50 / 127
【第六章、決断】
6-1
しおりを挟む
テューダー男爵は、兵力増強のため、借金をして傭兵を集めたらしい。
宰相がそうしたように、単なる偵察だと白を切れば良かったはずだが、アンナリーズによれば、オークと遭遇する可能性が高いのだと正直に伝えたせいで、通常の三倍の金を払うはめになってしまったという。
出陣の前日。
前線基地に指名された辺境伯の屋敷に、混成軍の将たちが次々に集まってきた。
ヘンドリカは、朝の一つ目の鐘が鳴る前から、大車輪の忙しさだ。
一般の兵士たちは、野営するようだが、上官たちには部屋を用意しなくてはならない。ゲストルームを総動員し、使用人全員をレーヴたちの部屋に押し込み、それでもぎりぎりの状況だ。
「アンナリーズ様は、一晩、ご実家に戻っていただき、その部屋を中隊長にあてがうことにしましょう」
食堂も、料理長だけではまるで足りず、村の女たちが駆り出されていた。
「レーヴ。どこですか?使いを頼まれて下さい。大急ぎです」
鳩が何度も飛来し、そのたびに晩餐会への参加人数が増えていく。
不足分の食材の補充のため、何度めかの買い出しに出たときだった。
道と雑木の境目あたりに人がいた。薄汚れたフード付きコートを着た女のようだ。
村の人間にしては奇妙な格好だなと、横目に見ながら通り過ぎようとしたとき、相手が頭の覆いを取り外しながら、近づいてきた。
襲われるのかと、身構え、続けてそれが誰かを認識して、思わず「あっ」と声を上げてしまった。
「ルノア……」
「お久しぶりですね、殿下」
次の瞬間、彼女を抱擁していた。
過去に経験したことのない感覚だ。おそらく、前の人生でも、この体でも、誰かとの再会に、ここまで感動したことはない。
女子と密着していることに意識が戻り、慌てて離れると、彼女はいたずらっぽい表情を見せた。
「随分と人が変わったようですね。もしかして、また中身が入れ替わっているのですか」
「そうじゃなくて。君と別れたあと、色々あったせいで、めちゃくちゃ懐かしく感じたんだ。それにしても、よく、ここがわかったな」
「コベロス村で、以前に共闘したあの女の軍人にあったのです」
カトリアはやたら感激していたそうだ。誰かと尋ねるジルドに、素性を明かしたがっていたらしいが、どうにか秘密を守ってくれたという。
「そうだったのか。でも、元気そうで本当に良かったよ」
あのとき話していた通り、闇医者として日銭を稼ぎながら、旅を続けていたようだ。幸い、これまで、レネゲードとして、追われるような目には遭っていないらしい。
「ここに来たってことは、つまり――」
「ええ。王国の侵略者の情報を得たのです。今、少しだけ話せますか?」
急ぎの用はあったが、見知らぬ帝国軍人の料理の量が減ることより、彼女の身の上話のほうがよほど重要だ。
「ぜひ頼む」
「承知しました。殿下と別れたあと、拙者は北へ向かったんです」
しばらくして、片腕を失くした元王国の将校と知り合った。男は、諜報部に所属していたらしく、その傷口を治癒していたとき、詳しいことを教えられたのだという。
「まず、敵の本体ですが、ルーシャです」
過去に、王国から分離、独立した数少ない国の一つだ。
賭博が合法化され、麻薬が簡単に手に入る環境らしく、治安が良くない。ルーシャと隣接する国は、国境の警備をやたら厳重にしているという。
王国に反目しているという意味で、可能性が高いと考えられていて、それ自体に驚きはなかった。
「国力にはかなりの差があったはずなのに、いったい、何が起きたんだろう」
「それにも答えがあるんです」
それから彼女が語った事実は、およそ人間が想像できる範囲を超えていた。
彼らは、人間を兵器として魔改造する研究を極秘裏に進めてきたというのだ。
「兵器としてって――いったいどうやって?」
「黒灰石を生きた人間に埋め込むのです。何が起きると思いますか?」
動物の死骸と融合して、獣鬼が生まれる。それを生きた人間で試したというのか!?
