上 下
77 / 127
【第十章、不幸な少女の物語】

10-1

しおりを挟む
 私が生まれたのは、今は帝国領となっているエトルリアの田舎だ。
 侵略によって焼け野原になった、マシャニという村のただ一人の生き残り。
 戦力差は圧倒的で、数日で国は陥落した。
 戦争孤児たちは集められ、労働者としてのみ生かされた。
 仮の保護者として割り当てられたのは、林業にたずさわっていた無骨な男だった。
 まだ幼かったこともあり、暴力こそ振るわれなかったが、食事はほとんど出なかった。
 山の草木や昆虫、それに小鳥を自力で確保しなければ、そして、村と両親を根絶やしにした連中への、深い恨みがなければ、そうそうに命を落としていたと思う。
 筋力や脚力といった基礎体力は、その頃無自覚に培われたのだろう。
 人生で一度目の転機は、そんな暮らしを始めて二年目、七歳のときだ。
 谷底の川で水浴びをしていたとき、崖の上から人が落ちてくるのが見えた。
 慌てて駆け寄ると、倒れていたのは、カバンや衣服に荷物をいっぱいに詰め込んだ旅人で、だが、すでに息絶えていた。よく見ると、周囲には、過去に落命した人間のものと思われる骨がいくつもあった。
 どうやら足場の悪い山岳道で、足を踏み外すことが珍しくないらしい。
 死体を見るのは、村が襲われたとき以来だったが、周囲に散らばった荷物に気を取られ、怖さを感じる暇はなかった。
 それが、初めて人から物を盗んだ瞬間だ。
 手に入れた品を、村の質屋で売り払い、買った菓子の味は今も忘れられない。
 それから、定期的に、その谷を訪れるようになった。
 数ヶ月に一度は人が死んでいて、その度、金目の物を持ち出しては換金した。
 八歳のとき。
 文字通り、人生を書き換える出来事が起きた。
 前の夜、遠くで大きな音がしたような気がしていた。
 朝日が昇るのを待ちかね、谷へと急ぐと、馬車がまるごと落ちていたのだ。馬も、中にいた人たちもすでに死んでいた。
 乗客は三人で、親子連れのようだ。三十代くらいの身なりのいい夫婦と、それから自分と同じ年くらいの少女。
 可愛らしい顔だったが、鼻と耳から血が流れ出ていて、目も開きっぱなしだった。
 これまでになく、大量の収穫がありそうだと、勇んで死体を物色していたときだ。
 少女がぶら下げていた巾着から、手帳を見つけた。
 帝都にある私立学校の生徒証のようだ。
 ユスティナ・ブラジェイと書かれた、彼女の身元証明書を手にした瞬間、それまで一度も考えたこともない、恐ろしいひらめきが起きた。
 親は二人とも、目の前で死んでいる。よく見ると、年だけではなく、背格好や髪の色もそっくりだ。
 もし――数年の時が経ったあと、この少女と入れ替わった誰かが現れたとして、それを別人だと指摘できる人間はいるだろうか。事故で記憶を失い、ずっとどこかをさまよっていたのだとしたら。
 その考えを思いつくと、歓喜で体が震えた。
 何の希望もなく、ただ、父と母の恨みを晴らすことだけを胸に抱いて生きてきた人間に対する、神様からのささやかな贈り物に違いない。
 三人から売れる物をすべて奪い取り、いつもは野生動物が骨にするのに任せていたが、そのときは、慎重を期すため、死体に火をつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...