17 / 127
【第一章、コベロス村】
1-6
しおりを挟む
次に目が覚めたのは、朝一番の鐘が鳴ったときだ。
結局、反論のための適当な言い訳を見つけられぬまま、宿をあとにすることになった。
前の通りに出ると、ルノアは細い腕を水平にした。
「この先に乗り合い馬車の停留所があったはずです。あなたは、アントラーシュ帝国に向かって下さい。このあたりでは一番政情が安定してます。王国出身であることを告げなければ、危険もないでしょう」
具体的な指示を前に、急速に怖くなった。
「やっぱり――考え直さないか」
「拙者はあの夜、治癒のアビリティを使いました。女の軍人以外にも、誰かに見られていた可能性はあるんです」
それはつまり、レーヴの身を守るためだと言っているのに等しい。
「でも、お金だって、二人で分けられるほど、余裕がわるわけじゃないだろ」
「レネゲードだと腹をくくれば、やりようはありますよ。ちょうど治癒の練習もできましたし、闇医者としてやっていく自信がつきました」
会ってまだ二日の間柄とはいえ、それが強がり以外の何ものでもないことは、簡単に理解できた。
「ただ、一つだけ、懸念があるんです。あなたの身の安全の確保の方法です」
ソーサラーの中には、アビリティの使用を探知する、サーチャーと呼ばれる者がいるらしい。
特殊様式の一種で、数は多くないそうだが、これから向かうアントラーシュは王国に比肩する大国だ。治安維持を目的とする部隊に、一定数、配備されていると考えるのが妥当だという。
「捕まれば、取り調べを受けることになります。万が一、王族だとバレてしまえば、どんな扱いを受けるか――」
「人前で使わない、じゃダメなのか」
「無詠唱の人間なんか信用できませんよ。石に躓いて転びそうになったとき、とっさに発動させないと、言い切れますか?それに、認証タグが自然発光するのを見てもわかると思いますが、ソーサラーは無意識にエーテルを取り込んでいるのです。流量は少ないのでしょうが、検知されない保証は――ん?流量――」
彼女がそこまで口にしたときだ。
「あ」
二人の声が揃った。
「一つ、方法を思いつきました!」
「オレもだ。例のルノアのユニークを、霊石に転写すればいいんじゃないかっ」
彼女は大きく頷くと、周囲を見回し、家と家の間の路地へと素早く移動した。
カバンから霊石を一つずつ取り出し、光に透かす。
「これが一番、濁りが少ないですね」
それを手のひらに置くと、目を閉じ、深呼吸をした。
「古より連綿と伝わる神の御言によりて、その霊験なる力を顕現せよ。レプリカ、リミット・インテイク」
赤燐光石が一瞬だけ輝きを増し、それはすぐに元通りになった。
小さな革の袋に入れ、それを首からぶら下げる。その状態で、そばの小石に重力制御を試したが、凝視していなければわからない程度に、かすかに揺れただけだった。
「問題なさそうですね。寝るときも湯浴みをするときも、ずっと身につけておいて下さい。それと、これにはもう一つ、効用があります」
「へえ、どんな?」
「施術した人間が死ぬと、透明度が残っていても、効果が消失します。なので、拙者が存命かどうか、離れていてもわかるのです」
明るい口調で、何か前向きな内容だと想像していた分、その答えに、浮かれていた気分が急降下した。
「どうかしましたか?」
「いや、別に――。どれくらいの間、効果は持続するんだろう」
「はっきりはわかりませんが、この純度と大きさであれば、一年かそこらは大丈夫でしょう。それまでには、情報を集めて、これからの対策を決める必要がありますね」
とはいえ、住む場所が定まらなくては、手紙を送ることもできない。
「とりあえず、情報が集まってもそうでなくても、三ヶ月ほどしたら、拙者のほうから会いに行きますよ」
帝国には全土で十万の単位で国民がいるそうだ。そんな大雑把な予定を立てられても、まるで再会できる気がしない。そのことを伝えると、ルノアは明るく首を振った。
「そうでもない、と思いますよ」
「その根拠は?」
「何となくです。殿下は、遠からずその名を売っているような予感がします」
「それが悪名でなければいいけどな」
明日からの互いの生活が、どうなるのかも見通せない中、帝都行きの馬車が、人が集まるあたりに停車するのが見えた。
「一人で大丈夫ですよね」
まるで同じセリフを口にしようとして、相手が先んじたことに、思わず笑ってしまった。
「記憶もだいぶ戻ってるから。君のほうこそ、気をつけて」
最後に、持ち金を等分にし、どちらからともなく、固い握手をして、ルノアは去って行った。
たった一つの心の拠り所を失った。
本当なら、泣いて追いかけたいところだったが、歯を食いしばって耐えた。
結局、反論のための適当な言い訳を見つけられぬまま、宿をあとにすることになった。
前の通りに出ると、ルノアは細い腕を水平にした。
「この先に乗り合い馬車の停留所があったはずです。あなたは、アントラーシュ帝国に向かって下さい。このあたりでは一番政情が安定してます。王国出身であることを告げなければ、危険もないでしょう」
具体的な指示を前に、急速に怖くなった。
「やっぱり――考え直さないか」
「拙者はあの夜、治癒のアビリティを使いました。女の軍人以外にも、誰かに見られていた可能性はあるんです」
それはつまり、レーヴの身を守るためだと言っているのに等しい。
「でも、お金だって、二人で分けられるほど、余裕がわるわけじゃないだろ」
「レネゲードだと腹をくくれば、やりようはありますよ。ちょうど治癒の練習もできましたし、闇医者としてやっていく自信がつきました」
会ってまだ二日の間柄とはいえ、それが強がり以外の何ものでもないことは、簡単に理解できた。
「ただ、一つだけ、懸念があるんです。あなたの身の安全の確保の方法です」
ソーサラーの中には、アビリティの使用を探知する、サーチャーと呼ばれる者がいるらしい。
特殊様式の一種で、数は多くないそうだが、これから向かうアントラーシュは王国に比肩する大国だ。治安維持を目的とする部隊に、一定数、配備されていると考えるのが妥当だという。
「捕まれば、取り調べを受けることになります。万が一、王族だとバレてしまえば、どんな扱いを受けるか――」
「人前で使わない、じゃダメなのか」
「無詠唱の人間なんか信用できませんよ。石に躓いて転びそうになったとき、とっさに発動させないと、言い切れますか?それに、認証タグが自然発光するのを見てもわかると思いますが、ソーサラーは無意識にエーテルを取り込んでいるのです。流量は少ないのでしょうが、検知されない保証は――ん?流量――」
彼女がそこまで口にしたときだ。
「あ」
二人の声が揃った。
「一つ、方法を思いつきました!」
「オレもだ。例のルノアのユニークを、霊石に転写すればいいんじゃないかっ」
彼女は大きく頷くと、周囲を見回し、家と家の間の路地へと素早く移動した。
カバンから霊石を一つずつ取り出し、光に透かす。
「これが一番、濁りが少ないですね」
それを手のひらに置くと、目を閉じ、深呼吸をした。
「古より連綿と伝わる神の御言によりて、その霊験なる力を顕現せよ。レプリカ、リミット・インテイク」
赤燐光石が一瞬だけ輝きを増し、それはすぐに元通りになった。
小さな革の袋に入れ、それを首からぶら下げる。その状態で、そばの小石に重力制御を試したが、凝視していなければわからない程度に、かすかに揺れただけだった。
「問題なさそうですね。寝るときも湯浴みをするときも、ずっと身につけておいて下さい。それと、これにはもう一つ、効用があります」
「へえ、どんな?」
「施術した人間が死ぬと、透明度が残っていても、効果が消失します。なので、拙者が存命かどうか、離れていてもわかるのです」
明るい口調で、何か前向きな内容だと想像していた分、その答えに、浮かれていた気分が急降下した。
「どうかしましたか?」
「いや、別に――。どれくらいの間、効果は持続するんだろう」
「はっきりはわかりませんが、この純度と大きさであれば、一年かそこらは大丈夫でしょう。それまでには、情報を集めて、これからの対策を決める必要がありますね」
とはいえ、住む場所が定まらなくては、手紙を送ることもできない。
「とりあえず、情報が集まってもそうでなくても、三ヶ月ほどしたら、拙者のほうから会いに行きますよ」
帝国には全土で十万の単位で国民がいるそうだ。そんな大雑把な予定を立てられても、まるで再会できる気がしない。そのことを伝えると、ルノアは明るく首を振った。
「そうでもない、と思いますよ」
「その根拠は?」
「何となくです。殿下は、遠からずその名を売っているような予感がします」
「それが悪名でなければいいけどな」
明日からの互いの生活が、どうなるのかも見通せない中、帝都行きの馬車が、人が集まるあたりに停車するのが見えた。
「一人で大丈夫ですよね」
まるで同じセリフを口にしようとして、相手が先んじたことに、思わず笑ってしまった。
「記憶もだいぶ戻ってるから。君のほうこそ、気をつけて」
最後に、持ち金を等分にし、どちらからともなく、固い握手をして、ルノアは去って行った。
たった一つの心の拠り所を失った。
本当なら、泣いて追いかけたいところだったが、歯を食いしばって耐えた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
俺と幼女とエクスカリバー
鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。
見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
どこかで見たような異世界物語
PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。
飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。
互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。
これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。
【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~
BIRD
ファンタジー
【転生者モチ編あらすじ】
異世界を再現したテーマパーク・プルミエタウンで働いていた兼業漫画家の俺。
原稿を仕上げた後、床で寝落ちた相方をベッドに引きずり上げて一緒に眠っていたら、本物の異世界に転移してしまった。
初めての異世界転移で容姿が変わり、日本での名前と姿は記憶から消えている。
転移先は前世で暮らした世界で、俺と相方の前世は双子だった。
前世の記憶は無いのに、時折感じる不安と哀しみ。
相方は眠っているだけなのに、何故か毎晩生存確認してしまう。
その原因は、相方の前世にあるような?
「ニンゲン」によって一度滅びた世界。
二足歩行の猫たちが文明を築いている時代。
それを見守る千年の寿命をもつ「世界樹の民」。
双子の勇者の転生者たちの物語です。
現世は親友、前世は双子の兄弟、2人の関係の変化と、異世界生活を書きました。
画像は作者が遊んでいるネトゲで作成したキャラや、石垣島の風景を使ったりしています。
AI生成した画像も合成に使うことがあります。
編集ソフトは全てフォトショップ使用です。
得られるスコア収益は「島猫たちのエピソード」と同じく、保護猫たちのために使わせて頂きます。
2024.4.19 モチ編スタート
5.14 モチ編完結。
5.15 イオ編スタート。
5.31 イオ編完結。
8.1 ファンタジー大賞エントリーに伴い、加筆開始
8.21 前世編開始
9.14 前世編完結
9.15 イオ視点のエピソード開始
9.20 イオ視点のエピソード完結
9.21 翔が書いた物語開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる