李下に冠を正さず

第二章 小さな主

小さな主–1

 一族からはぐれた小さな人喰いの少女は、寂しさを紛らわすために人間の村を喰い尽くしてきた。何百年と生きてきた彼女にとっては、人間は愚かな食糧とでしかなかった。あの日までは。

 栄えた街なら食糧は尽きないと考えた彼女は、その細い足で辿り着いた。見渡す限り、きらきらと輝く商店街が並ぶ道を横目に流しながら街を探索していた。

 すると、何処からか数人の子供の声がしてきた。そちらに足を運ぶと一人の少年が大勢に囲まれていた。蹴られたり、砂をかけられたりしている。いわゆるいじめと言う行為を目の当たりにした。
少女はその小さな体で、子供の群れを力尽くで追い払った。そして、一人残された少年に声をかける。

「良いかしら、少年」

少年は自分より少し背の高い少女を、下から上へと見上げる。少年はぽかんと口を開け、目を丸くさせていた。
なんとも滑稽な顔だと、少女は嘲笑う。

「貴方を助けたのは貴方を食べる為よ」

勘違いをするな。そんな意味を含めて、吐き捨てる様に言う。
少年はただ、彼女を見つめているだけだった。

「でも、今は小さくて大して肉がないわ」

見るからに少年は細く、触れれば壊れてしまいそうだった。栄養が充分に行き渡っていなさそうな少年。そんな印象を受けた。

「だから、大きく成ったら私に食べられに来なさい」

果たされるとは到底思えない約束。少女は黄金色の髪を靡かせ、去ろうとする。少女が髪の隙間からちらりと覗くと少年は可愛らしく笑っていた。

「うん、じゃあまた会えるね」

不思議な餓鬼に会ったものだ。少女は二度と会うことはないであろう少年に手を振って見せた。