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6話
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「弓道はさ、どこが好きなの?」
美術室に向かう道すがら、丁度四月の風に心地よく当たる渡り廊下に差し掛かった頃だった。
先を行く玲二の表情は今日も見えない。
ぐいと一つ背伸びをしたため、片手に持ったビニール袋が音を立てた。
半透明な袋の中身はギリギリ透けそうで見えない。
今日もコンビニで仕入れたんだろうか。
流れで、特に用事のない日以外は、こうして昼休みを共にする仲になってから、手作りと呼べるものを、玲二が食べている姿を見たことはない。
「どこが、って…」
「…聞いちゃダメだった?」
どんな言葉が適切か分からず言い淀んでいると、くるりと振り返った玲二がそう尋ねた。
「ダメなわけじゃないけど」
「…ふーん」
コイツとの応答は、どうしてだかいつもどこか曖昧で、的を得ない。
はぐらかされている、そんな言葉がしっくりくる。
けれど、不思議と不愉快ではなかった。
「…全部だよ」
「…ぇ?」
玲二は元々大きな目をパチクリとさせた。
幼なげな顔立ちがより引き立って見える。
「俺が好きな理由」
「…」
「だから、弓道」
玲二の方から質問をしておいて、その反応はなんだ、と、やや詰問気味な視線を送れば、「あ…あぁ、そうだよね、そ、そうだよな…そうに、決まってるよな…!」とむやみに手をバタバタと振って、その度にガサガサビニール袋が音を立てた。
そして、また顔が見えなくなった。
「…ああ」
背中に声を掛ければ、「そうだよな」と肯定して、美術室に着くまでの間も、彼が絵を描いている時も、俺の視界に入るのは、玲二の後頭部だけだった。
---
今朝、俺は例のごとく朝練に参加していた。
朝練とは言っても自由参加のため、顔を出す部員の数はグッと少ないのだけれど。
それでも、部長はもちろん主要メンバーはそれなりに参加する。
男所帯と言っても、おそらく皆、弓道部が嫌いではないのだろう。
もしくは上手くなりたいか、そのどちらかだ。
俺は、時刻ギリギリまで弓を番えた後、汗を拭いて弓道場を後にし、朝礼の時間に間に合うよう、校舎までの道のりを走っていた、その時だった。
(あれ…)
目の前を同じように校舎に向かって走る姿には、見覚えがあった。
いつも背中ばかり見ているからだろうか。
あ、と思う前には口が動いていた。
「玲二…!」
両者とも足は止めないまま、目の前の男は左右に頭を振った後、右向きに振り返った。
その横顔と
「…弘樹っ!」
振り向きざまの今まで見たことがない笑顔に俺は…
---
今日も惣菜パンを貪りながら考える。
これは母親が作った焼きそばパンである。
(何だったんだろうな)
俺は、まだこの感覚を何と呼ぶか、名づけることを知らないでいる。
美術室に向かう道すがら、丁度四月の風に心地よく当たる渡り廊下に差し掛かった頃だった。
先を行く玲二の表情は今日も見えない。
ぐいと一つ背伸びをしたため、片手に持ったビニール袋が音を立てた。
半透明な袋の中身はギリギリ透けそうで見えない。
今日もコンビニで仕入れたんだろうか。
流れで、特に用事のない日以外は、こうして昼休みを共にする仲になってから、手作りと呼べるものを、玲二が食べている姿を見たことはない。
「どこが、って…」
「…聞いちゃダメだった?」
どんな言葉が適切か分からず言い淀んでいると、くるりと振り返った玲二がそう尋ねた。
「ダメなわけじゃないけど」
「…ふーん」
コイツとの応答は、どうしてだかいつもどこか曖昧で、的を得ない。
はぐらかされている、そんな言葉がしっくりくる。
けれど、不思議と不愉快ではなかった。
「…全部だよ」
「…ぇ?」
玲二は元々大きな目をパチクリとさせた。
幼なげな顔立ちがより引き立って見える。
「俺が好きな理由」
「…」
「だから、弓道」
玲二の方から質問をしておいて、その反応はなんだ、と、やや詰問気味な視線を送れば、「あ…あぁ、そうだよね、そ、そうだよな…そうに、決まってるよな…!」とむやみに手をバタバタと振って、その度にガサガサビニール袋が音を立てた。
そして、また顔が見えなくなった。
「…ああ」
背中に声を掛ければ、「そうだよな」と肯定して、美術室に着くまでの間も、彼が絵を描いている時も、俺の視界に入るのは、玲二の後頭部だけだった。
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今朝、俺は例のごとく朝練に参加していた。
朝練とは言っても自由参加のため、顔を出す部員の数はグッと少ないのだけれど。
それでも、部長はもちろん主要メンバーはそれなりに参加する。
男所帯と言っても、おそらく皆、弓道部が嫌いではないのだろう。
もしくは上手くなりたいか、そのどちらかだ。
俺は、時刻ギリギリまで弓を番えた後、汗を拭いて弓道場を後にし、朝礼の時間に間に合うよう、校舎までの道のりを走っていた、その時だった。
(あれ…)
目の前を同じように校舎に向かって走る姿には、見覚えがあった。
いつも背中ばかり見ているからだろうか。
あ、と思う前には口が動いていた。
「玲二…!」
両者とも足は止めないまま、目の前の男は左右に頭を振った後、右向きに振り返った。
その横顔と
「…弘樹っ!」
振り向きざまの今まで見たことがない笑顔に俺は…
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今日も惣菜パンを貪りながら考える。
これは母親が作った焼きそばパンである。
(何だったんだろうな)
俺は、まだこの感覚を何と呼ぶか、名づけることを知らないでいる。
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