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【第六章、決断】

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 危機感の見えない帝国の軍人たち、どこか納得のいかない辺境伯領の貴族たちがあとに続く。
 最後に、当主とその娘、それにビュルテルマン子爵の三人が残った。
 ヘンドリカと二人、あと片付けをする横で、子爵がテーブルをドンと叩いた。
「あり得ませんぞ。獣鬼と我々エステルハージ領の部隊を戦わせる。で、敵が弱ったところにノコノコ現れ、手柄を横取りするつもりだとしか思えん。そこまでして皇女の評判を上げようなどと、そんな下衆な策略をいったい誰が思いついたのか」
 顔を赤くする彼に、辺境伯は小さくため息をついた。
「宰相だろうな。自分の出世のためであれば、皇帝でも利用すると噂だ。カトリア。お前の意見を聞かせてくれ。国境付近は安全なのか?」
「コベロス周辺は安全のようです。それまで頻出していた獣鬼が、ここ一月ほど、目撃されていません。その獣鬼についてですが、一つ、奇妙な情報を耳にしました。あくまで噂なのですが――」
 噂といったが、彼女の口調からは、それがただのデマだとは思っていないようだ。
「村の住人が森へ野草の採集に行ったとき、オークと遭遇したのですが、それが、ボロボロになった衣服を身に着けていたらしいのです」
 獣鬼に知性がないことは、周知の事実。風か何かで偶然、体にまとわりついたのだろうと、聞かされたときは、そう思ったそうだ。
「ですが、そのオークの顔が、三年ほど前、行商に出たきり、戻ってこなかった男に似ていたというのです。気づいたのは、男の許嫁だった女で、信憑性は低くないように思えました」
「つまり、お前はオークが人間の変態だと、そう言いたいのか」
「ええ」
「仮にそうだとして、最近頻出する理由の説明は可能なのか、少尉」
「そこまでは、わかりません」
 パウリーノの問いかけに、彼女は困ったような表情を見せたあと、食器をワゴンに移していたレーヴを見た。
「キミはどう思う」
 その発言に、部屋にいた全員の顔が一点を向いた。
「どうして使用人に聞くんだ」
 子爵が怪訝そうにするのを見て、辺境伯が口をはさんだ。
「こやつには、当館で執事の補佐を任せている。意見は傾聴に値することが多い。何か考えがあるなら言ってみなさい」
 意見といっても、直前にルノアからもたらされた事実くらいだ。
 情報源に余計な疑念を持たれぬよう、伝えるとしたら――。
「そう、ですね。オークの元が、少尉のおっしゃるように人だとして、これまでほとんど発見されてこなかったのは、大陸の多くの国では、遺体を火葬する習慣があったから、と考えれば、説明は可能かと思います」
 子爵が真顔になった。先を続けろ、とそんな圧力を感じる。
「獣鬼が生まれるには、黒灰石と、腐敗前の死体が必要です。その腐敗前、という状態に、もし生きた人間が含まれるのだとしたら――」
 言葉を選んでそう言うと、彼は、心底不快そうな表情に変わった。
「まさか生者しょうじゃを獣鬼にしたというのかっ。神への冒涜だっ。そのような邪悪の行為が許されるはずがないっ」
 パウリーノが吐き捨てるようにそう言うのと、ほとんど同時だった。
 パリン。
 部屋の中に心地良い音が響く。
 見ると、手元の皿を落としたヘンドリカが真っ青になり、体を震わせていた。
 カトリアが慌てたようにそばに立ち、そっと肩を抱き寄せた。
「大丈夫、私たちの領地は安全だ」
「その通りです。今のはあくまで想像の中で最悪の展開で、現実はそうはなっていないと思います」
「それはどういう意味だ、少年」
「自由自在にオークを増やせるなら、王国以外の他国へも進軍していると思うんです。ですが、実際にはそうなっていない。つまり――」
「黒灰石は簡単に人とは結合しない、と?」
「ええ」
 ルノアもそんなことを話していた。おそらく適性のようなものがあるのだろう。
 安心させるつもりだったが、ヘンドリカは、顔に手をやり、嗚咽を漏らした。
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