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【第五章、暗転】
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アドリアーノ・テューダーの元に、帝都から出頭命令が来たのは、二日前のことだった。
招集事由は納税額の確認について。
領地を持たぬ貴族は、軍務や土木に従事し、その働きに応じて報酬が支払われる。あるいは、個別に商売を行う者もいるらしく、税は総収入に応じて、年度末に一括して収める決まりなのだそうだ。
ただ、金額は爵位に応じてほとんど一定。これまで、それに物言いがついたことなど、一度もなかった。
「それが、突然の呼び出しだ。しかも、行った先にいたのは財務卿などではなく、なぜか宰相のデク・ゲラーシだった」
一年分の書類を持参したにも関わらず、会談は、世間話程度ですぐに終わる。不思議に思いながら、帰路につこうとしたが、夜会への参加を誘われ、彼の館に一泊することになった。
そして、次の日が今日だ。
遅い朝食を取っていたところにゲラーシが現れ、娘が逮捕されたと伝えられたという。
「三年の禁錮だと。ただし、わしのこれまでの功績に免じて、ある条件を飲めば、すぐに釈放しても良いと言われた」
「条件?お父様、いったい何を約束したの?」
「偵察任務への参加表明と、その先陣を切ることだ」
彼はそこまで話したところで、口をぎゅっと結んだ。
アンナリーズが不安そうにレーヴを見る。
「偵察って……。いったいどういうこと……?」
「確かに、謎が多すぎる。時間から考えても、宰相は、リーズが捕まることはおろか、収監される未来まで知っていた――。違う、逆かもしれない。テューダー男爵を尖兵にするため、こんな手の込んだ芝居を仕組んだのかも。でも、いったいどうして――」
そう言うと、アドリアーノは、レーヴを鋭い眼光で睨んだ。
「小僧に一つ、教えてやろう。政事の話だ。帝都は今、二つの勢力に割れている。すなわち、皇子を時期皇帝としたい摂政派と、皇女をかつぐ宰相派だ」
本来、男子がいる場合、帝位は皇子が継ぐのが慣例だ。ただ、今の皇子は第二子でまだ六歳。皇帝の体調がここ数年、すぐれないという噂がまことしやかに語られる状況の中、十八歳で、第一子の皇女の即位があっても、不思議はない。
「つまり――。男爵を呼び寄せたのが宰相閣下で、今回、リーズさんをとらえたのが、近衛の第二中隊長だったことを考えると、一連の騒動を仕組んだのは、皇女派の人間だったということになりますか」
ただ、それでも謎が残る。
偵察任務の詳細は不明だが、こんな面倒をせずとも、勅命として、テューダー男爵を招集すれば良かっただけではないのか。
「これはわしの推測だがな。おそらく、宰相たちは、皇女が次期皇帝に資すると、帝国民に訴えるための実績を作りたいと、そう考えているんだろう。すなわち、今回の進軍には、皇女一行が帯同するはずだ」
「皇女殿下の功績となるような出征、ですか。いったいどこに行くつもりなんでしょう」
答えを期待していた、というよりは、レーヴ自身の考えをまとめようと口にした言葉に、アドリアーノは即答した。
「はっきりとは聞かされておらんが、普通の任務ではないはずだ。こんな手の込んだ真似をしとるのだからな」
「そんなっ。私のせいで、お父様が危険な目に遭うだなんて……」
アンナリーズは口元に手をやり、目に涙を浮かべた。
強引とも言える手段で、武勇の誉れ高いテューダー男爵に先頭を任せるのは、他の部隊であれば逃げ出しても不思議ではない相手、ということだろうか。
皇族の勅命ではなく、本人からの意志にする理由――。
戦死が確実で、皇女に呵責を感じさせないため?
