日暮れ古本屋

眠気

文字の大きさ
上 下
12 / 73

十一冊目

しおりを挟む
 あれから五時間、僕は只管九尾苑さんに向かい羽団扇を振り続けた。
 しかし風は通常の団扇程度、その度に九尾苑さんに転ばさられ、蹴り飛ばされた。
 九尾苑さんの攻撃を避けられたのは最初の仕込み杖の一撃だけだし、こんな事を続けていたら他の妖共に喰われる前に九尾苑さんに殺されてしまいそうだ。

 九尾苑さんに蹴飛ばされて横たわる僕は勢いよく起き上がる。

 毎朝のジョギングのお陰で不要に有り余るこの体力が憎たらしい。
 こんな前日の骨が軋むような思いをするならばいっそ体力尽きて動けなくなってしまいたい。

 しかし体の動かし方は何となく分かってきた。
 この五時間は、昔一年だけ習っていた剣道よりも学ぶことが多い。
 只管実践形式の体に容赦のない痛みが襲うこのやり方が実は僕に合っていたのだろうか。

 だとしたら僕は意識せずにMの扉に手を掛けていたのかもしれない。

 そんな事を考えていると再び僕に九尾苑さんの蹴りが襲いかかる。

 僕は羽団扇で防ごうとするが体の筋力が足りずに蹴飛ばされる。

 九尾苑さんの蹴り技は武と言うよりは舞のような、戦闘中でも見惚れてしまうような美しい物であった。

 しかし見惚れている暇はない。
 確かに舞の様な美しい技だが、あの足から繰り出される連続の蹴りはコンクリート作りの床を軽々と砕く。

 そして、そんな蹴りを五時間休む事なく繰り出している筈の九尾苑さんの表情は、蹴られ続けて強張る僕の表情と対照的に爽やかで、飄々とした態度を保っている。

 僕を蹴り、それを利用し空中に止まる九尾苑さんが一度床に足をつける。

 その際衝撃を逃す為に九尾苑さんが足を曲げる。

 瞬間、九尾苑さんに向かって、羽団扇を振るう。
 しかし九尾苑さんはそれを即座に察知して曲げた足を勢いよく伸ばして跳躍。
 僕の背後に回る。

 言い訳の様だが、僕が使っている武器、羽団扇はその名の通り見た目は扇子だ。
 それ故に戦闘に不慣れな僕が使うには難しく、炎や風の出現に賭けて勢いよく振るうか、それで叩くしか攻撃手段が見当たらない。

 もしこれが刀ならばどうだったのだろうか。

 刀ならば剣道の竹刀で多少握り慣れてはいるし、九尾苑さんを手本として技を盗む事も可能かもしれない。

 ——————そう、これが刀だったならば。

 瞬間、僕の腕とその先にある羽団扇を中心に風が吹き荒れる。

 昨日天狗が出した風程に多いわけではないが、それでも見ているだけで目が渇いてしまいそうな暴風だった。

 慌てて九尾苑さんを見ると、九尾苑さんは口を少し開け、今日初めての驚いた表情を隠す事なく露わにしている。

「九尾苑さん、この腕なんですか、怖いんですけど」

 僕は慌てて九尾苑さんに尋ねる。
 その頃には九尾苑さんの表情は爽やかな物に戻っており、バックステップで僕から距離をとった九尾苑さんは言う。

「なに、慌てる事はない。
「その風は君に危害を与える事はない。
「何しろその風は正真正銘君の力なのだから。
「風が出ている間にかかってくるといい。
「さあ、さあ、さあ」

