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【第十二章、帰還】
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「さっき、マシャニ村と言いましたか?」
「ええ。水のきれいな、楽園のような場所でした」
「王国がエトルリアに入ったとき、いくつかの村で、住民を保護したと記録にあります。ご存知だと思いますが、当時、あの国には優秀なソーサラーが多くいて、もちろん、治癒を使える人間も前線に派遣されていたでしょう」
記憶を確認していると、彼女は顔を上げ、真顔になった。
「何が――言いたいのですか」
「ご両親は、あなたが見ているところで亡くなられたのですか?」
その問いに、ユスティナは、これまでに見たことがないほど表情を歪めた。
「あなた……。軽々しく言っていいことと、悪いことがございます。命の恩人だからだとか、まだ子供だからだとか、そんな言い訳で許されないことだって――」
そう言って口元を抑えた。
彼女自身が自覚している通り、感情が高ぶり、制御できなくなっているようだ。
「ユスティナさんの気持ちをもてあそぶつもりなんかありません。ただ、事実を確認したいだけですから」
「だいたいっ。そんな記録、あなたがどこで見たと言うのですかっ」
「それは――今は言えません。でも、いい加減な情報でないことだけは信じて下さい。もう一度聞きますけど、ご両親がどうなったか、確認されたのですか?」
普段したことはなかったが、そのときは、自然と相手の握られた拳を掴んでいた。
彼女はその手を強く振り払い、少しだけ声を落としてこう言った。
「はっきりとはしておりません。住んでいた家はもちろん、村のほとんどが焼けてしまったのですから」
「ユスティナさんはどうやって助かったんです?」
「家の前に用水路があったのです。子供の体ならぎりぎり通れる程度の。あとで追いかけるから先に行けと、押し込まれました」
泣きながら進み、行き着いた川でずっと待っていたが、父も母もやってくることはなかったそうだ。
「今の身分になってから、何度か村を訪ねましたが、住民はすっかり入れ替わっていて、当時を知る人間は、もはやおりません」
「であれば、王国軍に保護され、治癒された可能性はありますよね。お二人が新天地で新たな生活を始めていて、娘のことを必死で探しているという」
「可能性という意味であれば。永遠に確認しようのない可能性ですが」
「もし――。もしですが、保護した人の名前がどこかに残っているとしたらどうです?」
公文書の保管場所に入った記憶がレーヴにある。徴税のため、王国に住む住民の増減はかなり厳格に管理されていた。彼女の両親が移住したなら、記録があってもおかしくない。
「もう結構です。これ以上、人の一番つらい思い出を踏みにじられては、私にも我慢の限度があります」
「王宮は石造りの頑丈な建物です。公的な書類はその地下に、何百年にもわたって保管されているはずです」
そう言うと、彼女は目線を鋭くした。
「あなた、本当に何者なのですか。獣鬼を倒したことだってそうです。ただの孤児とは思えません。いったい何が目的なのですか」
一度死に、生まれ変わった影響でスタイルを二つ持つ、亡国の第三王子。数奇な運命という意味では、彼女に負けていないはずだ。
「当面の目的は、アンナリーズを無事にここから出すことです。そのあとは――」
ヘンドリカの母の獣化を止める方法を見つける。ルノアと再会し、アンテマジックを取り戻す。王国を再建する――のはさすがに無理か。
「色々ありますけど、どれも簡単には達成できない。その色々の中に、ユスティナさんのご両親を探すことを加えるのはどうですか?」
また怒るのだろうかと、軽く身構えたが、彼女は目を大きく見開き、それから声を低くした。
「それは……あなたが協力するという意味ですか?」
彼女の両親の安否を確認するためには、まずは王宮に入る必要がある。
「ある程度の利害は一致していると思います。逆にお聞きしたいんですけど、王宮を支配している連中と、今も連絡できるツテがあったりしますか?」
「難しいですね。もとより、互いを利用するだけの関係でしたが、私は用済みとなってしまったので。先日の皇帝襲撃の際に、死んだと思われていることでしょう」
「そうですか。じゃあ、その状況を利用しますか。敵の内情に詳しい人間が味方になったのだと思えば、少しは勝算があるかもしれない」
「味方って……。私のことを、訴え出ないのですか?少なくとも、前の皇帝を死に追いやった責任は免れないはずです」
ジルドが話していた、ブラジャーなる剣豪は、きっとユスティナのことだ。ソーサラーが無力な状況で、帝国で一、二を争う剣術の腕前は、重要な戦力になるはず。確かに、裏切り行為は罰せられるべきなのだろうが――。
「いつか、皇女殿下に真実を話したほうがいいとは思いますけど――今、牢屋に入るのは本意じゃないですよね。とりあえず、ご両親の安否がわかるまでは共闘ってことでどうです?」
彼女はすぐには返事をせず、奇妙な表情でレーヴを見ていたが、やがて長い息をはいた。
「そんな身勝手が許されるとは思えませんが――。不思議と、あなたの意見には従ってみようという気にさせられます。承知しました。今後の身の処し方は、すべてそちらに従うことにいたしましょう」
