日暮れ古本屋

眠気

文字の大きさ
上 下
63 / 73

天狗攫い

しおりを挟む
 森を歩き続け、しばらく経つ頃。
 一つ自動販売機がポツンと置いてある。

「これって、絶対入口よね」

 猫宮さんが言う。

「ああ、パスワードやらカードやら使うタイプか? 面倒臭えな」

 続けて荒木寺さんが額を掻きながら言うと、それを見た九尾苑さんが入口と思われる自動販売機に手を掛ける。

「なんで態々丁寧に解除するつもりなんだい。こんなもの、壊して進めばいいんだよ」

 次の瞬間、自動販売機の表面がメキメキと音を上げて九尾苑さんに剥がされる。

 しかし、その中身は地下に続く階段やどこかに続くような謎の扉ではなく、ただの無理矢理表面を剥がされた自動販売機だった。

「おい、正規ルートじゃねえとダメだったんじゃねえのか?」

「大丈夫だよ。多分、これは正規ルートで解除したときに妖力が流れて繋がる仕組みだ。だから、こうやって正しい量の妖力を流してやれば——————」

 九尾苑さんが言って、妖力を流し込んだ瞬間、視界が歪む。
 これは初めての感覚ではない。
 嘗て古本屋に飛ばされたとき、天狗攫いに遭ったときと全く同じ感覚だ。
 そう思っている間に、僕が見ている世界は闇に包まれて、明るくなる頃には先ほどとは全く違う場所に。

 慌ててあたりを見渡すと、そこは古本屋の店内だった。
 九尾苑さん達の無事を確認する為にあたりの確認を続けると、お世辞にも良い思い出がある相手とは言えない者が店の入口前に立っている。

「よう餌。そんなに目を見開いて、儂が生きているのがそんなに不思議か?」

 赤い肌に長い鼻。
 長い一本下駄で器用にバランスを取って立ちながら、片手に持つ団扇で自分を仰ぐその相手。

 僕を古本屋に飛ばした天狗だ。

「儂の羽団扇、贋作では少々役不足と見た。それを返してもらうとするかの」

 言い終えると同時、天狗は僕もよく知っている武器、羽団扇を振るう。
 瞬間、業火が現れる。

 前回とは違い、九尾苑さんの狐摘がないので自分の妖装で熱を防ぐ。

「お前、なんで生きてる」

「良い思いがなくとも、久方ぶりの再開で第一声がそれとは礼儀がなっとらんなぁ。儂直々に教育し直そうか」

「九尾苑さんに呆気なく負けたお前に何が——————」

 言い終える前に、天狗の姿が視界から姿を消す。

「さて、儂では役不足かの?」

「後ろかッ!」

 勢いよく迫る羽団扇に、こちらも羽団扇を振るう。
 羽団扇同士が当たる瞬間、僕も天狗も風を放つ。

 天狗の放った風は僕の出した風を貫通して、圧倒的な爆発力で僕の手から羽団扇を攫う。

「姿は変わっているが、やはり馴染む。餌には勿体ない武器よ」

 天狗はケタケタと笑いながら言う。

「おい、もうこの景色は飽いた。元の景色に戻せ!」

 続けて天狗が言った瞬間、辺りは何処までも続く平原に早変わりする。
 不思議に思うが、それを気にしている余裕はない。

「火吹きの左腕ッ!」

 僕は奪われた羽団扇の代わりに火吹きの左腕を発動させて、いつでも攻撃できる体制を整える。

「それが、あの端蔵が警戒していた腕か。確かに危険ではあるが、見たところ使いこなせてはおらんようだし、まだ戻っておらぬようだの」

 言って、天狗は僕から取り戻した羽団扇を一閃。
 炎を三日月型にしてこちらに飛ばす。
 その様子は宛ら飛ぶ斬撃だ。

「三の指、獄壁!」

 僕は即座に壁を作り出し、炎を防ぐ。

「緩い! その程度で儂が止まるとでも思うたか!」

 瞬間、真上から水滴が勢いよく降り注ぐ。
 炎を纏った左腕で全て弾き、体にも出来る限り強い妖装を纏わせる。

「終わらぬッ! 気を抜くでないぞ!」

 次の瞬間には背後から雷。
 それも左腕で弾き、なんとか打開策を探る。

「火走り五連!」

 相手の隙を作ろうと術を放つが、天狗はそれを軽々と回避。
 火走りは僕の使う術の中でも速度が二番目に速い術だが、これが届かぬならば残る手段で最も逆転の可能性が高い術はただ一つ。

