9 / 127
【序章】
0-8
しおりを挟む
それから、目的地へと向かいながら、三つの用語の説明を受けた。
「まずはエーテルですね。目には見えないですけど、この世界の至るところに存在しています」
「空気みたいなものか」
「どちらかと言えば液体の――燃料に近いですね。生命のあるところに集まりやすい、すべての自然現象の源という感じでしょうか」
アビリティは、エーテルを光や風のような自然現象として変換、発現させるための能力で、スタイルはその手順書のような物だという。
料理にたとえるなら、エーテルはいわば万能食材で、調理の工程がアビリティ、スタイルはレシピ集といったところか。
「スタイルは生まれついて与えられますが、ほとんどの人は持っていません。だから特別なんです」
彼女が見せたアビリティは、光と風だった。他にも重力制御があり、確かレーヴ自身も、オークを倒すとき、火を使っている。種類はどの程度あるのだろう。
「今まで見てきた中であれば、重力制御がすごく使い勝手がありそうだけど。応用すれば、自由に空を飛べるってことになりそうだし」
だが、彼女はまたしても「はあ」と、深く長いため息をついた。
「石っころくらいに小さく、軽ければ、多少は思い通りに動かせるかもしれませんけど……。対象物が重くなるほど、操作の難易度が、急速に高くなるのです」
「でも、逃げるとき、オレを運んだんだろ。意識がなかったから、はっきりとはわからないけど、結構な距離と時間だった。違うか?」
その問いかけに、ルノアは面倒くさそうに、レーヴの胸元に手を伸ばすと、ペンダントを引きちぎり、手のひらに置いた。
「霊石を使ったんですよ。といっても、重力制御を付与したのは拙者ではなく師匠ですけどね。それだって、大雑把に地面から浮かせただけなんです。空中を自在に移動できるような力を発揮できる人間など、この世に存在しません」
そう言って、太陽に石を透かしたあと、遠くに投げ捨てた。
霊石は、正式名を赤燐光石という、かなり希少な鉱物だそうだ。スタイルを転写することができ、アビリティの発動を、人の介在なしに持続することができる。
「つまり、こういうことか。霊石に転写した重力を制御するスタイルで、オレの体を継続的に浮揚させ、その上で風のアビリティで移動させた、と」
「その通りです。同時に二つのアビリティを使うことは理論的に不可能なのですが、霊石を使うことによって、利用の幅が大きく広がることになります」
「なるほど。だったら、そんな貴重な物を捨てたのはどうして?」
「使っていくうちにどんどん濁って、そのうち効力を失うのです。あれは、元々寿命が尽きる寸前の石で、もはや使い物になりません」
利用可能な時間は、石の大きさや純度、稼働させるアビリティの難易度などによって決まるのだという。
彼女は足を止め、カバンから中からフェルト地の包みを取り出した。開いた中にあったのは、高い透明度の、小さな赤い石が三つだ。
「あなたに使ったのを含めて、これが王宮に保管されていたすべてです」
「こっちの小瓶は?」
「ポーションとエリクサー。ちなみに、あなたが飲んだのは金貨二十枚もするエリクサーのほうです」
「なるほど、あの苦いのか……」
アビリティの中には治癒もあるらしいが、それで回復できるのは、体の傷までらしい。瓶の中身は、血液などを補給するための、ある種の栄養剤とのことだ。
「最後にあと一つだけいいか。オレは王国の王子で、君はそこの従者だったんだよな。その割には、何だか態度が冷たい気がするんだけど――。仲が悪かったんだろうか」
記憶がない以上、この先当面の間、彼女に依存することが避けられそうにない。であれば、可能な限り、わだかまりは解消しておくべきだという判断だった。
機嫌を損ねないよう、控えめにそう言うと、予想に反してルノアは、頬を赤くして、目を伏せた。
「いえ、決してそういうわけでは――」
そのまましばらく悩んでいたように見えたが、やがてあきらめたように目線を上げた。
「ただの――自己嫌悪です。八つ当たりです」
それから、何かを決意したように一度うなずき、静かに話し始めた。
「まずはエーテルですね。目には見えないですけど、この世界の至るところに存在しています」
「空気みたいなものか」
「どちらかと言えば液体の――燃料に近いですね。生命のあるところに集まりやすい、すべての自然現象の源という感じでしょうか」
アビリティは、エーテルを光や風のような自然現象として変換、発現させるための能力で、スタイルはその手順書のような物だという。
料理にたとえるなら、エーテルはいわば万能食材で、調理の工程がアビリティ、スタイルはレシピ集といったところか。
「スタイルは生まれついて与えられますが、ほとんどの人は持っていません。だから特別なんです」
彼女が見せたアビリティは、光と風だった。他にも重力制御があり、確かレーヴ自身も、オークを倒すとき、火を使っている。種類はどの程度あるのだろう。
「今まで見てきた中であれば、重力制御がすごく使い勝手がありそうだけど。応用すれば、自由に空を飛べるってことになりそうだし」
だが、彼女はまたしても「はあ」と、深く長いため息をついた。
「石っころくらいに小さく、軽ければ、多少は思い通りに動かせるかもしれませんけど……。対象物が重くなるほど、操作の難易度が、急速に高くなるのです」
「でも、逃げるとき、オレを運んだんだろ。意識がなかったから、はっきりとはわからないけど、結構な距離と時間だった。違うか?」
その問いかけに、ルノアは面倒くさそうに、レーヴの胸元に手を伸ばすと、ペンダントを引きちぎり、手のひらに置いた。