今、帝国周辺でもっとも危険な相手と言われて、思い浮かべる敵は、一つしかない。
「まさか進軍先というのは――」
レーヴは言葉をためらったが、男爵は小さくうなずき、そして続けた。
「王国方面、だろうな。ゴブリンやトロールならともかく、以前は、オークなど、十年に一度見かけるかどうかだったというのに、今は国境付近で頻出すると聞く。おかしな時代になったものだ」
アドリアーノは悲しげにそう言って、それっきり口を閉ざした。彼はすべてを悟った上で、一人娘を助けるため、その策略に乗ったのだ。
招集事由は納税額の確認について。
領地を持たぬ貴族は、軍務や土木に従事し、その働きに応じて報酬が支払われる。あるいは、個別に商売を行う者もいるらしく、税は総収入に応じて、年度末に一括して収める決まりなのだそうだ。
ただ、金額は爵位に応じてほとんど一定。これまで、それに物言いがついたことなど、一度もなかった。
「それが、突然の呼び出しだ。しかも、行った先にいたのは財務卿などではなく、なぜか宰相のデク・ゲラーシだった」
一年分の書類を持参したにも関わらず、会談は、世間話程度ですぐに終わる。不思議に思いながら、帰路につこうとしたが、夜会への参加を誘われ、彼の館に一泊することになった。
そして、次の日が今日だ。
遅い朝食を取っていたところにゲラーシが現れ、娘が逮捕されたと伝えられたという。
「三年の禁錮だと。ただし、わしのこれまでの功績に免じて、ある条件を飲めば、すぐに釈放しても良いと言われた」
「条件?お父様、いったい何を約束したの?」
「偵察任務への参加表明と、その先陣を切ることだ」
彼はそこまで話したところで、口をぎゅっと結んだ。
アンナリーズが不安そうにレーヴを見る。
「偵察って……。いったいどういうこと……?」
「確かに、謎が多すぎる。時間から考えても、宰相は、リーズが捕まることはおろか、収監される未来まで知っていた――。違う、逆かもしれない。テューダー男爵を尖兵にするため、こんな手の込んだ芝居を仕組んだのかも。でも、いったいどうして――」
そう言うと、アドリアーノは、レーヴを鋭い眼光で睨んだ。
「小僧に一つ、教えてやろう。政事の話だ。帝都は今、二つの勢力に割れている。すなわち、皇子を時期皇帝としたい摂政派と、皇女をかつぐ宰相派だ」
本来、男子がいる場合、帝位は皇子が継ぐのが慣例だ。ただ、今の皇子は第二子でまだ六歳。皇帝の体調がここ数年、すぐれないという噂がまことしやかに語られる状況の中、十八歳で、第一子の皇女の即位があっても、不思議はない。
「つまり――。男爵を呼び寄せたのが宰相閣下で、今回、リーズさんをとらえたのが、近衛の第二中隊長だったことを考えると、一連の騒動を仕組んだのは、皇女派の人間だったということになりますか」
ただ、それでも謎が残る。
偵察任務の詳細は不明だが、こんな面倒をせずとも、勅命として、テューダー男爵を招集すれば良かっただけではないのか。
「これはわしの推測だがな。おそらく、宰相たちは、皇女が次期皇帝に資すると、帝国民に訴えるための実績を作りたいと、そう考えているんだろう。すなわち、今回の進軍には、皇女一行が帯同するはずだ」
「皇女殿下の功績となるような出征、ですか。いったいどこに行くつもりなんでしょう」
答えを期待していた、というよりは、レーヴ自身の考えをまとめようと口にした言葉に、アドリアーノは即答した。
「はっきりとは聞かされておらんが、普通の任務ではないはずだ。こんな手の込んだ真似をしとるのだからな」
「そんなっ。私のせいで、お父様が危険な目に遭うだなんて……」
アンナリーズは口元に手をやり、目に涙を浮かべた。
強引とも言える手段で、武勇の誉れ高いテューダー男爵に先頭を任せるのは、他の部隊であれば逃げ出しても不思議ではない相手、ということだろうか。
皇族の勅命ではなく、本人からの意志にする理由――。
戦死が確実で、皇女に呵責を感じさせないため?
今、帝国周辺でもっとも危険な相手と言われて、思い浮かべる敵は、一つしかない。
「まさか進軍先というのは――」
レーヴは言葉をためらったが、男爵は小さくうなずき、そして続けた。
「王国方面、だろうな。ゴブリンやトロールならともかく、以前は、オークなど、十年に一度見かけるかどうかだったというのに、今は国境付近で頻出すると聞く。おかしな時代になったものだ」
アドリアーノは悲しげにそう言って、それっきり口を閉ざした。彼はすべてを悟った上で、一人娘を助けるため、その策略に乗ったのだ。
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