大根おろしの雪

とかげのしっぽ

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大根おろしの雪

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 お母さんが、まっ白なだいこんをはこんできました。

「ばんごはんに、みぞれ汁を作りましょうね。」

 ほおがまっ赤にこおるような雪の日です。ミヨはおおよろこびでお母さんにだきつきました。

「ええ、とびっきりあつういスウプがいいわ!」

 お母さんはにっこりわらってミヨにだいこんをわたしました。ミヨはびっくりして目をみひらきました。すべすべの白い野菜は、びっくりするくらい重いのでした。いつの間にか、お母さんが台所からおろし金と木の受け皿をとってきました。

「だいこんを、すりおろしてくれるかしら。まるまる一本、やさしく丸をえがくようにおろすのよ。」

 ミヨは目をキラキラかがやかせてうなずきました。

「わかったわ。」


 ミヨはだいこんとおろし金をかかえて、縁側へはねてゆきました。
 ガラス戸をほそくあけます。ヒューッとつめたい空気がふきこんで、ミヨはまぶしそうに目をつぶりました。そしてゆっくり目をあけたとき、思わずわあっとかんせいをあげました。ほんとうに、まぶしかったのです。ピカリピカリと、まっ白な銀世界がひろがっていました。きのうの夜、雪がふったのにちがいありません。

「雪うさぎをつくろうかしら。あかい目は南天の実。ながいみみはササの葉っぱ。…いいえ、やっぱり雪合戦が一番いいわ。」

 歌うようにつぶやきながら、ミヨはぺたんと縁側にこしをおろしました。ひざとひざの間におろし金と木の受け皿をはさみ、シュッシュッとだいこんをうごかします。ほとんどかつぐように、ミヨはけんめいな汗をかきながらおろしました。

「まあるく、やさしく。ふわふわな雪みたいな、みぞれ汁をつくるのよ。」

 なんだか楽しくなってきて、そっと口ずさんでみました。…そのときです。

「まっすぐ。うつくしく。ふわふわな雪を、とおくのあの山にかぶせたろか。」

 まっしろなニホンザルが、ミヨの目のまえでニヤリとわらっていいました。びっくりして目をあげると、もうそのサルは通りすぎていて、つぎのサルがニッとわらいながらはねていくのでした。…いつの間にきたのでしょう? ながいながいぎょうれつ。不思議なニホンザルがおおぜいいます。ミヨはけんめいに首をふりむけてみましたが、どこまでもどこまでもつづいていて終わりがないのです。

「まっすぐ、うつくしく。トッ、トッ、トッ。」

 トットット、トットット。
 歌いながらはねていくサル。よく見れば、サルたちは手になにかをもっています。ちいさな黒い、ツヤツヤうるしぬりのおわん。なかみはご飯ではなく、やまもりの雪です。みんなして、だいじそうに両手でささげもっているのです。一匹のサルがミヨに声をかけました。

「きみもおいでよ、トットットッ。」

 とたんに、ミヨの体はかるくなり、気がつけばサルのぎょうれつにまざってはねていました。両手には、とちゅうまでおろしただいこんおろしをしっかりもったまま。トットットッ。

「まっすぐ。うつくしく。トットットッ。」

 ミヨは、ほおをバラ色にそめてうたいました。ニホンザルのむれが、よろこんでコロコロわらいました。

「まっすぐ。うつくしく。とおくのあの山のてっぺんに、ぼくらはおふとんをかけるのさ。きれいなお山のおよめさん、冬になったら雪げしょう。それっ、トットットッ。」

 ミヨは汗をびっしょりかいてとびはねていましたが、ふとあたりを見わたして、びっくりしました。まっしろな霧とこなふぶきにつつまれて、何も見えないのです。雪についたサルたちの足あとだけが、まっすぐにどこまでもつづいています。ミヨはなんだかきゅうにこわくなりました。そして、かすれるような声を上げました。

「かえして、かえして。わたしを家にかえして!」

「なぜだい?」
と、ニホンザルたちはさもびっくりしたように、口々に聞きました。

「おうちでお母さんがまってるの!このだいこんおろしで、お夕飯にみぞれ汁をつくるのよ…。」

「そりゃあいけない。」とサルたちは首をふりました。
「そのだいこんおろしは、山にささげる雪であると、すでに決められているんだ。」

 ミヨはほとんど泣きそうでした。ポカポカとあたたかかったほおは青ざめ、唇はふるえました。

「かえして、お願いよ。かえしてくれるなら、わたし、なんでもするわ!」

 その言葉を聞いたとたん、サルたちがいっせいにふりむきました。

「もったいない…」
「せっかくおおせつかった仕事…めったにあるもんじゃないのに………」
「ねえ……」

 ためいきが、あちらこちらからさざなみのように伝わってきました。
 ミヨはむちゅうになって、かえして、かえしてとくりかえしました。
 とうとう、サルの一匹が千代にむかっていいました。

「なら、だいこんおろしはおいてけ。きみのぶんは、だれかがかわるさ。」

 ミヨがけんめいにうなずくと、そのサルはおこったようにつけ加えました。

「言っとくが、きみは二度とこの仕事をできないんだからな。とちゅうでほっぽらかすような無責任なやつは、どんなにあやまったってゆるすものか。」

 ミヨはそんなことはどうでもいいと思いました。はやく家にかえりたい。お母さんに会いたいと、それだけを思って、だいこんおろしの木皿を雪の中にほうり出しました。あわててそれをつかまえるサルのすがたがチラリと見えました。そしてつぎのしゅんかん、千代はもうれつなふぶきに包まれたのです。


 ふと気づくと、ミヨは縁側でぼんやりすわっていました。
 まえにもうしろにも、サルなんか一匹もいません。ふぶきはやみ、ミヨのまえにはおろしかけのだいこんが一本、ころがっていました。

「あら、だいこんおろしはどうしたの?千代ちゃんのしごとがおそいなんて、めずらしいわ。」

 せなかから声をかけられて、ミヨはパッとふりむきました。
 ようすを見にきたお母さんが、青いまえかけでぬれた手をぬぐいながら、ミヨにむかってやさしくほほえんでいました。ミヨはいきせききっていいました。

「あのね、お母さん。だいこんおろし、さっきサルにとられちゃったの…」

 ふと気づいて、ミヨはとおくかすむ夕焼け空を見あげました。そこにはなだらかな山がいくつもならんでいて、上のほうがうっすら白くそまっていました。

(あの山に、雪をはこぶおてつだいだったんだわ。)

 ミヨはそう思うと、すこしだけさびしくなりました。
……さいごまで、やってみればよかったかしら。と、チラリとあたまをよこぎった考えを、あわててうちけしました。

(どっちにしろ、手おくれよ。…そうよ、本当にこわかったんだもの、しかたないわ。)

 ミヨはおこったようなサルの顔を思いだして、やっぱりすこしさびしいなと、したをむきました。
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