「霊石を使ったんですよ。といっても、重力制御を付与したのは拙者ではなく師匠ですけどね。それだって、大雑把に地面から浮かせただけなんです。空中を自在に移動できるような力を発揮できる人間など、この世に存在しません」
そう言って、太陽に石を透かしたあと、遠くに投げ捨てた。
霊石は、正式名を赤燐光石という、かなり希少な鉱物だそうだ。スタイルを転写することができ、アビリティの発動を、人の介在なしに持続することができる。
「つまり、こういうことか。霊石に転写した重力を制御するスタイルで、オレの体を継続的に浮揚させ、その上で風のアビリティで移動させた、と」
「その通りです。同時に二つのアビリティを使うことは理論的に不可能なのですが、霊石を使うことによって、利用の幅が大きく広がることになります」
「なるほど。だったら、そんな貴重な物を捨てたのはどうして?」
「使っていくうちにどんどん濁って、そのうち効力を失うのです。あれは、元々寿命が尽きる寸前の石で、もはや使い物になりません」
利用可能な時間は、石の大きさや純度、稼働させるアビリティの難易度などによって決まるのだという。
彼女は足を止め、カバンから中からフェルト地の包みを取り出した。開いた中にあったのは、高い透明度の、小さな赤い石が三つだ。
「あなたに使ったのを含めて、これが王宮に保管されていたすべてです」
「こっちの小瓶は?」
「ポーションとエリクサー。ちなみに、あなたが飲んだのは金貨二十枚もするエリクサーのほうです」
「なるほど、あの苦いのか……」
アビリティの中には治癒もあるらしいが、それで回復できるのは、体の傷までらしい。瓶の中身は、血液などを補給するための、ある種の栄養剤とのことだ。
「最後にあと一つだけいいか。オレは王国の王子で、君はそこの従者だったんだよな。その割には、何だか態度が冷たい気がするんだけど――。仲が悪かったんだろうか」
記憶がない以上、この先当面の間、彼女に依存することが避けられそうにない。であれば、可能な限り、わだかまりは解消しておくべきだという判断だった。
機嫌を損ねないよう、控えめにそう言うと、予想に反してルノアは、頬を赤くして、目を伏せた。
「いえ、決してそういうわけでは――」
そのまましばらく悩んでいたように見えたが、やがてあきらめたように目線を上げた。
「ただの――自己嫌悪です。八つ当たりです」
それから、何かを決意したように一度うなずき、静かに話し始めた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~
月見酒
ファンタジー
俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。
そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。
しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。
「ここはどこだよ!」
夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。
あげくにステータスを見ると魔力は皆無。
仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。
「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」
それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?
それから五年後。
どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。
魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!
見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる!
「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」
================================
月見酒です。
正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします!
実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。
冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、
なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。
「なーんーでーっ!」
落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。
ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。
ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。
ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。
セルフレイティングは念のため。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる