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21、森(カレーパンと初めての納得)

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 梅がアルミホイルに包まれた焼き芋を大事そうに抱えて店から出てくる。最後に赤い女が息を切らしながらいちご味の生八橋の箱をぶら下げて走り出してきて、それでフルメンバーが揃った。

 森は、一応全員が揃うまで待っていた。
 カレーパンは冷めると美味しくない、と思いながらも、待つのが礼儀だろ、とも思っていたから。

「これ、クッキーなんだけど、多すぎるからみんなに分けちゃっていい?」とさっさと配り始める仁を見ていると、さすが仁だなとは思う。もちろんのこと、森は別にそれで、俺もカレーパンを分けた方がいいかもしれない! などと馬鹿なことは思わない。こいつはこういうやつなんだなと思うだけだ。

「うわぁ、どうしよう! 私もいちご八橋、みんなに分けた方が……」
「あぁ、そこは全然気にしなくていいですよ。僕が食べきれないから配ってるだけですし、プレッシャーになるのはむしろ申し訳ないって感じです。」
「そ、そっか。よかった……」

 赤い女は、同調圧力に屈しやすい人種のようだった。仁の朗らかな返事を聞いて、あからさまに安心している。

 この宇宙人も、謎な性格してるよな、と思う。何というか、好奇心旺盛でお調子者で、よくわからない。森たちを管理していた『洗脳』の能力者に何かを伝えに来た、と言っていたものの、結局何を伝えに来たのかも教えてもらっていない。教えて欲しいとも思わないが、少々胡散臭いと思わざるを得ないような気もする。まあ、その疑念も本人の様子を見る限り杞憂だという気がしてくるのだけれど。

 ぱくり。

 とりあえず森もカレーパンにかぶりつく。
 まだ熱くて美味しい。揚げたパンの香ばしい味。スパイスの複雑なフレーバー。うん、美味しい。いくらでも食べられる。これを買ってよかったと、心底思う。

 むしゃむしゃ。もぐもぐ。ぱくぱく。

 食べながら、ふと、他の三人の顔を見る。

 赤い女は、桜色の生地の生八橋を幸せそうにはむはむ頬張っていた。梅も、表情こそあまり変化がないものの、無言で焼き芋を食べている。夢中になっていて、他のことなんて全然考えていないのだということがよくわかる。

 しかし、仁は。

 あの我らがリーダーである優しい彼は、少しだけ様子が違った。

 コーヒーをゆっくりと飲んでいる。クッキーには一つも手をつけていない。あれは元々、自分で食べるためではなく人にあげるために買ったのか。そう予想できてしまうくらいには手をつけていない。仁の顔は、どこかぼんやりしているように見えた。ホットコーヒーを飲んでリラックスしているのか、とも思ったが。しかしどうも、それで終わらせていいように思えない。どこでもない虚無を見つめている人のような……すでに魂をどこかへ置き去りにしてしまった人のような。……そんな、どこか不気味な空っぽを、その瞳に感じたような気がして。

 少しだけ、背中に寒気が走る。

「………。」

 森は、パクリ、とカレーパンの最後の一口を食べ切った。ポケットの中に、さっき仁からもらった個包装のクッキーが一つある。食べようか、食べまいか。悩んで、結局やめておくことにする。

 はあ~美味しかった~。食事を終わらせた赤い女が幸せそうに笑うのを見て、梅が「いちごばっかりで飽きないんですか。」と尋ねていた。うーん、飽きることはないかなあ。……それは、どうして? だって、好きだからですよ。好きだなって思ってビビッと来た初めての食べ物。そう、いちごとは私の、初恋なのです!

 ほのぼのした会話だな、と思う。

 ……それにしても。

 宇宙人に初恋される食べ物って、面白いな。

 森は、誰にともなく、呟いてみる。

「甘酸っぱいフルーツと考えると……初恋って響きに、ある意味ピッタリだ。」
「おっ、森くん、わかってるじゃんー。」

 赤い女がすかさず食いつく。ええ、そうですね。さらりと森は流す。

 赤い女から逃げるようにふと向こうを見ると、梅がどういうわけか仁の方を伺っていた。チラチラと、何か言いたげな視線を仁に送っている。けれど仁はそれに気づく様子がない。ただ、ぼんやりとコーヒーを啜っているだけだった。