「何か企んでおるな? 面白い、使えるかどうか、試してみると良い!」

 天狗は声高々に言う。

「企み? ないよ、そんなもの」

 僕はあくまで猿芝居。
 不必要な嘘をついて言葉を返した直後、親指を一閃する。

「一の指、火遊び!」

 勢い良く飛び出した炎の玉を天狗は全て羽団扇で打ち消す。

「それも届かぬわ。餌め」

 圧倒的な実力差。
 笑えてくる。

 僕はただ、それだけを思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鬼の目にも泪

三文士
キャラ文芸
自然豊かな辺境の村で妖怪退治を生業にする「先生」。そんな先生のもとへ、今日も妖怪絡みの厄介ごとが持ち込まれる。人に仇為すという山奥の鬼を退治するため先生は山へ赴くのだが、そこで待っていたのは少女と見紛うほど幼く美しい、金髪の鬼だった。 人は生きる為にどれほどの命を犠牲にしなくてはいけないのか。

平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ
歴史・時代
まだ若い尾の数も定まらない妖狐の紫檀と、陰陽師の安倍晴明。 晴明になついた紫檀は、晴明と一緒に平安の世で妖や物の怪に関する事件を、喧嘩しながら解決します。 『妖狐』で登場した紫檀狐と晴明の話です。 「鳴神」の章は、『妖狐』で書いた話です。 「金毛九尾」とのつながりで、どうしても入れなければ話がつながりませんので、入れましたが、「妖狐」で読んだ方は、すっとばして「金毛九尾」へどうぞ。

あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?

黒猫の面影

春顔
キャラ文芸
これは、桜が見せた儚くも大切な淡い夢物語。 高校二年の佐倉優衣は階段で足を滑らせ骨折。入院生活を送っている。そんな中、大好きな先生が定年退職すると聞く。 その先生の離任式には、自分は出れそうにない。 落ち込む優衣は夢の中で、不思議な体験をするのだった。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~

絹乃
キャラ文芸
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※表紙はminatoさまのフリー素材をお借りしています。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。 ※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。

黄龍国仙星譚 ~仙の絵師は遙かな運命に巡り逢う~

神原オホカミ【書籍発売中】
キャラ文芸
黄龍国に住む莉美は、絵師として致命的な欠陥を持っている。 それは、右手で描いた絵が生命を持って抜け出してしまうというものだ。 そんなある日、住み込み先で思いを寄せていた若旦那が、莉美に優しい理由を金儲けの道具だからだと思っていることを知る。 悔しくてがむしゃらに走っているうちに、ひょんなことから手に持っていた絵から化け物が生まれてしまい、それが街を襲ってしまう。 その化け物をたった一本の矢で倒したのは、城主のぼんくらと呼ばれる息子で――。 悩みを抱える少女×秘密をもった青年が 国をも動かしていく幻想中華風物語。 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。 〇構想執筆:2022年、改稿投稿:2024年

諦めた夢を古本屋『松岡』が叶えます。

松本三空
キャラ文芸
ネコ好きな松岡陽和✖︎内定ゼロな就活生小松陽琉 ・松岡陽和(まつおかひより) 28歳 大のネコ好き 仕事は、古本屋 ネコが大好きすぎて、一日中ネコといないと死んでしまう。 夢は、ネコカフェを開く ・小松陽琉(こまつはる) 22歳 山岡大学4年生文学部 就活生。 夢は、小説家 だけど、その夢は誰にも言っていない。松岡と会うようになり、夢を叶えようと希望を持つようになる。  夢を叶えようとしている人達が、古本屋『松岡』で不安と喜びを感じながらも 叶えようとする物語。  夢を持っているあなた、持っていない君に読んでもらいたい小説となっています!  どうぞ、楽しんで読んでいただけると嬉しいです!!

処理中です...