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【第十九章、非公開文書】
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参加の申し込みを決意した翌日、クラリサから、図書館の制限区域への入室を許可されたことを告げられた。
「大会まで三日ある。その間も無駄にできないだろうと、殿下のご慈悲だ。感謝しろ」
どうやら、レーヴが優勝する気で一杯だという情報が、ある方面から伝わったらしい。
その日のうちに、早速、権利を行使した。
人が誰もいないフロア。
預かった鍵を扉に挿したが、片手で回せないほど重い。
部屋の中はカビの匂いで満ち、この場所に、長らく人が足を踏み入れていないのは明らかだ。
歩くと、雪の上を歩いたように床に足跡がついた。
蔵書の大半は、戦術や武具に関してのものだった。残りの半分は政治や思想、宗教に関するもの。いわゆる、禁書というやつだ。
人の出入りが少ないのは、国として安定していたことの証だろう。
石やアビリティに関する書籍は予想外に少なく、ただ、その中にあった。非常に重要な文献が。
人の獣化に関する研究、というタイトルに思わず息が止まった。手に取ると、かなりの年季を感じさせる。
発行年代が刻印されておらず、おそらく、百年か、二百年以上前だろう。
開こうとすると、紙が固着していて、一ページめくるのも一苦労だ。
書かれていた内容に、愕然とした。
それはまさに、今、ルーシャで行われているのと同じ、人体実験そのものだったのだ。
現在、公式には大陸に奴隷はいないことになっているが、当時はそうではなかったようだ。
その観察、検証のために、何人も犠牲者がいたことが見て取れる。
結論の多くは、これまですでに聞いたことのある内容だ。すなわち、全員が獣化するわけでなく、おそらく、血の型によるのだろうという仮説など。
ただ一つ、まだ知らぬ知見が記載されていた。
それは、黒灰石が癒着して時間が経過すると、周囲の部位が同化してしまうという事実だ。その後に、石だけを取り出しても、緩やかに獣化が進行すること。そして――その状態で、治癒のアビリティを使うと、悪化が加速するのだという。
獣化を完全に防ぐためには、石を埋め込んだ周囲をすべて取り去るしかないらしい。
ヘンドリカの母で言えば、脚の切断だ。
切って取り出し、治癒で修復する、という、そんな荒療治が最終手段として残っていることが、ずっと心の拠り所だった。
それが使えないという事実に、一度は、目の前が真っ暗になった。
ただ、その翌日、今度は希望の光がみつかる。
数百年にわたる、歴代の、特殊様式の記録が残っていたのだ。
発行元はナヴァル王国だ。帝国との関係を鑑みれば、こんな重要な情報を敵国に渡すはずはなく、おそらくは違法な手段で手に入れたのだろう。
特殊様式にはおそらく発見順だろう、番号が振られていて、エーテルの吸気制限や重力制御などこれまで聞いたことのあるものも含め、全部で三十種類以上あった。
蘇生は、成功率がかなり低いようで、仮に上手くいっても、元通りの人間にならないことは、普通のことらしい。
他にも、目や耳、鼻の感覚が鳥や犬並みになったり、離れた場所の人間と意思疎通できる、などというものまであった。
最後の五つには、星印がついていて、おそらく、保存されているという意味だと推測される。数が少ない理由は、凍結の方法が発見された時期との兼ね合いだろう。
三十番は水割り。川や湖の水を押しのけ、溺れた人を助けたり、水に落ちた物を探せるらしい。
三十一番は石化。砂を一瞬で石にできるようで、王都の主要な道が歩きやすく整備されているのは、きっとこれを使ったのだろう。
その次にあった。獣化の進行を止められそうな一つが。
そして様式番号三十二番。
それは、黒灰石の寿命を一瞬で尽きさせるスタイル。
仕組みは単純で、エーテルを石に強制的に送り込み、本来であれば何年、何十年とある命数を一瞬で削り取る。
当然、獣鬼にも有効なはずだが、圧倒的な欠点が一つ。それは黒灰石に触れなければ効果がないということ。
ヘンドリカの母に対して使うには、皮膚を切り、石を露出させて、このスタイルを転写した霊石を触れさせる、だ。
当然、治癒のソーサラーが必要だし、霊石が凍結保存されているであろう王宮への侵入が、最大の難関であることに違いはない。
とはいえ、ひとまず残った課題は、王国への移動手段だけになった。
誰を頼るか、悩んだ時間はほとんどなく、荷積みの親方の元を訪ねる。
「おう、坊主。久しぶりだな。元気にしてるか」
「もし知っていたら教えてほしいんですけど。今も王国と行き来してる業者っているんですかね」
すると親方は人のいないほうにレーヴを誘導し、背をかかがめて声を落とした。
「公式には取り止めていることになっているが、もちろんいるぞ。本来なら交易には税がかかるが、国境に獣鬼が出るようになってから、帝国側の役人が全部引き払ったからな。商売人にとっては、今が稼ぎ時ってわけだ。実際、うちで荷積みする馬車のいつくかが、王国行きのはずだ」
「ちなみにおいくらですか?」
「確か、片道、金貨五枚くらいだったと思うぞ」
