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【第六章、決断】
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友人の機嫌を損ねた理由がはっきりしなかったが、そのことを考える間もなく作業に追われ、慌ただしく時間がすぎる。
夕方になり、カトリアとジルドが姿を見せた。
久しぶりの親娘の再会だというのに、辺境伯は、わかるかどうか程度にうなずいただけで、抱擁はおろか、声をかけることもしなかった。
立食形式の食事の準備が整った頃、見計らったように、帝国軍の本体が到着した。
すなわち、近衛の第二中隊長を指揮官とする、総勢三百人ほどの部隊だ。
斥候にしては数が多すぎる。一戦を交えるには、兵力がまるで足りない。テューダー男爵の推察通り、皇女の経歴を飾るため、という名目が真実味を帯びる。
屋内に案内された上官たちは、辺境伯から歓待を受けたあと、貴族たちを紹介され、互いに盃を交わした。
宴もたけなわとなった一階のホール。入り口の扉が開いたかと思うと、その周辺から雑談がやみ、あっという間に室内は静寂に包まれた。
全員の視線が一つの方向に向いている。
衆目の中心に現れたユスティナ・ブラジェイは、以前に会ったときと同じく、どこか乗り気でないように見えたのは気のせいだろうか。
彼女は、足下に用意された小さな踏み台に立つと、全員に向き直った。
「このたびは、急な招集だったにもかかわらず、多くの同胞が参加してくれたことに、まずは感謝いたします。本軍の最高司令官であらせられる皇女殿下も、たいそう喜んでおられました」
給仕のため、壁際に立っていたレーヴのそばに、またフリッツがやって来た。大人ばかりで、話し相手がいないのだろう、学校にいるときよりずっと友好的だ。
「断れるわけないのにな。だいたい、現場に来ない最高司令官とか、説得力がなさすぎだよ」
それから、出陣する貴族や、士官たちが、行軍する順に紹介される。
聞かされていた通り、最初に呼ばれたのはテューダー男爵だった。
アンナリーズは、カトリアが戻ってからはずっとそばにいて、楽しげにしていたが、その瞬間、表情を曇らせた。
指揮官の挨拶のあと、レーヴは外の一般兵士たちの給仕に借り出された。
人数が中の比ではない。
料理があちこちでなくなり、その都度、厨房へ走る。
月が天空を半分ほど移動し、準備していた材料が尽きかけた頃、ようやく宴会が終わりを告げた。
少しでいいから座りたい、という願望は、あっさり却下された。このあと、辺境伯の執務室に指揮官たちが再集合して、具体的な作戦の確認をするのだという。
その日の最初のまかないは、宴会の残飯だ。
厨房で立ったまま腹に詰め込み、廊下に出たところでカトリアと遭遇した。
「久しぶりだな」
「お元気そうで。その後、どうですか」
「キミが予言した通り、あれ以来襲撃はない。ジルドと暇にしている。そういえば、あの娘と偶然再会したよ」
「そうみたいですね――。明日は出陣されるんですよね。詳細は明かされたんでしょうか」
「いや、おそらくこれからだろうな」
顔を赤くした帝国の士官たちが、階段へ向かう姿を彼女は横目に見た。
「そうでした。オレもまだ仕事が残っていたんだ。失礼します」
広間の後片付けを助っ人の村人たちに任せ、三階に駆け上がると、ヘンドリカはすでに準備を始めていた。
「遅れてすみません」
酒とお茶と茶菓子をテーブルに並べ、どうにか間に合ったと、二人で安堵の息をはいたとき、一団が姿を現した。
やってきたのは、辺境伯とテューダー男爵、フリッツの父であるパウリーノ・ビュルテルマン子爵、他に領地の貴族が二人。帝国軍からは、ユスティナ以外は、記章から推測するに、尉官の人間が三人だ。おそらく、邸内に宿泊する連中だろう。
最後にカトリアが姿を見せ、扉を静かに閉めるのを待って、宴会のときと同じく、最初に中隊長が声を出した。
「それでは、明日の進軍について、最終確認をいたします」
部屋の中央の長机に、彼女が地図を広げていると、声がした。
「その前に、一つ、よろしいですかな」
手を上げたのは、パウリーノだった。
「まだ、行き先を知らされていないのは、当方だけですかな。それと、本日、王国の敵についての情報が明らかになると、そんな噂も聞いておったのですが」
ユスティナは眉一つ動かさずに彼に目をやった。
「隣国に侵略しているのは、ルーシャです」
何の感情も見せずに言った彼女の答えに、辺境伯側の貴族から「おおっ」という喚声が起きた。
ただ、帝国軍の面々は、まるで表情を変化させず、どうやら彼らの間では、周知となっているらしい。
その対比を冷ややかに見つめていた辺境伯が、中隊長の前に進み出た。
「王国は敗れたのか?」
「まだそれは確定していないはずですが――いったいどこからそんな情報を?」
ユスティナは驚いたようにそう言った。
敵軍は王宮深部まで侵攻した。国王一家が討たれたことは、レーヴの記憶とルノアの話を総合すれば、間違いないはずだが――帝国の中枢にもまだその情報は届いていないということか。
夕方になり、カトリアとジルドが姿を見せた。
久しぶりの親娘の再会だというのに、辺境伯は、わかるかどうか程度にうなずいただけで、抱擁はおろか、声をかけることもしなかった。
立食形式の食事の準備が整った頃、見計らったように、帝国軍の本体が到着した。
すなわち、近衛の第二中隊長を指揮官とする、総勢三百人ほどの部隊だ。
斥候にしては数が多すぎる。一戦を交えるには、兵力がまるで足りない。テューダー男爵の推察通り、皇女の経歴を飾るため、という名目が真実味を帯びる。
屋内に案内された上官たちは、辺境伯から歓待を受けたあと、貴族たちを紹介され、互いに盃を交わした。
宴もたけなわとなった一階のホール。入り口の扉が開いたかと思うと、その周辺から雑談がやみ、あっという間に室内は静寂に包まれた。
全員の視線が一つの方向に向いている。
衆目の中心に現れたユスティナ・ブラジェイは、以前に会ったときと同じく、どこか乗り気でないように見えたのは気のせいだろうか。
彼女は、足下に用意された小さな踏み台に立つと、全員に向き直った。
「このたびは、急な招集だったにもかかわらず、多くの同胞が参加してくれたことに、まずは感謝いたします。本軍の最高司令官であらせられる皇女殿下も、たいそう喜んでおられました」
給仕のため、壁際に立っていたレーヴのそばに、またフリッツがやって来た。大人ばかりで、話し相手がいないのだろう、学校にいるときよりずっと友好的だ。
「断れるわけないのにな。だいたい、現場に来ない最高司令官とか、説得力がなさすぎだよ」
それから、出陣する貴族や、士官たちが、行軍する順に紹介される。
聞かされていた通り、最初に呼ばれたのはテューダー男爵だった。
アンナリーズは、カトリアが戻ってからはずっとそばにいて、楽しげにしていたが、その瞬間、表情を曇らせた。
指揮官の挨拶のあと、レーヴは外の一般兵士たちの給仕に借り出された。
人数が中の比ではない。
料理があちこちでなくなり、その都度、厨房へ走る。
月が天空を半分ほど移動し、準備していた材料が尽きかけた頃、ようやく宴会が終わりを告げた。
少しでいいから座りたい、という願望は、あっさり却下された。このあと、辺境伯の執務室に指揮官たちが再集合して、具体的な作戦の確認をするのだという。
その日の最初のまかないは、宴会の残飯だ。
厨房で立ったまま腹に詰め込み、廊下に出たところでカトリアと遭遇した。
「久しぶりだな」
「お元気そうで。その後、どうですか」
「キミが予言した通り、あれ以来襲撃はない。ジルドと暇にしている。そういえば、あの娘と偶然再会したよ」
「そうみたいですね――。明日は出陣されるんですよね。詳細は明かされたんでしょうか」
「いや、おそらくこれからだろうな」
顔を赤くした帝国の士官たちが、階段へ向かう姿を彼女は横目に見た。
「そうでした。オレもまだ仕事が残っていたんだ。失礼します」
広間の後片付けを助っ人の村人たちに任せ、三階に駆け上がると、ヘンドリカはすでに準備を始めていた。
「遅れてすみません」
酒とお茶と茶菓子をテーブルに並べ、どうにか間に合ったと、二人で安堵の息をはいたとき、一団が姿を現した。
やってきたのは、辺境伯とテューダー男爵、フリッツの父であるパウリーノ・ビュルテルマン子爵、他に領地の貴族が二人。帝国軍からは、ユスティナ以外は、記章から推測するに、尉官の人間が三人だ。おそらく、邸内に宿泊する連中だろう。
最後にカトリアが姿を見せ、扉を静かに閉めるのを待って、宴会のときと同じく、最初に中隊長が声を出した。
「それでは、明日の進軍について、最終確認をいたします」
部屋の中央の長机に、彼女が地図を広げていると、声がした。
「その前に、一つ、よろしいですかな」
手を上げたのは、パウリーノだった。
「まだ、行き先を知らされていないのは、当方だけですかな。それと、本日、王国の敵についての情報が明らかになると、そんな噂も聞いておったのですが」
ユスティナは眉一つ動かさずに彼に目をやった。
「隣国に侵略しているのは、ルーシャです」
何の感情も見せずに言った彼女の答えに、辺境伯側の貴族から「おおっ」という喚声が起きた。
ただ、帝国軍の面々は、まるで表情を変化させず、どうやら彼らの間では、周知となっているらしい。
その対比を冷ややかに見つめていた辺境伯が、中隊長の前に進み出た。
「王国は敗れたのか?」
「まだそれは確定していないはずですが――いったいどこからそんな情報を?」
ユスティナは驚いたようにそう言った。
敵軍は王宮深部まで侵攻した。国王一家が討たれたことは、レーヴの記憶とルノアの話を総合すれば、間違いないはずだが――帝国の中枢にもまだその情報は届いていないということか。
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