「施術した箇所の筋力や皮膚の強度が著しく向上するんだそうです。脚や腕といった部位を増強し、強力な兵士を作ろうとしていたのだと。多くは失敗に終わるそうですが、十人に一人とかの割合で、体に変化が現れる」
オークとの戦闘を思い出した。あんな腕力を持った人間がいれば、確かに、相当な脅威になりそうだ。
「非人道的、なんて言葉が軽く感じるな。兵士たちは納得していたんだろうか」
「博打で作った借金を棒引きにする、という触れ込みで集められたようです。もちろん、本人たちは行った先で何をされるのか、わかっていなかったんでしょう。それで、話はまだ終わりじゃないんですよ」
宰相がそうしたように、単なる偵察だと白を切れば良かったはずだが、アンナリーズによれば、オークと遭遇する可能性が高いのだと正直に伝えたせいで、通常の三倍の金を払うはめになってしまったという。
出陣の前日。
前線基地に指名された辺境伯の屋敷に、混成軍の将たちが次々に集まってきた。
ヘンドリカは、朝の一つ目の鐘が鳴る前から、大車輪の忙しさだ。
一般の兵士たちは、野営するようだが、上官たちには部屋を用意しなくてはならない。ゲストルームを総動員し、使用人全員をレーヴたちの部屋に押し込み、それでもぎりぎりの状況だ。
「アンナリーズ様は、一晩、ご実家に戻っていただき、その部屋を中隊長にあてがうことにしましょう」
食堂も、料理長だけではまるで足りず、村の女たちが駆り出されていた。
「レーヴ。どこですか?使いを頼まれて下さい。大急ぎです」
鳩が何度も飛来し、そのたびに晩餐会への参加人数が増えていく。
不足分の食材の補充のため、何度めかの買い出しに出たときだった。
道と雑木の境目あたりに人がいた。薄汚れたフード付きコートを着た女のようだ。
村の人間にしては奇妙な格好だなと、横目に見ながら通り過ぎようとしたとき、相手が頭の覆いを取り外しながら、近づいてきた。
襲われるのかと、身構え、続けてそれが誰かを認識して、思わず「あっ」と声を上げてしまった。
「ルノア……」
「お久しぶりですね、殿下」
次の瞬間、彼女を抱擁していた。
過去に経験したことのない感覚だ。おそらく、前の人生でも、この体でも、誰かとの再会に、ここまで感動したことはない。
女子と密着していることに意識が戻り、慌てて離れると、彼女はいたずらっぽい表情を見せた。
「随分と人が変わったようですね。もしかして、また中身が入れ替わっているのですか」
「そうじゃなくて。君と別れたあと、色々あったせいで、めちゃくちゃ懐かしく感じたんだ。それにしても、よく、ここがわかったな」
「コベロス村で、以前に共闘したあの女の軍人にあったのです」
カトリアはやたら感激していたそうだ。誰かと尋ねるジルドに、素性を明かしたがっていたらしいが、どうにか秘密を守ってくれたという。
「そうだったのか。でも、元気そうで本当に良かったよ」
あのとき話していた通り、闇医者として日銭を稼ぎながら、旅を続けていたようだ。幸い、これまで、レネゲードとして、追われるような目には遭っていないらしい。
「ここに来たってことは、つまり――」
「ええ。王国の侵略者の情報を得たのです。今、少しだけ話せますか?」
急ぎの用はあったが、見知らぬ帝国軍人の料理の量が減ることより、彼女の身の上話のほうがよほど重要だ。
「ぜひ頼む」
「承知しました。殿下と別れたあと、拙者は北へ向かったんです」
しばらくして、片腕を失くした元王国の将校と知り合った。男は、諜報部に所属していたらしく、その傷口を治癒していたとき、詳しいことを教えられたのだという。
「まず、敵の本体ですが、ルーシャです」
過去に、王国から分離、独立した数少ない国の一つだ。
賭博が合法化され、麻薬が簡単に手に入る環境らしく、治安が良くない。ルーシャと隣接する国は、国境の警備をやたら厳重にしているという。
王国に反目しているという意味で、可能性が高いと考えられていて、それ自体に驚きはなかった。
「国力にはかなりの差があったはずなのに、いったい、何が起きたんだろう」
「それにも答えがあるんです」
それから彼女が語った事実は、およそ人間が想像できる範囲を超えていた。
彼らは、人間を兵器として魔改造する研究を極秘裏に進めてきたというのだ。
「兵器としてって――いったいどうやって?」
「黒灰石を生きた人間に埋め込むのです。何が起きると思いますか?」
動物の死骸と融合して、獣鬼が生まれる。それを生きた人間で試したというのか!?
「施術した箇所の筋力や皮膚の強度が著しく向上するんだそうです。脚や腕といった部位を増強し、強力な兵士を作ろうとしていたのだと。多くは失敗に終わるそうですが、十人に一人とかの割合で、体に変化が現れる」
オークとの戦闘を思い出した。あんな腕力を持った人間がいれば、確かに、相当な脅威になりそうだ。
「非人道的、なんて言葉が軽く感じるな。兵士たちは納得していたんだろうか」
「博打で作った借金を棒引きにする、という触れ込みで集められたようです。もちろん、本人たちは行った先で何をされるのか、わかっていなかったんでしょう。それで、話はまだ終わりじゃないんですよ」
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~
月見酒
ファンタジー
俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。
そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。
しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。
「ここはどこだよ!」
夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。
あげくにステータスを見ると魔力は皆無。
仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。
「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」
それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?
それから五年後。
どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。
魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!
見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる!
「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」
================================
月見酒です。
正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。
異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件
有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします!
実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。
冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、
なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。
「なーんーでーっ!」
落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。
ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。
ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。
ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。
セルフレイティングは念のため。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる