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Red like a liverpool
しおりを挟むフォークでくるっと巻いて、綺麗にまとまるナポリタン。
多分地元で一番上手なこの巻き方は、誰かに習ったとかじゃない。
残念だけど、こればっかりは驕ります。これは才能なんです。
自然に、なんとなく、わたしはそれが出来ていた。
パスタを上手に巻くという、その才能だけは誰にも奪わせない。
なんて頭の中で戯れ程度にぼやきながら、実際に声に出るのはこのセリフ。
「なんの意味あんの」
それでもこの才能に追い縋るのがこのわたし。
みんなが勧めるだけ勧めて、うまい具合に発揮せよなんて檄を飛ばす自分らしさや個性。
そんなのがみっともない形で凝縮されたような、金にならないこの才能。
この世でどうしようもなく生きるたったひとつの処世術。
今日も今日とてパスタを一食らい。
そんなわたしを、電球色の照明っぽい神さまが見ていたんだと思いたい。
垂れ下がっていたパーカーの紐が、パスタに紛れてフォークに巻きついた。
調子に乗ったわたしの顔面に『自業自得』と行書体で書かれた紙が貼られたような思い。
しかしわたしは挫けなかったし怯まない。むしろ歯向かった。
こんな時だけひょこっと現れ出しゃばるような神さまなんぞ、都心の百貨店で売られてしまえばいい。
ナポリタンに交じった灰色の螺旋は、泥まみれのヘビみたいな黄ばみを点々とさせている。
そのまま、パーカーの紐ごと、口の中に放り込む。
美味いはちゃんとナポリタンのもの。
噛み切れないマズさはちゃんとパーカーの紐。
暫く噛んで味わってみてから、万国旗を出す手品みたいに口から紐を引っ張り出す。
「ジャジャーン」
そうやって独り言ちてふざけても、自撮りしたり、動画撮っても、ユーチューバーだとかtiktokerだと思われて終わりの素晴らしい世界でちゃんと死に生きています。
視界の隅でなにかが動いたような気がしたのはその時だった。
口から出した紐をしばらくじっと見つめて、なにか物思いに耽って気だるげな所作の一つでも加えたいようなわたしの隙を突いて、それは溜息をつくように動いた。
そして、喋った。
「Wi-Fiが無ぇよう」
ナポリタンだった。
「ここはWi-Fiのねぇカフェだよう」
直後、ナポリタンは皿の上から飛び跳ねて、颯爽と店外へ出て行った。
まだまだ才能を発揮し足りなかったわたしは、フォークを片手に、橙色の跡を急いで辿っていった。
「お客さん! お代金!」
そんなわたしをさらに、カフェの店員が追ってくる。
駅前広場の時計は『真夜中』の漢字を指していた。
ナポリタンは雑居ビルの間の路地裏へ入り込んで暗闇に溶ける。
「おきゃくさん、お代金」
店員の声を馬耳東風とやらでやり過ごし、わたしはスマホのライトを点ける。
眩い光に手をかざす女の子と、彼女の片手に握りしめられているナポリタンが、真夜中の犯罪的な光に照らされる。
「おきゃくさん、お代金」
スマホの光を少し落として、わたしは彼女に歩み寄る。
そんなわたしを横目に見つつ警戒しながら、彼女は素手で掴んだナポリタンを口にかきこんでいる。
「だいじょうぶ?」
なにがどう『だいじょうぶ?』なのか、分からないままわたしは言った。
「おきゃくさん、お代金」
彼女は言葉の意味を理解しそこねたように、ボサボサの髪ごと小首をかしげた。
「わたしの、スパゲティ」
「えっ、ああ、パスタ?」
「ううん、スパゲティ」
懐かしい響きを覚えたそのフレーズが、ふいにわたしの耳を溺れさせる。
水が入って抜けないような耳を、わたしはどうしていいかわからないままで言葉を紡ぐ。
「パスタだよ、パスタ。スパゲッティだと、なんか……」
ふと訪れた、胸クソ悪いバッドエンドがウリのB級映画を観た後みたいな感覚のせいで、わたしの言葉尻は震えながらフェードアウト。
「おきゃくさん、お代金」
「グリーン横丁の人じゃない」
不細工な言葉尻をめがけたように、彼女は言った。
「グリーン横丁の人は、パスタなんて言わない。だってここしか居場所はないんだもの」
「ぐりー、なに?」とわたしは聞き返した。
「グリーン横丁」
早速スマホでググってはみたけれどWi-Fiがない。
とりあえず検索結果のページだけを残して、またスマホをライト代わりに舞台を照らす。
「おきゃくさん、お代金」
開口何番になってもそれしか言えない店員をひどく憐れむと同時に、その憐れみをそのまま目の前の彼女に分け与えることは出来なかった。
よく見ると顔立ちは整っていて、目は綺麗で、多分賢くて、何よりちゃんと悲しい目に遭っている。
「なんでここにきたの?」
スヌーピーが犬小屋の上で横になってる柄のついたベージュのポンチョから、華奢な手指と腕が伸びてくる。それから立てた人差し指を、わたしに向ける。
「わたしは――」と言いかけて、握っていたフォークに視線を落とす。
『パスタを巻きたいから』なんてセリフは野暮。そんなのわたしでもわかるから、代わりに意味のわからない言葉で茶を濁した。
「タイムライン、ぼーっと見てただけ」
「おきゃくさん、お代金」
「たのしそう」
そうあっけらかんと吐いて、彼女はナポリタンを貪り食うのに夢中になる。
