75 / 127
【第九章、白蝶貝】
9-5
しおりを挟む
次の日の夜、夕食の給仕をしているとき、カトリアからアンナリーズの様子を尋ねられた。
いずれわかることだ。短い時間悩み、例の偶発的出来事を素直に伝えると、大きく目を見開き、父と目を合わせた。
「いとこに先を越されてしまったな。でも、お似合いだ。いつかそうなるかもと思っていたが、まさかこんな早くとは想像していなかった。キミの手腕に敬意を表するよ」
そう言って口元を緩めた。
「身分の違いは問題ないんでしょうか」
当主がどう感じているのかも気がかりだ。そちらに向き直ると、彼はまるでいつもの調子で答えた。
「貴族と平民の婚姻は珍しくない。それに、あの娘は今、貴族ではないのだ」
あっさり受け入れられたことが意外だった。婚約が、そんなお手軽な契約であったとは。
一日の業務を終えたあと、アンナリーズの部屋に向かった。
彼女が研究用に保管している黒灰石を使ってもいいと、許可を得ていたのだ。
屋敷を出て、以前にアビリティのトレーニングで、通った川原に久しぶりに立った。
胸から革の小袋を引き抜き、そばの枝にかけ、黒灰石を地面に置く。
「さて」
もっとも使い慣れたアビリティは重力制御だ。
石を壊すには、持ち上げて落とすしかないが、体内にあることを想定すれば、押しつぶすしかない。
外側から圧力をかけようとしたが、カタカタと揺れただけで終わった。
続いて火を放ってみたが、表面がかすかに汚れた程度で、そもそも、人には向けられない。
風に至っては、試す価値もないだろう。
「そういえば――音も出せるんだったかな」
授業で音楽隊の話題が出たことを思い出した。
何度か試行錯誤して、低い音が出た。空気の振動を調整すれば、高さを調整できるようだ。
石を壊す目的をすっかり忘れ、士官学校の校歌を演奏しようと四苦八苦するが、思い通りにならない。
人前で演奏するなど、相当の訓練が必要なのだろう。戦闘用のソーサラーではない音楽隊も、ルーシャに討たれたのだろうかと、そんなことを考えながら、音階を再現していたときだ。
黒灰石がかすかに反応した気がした。
音程を変えて試すうちに、高音で小刻みに震え出すことがわかった。
さらに高くすると、振動が大きくなる。やがて耳に聞こえなくなったあたりで、森のどこかでコウモリが一斉に飛び立ち、しばらくあとに、ピシっという粉砕音がして、黒灰石にかすかなヒビが入った。
「おおっ」
思わず声が出る。
取り出すことはできなくとも、石の効果を失わせる程度に壊すことはできるのではないだろうか。
ただ――体のどこにあるのか、正確な場所がわからなくては難しいだろう。さらには、石を砕くほどの圧力が、人体にどんな影響を与えるのか。
治癒のできるソーサラーがそばに控える状況でなければ、とても試せる気がしない。
幸い、獣化はすぐに進行する雰囲気ではなく、今は、このまま悪化しないこと祈るしかなかった。
いずれわかることだ。短い時間悩み、例の偶発的出来事を素直に伝えると、大きく目を見開き、父と目を合わせた。
「いとこに先を越されてしまったな。でも、お似合いだ。いつかそうなるかもと思っていたが、まさかこんな早くとは想像していなかった。キミの手腕に敬意を表するよ」
そう言って口元を緩めた。
「身分の違いは問題ないんでしょうか」
当主がどう感じているのかも気がかりだ。そちらに向き直ると、彼はまるでいつもの調子で答えた。
「貴族と平民の婚姻は珍しくない。それに、あの娘は今、貴族ではないのだ」
あっさり受け入れられたことが意外だった。婚約が、そんなお手軽な契約であったとは。
一日の業務を終えたあと、アンナリーズの部屋に向かった。
彼女が研究用に保管している黒灰石を使ってもいいと、許可を得ていたのだ。
屋敷を出て、以前にアビリティのトレーニングで、通った川原に久しぶりに立った。
胸から革の小袋を引き抜き、そばの枝にかけ、黒灰石を地面に置く。
「さて」
もっとも使い慣れたアビリティは重力制御だ。
石を壊すには、持ち上げて落とすしかないが、体内にあることを想定すれば、押しつぶすしかない。
外側から圧力をかけようとしたが、カタカタと揺れただけで終わった。
続いて火を放ってみたが、表面がかすかに汚れた程度で、そもそも、人には向けられない。
風に至っては、試す価値もないだろう。
「そういえば――音も出せるんだったかな」
授業で音楽隊の話題が出たことを思い出した。
何度か試行錯誤して、低い音が出た。空気の振動を調整すれば、高さを調整できるようだ。
石を壊す目的をすっかり忘れ、士官学校の校歌を演奏しようと四苦八苦するが、思い通りにならない。
人前で演奏するなど、相当の訓練が必要なのだろう。戦闘用のソーサラーではない音楽隊も、ルーシャに討たれたのだろうかと、そんなことを考えながら、音階を再現していたときだ。
黒灰石がかすかに反応した気がした。
音程を変えて試すうちに、高音で小刻みに震え出すことがわかった。
さらに高くすると、振動が大きくなる。やがて耳に聞こえなくなったあたりで、森のどこかでコウモリが一斉に飛び立ち、しばらくあとに、ピシっという粉砕音がして、黒灰石にかすかなヒビが入った。
「おおっ」
思わず声が出る。
取り出すことはできなくとも、石の効果を失わせる程度に壊すことはできるのではないだろうか。
ただ――体のどこにあるのか、正確な場所がわからなくては難しいだろう。さらには、石を砕くほどの圧力が、人体にどんな影響を与えるのか。
治癒のできるソーサラーがそばに控える状況でなければ、とても試せる気がしない。
幸い、獣化はすぐに進行する雰囲気ではなく、今は、このまま悪化しないこと祈るしかなかった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~
月見酒
ファンタジー
俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。
そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。
しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。
「ここはどこだよ!」
夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。
あげくにステータスを見ると魔力は皆無。
仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。
「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」
それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?
それから五年後。
どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。
魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!
見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる!
「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」
================================
月見酒です。
正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。
異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件
有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします!
実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。
冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、
なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。
「なーんーでーっ!」
落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。
ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。
ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。
ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。
セルフレイティングは念のため。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる