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【第六章、決断】

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 テューダー男爵は、兵力増強のため、借金をして傭兵を集めたらしい。
 宰相がそうしたように、単なる偵察だと白を切れば良かったはずだが、アンナリーズによれば、オークと遭遇する可能性が高いのだと正直に伝えたせいで、通常の三倍の金を払うはめになってしまったという。
 出陣の前日。
 前線基地に指名された辺境伯の屋敷に、混成軍の将たちが次々に集まってきた。
 ヘンドリカは、朝の一つ目の鐘が鳴る前から、大車輪の忙しさだ。
 一般の兵士たちは、野営するようだが、上官たちには部屋を用意しなくてはならない。ゲストルームを総動員し、使用人全員をレーヴたちの部屋に押し込み、それでもぎりぎりの状況だ。
「アンナリーズ様は、一晩、ご実家に戻っていただき、その部屋を中隊長にあてがうことにしましょう」
 食堂も、料理長だけではまるで足りず、村の女たちが駆り出されていた。
「レーヴ。どこですか?使いを頼まれて下さい。大急ぎです」
 鳩が何度も飛来し、そのたびに晩餐会への参加人数が増えていく。
 不足分の食材の補充のため、何度めかの買い出しに出たときだった。
 道と雑木の境目あたりに人がいた。薄汚れたフード付きコートを着た女のようだ。
 村の人間にしては奇妙な格好だなと、横目に見ながら通り過ぎようとしたとき、相手が頭の覆いを取り外しながら、近づいてきた。
 襲われるのかと、身構え、続けてそれが誰かを認識して、思わず「あっ」と声を上げてしまった。
「ルノア……」
「お久しぶりですね、殿下」
 次の瞬間、彼女を抱擁していた。
 過去に経験したことのない感覚だ。おそらく、前の人生でも、この体でも、誰かとの再会に、ここまで感動したことはない。
 女子と密着していることに意識が戻り、慌てて離れると、彼女はいたずらっぽい表情を見せた。
「随分と人が変わったようですね。もしかして、また中身が入れ替わっているのですか」
「そうじゃなくて。君と別れたあと、色々あったせいで、めちゃくちゃ懐かしく感じたんだ。それにしても、よく、ここがわかったな」
「コベロス村で、以前に共闘したあの女の軍人にあったのです」
 カトリアはやたら感激していたそうだ。誰かと尋ねるジルドに、素性を明かしたがっていたらしいが、どうにか秘密を守ってくれたという。
「そうだったのか。でも、元気そうで本当に良かったよ」
 あのとき話していた通り、闇医者として日銭を稼ぎながら、旅を続けていたようだ。幸い、これまで、レネゲードとして、追われるような目には遭っていないらしい。
「ここに来たってことは、つまり――」
「ええ。王国の侵略者の情報を得たのです。今、少しだけ話せますか?」
 急ぎの用はあったが、見知らぬ帝国軍人の料理の量が減ることより、彼女の身の上話のほうがよほど重要だ。
「ぜひ頼む」
「承知しました。殿下と別れたあと、拙者は北へ向かったんです」
 しばらくして、片腕を失くした元王国の将校と知り合った。男は、諜報部に所属していたらしく、その傷口を治癒していたとき、詳しいことを教えられたのだという。
「まず、敵の本体ですが、ルーシャです」
 過去に、王国から分離、独立した数少ない国の一つだ。
 賭博が合法化され、麻薬が簡単に手に入る環境らしく、治安が良くない。ルーシャと隣接する国は、国境の警備をやたら厳重にしているという。
 王国に反目しているという意味で、可能性が高いと考えられていて、それ自体に驚きはなかった。
「国力にはかなりの差があったはずなのに、いったい、何が起きたんだろう」
「それにも答えがあるんです」
 それから彼女が語った事実は、およそ人間が想像できる範囲を超えていた。
 彼らは、人間を兵器として魔改造する研究を極秘裏に進めてきたというのだ。
「兵器としてって――いったいどうやって?」
「黒灰石を生きた人間に埋め込むのです。何が起きると思いますか?」
 動物の死骸と融合して、獣鬼が生まれる。それを生きた人間で試したというのか!?
「施術した箇所の筋力や皮膚の強度が著しく向上するんだそうです。脚や腕といった部位を増強し、強力な兵士を作ろうとしていたのだと。多くは失敗に終わるそうですが、十人に一人とかの割合で、体に変化が現れる」
 オークとの戦闘を思い出した。あんな腕力を持った人間がいれば、確かに、相当な脅威になりそうだ。
「非人道的、なんて言葉が軽く感じるな。兵士たちは納得していたんだろうか」
「博打で作った借金を棒引きにする、という触れ込みで集められたようです。もちろん、本人たちは行った先で何をされるのか、わかっていなかったんでしょう。それで、話はまだ終わりじゃないんですよ」
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