Wi-Fiさえあれば、彼女にイイネをあげて、リツイートして、それで正義を振りかざしたつもりの自分を見せびらかして満足だった。SNSで反応してやれば、忘れたようにそれを殺せた。そんな忘殺が出来ない今、唯一わたしに出来ることは、自分の才能で戦うこと。
関係ない。どれだけわたし以外の人間が綺麗な孤独の中にいても、関係ない。
「おきゃくさん、お代金」
店員の声が号砲よろしく鳴り響いた気がした。
わたしはゆっくりと彼女のそばへ、顔同士が触れ合うくらいに近寄り、ナポリタンにフォークを突き刺す。
「ねえぇなんで」
不平じみた彼女の声ごと巻き込むように、わたしはフォークを回す。
「わたしのほうが……」冷ややかに呟くわたしを、真夜中の暗闇っぽい神さまは知らんぷりしてたと思いたい「負けたい、弱い、悩んでる」
「おきゃくさん、お代金」彼女が店員を認識できないことも知ってる。
「わたしが一番きれいに、溜息をつける」言いながら、回す。
「おきゃくさん」
「わたしが世界で一人って……」
「人殺し」
「信じたいだけじゃん」――。
#########
フォークでくるっと巻いて、綺麗にまとまるナポリタン。
「ジャジャーン」
でもこの巻き方が一番だって思い続けるのは、大海を知らない井の中の蛙。
でも今のわたしは知ってる。
フォークには、スヌーピーのポンチョも、それから彼女だったものも巻き付いているから。
「オキャクサーン」
声をかけられて、わたしは振り向く。
「リバプール、逆転負けしたヨ。ブライトンにやられたンデス」
この前わたしを追いかけてきた店員とは、別の店員だった。
褐色の肌にアフロ、金縁メガネ、常に何か言いたげに突き出ている口元、カタコト。
あの日、わたしを追いかけてきた店員はバズった。
どうやらわたしの言動を、始終カメラに収めていたらしい。
動画は伸びる、伸びる。エド・シーランのミュージックビデオも逃げ切れない。
生涯困らないぐらいの収益を得た店員は、わたし行きつけのカフェから姿を消していた。
彼の肩越しに、わたしはカウンターの隅にあるテレビをちらりと見やる。
モハメド・サラーとかいう選手がなんか言ってる。
『負けたチームの選手っぽい、どんな気持ちなんだろう』だとか、知らなくていいことまで知って、つまらないことにまでホイホイ手を出し、勝手に考えて冴えさせて悩んだ。
「オキャクサーン」
フォークに巻き付いた彼女だったものを、わたしはゆっくりと指で取り除いた。
「あとお代金チョーダイ」
引継ぎの業務は怠っていなかったらしい。
気が付けばわたしは取り囲まれていた。警察やらギャングやらマフィアやらFBIやらCIAやらフリーメイソンやらSPやらISILやらその他諸々の善悪問わない秘密結社が店内を埋め尽くしている。
「死刑」
あぁ裁判長もいた。
「狙え銃」と叫ぶんだのはイエス・キリストっぽい。
その号令とともに、わたし以外のその場の全員がアサルトライフルをこちらに向ける。
「撃て!」
けれど銃撃音は聞こえない。カチカチカチカチという弾切れの音だけがヌーの群れ大群よろしく耳になだれ込む。
「ちくしょう!」
わたし以外の全員が声を揃えて悪態をつく。
「Wi-Fiがねぇ!」
その隙を狙って、わたしはフォークからポンチョを剥がして、羽織った。
すかさず『#バカ』と彼らをカテゴライズして一纏めにし『#』の中央の穴めがけてフォークを突き刺し、巻きこむ。
巻かれた奴らの頭部はねじ切れて吹っ飛び、首から蛍光色の血を噴き出させながら、バタバタと死んだように倒れていく。
『#普通』
カテゴライズして、まとめる。
『#多勢に無勢』
突き刺して、巻く。
『#矛盾』
半音上げの悲鳴の嵐、でもダルセーニョ。
『#欲』
繰り返す、々々々――蛙の面は水をかけられてもなんのその。
井の中にいるなら、なおさら返り血なんて夏の雨。
死んだ人間になら取り繕わずにつけれるイイネを、死体の頭部に咲かせまくる。
悲痛の叫びは淡々と絞られていって、やがて店内は静かになった。
やっと手に入れたような気だるげな仕草を引き摺りながら、わたしはもといた席に座る。
目尻に隠れていそうな寝ぼけまなこに指先で触れる。出かかったあくびは弱い溜息にしてごまかす。おでこをテーブルに押し付けるやいなや、やっぱり居住まいを正そうと組んだ腕に頭を載せる。背を丸めて机に突っ伏し、瞼を閉じる。
「オキャクサーン」
聴こえないフリ。寝ているフリ。
「ワタシ、ミュートにしてまシタ……ゴメンナサーイ」
開けた目のど真ん中、黒い穴。向けられた銃口。
「スパゲティ」
「ハイ?」
「パスタじゃなくて、スパゲティ」
そう言ってから吐いた溜息を、わたしだけのものにしたかった。
でもあの子が着てたポンチョがやけにあったかいせいで、それさえ叶いそうにないです。
「撃ちますネー」
聞き逃したわけじゃない銃声に、耳をそばだてる。
見逃したわけじゃない発砲に、目を見張る。
「オキャクサーン」
ポンチョ、汚しちゃったな。でも、ちゃんと赤い。
「リバプールのユニホームみたいになってマース」
うん、もういい、もういいや。
疲れたんで、寝ます。
おやすみなさい。
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