 その爽やかな表情にはほんの少し熱が篭っていた。

 僕は九尾苑さんに言われた通り、再び九尾苑さんに襲いかかる。

 刀を横に一閃する。
 空に線を一本描く様に、真っ直ぐ丁寧に、丁寧に。

 その一閃を九尾苑さんは片手で握った仕込み杖で抑えようとする。

 しかし九尾苑さんは僕の腕を覆う風に耐えられなかった様で、一度後退の選択肢を選ぶ。

 再び僕と九尾苑さんの距離が離れ、お互い構えを取る。

 九尾苑さんは人差し指と中指で刃を握り鞘の代わりに、抜刀術の構えだ。

 僕は羽団扇とそれを覆う風を下げ、下段の構え。
 これは無意識に取った構えだったが、もし正面に構えていたら自分の風で目が渇き九尾苑さんの攻撃を見逃していただろう。

「今後の君の修行、少しは楽しめそうで良かったよ」

 その一言を最後に僕と九尾苑さんは互いに向かい駆ける。

 互いの攻撃が触れ合った瞬間、九尾苑さん側に風が向かう事はなく、僕の足元に向かい、攻撃を後押しする様に勢いよく風が吹き荒れる。

「負けるな、僕」

 そう一言呟く。
 完全な無意識だ。
 その瞬間風の勢いは更に強くなる。

 勝てる、勝てるかもしれない。
 僕は羽団扇を更に力を込めて握る。

 絶叫にも近い叫び声を発しながら羽団扇に全身の体を込める。

「成長が楽しみだ」

 そう一言だけ九尾苑さんが言った。
 そして、ほんの僅かだけ、建て付けの悪い扉を開けるのに力を込める程度の感覚で僕の攻撃を抑える右腕に力を入れる。

 その瞬間、僕はその力に耐えきれず九尾苑さんの攻撃に押し負ける。

 このコンクリートの空間に無数に建つ柱に勢いよく飛ばされた僕は、視界がぼやけ、立ち上がる力も残っていなかった。

「君は強くなるよ、今はしばらく眠るといい」

 その九尾苑さんの言葉を最後に僕の意識はプツリと途切れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ
キャラ文芸
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。 仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。 本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは? ※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。  主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。 ※番外編を随時更新中。

それいけ!クダンちゃん

月芝
キャラ文芸
みんなとはちょっぴり容姿がちがうけど、中身はふつうの女の子。 ……な、クダンちゃんの日常は、ちょっと変? 自分も変わってるけど、周囲も微妙にズレており、 そこかしこに不思議が転がっている。 幾多の大戦を経て、滅びと再生をくり返し、さすがに懲りた。 ゆえに一番平和だった時代を模倣して再構築された社会。 そこはユートピアか、はたまたディストピアか。 どこか懐かしい街並み、ゆったりと優しい時間が流れる新世界で暮らす クダンちゃんの摩訶不思議な日常を描いた、ほんわかコメディ。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「60」まで済。

軍艦少女は死に至る夢を見る【船魄紹介まとめ】

takahiro
キャラ文芸
同名の小説「軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/176458335/571869563)のキャラ紹介だけを纏めたものです。 小説全体に散らばっていて見返しづらくなっていたので、別に独立させることにしました。内容は全く同じです。本編の内容自体に触れることは少ないので大してネタバレにはなりませんが、誰が登場するかを楽しみにしておきたい方はブラウザバックしてください。 なお挿絵は全てAI加筆なので雰囲気程度です。

二談怪

三塚 章
ホラー
「怖い話を教えてくれませんか」  動画配信者を名乗る青年は、出会う者にネタとなりそうな怖い話をねだる。 ねだられた者は、乞われるままに自身の奇妙な体験を語る。 同世界観の短編連作。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

美緒と狐とあやかし語り〜あなたのお悩み、解決します!〜

星名柚花(恋愛小説大賞参加中)
キャラ文芸
夏祭りの夜、あやかしの里に迷い込んだ美緒を助けてくれたのは、小さな子狐だった。 「いつかきっとまた会おうね」 約束は果たされることなく月日は過ぎ、高校生になった美緒のもとに現れたのは子狐の兄・朝陽。 実は子狐は一年前に亡くなっていた。 朝陽は弟が果たせなかった望みを叶えるために、人の世界で暮らすあやかしの手助けをしたいのだという。 美緒は朝陽に協力を申し出、あやかしたちと関わり合っていくことになり…?

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと78隻!(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。もちろんがっつり性描写はないですが、GL要素大いにありです。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。また、船魄紹介だけを別にまとめてありますので、見返したい時はご利用ください(https://www.alphapolis.co.jp/novel/176458335/696934273)。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。  ●お気に入りや感想などよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

処理中です...