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【第四章、表紙絵】

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 森が開けた場所で、水筒の水を飲むため、平らな岩にアンナリーズが腰を下ろしたときだ。
 微風に乗って、つい最近も嗅いだイヤな臭いがしたかと思うと、近くの茂みでガサっという音がした。
 目と鼻と耳。三つの器官が連動して、ある一つの記憶を呼び起こす。
「アンナリーズさんっ、立ってっ!」
 彼女の腕を取った瞬間、それが姿を見せた。
 種として分類するなら、それはオークだった。
 ただ、シルバーオークよりさらに五割増しの体格に、赤みがかった外皮はこれまで見たどれとも違う。
 教科書の獣鬼の章の表紙絵にもなっているそれは、初見でも分類を間違うことはなかった。
「マスター……オーク」
 一度は腰を上げた彼女だが、すとんとお尻を地面につけ、目を見開いたまま弱々しい声でそう言った。
 相手は、名を呼ばれたことに応えるかのように、木々の葉が揺れるほどの咆哮をあげる。
「早くっ。走って逃げるんですっ!」
 彼女は、おそらくは、「わかった」と、返事をしたのだと思うが、口が動いただけで、立ち上がることなく、四つんばいになるのが精一杯だ。四肢は震え、あらわになった太ももから、黄色い液体がたれた。
 同い年の人間を背負って走れるほどに、身体はできていない。
 一歩足りとも動けない人間を守るには、敵の目をそらせる以外にない。
 剣を抜き、鞘をマスターオークに投げつけ、彼女から直角に離れた位置まで移動する。
「待って……。置いて行かないで」
 しぼり出すような涙声がしたが、今ばかりは従うわけにはいかない。
 幸運にも、と言っていいのか、敵はレーヴを最初の獲物と決めたらしい。
 地響きがするほどの大股で踏み出すと、たった二歩で距離を半分ほどに詰める。同時に、左の腕を上げ、一瞬で振り下ろしてきた。
 初撃をどうにか交わせたのは、ぎりぎりで軌跡を見極められた、というよりは、風圧で体が後方に飛ばされた影響のほうが大きかったからだ。
 倒れないよう、必死に足を踏ん張ったが、今のレーヴの実力では、防御さえままならないことは明らかだった。
 同じことはアンナリーズにも伝わったのだろう、彼女の表情が恐怖から絶望に変わる。
 防波堤になっている一人目がいなくなれば、武器も持たず、歩くこともできない彼女は、一瞬で息の根を止められるのだ。
 選択肢は二つ。このまま剣で戦うか、あるいは――。
 ルノアの言葉が頭に浮かんだ。
 今怖いのは、獣鬼ではなく、レネゲードだと知られることだと。
 だが、今ばかりは、同行者の命を救うことの優先度が高いはずだ。
 論理的思考が、前世から引き継いでいるのだとすれば、そのギフトのおかげで、頭の中が少しだけ冷めた。
 覚悟を決め、胸元に手をやり、赤燐光石の革袋を引きちぎる。
 マスターオークの第二撃が襲ってきたのは、それを投げ捨てるのと同時だった。
 アビリティを使うことそれ自体が久しぶりだったせいで、ほんのわずかだけ、うしろに下がるつもりの重力制御で、体が鳥のように飛び上がってしまった。
 獣鬼の首が真上に向き、離れた場所で、同じようにレーヴを見上げるアンナリーズの表情が、驚愕へと変わった。
 敵との距離を取れたことで、彼女はこのことを秘密にしてくれるだろうか、などと考える程度の心の余裕ができた。
 武器は剣が一本だけだ。
 最初に考えたのは、シルバーオークを倒したときと同じように、持ったまま加速する方法だ。ただ、相手の腕の長さと力が明らかに上位種のそれで、おそらくレーヴの側も無傷ではいられない。
 それなら投げて攻撃するしかないが、機会は一度だけ。動きの速さも過去の個体とは段違いの相手に、確実に仕留められるときでなければならない。短い時間迷い、最初に選んだのは火炎だった。
 致命傷は無理でも、動きを止めるくらいの効果にはなるだろう。
 手のひらを広げるとすぐに熱くなり、直後にかなりの速度で火の玉が離れていった。
 敵はそれを避けようと横に飛び、それでも、首から肩にかけてのあたりを直撃した。
 ただのオークは同じ攻撃で倒せたが、今回の相手はさすがに手強い。激しいうめき声を上げつつ、二本の足で踏ん張る。
 やはり首を落とすしかないか。
 剣を使った次の攻撃に移るか、躊躇した瞬間だった。
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