転校サバイバーズ

藤沢 南

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扇町中学編

併願パズル

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 書店には愛知県の高校入試の資料はなく、郵送で取り寄せるしかなかった。1週間後に、速達で愛知の資料を受け取ったが、愛知県は公立高校を2校受験できるという事だった。ちょっといいかも、と思っていたが、弟が言った。

「みんな同じ条件なら、普通に考えたら競争率が倍になるよね。」

 僕はハッとした。弟の鋭い意見にも驚いたが、確かにそうなる。…これは難しい事になった。まず高校の序列から調べないといけない。レベルの高すぎる高校同士、低すぎる高校同士を併願する訳にいかないし…。
次に住む社宅は名古屋市のどこになるか、父は一応目処はつけてくれた。名東区か守山区、緑区のどこかになるという。ただ、父は名東区を熱望しており、また、「こんな土壇場で転勤先を変更させられたんだ。社宅ぐらいいい条件にしてもらわないと。」と、かなり、強気だった。名東区は転勤族の多いところだという。そこになるといい。僕は転勤族の少ない、つまり転校生の少ない広島南小では非常にやりにくかったことを思いだした。名東区も守山区も緑区も、名古屋の東部に位置している。となると、その近くの学校がいい。

「今の学力だと、中村区の豊臣高校か…。」

父とも資料を読み合わせていたが、僕はせっかく2校受けられるので、もう一校は高いレベルのところを受けたかった。
「守山区からも名東区からも近い梅里高校はどう?」
「ここレベル高いぞ。厳しいだろ。」
名古屋に引っ越してから知らされるのだが、梅里は名古屋でベスト3の学校だそうだ。広島仁志高もベストスリーという意味ではそうだけど、いかんせん人口が違いすぎる。名古屋のベストスリーの方が上であることは間違いない。
「それじゃ…。」
「豊臣と名東区の香流かなれ高校の2校かな。」
「いや、中村区は通学に遠すぎる。レベル落ちるけど、香流高校一本でいい。」
「兄ちゃんそれもったいない。他にもどこか受けなよ。」
弟まで話題に入ってきた。
「じゃ南区の笠寺高校。」
「そこレベルが香流とトントンだよ。下手すると両方落ちるよ。南区も遠いし。」
弟もパズルゲームのような愛知県の高校入試を他人事で楽しんでいる。
「香流だってレベル下げたんだから、落ちっこない。」
「…名古屋は初めての土地だ。慎重にいった方がいい。」父がまた悩み始めた。
「あー、もうめんどくせい入試だな。一校受験でいいのに。」

議論は2時間ぐらい続いた。しかし効果的な併願策は考えられなかった。こんなことやってるぐらいだったら、さっさと勉強した方がいい。こんな事に時間を割かれるなんて。つくづく転校生というのは不利な立場だ。

「じゃ、しょうがない。香流一校でいくか。私立は受けろよ。」
「えー。今度は私立探さないといけんのか。私立は…」
「えーっと、香流高校の志望者の、併願は…ここ割と近いぞ。砂田橋の東名古屋高校。」
「そこ共学?」
「男子校。」
「…孝典は男子校でもいいと思うけど。」
初めて母が口を出した。きっと僕が小6の時に女子と…杉原とトラブルを起こしたことを覚えているのだろう。
「でも、私立でしょ、金かかるよ。」
「そうか。じゃ香流に受かるように頑張りなさい。」母はあっさり撤回した。

香流高校と東名古屋高校。この二校受験で、僕は愛知県の高校入試に挑むこととなった。しかし、待ったがかかった。
三重の祖母からの遠距離電話だった。どこで祖母は話を仕入れてきたのか、愛知県の高校入試の事についていろいろと話をしてくれた。
「…だからぜーったいダメ。一校受験なんて。みんなより不利な条件をわざわざ選ぶことはないの。」
三重はどうやら名古屋の文化圏らしい。よく知らないが。そのため名古屋の情報にも詳しいらしい。ばあちゃんは愛知のトップ校の情報もくれたが、僕はそこまで勉強ができないのと、愛知県の高校入試で冒険したくないので、慎重に行きたかった。
「豊臣高校と香流受けんさい。孝典ならできるに。」
と言われたが、あくまで僕は慎重に行った。
「ばあちゃん。両方落ちる可能性もあるけぇ。慎重にいくよ。ありがとう。」
と、電話を切った。

仕方なしに上飯田高校という北区の高校を公立併願で受ける事になった。
ここも割と近いが、引越し先が緑区の社宅になってしまった場合、遠距離通学となる。父には頑張ってもらいたいものだ。
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