そう言って、右手を差し出した。
「ええ。水のきれいな、楽園のような場所でした」
「王国がエトルリアに入ったとき、いくつかの村で、住民を保護したと記録にあります。ご存知だと思いますが、当時、あの国には優秀なソーサラーが多くいて、もちろん、治癒を使える人間も前線に派遣されていたでしょう」
記憶を確認していると、彼女は顔を上げ、真顔になった。
「何が――言いたいのですか」
「ご両親は、あなたが見ているところで亡くなられたのですか?」
その問いに、ユスティナは、これまでに見たことがないほど表情を歪めた。
「あなた……。軽々しく言っていいことと、悪いことがございます。命の恩人だからだとか、まだ子供だからだとか、そんな言い訳で許されないことだって――」
そう言って口元を抑えた。
彼女自身が自覚している通り、感情が高ぶり、制御できなくなっているようだ。
「ユスティナさんの気持ちをもてあそぶつもりなんかありません。ただ、事実を確認したいだけですから」
「だいたいっ。そんな記録、あなたがどこで見たと言うのですかっ」
「それは――今は言えません。でも、いい加減な情報でないことだけは信じて下さい。もう一度聞きますけど、ご両親がどうなったか、確認されたのですか?」
普段したことはなかったが、そのときは、自然と相手の握られた拳を掴んでいた。
彼女はその手を強く振り払い、少しだけ声を落としてこう言った。
「はっきりとはしておりません。住んでいた家はもちろん、村のほとんどが焼けてしまったのですから」
「ユスティナさんはどうやって助かったんです?」
「家の前に用水路があったのです。子供の体ならぎりぎり通れる程度の。あとで追いかけるから先に行けと、押し込まれました」
泣きながら進み、行き着いた川でずっと待っていたが、父も母もやってくることはなかったそうだ。
「今の身分になってから、何度か村を訪ねましたが、住民はすっかり入れ替わっていて、当時を知る人間は、もはやおりません」
「であれば、王国軍に保護され、治癒された可能性はありますよね。お二人が新天地で新たな生活を始めていて、娘のことを必死で探しているという」
「可能性という意味であれば。永遠に確認しようのない可能性ですが」
「もし――。もしですが、保護した人の名前がどこかに残っているとしたらどうです?」
公文書の保管場所に入った記憶がレーヴにある。徴税のため、王国に住む住民の増減はかなり厳格に管理されていた。彼女の両親が移住したなら、記録があってもおかしくない。
「もう結構です。これ以上、人の一番つらい思い出を踏みにじられては、私にも我慢の限度があります」
「王宮は石造りの頑丈な建物です。公的な書類はその地下に、何百年にもわたって保管されているはずです」
そう言うと、彼女は目線を鋭くした。
「あなた、本当に何者なのですか。獣鬼を倒したことだってそうです。ただの孤児とは思えません。いったい何が目的なのですか」
一度死に、生まれ変わった影響でスタイルを二つ持つ、亡国の第三王子。数奇な運命という意味では、彼女に負けていないはずだ。
「当面の目的は、アンナリーズを無事にここから出すことです。そのあとは――」
ヘンドリカの母の獣化を止める方法を見つける。ルノアと再会し、アンテマジックを取り戻す。王国を再建する――のはさすがに無理か。
「色々ありますけど、どれも簡単には達成できない。その色々の中に、ユスティナさんのご両親を探すことを加えるのはどうですか?」
また怒るのだろうかと、軽く身構えたが、彼女は目を大きく見開き、それから声を低くした。
「それは……あなたが協力するという意味ですか?」
彼女の両親の安否を確認するためには、まずは王宮に入る必要がある。
「ある程度の利害は一致していると思います。逆にお聞きしたいんですけど、王宮を支配している連中と、今も連絡できるツテがあったりしますか?」
「難しいですね。もとより、互いを利用するだけの関係でしたが、私は用済みとなってしまったので。先日の皇帝襲撃の際に、死んだと思われていることでしょう」
「そうですか。じゃあ、その状況を利用しますか。敵の内情に詳しい人間が味方になったのだと思えば、少しは勝算があるかもしれない」
「味方って……。私のことを、訴え出ないのですか?少なくとも、前の皇帝を死に追いやった責任は免れないはずです」
ジルドが話していた、ブラジャーなる剣豪は、きっとユスティナのことだ。ソーサラーが無力な状況で、帝国で一、二を争う剣術の腕前は、重要な戦力になるはず。確かに、裏切り行為は罰せられるべきなのだろうが――。
「いつか、皇女殿下に真実を話したほうがいいとは思いますけど――今、牢屋に入るのは本意じゃないですよね。とりあえず、ご両親の安否がわかるまでは共闘ってことでどうです?」
彼女はすぐには返事をせず、奇妙な表情でレーヴを見ていたが、やがて長い息をはいた。
「そんな身勝手が許されるとは思えませんが――。不思議と、あなたの意見には従ってみようという気にさせられます。承知しました。今後の身の処し方は、すべてそちらに従うことにいたしましょう」
そう言って、右手を差し出した。
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