 ……ああ。

(……そういうことか。)

 大変だな、みんなは。
 森は、とても唐突に、そんなことを思った。

 梅が仁に抱いている感情。それを今、察したのだ。
 そしてそれが、永遠に成就しないであろうことまでも。

(なるほどな。)

 森は、ため息をついた。天を仰ぎたい気分だな、と、なぜだか思った。

 自分は特別なんだと、今、気付いた。
 森はやりたいと思ったことは素直に全部実行してきたし、その結果人からどう思われるかなんて気にしなかった。好かれたい人ができたならそう言いに行けばいいし、振られたなら綺麗さっぱり諦めて、朝のヨーグルトみたいに清々しい日々を送ればいい。失恋を引きずってダークな歌をギターで弾き語りするような根性は森にはないから、初めから気負いも何もない。毎日楽しく生きていて、そこに悩みや不安は特にない。

 しかし、と思う。

 凡人はそうはいかないのだ。

 森が特別に宇宙人としての『心の制御』などという能力を持っているだけで。普通の人は、自らにのしかかるストレスを、とても怖いと思うものなのだ。

 修学旅行一日目に送られた、呪いと嫉妬の籠った手紙のことを思い出す。長い髪を批判し、女っぽい野郎、などと意味のわからない括りに入れて罵倒を浴びせていた。どうでもいい文字の羅列、と、あの時は思ったが。今から考えれば、送り主も大変だったのかもしれないと思った。片想いの女の子を、森の熱狂的なファングループに奪われていたとしたら? モテない自分に絶望したその時、我が道を行ってるだけで冗談みたいにモテている森に嫉妬したとしたら?

 別に、不可能な想像じゃない。もちろんのこと、事実かどうかもわからないが。

 ……みんな、大変なんだろうな。

 その実感が、初めて。

 森の胸の中に去来した。

 だったら、と思う。まあ、しょうがないか。多少他人を呪う手紙くらい、八つ当たりで出してみたくもなるだろう。だって、大変なんだから。

 辛くて、苦しくて、不安で、心配で、だから抱えきれなくなったものを外に発散してしまう。そういうものなのだ。森と違って、そういう生き物なのだ。生まれながら。

 別に、だからといって悲しいとか、寂しいとか、そういう感情は抱かない。
 ただ……

 パッ、と。
 何かが消えたような気がした。焚き火の中から煙が消えたような、そんな感じ。熱が消えた。赤い火花が消えた。
 ただ、黒くなりかけた薪をじっと見下ろしているような感覚。
(こういう感情を、)

 —————諦めとか、疲れとか、言うんだろうか。

 ま、別にどっちでもいいけど。

 梅と赤い女が、仲良く並んで仁にもらったクッキーを食べている。甘い。香ばしい。ねえ、いちごじゃなくても美味しい、びっくり。それはそうです、仁が選ぶものがまずいことはないです。あれえ、そうなの? 人にあげるものは大事に選ぶんですよ、仁は。

 もしゃもしゃ食べて、口の中が乾く~と言う彼女らに、仁が残りのコーヒーをごく自然な仕草で差し出す。あ、間接キスだ、などとは誰も思わないのだろう。いや、梅だけが意識しているようだが。それをズズッと啜って、隣に渡せばまたズズッと音がして。せっかくだから全部飲んじゃっていいよーと気前のいい仁の言葉に多少びっくりしながらも喜んで二人で飲み干す。それをニコニコ見守る仁。

 飲み終わったら仁がコーヒーの紙カップを回収して、ささっとゴミ箱へ捨てに行く。すぐに戻ってきた。

「じゃ、そろそろ出発か。」

 あー、待たせてごめんね。仁の言葉に、いやいや全然待ってないと返して、森は寄りかかっていた壁から背中を離す。
 赤い女が、どこか優しい目をして、静かに頷いた。

「ええ……行きましょう。清水寺へ。」

 レッツゴー、清水寺! イエイイエイ! みたいなふざけた感じの音頭を取ると思っていたから、この反応は予想外だな、と森は少し目を見開いた。赤い女は紅の瞳を美しい星のように煌めかせて、静かに空を見上げている。

 ……清水寺へ。

 有名な寺院の名前に少しばかりの高揚を覚えながら。

 森は、誰よりも落ち着いて周りを観察している。
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