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【序章】
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ナヴァル王には三人の子供がいた。長男、長女、そして次男のレーヴだ。
長男にはスタイルがなく、ルノアは下二人のアビリティの家庭教師として雇われていたそうだ。
ただ、レーヴは驚くほど臆病で繊細だった。オークのような獣鬼と闘うことはおろか、優柔不断で、一人では朝に着る服も決められない。人見知りも激しく、彼女を含め、他人に心を開くことは決してなかったらしい。
「あれこれ試したんです。なだめたり、おだてたり。でも無駄でした」
当初は、自分の意思疎通能力のなさに落ち込んでいたが、やがてそれは相手が悪いのだと、そう考えるようになった。
「頭脳明晰で意見をはっきり口にする六つ上のお兄様、優秀なソーサラーだった三つ上のお姉様と事あるごとに比較されては、従者たちからも陰口を叩かれていました。それに便乗して、自分の責任を転嫁したかったんだと思います」
ソーサラーとは、アビリティを使う者を指すらしい。
黙ったレーヴを見て、慌てたように続けた。
「すみません、何の取り柄もなかったわけじゃないんです。本はたくさん読んでいましたし、体力と度胸と意思疎通できる能力さえあれば、もう少しましになれたはずなんです」
だが、結局、一度も心を通わせることのないまま、レーヴは戦禍の中に散り、そして蘇った。別人として。
「死んだときのこと、教えてもらえるか」
「姉上が、あなたを助けるため、近くの敵をすべて引きつけてくださったのですが――運悪く、逃げる途中で高度カレンダーの崩落に巻き込まれたのです」
「高度カレンダー?」
「時計塔にある、正午の太陽の高さで日付を決めるための、日時計の一種です。国に一つしかないので、現状、王都の人たちは月日を正確に確認することもままならない状況なのです」
前を行くルノアは、そこで言葉を区切った。
「ちなみに――オレもアビリティを使えたりするんだろうか」
「え?さっき、オークを倒したのはあなたではないのですか?」
「やっぱり、あれがそうなんだ。あのときは、ほとんど無意識だったんだ。とっさというか、必死というか」
「ふむ。危機に瀕して、記憶の一部が戻ったってところでしょうか。もちろん、備わっていますよ。王族がなぜその立場になったか、という歴史です。スタイルを持つ子供の生まれる確率が、一般の人たちに比べて高い血筋だったのです。確認しましょう。エーテルは通常、その存在を意識することはありませんが、逆に言えば、意識さえすれば、いつでも掴み取ることができます。腕を前に突き出して下さい。水中で手を動かすと、抵抗がありますよね。そんな感覚です」
その言葉にはっとした。まさにさっき、似た感覚を経験したばかりだったのだ。
「では、詠唱して下さい」
「――何を?」
「ええっ?火炎を使ったんですよね?逆に、どうやったんですか?」
「確かこう――」
目を閉じ、あのときを思い出した。
空に向けて右手を上げる。
水の中にいるときのような――。そう考えた瞬間、何か懐かしさがこみ上げてきた。
同時に手のひらが熱くなる。さっきは、それを弾き飛ばしたんだっけ。
同じイメージを頭に浮かべたとき、すぐそばで「きゃあっ」と悲鳴が聞こえた。
長男にはスタイルがなく、ルノアは下二人のアビリティの家庭教師として雇われていたそうだ。
ただ、レーヴは驚くほど臆病で繊細だった。オークのような獣鬼と闘うことはおろか、優柔不断で、一人では朝に着る服も決められない。人見知りも激しく、彼女を含め、他人に心を開くことは決してなかったらしい。
「あれこれ試したんです。なだめたり、おだてたり。でも無駄でした」
当初は、自分の意思疎通能力のなさに落ち込んでいたが、やがてそれは相手が悪いのだと、そう考えるようになった。
「頭脳明晰で意見をはっきり口にする六つ上のお兄様、優秀なソーサラーだった三つ上のお姉様と事あるごとに比較されては、従者たちからも陰口を叩かれていました。それに便乗して、自分の責任を転嫁したかったんだと思います」
ソーサラーとは、アビリティを使う者を指すらしい。
黙ったレーヴを見て、慌てたように続けた。
「すみません、何の取り柄もなかったわけじゃないんです。本はたくさん読んでいましたし、体力と度胸と意思疎通できる能力さえあれば、もう少しましになれたはずなんです」
だが、結局、一度も心を通わせることのないまま、レーヴは戦禍の中に散り、そして蘇った。別人として。
「死んだときのこと、教えてもらえるか」
「姉上が、あなたを助けるため、近くの敵をすべて引きつけてくださったのですが――運悪く、逃げる途中で高度カレンダーの崩落に巻き込まれたのです」
「高度カレンダー?」
「時計塔にある、正午の太陽の高さで日付を決めるための、日時計の一種です。国に一つしかないので、現状、王都の人たちは月日を正確に確認することもままならない状況なのです」
前を行くルノアは、そこで言葉を区切った。
「ちなみに――オレもアビリティを使えたりするんだろうか」
「え?さっき、オークを倒したのはあなたではないのですか?」
「やっぱり、あれがそうなんだ。あのときは、ほとんど無意識だったんだ。とっさというか、必死というか」
「ふむ。危機に瀕して、記憶の一部が戻ったってところでしょうか。もちろん、備わっていますよ。王族がなぜその立場になったか、という歴史です。スタイルを持つ子供の生まれる確率が、一般の人たちに比べて高い血筋だったのです。確認しましょう。エーテルは通常、その存在を意識することはありませんが、逆に言えば、意識さえすれば、いつでも掴み取ることができます。腕を前に突き出して下さい。水中で手を動かすと、抵抗がありますよね。そんな感覚です」
その言葉にはっとした。まさにさっき、似た感覚を経験したばかりだったのだ。
「では、詠唱して下さい」
「――何を?」
「ええっ?火炎を使ったんですよね?逆に、どうやったんですか?」
「確かこう――」
目を閉じ、あのときを思い出した。
空に向けて右手を上げる。
水の中にいるときのような――。そう考えた瞬間、何か懐かしさがこみ上げてきた。
同時に手のひらが熱くなる。さっきは、それを弾き飛ばしたんだっけ。
同じイメージを頭に浮かべたとき、すぐそばで「きゃあっ」と悲鳴が聞こえた。
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