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【第七章、ヘンドリカの告白】
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偵察任務は、その将を含む前衛部隊の全滅という最悪の結末で終わった。
しかも、領地に戻った二日後、皇女がオークとゴブリンの合計三体を撃破したという、真実とは程遠い空事が、世間に喧伝されていることを知らされた。おまけに、帝宮を挙げての祝勝会まで準備されているという。
宰相は、二つの黒灰石を持ち歩き、次の帝位は皇女で決まりだと、特に摂政派に対して勢いを増しているのだそうだ。
そんな、聞くだけで不快になる噂話を知ってか知らずか、アンナリーズは、戻ってからからずっと部屋に閉じこもっていた。調理人によれば、食事もほとんど取っていないのだという。
彼女の部屋を訪ねることを躊躇していたのは、父を頼むと請われ、それを叶えられなかった相手にどんな言葉をかければいいのか、その答えが出せずにいたこともあるが、それとは別に、使用人頭であるヘンドリカの様子が、普通でなくなっていたことも大きな理由だった。
いつも淡々と業務をこなしていた彼女は、晩餐会の前後からおかしくなっていた。ずっと何かに悩んでいるようで、ときに、それを払拭しようとしているのか、極端に明るくして見せたり、時に泣いたあとのような、赤い目をしていたり。
それらが顕著になったのは、部隊が戻った直後だ。アンナリーズの父が戦死したと聞いたときの驚き方は、まるで実の父を亡くしたかのようで、体を震わせ、顔を覆って、その場に泣き崩れた。
帰還から四日後の夜。夕食のあと、辺境伯に呼び出された。
執務室にはカトリアとジルドがいた。
三人とも無言で、重苦しい雰囲気の中、父を一瞥してから、最初にカトリアが静かに口を開いた。
「あの日、いったい何が起きたのか、正確に把握しておきたいんだ。キミが目にした事実を教えてくれないか」
少しだけ悩み、宰相の企みを聞いたところから正直に伝えた。
「結果論ですが……敵と遭遇したとき、すぐにテューダー男爵の元に駆けつけていれば、違う結末になっていたのではないのかと――。すごく後悔しています」
最後にそう言うと、彼女は立ち上がり、レーヴの背にそっと触れた。
「誰の責任でもない。もっとも強い指揮権を持った人間が、全軍に戻れと指示を出したのだから。それにキミは皇女ではなく、アンナリーズを救おうとしてくれたんだろう?」
「そもそも、指揮官が行軍中に酒を飲むとか、自分には考えられません」
ジルドが椅子の背もたれをきしませてしばらく、トレイを手にしたヘンドリカが姿を見せ、彼の背筋が伸びた。
彼女は、三人の席に茶器を並べ始める。
「今回の作戦で、少し気になったことがあるんです」
「ほう。と言うと?」
左利きのカトリアが、カップの持ち手を逆に向ける様子を見て、何かの違和感があったが、その本質に気づけていなかった。
「まず大前提として、国境周辺の獣鬼はほとんどいなくなっていた。これは正しいですよね?」
「ああ。コベロス村を拠点として、かなり足を伸ばして調査したが、一度も遭遇しなかった」
「次に、今回の進軍経路は、普通に考えれば、かなり異端だと思うんです」
「確かに、な。会敵したのは、両側を森に囲まれ、見通しも悪い、こちらにとって不利な場所だった」
「はい。帝国から王国へ向かう道が三つあるうちで、戦略的にもっともあり得ない選択のはずなのに、まるでそこを通ることがわかっていたかのように獣鬼が出現しました」
「キミが言いたいのは、我々の中に情報提供者がいた、ということか」
「ええ、そうです」
そう答えようとして、できなかった。
ヘンドリカが、陶器のポットを床に落としたのだ。
ガチャンと大きな音がして、床に湯気の立つ水たまりができ、続けて、アールグレイの香りが漂った。
それだけではなかった。彼女はそのまま膝から崩れ落ち、髪を両手で掴んで嗚咽をもらし始めたのだ。
「ヘンドリカさんっ。どうしたんですかっ?!」
慌ててそばに寄ったが、目を大きく見開き、まるで悪霊にでも取り憑かれたようだ。
「ヘンドリカさんっ」
号泣する彼女を、ジルドと二人で抱え、どうにか椅子に座らせる。
顔を手で覆い隠した彼女は、声を震わせながらこう言った。
「私のせいです。私が……。私が、教えてしまったから……」
それから、彼女が魂をすり減らすように長々と告白したのは、胸を締めつけられるような物語だった。
しかも、領地に戻った二日後、皇女がオークとゴブリンの合計三体を撃破したという、真実とは程遠い空事が、世間に喧伝されていることを知らされた。おまけに、帝宮を挙げての祝勝会まで準備されているという。
宰相は、二つの黒灰石を持ち歩き、次の帝位は皇女で決まりだと、特に摂政派に対して勢いを増しているのだそうだ。
そんな、聞くだけで不快になる噂話を知ってか知らずか、アンナリーズは、戻ってからからずっと部屋に閉じこもっていた。調理人によれば、食事もほとんど取っていないのだという。
彼女の部屋を訪ねることを躊躇していたのは、父を頼むと請われ、それを叶えられなかった相手にどんな言葉をかければいいのか、その答えが出せずにいたこともあるが、それとは別に、使用人頭であるヘンドリカの様子が、普通でなくなっていたことも大きな理由だった。
いつも淡々と業務をこなしていた彼女は、晩餐会の前後からおかしくなっていた。ずっと何かに悩んでいるようで、ときに、それを払拭しようとしているのか、極端に明るくして見せたり、時に泣いたあとのような、赤い目をしていたり。
それらが顕著になったのは、部隊が戻った直後だ。アンナリーズの父が戦死したと聞いたときの驚き方は、まるで実の父を亡くしたかのようで、体を震わせ、顔を覆って、その場に泣き崩れた。
帰還から四日後の夜。夕食のあと、辺境伯に呼び出された。
執務室にはカトリアとジルドがいた。
三人とも無言で、重苦しい雰囲気の中、父を一瞥してから、最初にカトリアが静かに口を開いた。
「あの日、いったい何が起きたのか、正確に把握しておきたいんだ。キミが目にした事実を教えてくれないか」
少しだけ悩み、宰相の企みを聞いたところから正直に伝えた。
「結果論ですが……敵と遭遇したとき、すぐにテューダー男爵の元に駆けつけていれば、違う結末になっていたのではないのかと――。すごく後悔しています」
最後にそう言うと、彼女は立ち上がり、レーヴの背にそっと触れた。
「誰の責任でもない。もっとも強い指揮権を持った人間が、全軍に戻れと指示を出したのだから。それにキミは皇女ではなく、アンナリーズを救おうとしてくれたんだろう?」
「そもそも、指揮官が行軍中に酒を飲むとか、自分には考えられません」
ジルドが椅子の背もたれをきしませてしばらく、トレイを手にしたヘンドリカが姿を見せ、彼の背筋が伸びた。
彼女は、三人の席に茶器を並べ始める。
「今回の作戦で、少し気になったことがあるんです」
「ほう。と言うと?」
左利きのカトリアが、カップの持ち手を逆に向ける様子を見て、何かの違和感があったが、その本質に気づけていなかった。
「まず大前提として、国境周辺の獣鬼はほとんどいなくなっていた。これは正しいですよね?」
「ああ。コベロス村を拠点として、かなり足を伸ばして調査したが、一度も遭遇しなかった」
「次に、今回の進軍経路は、普通に考えれば、かなり異端だと思うんです」
「確かに、な。会敵したのは、両側を森に囲まれ、見通しも悪い、こちらにとって不利な場所だった」
「はい。帝国から王国へ向かう道が三つあるうちで、戦略的にもっともあり得ない選択のはずなのに、まるでそこを通ることがわかっていたかのように獣鬼が出現しました」
「キミが言いたいのは、我々の中に情報提供者がいた、ということか」
「ええ、そうです」
そう答えようとして、できなかった。
ヘンドリカが、陶器のポットを床に落としたのだ。
ガチャンと大きな音がして、床に湯気の立つ水たまりができ、続けて、アールグレイの香りが漂った。
それだけではなかった。彼女はそのまま膝から崩れ落ち、髪を両手で掴んで嗚咽をもらし始めたのだ。
「ヘンドリカさんっ。どうしたんですかっ?!」
慌ててそばに寄ったが、目を大きく見開き、まるで悪霊にでも取り憑かれたようだ。
「ヘンドリカさんっ」
号泣する彼女を、ジルドと二人で抱え、どうにか椅子に座らせる。
顔を手で覆い隠した彼女は、声を震わせながらこう言った。
「私のせいです。私が……。私が、教えてしまったから……」
それから、彼女が魂をすり減らすように長々と告白したのは、胸を締めつけられるような物語だった。
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