正価の十倍以上だったが、今はあるだけありがたい。
彼の口利きで、武闘大会の翌日の馬車の予約を無事に済ませることができた。
「大会まで三日ある。その間も無駄にできないだろうと、殿下のご慈悲だ。感謝しろ」
どうやら、レーヴが優勝する気で一杯だという情報が、ある方面から伝わったらしい。
その日のうちに、早速、権利を行使した。
人が誰もいないフロア。
預かった鍵を扉に挿したが、片手で回せないほど重い。
部屋の中はカビの匂いで満ち、この場所に、長らく人が足を踏み入れていないのは明らかだ。
歩くと、雪の上を歩いたように床に足跡がついた。
蔵書の大半は、戦術や武具に関してのものだった。残りの半分は政治や思想、宗教に関するもの。いわゆる、禁書というやつだ。
人の出入りが少ないのは、国として安定していたことの証だろう。
石やアビリティに関する書籍は予想外に少なく、ただ、その中にあった。非常に重要な文献が。
人の獣化に関する研究、というタイトルに思わず息が止まった。手に取ると、かなりの年季を感じさせる。
発行年代が刻印されておらず、おそらく、百年か、二百年以上前だろう。
開こうとすると、紙が固着していて、一ページめくるのも一苦労だ。
書かれていた内容に、愕然とした。
それはまさに、今、ルーシャで行われているのと同じ、人体実験そのものだったのだ。
現在、公式には大陸に奴隷はいないことになっているが、当時はそうではなかったようだ。
その観察、検証のために、何人も犠牲者がいたことが見て取れる。
結論の多くは、これまですでに聞いたことのある内容だ。すなわち、全員が獣化するわけでなく、おそらく、血の型によるのだろうという仮説など。
ただ一つ、まだ知らぬ知見が記載されていた。
それは、黒灰石が癒着して時間が経過すると、周囲の部位が同化してしまうという事実だ。その後に、石だけを取り出しても、緩やかに獣化が進行すること。そして――その状態で、治癒のアビリティを使うと、悪化が加速するのだという。
獣化を完全に防ぐためには、石を埋め込んだ周囲をすべて取り去るしかないらしい。
ヘンドリカの母で言えば、脚の切断だ。
切って取り出し、治癒で修復する、という、そんな荒療治が最終手段として残っていることが、ずっと心の拠り所だった。
それが使えないという事実に、一度は、目の前が真っ暗になった。
ただ、その翌日、今度は希望の光がみつかる。
数百年にわたる、歴代の、特殊様式の記録が残っていたのだ。
発行元はナヴァル王国だ。帝国との関係を鑑みれば、こんな重要な情報を敵国に渡すはずはなく、おそらくは違法な手段で手に入れたのだろう。
特殊様式にはおそらく発見順だろう、番号が振られていて、エーテルの吸気制限や重力制御などこれまで聞いたことのあるものも含め、全部で三十種類以上あった。
蘇生は、成功率がかなり低いようで、仮に上手くいっても、元通りの人間にならないことは、普通のことらしい。
他にも、目や耳、鼻の感覚が鳥や犬並みになったり、離れた場所の人間と意思疎通できる、などというものまであった。
最後の五つには、星印がついていて、おそらく、保存されているという意味だと推測される。数が少ない理由は、凍結の方法が発見された時期との兼ね合いだろう。
三十番は水割り。川や湖の水を押しのけ、溺れた人を助けたり、水に落ちた物を探せるらしい。
三十一番は石化。砂を一瞬で石にできるようで、王都の主要な道が歩きやすく整備されているのは、きっとこれを使ったのだろう。
その次にあった。獣化の進行を止められそうな一つが。
そして様式番号三十二番。
それは、黒灰石の寿命を一瞬で尽きさせるスタイル。
仕組みは単純で、エーテルを石に強制的に送り込み、本来であれば何年、何十年とある命数を一瞬で削り取る。
当然、獣鬼にも有効なはずだが、圧倒的な欠点が一つ。それは黒灰石に触れなければ効果がないということ。
ヘンドリカの母に対して使うには、皮膚を切り、石を露出させて、このスタイルを転写した霊石を触れさせる、だ。
当然、治癒のソーサラーが必要だし、霊石が凍結保存されているであろう王宮への侵入が、最大の難関であることに違いはない。
とはいえ、ひとまず残った課題は、王国への移動手段だけになった。
誰を頼るか、悩んだ時間はほとんどなく、荷積みの親方の元を訪ねる。
「おう、坊主。久しぶりだな。元気にしてるか」
「もし知っていたら教えてほしいんですけど。今も王国と行き来してる業者っているんですかね」
すると親方は人のいないほうにレーヴを誘導し、背をかかがめて声を落とした。
「公式には取り止めていることになっているが、もちろんいるぞ。本来なら交易には税がかかるが、国境に獣鬼が出るようになってから、帝国側の役人が全部引き払ったからな。商売人にとっては、今が稼ぎ時ってわけだ。実際、うちで荷積みする馬車のいつくかが、王国行きのはずだ」
「ちなみにおいくらですか?」
「確か、片道、金貨五枚くらいだったと思うぞ」
正価の十倍以上だったが、今はあるだけありがたい。
彼の口利きで、武闘大会の翌日の馬車の予約を無事に済ませることができた。
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