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【第九章、白蝶貝】

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 次の日の夜、夕食の給仕をしているとき、カトリアからアンナリーズの様子を尋ねられた。
 いずれわかることだ。短い時間悩み、例の偶発的出来事を素直に伝えると、大きく目を見開き、父と目を合わせた。
「いとこに先を越されてしまったな。でも、お似合いだ。いつかそうなるかもと思っていたが、まさかこんな早くとは想像していなかった。キミの手腕に敬意を表するよ」
 そう言って口元を緩めた。
「身分の違いは問題ないんでしょうか」
 当主がどう感じているのかも気がかりだ。そちらに向き直ると、彼はまるでいつもの調子で答えた。
「貴族と平民の婚姻は珍しくない。それに、あの娘は今、貴族ではないのだ」
 あっさり受け入れられたことが意外だった。婚約が、そんなお手軽な契約であったとは。
 一日の業務を終えたあと、アンナリーズの部屋に向かった。
 彼女が研究用に保管している黒灰石を使ってもいいと、許可を得ていたのだ。
 屋敷を出て、以前にアビリティのトレーニングで、通った川原に久しぶりに立った。
 胸から革の小袋を引き抜き、そばの枝にかけ、黒灰石を地面に置く。
「さて」
 もっとも使い慣れたアビリティは重力制御だ。
 石を壊すには、持ち上げて落とすしかないが、体内にあることを想定すれば、押しつぶすしかない。
 外側から圧力をかけようとしたが、カタカタと揺れただけで終わった。
 続いて火を放ってみたが、表面がかすかに汚れた程度で、そもそも、人には向けられない。
 風に至っては、試す価値もないだろう。
「そういえば――音も出せるんだったかな」
 授業で音楽隊の話題が出たことを思い出した。
 何度か試行錯誤して、低い音が出た。空気の振動を調整すれば、高さを調整できるようだ。
 石を壊す目的をすっかり忘れ、士官学校の校歌を演奏しようと四苦八苦するが、思い通りにならない。
 人前で演奏するなど、相当の訓練が必要なのだろう。戦闘用のソーサラーではない音楽隊も、ルーシャに討たれたのだろうかと、そんなことを考えながら、音階を再現していたときだ。
 黒灰石がかすかに反応した気がした。
 音程を変えて試すうちに、高音で小刻みに震え出すことがわかった。
 さらに高くすると、振動が大きくなる。やがて耳に聞こえなくなったあたりで、森のどこかでコウモリが一斉に飛び立ち、しばらくあとに、ピシっという粉砕音がして、黒灰石にかすかなヒビが入った。
「おおっ」
 思わず声が出る。
 取り出すことはできなくとも、石の効果を失わせる程度に壊すことはできるのではないだろうか。
 ただ――体のどこにあるのか、正確な場所がわからなくては難しいだろう。さらには、石を砕くほどの圧力が、人体にどんな影響を与えるのか。
 治癒のできるソーサラーがそばに控える状況でなければ、とても試せる気がしない。
 幸い、獣化はすぐに進行する雰囲気ではなく、今は、このまま悪化しないこと祈るしかなかった。
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