平成寄宿舎ものがたり

藤沢 南

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手段

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   学生寮の中には、色々な場所から来た生徒がいる。国内から来た学生だからと言って、みんながみんなケベック州の気質とは限らない。カナダは世界で2番目に広いのだ。彼女をテニスに誘った男の子は、太平洋側のバンクーバーからやってきた少年だった。

「ユーリは、テニスが上手いね。」
「ありがとう。」
「日本でテニスをやっているの?」
「ううん。テニスは中学生までで、今は英語部に入っている。」
「英語部!?変わったクラブがあるんだね。」
「英語は大学受験にも必要だし。日本だと英語ができると何かと便利なんだ。」
「日本人ってわっかんないなぁ…僕らが将来に備えて中国語を勉強するようなものかな。でも、クラブ活動はないし…」
そのテニス少年、ジェレミーという名前だったが、英語部のことについては不思議そうな顔をしていた。まぁ、カナダはフランス語と英語が公用語なのだから、実感はわかないだろう。彼は元々英語圏のバンクーバー出身だったので、フランス語は少々苦手なようだった。でも、ケベック州の女の子と会話するために、フランス語を頑張っていた。諸岡は、そんな彼の様子を微笑ましく見ていた。

「英語をマスターしたところで、それで何かができるわけではない。英語を使って、何かを成し遂げないと。一女の英語部はスピーチコンテストやら語劇などやっているけど、語学の本来の目的は人と人との交流であるべきなのだ。一女の英語部ですら、英検を取ればそれで何か偉業を成したように勘違いしている子もいる。私だって、県費留学に選ばれただけで、何か大きなことをした感覚に陥った。周りもそんな私を褒めそやした。…これは間違っている。やはり英語は人と人との交流手段であるべきだ。そういう意味では、フランス語圏=ケベック州の女の子達と仲良くしたくて、フランス語を学んでいるジェレミーの方が、一女の才女達よりも、本質をつかんでいる。」
諸岡百合子は、日記に記した。

   諸岡が、中学校の同級生男子から、敬遠された理由もわかる気がする。何事においても、確固たる根拠を求めたがるし、自分の行動にも出来るだけ明確な理由付けが必要なようだった。はっきり言って面倒くさい女だった。でも、彼女の美しい顔立ちが、それをカバーしていたのだが、それを差し引いても、彼女と正々堂々と渡り合おうとする男子はいなかった。だから、校舎裏に呼び出されたり、ストレートに口説かれる事はなかった。その代わりに下駄箱の大量のラブレター攻勢にあったのかもしれない。

  でも、海外の男子生徒は違っていた。諸岡は、何人かのカナダ人の男の子から、遊びの誘いを受けた。今までは下駄箱のラブレターという形でしか、男子の誘いを受けていないのに、女子学生寮のロビーまで出張ってくるカナダの男子生徒の積極性に、彼女はしばし酔いを覚えた。「ふふん。」彼女は選べる立場にあったものの、ちょっと慎重に動いた。しかし、国際交流という名前で自分を納得させ、その誘いには出来るだけ応じていた。
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