確で、まず普段話す音域と歌う音域が、必ずしも一致しないこと。当然と言えば当然だが、音程が変わるだけで、声の印象もがらりと変わる。中にはほとんど変わらない才を持った人も居るけれど。
 そして、呼吸法。普段使う呼吸を胸式呼吸とするならば、歌を歌うの呼吸は、腹式呼吸。声の発し方がまるで違う。なので、こちらは音程が変わるよりも更に違いがはっきりしてくる。勿論、こちらも声がほとんど変わらない人が居る。
 だがまあ、私は・・前者だった。恐らく、声が全くの別物になっているのだ。

 そう。彼女、可々欠ときよりかくの歌声は、録音して散々聴き返した、あの、私の歌声そのものだったのだ。
 勿論、歌声はより洗練されていて、私より何段も上の実力を持っているのは、聴けば明確だったのだが。
 だがしかし、この可々欠ときよりかくを私とすると、色々と合点が行く。
 妙な既視感、言葉遊び好き、配信者に影響された口調。どれもこれも、彼女を私とすれば、全て腑に落ちる。

 ふと、腕時計に目をやる。
 表示は『After 10 years』と書かれている。
 そうだ、思い出した。私は今、未来に来ていたのだ!
 何故忘れていたかは分からない。しかし、私は理解した。
 ここは10年後の世界で、この腕時計は小型タイムマシンなのだと。

「開けろ! タイムマシン警察だ!」 

 瞬間、プロテクトスーツと警察服が合わさったような独特の見た目の男が、部屋に押し入って来る。
 不味い! このままでは逮捕されてウルトラ死刑になってしまう!
 そう思った私は、タイムマシン警察との戦闘に勝つべく、腰の日本刀を抜いた。

「「覚悟ッ!!」」

 対してタイムマシン警察は、よく分からないアンテナの着いた拳銃を構えた。
 両者、見合って──互いが互いを害そうとした、正にその瞬間だった。
 ──突如、カラオケボックス全体が激しく赤に点滅し、けたたましいサイレンの音が建物中に響き渡る。
 宣伝動画の流れていた液晶画面はニュースを流し始める。

『速報です! 現在世界各地でゾンビが現れギャァァアアアア!!!!』

「「なっ、ナニィーーッ!?!?」」

 私とタイマシ警官は目配せしあい、やれやれと肩を竦めた。

「やれやれ。どうやら、私達が戦っている暇は無いようですね……」

「全くだ……。肝に銘じておけ、これが終われば、必ずお前を逮捕する。その時まで、死ぬなよ」

「警官に心配されるとは、思ってもみませんでしたよ」

「俺だって、犯罪者を心配するなんて、夢にも思わんかったさ」

 私達は、顔を見合わせて吹き出した。
 そして、互いの武器を構える。
 レーザー銃と、日本刀。
 今度は目の前の敵ではなく、人類の敵に向け、構えた。

「行くぞッ!!」
「応ッ!!」

 そうして私達は、ゾンビの蔓延る街へと繰り出した──!!




「──はっ!」

 見知った天井だ。重たい瞼を擦る。
 何か、とても頓珍漢でチンプンカンプンな夢を見た気がした。
 確か……そうだ、カラオケに行ったら私が歌手で、実は10年後の世界でタイムマシン警察と共にゾンビを蹴散らそうとしていた。
 改めて、意味が分からないと思った。
 でも──

「悪くない夢だった」

 早く起きよう。
 何だかとても良い気分だ。
 机の上に置かれたプリント。太字で『進路希望書』と書かれている。が、枠内にはまだ何も書かれていない。
 空白の、ままだ。
 早く学校に行こう。
 書き殴ったそれをファイルに入れて、乱雑にリュックサックへと投げ込む。
 私は早足に支度を済ませる。
 早く提出するんだ。堂々と。
 何一つとして上手く行く保証は無いけれど、何一つまでも上手く行く確信は、その時確かにあったから。

「行ってきまーす!」

 後は、ゾンビが出ないのを願うだけだ。
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